密談
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ハーラシア王国の王都ハーレリア。王国の中心地であり、エンゾ大陸でも有数の大都市である。その中には貴族街と呼ばれる地区があり、呼び名の通り貴族と呼ばれる高貴な者達の大きな屋敷が建ち並ぶ区域だった。
大きな屋敷ばかりの貴族街であるが、特に大きな屋敷が三つある。どの屋敷も公爵家のものであり、彼らは『剣豪王』とも呼ばれる建国者、ハイマン・ハーラシアの親族を祖とする由緒ある一族だった。
一つはダンマーレン公爵家。ウィリバルトやアーデルハイトの一族である。彼らは建国時から代々仕え、現ダンマーレン公のエルネスト・ルッツは宰相として敏腕を振るっていた。
もう一つはセウェル公爵家の屋敷。王国南方を守護する一族で、その領地は家臣としては最も広い。二人の王子の母である王妃の出身家であり、現公爵は彼らの祖父に当たる。屋敷には叔父である公爵の息子夫婦が暮らしており、ダンマーレン公爵と共に国政を支えていた。
そして最後の一つは王国の軍事を司る軍務大臣を代々任されているダルバレン公爵家の屋敷である。現当主であるダルバレン公アウグスト・シュナイダーは、ガッシリした体躯の上にカイゼル髭を蓄えた厳めしい顔を乗せた偉丈夫だった。
歴戦の猛者であろうとも彼を前にすれば萎縮せずにはいられない。それは公爵家の当主であると同時に、王都を守護する騎士としての腕前も優れている彼の威厳によるものだった。
そんな彼の屋敷には秘密の地下室が存在する。王都の郊外から延びる地下道を通らねばたどり着けないその部屋では、秘密の会合が開かれようとしていた。しかしながら、この会合の主催者は屋敷の主人でもあるアウグストではない。彼が実質的なリーダーではあるものの、正式なリーダーは別にいた。
「静粛に」
アウグストが地下室の上座に座ったまま重々しく口を開くと、集まっていた者達は会話を止めて姿勢を正し、表情を引き締める。彼らはこれから始まるのは非常に重要な話し合いだとこの場にいる誰もが知っているからだ。
アウグストが目配せすると、彼の隣に座っていた若者が立ち上がる。優しげな雰囲気を漂わせる特徴のない顔付きの青年は、緊張を隠せない様子ながらも堂々と声を張り上げた。
「同志諸君、今日はよく集まってくれた。君達のような心ある者達がこうして集まってくれたことは、このルートヴィヒにとって最大の幸福だと思う」
この会合の主催者は、他でもない第一王子であるルートヴィヒ王子であった。穏やかで平凡な王子と評される彼の王子だが、二年ほど前に改宗して正義教会の教えに忠実であることは周知の事実である。
そんな王子は常々思っていた。この国には悪が蔓延っていると。王の周囲では讒言が飛び交い、廷臣は平然と賄賂を受け取り、誰もが『闘獣』などという野蛮な催し物を楽しんでいる。その醜さを内心で嫌悪していた彼にとって、『正義の神』の教えは素晴らしいものに映ったのだ。
改宗したのは良いものの、その教えを国内に浸透させるのは今のままでは難しい。思い悩んだ彼は様々な者達の意見を聞き、そして決断した。王国に巣食う悪を祓い、正義の光で照らすことが王子である自分の責務であると。
この会合は彼の使命、すなわち現政権の打倒と新しい秩序をもたらすための決起……クーデターのためものだった。
「さて、挨拶はこのくらいにしておこう。本題に入る前に紹介したい協力者達がいる。入っていただきなさい」
ルートヴィヒ王子が命令すると、控えていた奴隷によって地下室の扉が開かれて三人の人物が入室した。三人とも男性という共通点はあるものの、その容姿や出で立ちは大きく異なっていた。
三人の先頭を歩いているのは中年の神官だった。中肉中背で分厚い眼鏡、枯れ木のような痩せぎすの体格からは貧相な印象を受ける。
しかし、この場にいる者達は誰もが尊敬の眼差しを向けていた。何故なら、彼が首から提げているのは高位の神官にしか持つことを許されない聖印だったからだった。
神官の右後ろにいるのは大柄な男である。長い白髪と顔に刻まれた皺の数深さから、年齢は老境に達しつつあるだろう。真っ直ぐに伸びた背筋と猛禽のように鋭い目付きを見ればただ者ではないと誰でもわかる。
特に武に通ずる出席者は、その隙のない立ち姿に戦慄を禁じ得なかった。実際、この老人が本気になればこの場にいる全員を皆殺しにするのも容易い。それだけの力量を有することをアウグストは知っていた。
そして神官の左後ろにいた最後の一人は複雑な紋様が描かれたローブを身に付けた霊術士だった。それなりに整った顔には幼さが残っており、成人したばかりの若者なのは間違いない。
常にニヤニヤと薄笑いを浮かべているので軽薄な印象を受けるが、出席者は若年だからと彼を侮ることはない。何故なら霊術士の実力は年齢では計れないし、何よりも両目からは隠しきれない狂気の色が滲み出ているからだ。彼らは最も若い彼が最も危険な人物であることを察していた。
三人は王子の隣、机を挟んでアウグストの向かい側に座る。彼らは客人であると同時に、彼らの計画において重要な役割を担う人物だ。上座に座るのは当然であろう。
「紹介しよう、と言ってもこちらのお方は皆知っているね?正義教会のダニエル司教だ」
「正しき神の教えを知る貴殿方に祝福を」
ルートヴィヒ王子に教会の教えを説き、改宗させた張本人であるダニエル司教は、二本の剣が交差した形の聖印を掲げながら良く通る声で厳かに告げた。出席者は感動したように手を組んで祈りを捧げる。中には感極まって涙を流す者までいた。
ルートヴィヒ王子の考えに賛同していることからもわかるように、ここにいる者達の共通点は『正義の神』の信徒だった。彼らにとって教会の司教は敬意を向けるべき相手。その祝福を賜ったのだから歓喜に震えるのも当然と言えた。
「そしてこちらがマリウス聖騎士団の団長、『雷光』のガイウス殿だ」
「何と……教会の最高戦力ではありませんか!」
「お会い出来て光栄です!」
彼らが落ち着くのを待ってから、ルートヴィヒ王子は大柄