プレゼント
腹が減った。もう何日も餌を与えられていない。その理由はもちろん、ゲオルグのせいだ。あのジジイは飢餓状態の時にこそ一番力が発揮出来ると主張しているので、試合の数日前から私の餌を抜くのである。
拷問のような訓練も意味不明な持論も、二年前から全く変わっていない。それどころか訓練に関してはどんどんエスカレートしている。殺してやりたい理由は増えることはあっても減ることはない奴だ……本当に忌々しい。
何にせよ明日は試合だから、それが終われば空きっ腹ともしばらくおさらばだ。空腹であればあるほどその後に食べる餌は十割増しで美味しくなるさ……猛毒やら金属やら謎物質やらが混入しているけど。
それに、この二年で私は飢餓に対する耐性も得たから大して苦ではない。いや、耐性というのとは少し違うか。正確には自分の食欲をコントロールすることが可能になったのだ。
この二年間、私は一人の時間を使って闘気と霊力の制御を自主的に訓練していた。ゲオルグの許可なく闘気や霊力を高めると締め付けられるような苦しみを味わうが、むしろ戦いで痛みを味わっている中でも普段通りに戦う技術を磨くと思って我慢して訓練を続けたのである。
全ては『百年間生き残る』ため。そんな必死の努力が実を結び、今の私は闘気と霊力の繊細な制御技術を身に付けた。その後、それらを用いれば感覚や感情を制御することが可能だと判明したのである。
どんな激痛であっても即座に遮断して普段通りに動けるし、怒りや焦りを感じても鎮静化して冷静に行動出来る。逆に何の理由もなく悲しい気分になることも出来るし、私を閉じ込める檻などの無機物に欲情することも可能である。……可能なだけで実際に行うことは絶対にないが。
それに繊細な制御技術は実際の戦闘でも十分に役立っている。最小限の闘気によって最大限の強化が出来るようになっていて、戦闘が長引いたとしても闘気が尽きることがなくなった。それに毒針などの一点に闘気を集中させる、と言うような高等技術も今では流れるように行える。
霊術の威力も上昇したし、発生にかかる時間も大幅に短縮されている。地道な鍛練で身に付けた地味な技術ではあるが、私の勝利を支える技術でもあった。
閑話休題。そんなこんなで空きっ腹の時に奴隷がやって来ても私の食指はピクリとも動かなくなっている。二年前のような無様を曝すことはもうない。何時ものように彼女を迎え入れるだけである。
「失礼、します」
ドアをノックしてから、奴隷は地下室に入ってくる。足音が聞こえていたので驚くことは何もない。私は尻尾を少しだけ左右に振って歓迎の意を示した。二年経って技術は磨かれたが、何故か念話は使えるようにならなかった。故に身ぶり手ぶりで意思を表現するしかないのである。こんなことならカタバミにコツを聞いておけば……いや、聞けないから困ってるんだったわ。
包帯で顔を覆っているからわかりにくいが、奴隷は私がコミカルな動きをすると笑ってくれるようになった。何だかそのことが嬉しい自分がいて、ことあるごとにおどけてみるようにしている。奴隷にとって私は調子者として映っているかもしれない。それならそれで良いかもな、うん。
「今日も、ご飯ないの。ごめんね」
奴隷は申し訳なさそうに告げるが、そんなことは重々承知の上なので問題はない。気にしていないと鋏を上下させる。動かす度に鎖がジャラジャラと音を立ててうるさいので、私は動きを小さくした。
私は本当に気にしていなかったのだが、奴隷の方は気にしていたらしい。懐から何かを取り出すと、それを私の目の前に置く。この茶色くて丸いモノが何なのか、知識が私に教えてくれた。穀物の粉を練って焼いたモノ、すなわちパンであると。
「はい。少ないけど、あげる」
何日も断食させられている私を憐れんだのか、奴隷は自分のパンを隠れて持ち込んでくれたのだ。その気持ちは非常に嬉しいが、ただでさえ少ないだろう奴隷の食料をもらうのは心苦しかった。
その結果、私が下した結論は半分弱だけもらうことだった。鋏によって固いパンを二つに割り、片方を口に運んでもう片方は奴隷の方に返却する。奴隷は全部あげるのに、と言いながらもやはり空腹だったのか黙ってパンを齧り始めた。
初めて食べたパンの味は、思ったよりも悪くなかった。猛毒や金属粉のような不純物が混ざっていないのも評価が高い。私は無心でパンをゴリゴリと咀嚼していった。
一人と一匹で共に食事を摂った後、奴隷は檻の掃除をしてから私の外骨格を磨き始める。今日はあまり汚れが溜まるような訓練ではなかったが、奴隷はどんな時でも丁寧に私の身体を磨いてくれた。
「よいしょ、よいしょ……あっ」
奴隷が外骨格を磨いていると、パキッと小気味良い音と共に外骨格の一部が剥がれ落ちた。むっ、脱皮の時期だったのか。
私は脱皮によって欠損した部位を再生出来るので、脱皮は試合の後が良かったのだが……これはどうしようもない。訓練によって感覚や感情を自在に制御する術を身に付けたものの、脱皮の時期を調整することは出来ないからだ。
ん?いや、待て。どうして最初から出来ないと決め付けるんだ?一度も試したことすらないのに。むしろ精神の働きを操れるのだから、もっと制御の技術を磨けば肉体の働きも操れると考えた方が自然なのではなかろうか?
もしそれが可能なら筋肉を肥大化させたり、脱皮の時期を調整したり、ともすると肉体を活性化させて若さを維持したり出来るかもしれない。その境地にまで達すれば、寿命を超越して百年生き残ることも可能なのではないか?
私は天啓を得たような感覚に打ち震えていた。我が使命を果たすためのヒントがこんなところに転がっているとは!私が小刻みに震える度、ガラガラと外骨格が剥がれ落ちていく。そんな私に奴隷は心配そうな眼差しを向けていた。
「震えてる……大丈夫?寒いの?」
私が寒さで震えていると勘違いしたのか、奴隷は少し躊躇う素振りを見せつつも私に抱き着いた。包帯の隙間から覗く顔は真っ赤になっている。自分の体温で暖めようとしてくれているのだろうが、恥ずかしいのなら無理をしなくても良いのに。
食料を分けてくれたことと言い、本当に優しい奴隷である。この優しさに癒されていなければ、疲れきった私は二年間も戦い続けられなかったかもしれない。よし、感謝の気持ちを表すべく何か作るとしよう!少し痛いだろうが、訓練でもう慣れたからな!
まず私は鋏と節足を上手く使って落ちた外骨格を一ヶ所に集める。その外骨格を霊術によって変形させていく。思い出すべきは我が友、焦げ茶色の髪のポピ族が私のミニチュアを作っていた光景だ。
(霊力を浸透させ、形を変える……以外と難しい。私の外骨格が固すぎるからだろうか?我が友は簡単にやっていたが……流石は器用なことで知られるポピ族だ)
あそこまで繊細に形状を整えるのは今の私には難しい。だが、あそこまでではないにしろ頑張れば細かく形を変えることは出来る。さあ、頑張るぞ!
ふむ、気合いを入れたは良いが何を作れば良いのだろうか?本来はプレゼントを奴隷に贈るのはダメだ。奴隷が私有財産を持つことは認められていないからである。
故にあまり大きいモノはダメだ。気紛れに針をプレゼントしたことがあったが、あれは包帯の内側に隠せたからバレていない。あんな感じで目立たないモノが良いだろう。
(やっぱり包帯で隠せるモノが良いか。なら……これでどうだ?)
私は剥がれた外骨格の内、比較的小さい一枚を選んで霊力を送り込む。すると外骨格は毛のような細い繊維になった。それを鋏によって適当な寸法に断ち、何本も束ねて紡いで糸とする。
出来上がった数本の糸を操って輪にして両端を……繋げようとしたけど上手く行かないじゃないか。ならデフォルメした小さい蠍を作って繋ぎ目を隠して、と。よし、これで腕輪の完成だ。
闘技場の観客で金持ちの雌が腕輪を着けているのをよく見かけたので、それを参考にさせてもらった。あの雌達が着けていたのはキラキラ光る金属のモノだった。それに比べてこれは私の外骨格が材料だから色は黒一色だが、金属とは違う艶がある不思議な仕上がりになっている。
これはこれで良いモノじゃないだろうか?フル族の価値観は知らないが、珍しいモノは何でも有り難がる連中だと言うのは知っている。『闘獣会』なんて見世物を喜ぶ連中だし、そんなものだろう。
「わぁ……綺麗……」
「キシキシ」
「えっ……くれるの?」
私が作り出した腕輪を見て、奴隷は瞳を輝かせる。どうやら気に入ったらしい。私に抱き着いたまま感嘆の吐息を漏らす奴隷に腕輪を差し出した。
奴隷は恐る恐る腕輪を受け取ると、早速左腕に着けていた。色々な角度から腕輪を見て嬉しそうに笑っている。恩人が喜んでくれて私も嬉しい。
「ありがとう、蠍さん。大切にするね」
奴隷はしばらく腕輪を眺めてから、包帯を緩めて腕輪の上に巻いていく。そうするだけで腕輪を着けているかどうかはわからなくなった。普段は痛々しいとしか思えない包帯だが、何かを隠すのには最適だった。
それから奴隷は日々の作業に戻った。普段と違うことがあるとすれば、作業中の話が屋敷の出来事ではなく私への感謝に変わっていることだろう。そんなに喜んでくれるのなら、作った甲斐があったと言うものだ。
終始楽しそうに作業をしていた奴隷は、最後にもう一度礼を言ってから去っていった。あんなに喜んでくれるのなら、また作ってあげようと思う。喜んでもらえる上に制御の訓練になるのだから、正に一石二鳥である。
同じ腕輪だと芸がないし、かと言って目立つモノもダメ。だとしたら何が良いだろうか?指輪だと面白味がないし……ううむ、思い付かない。妙な知識があるとは言え、私は蠍に過ぎない。
ただ、生き残りたいと思える理由がまた一つ増えたのは間違いない。暗闇の中、私は昨日までよりも気合いを入れて訓練に励む。不思議なことに、それに伴う痛みを感じることはほとんどなかった。




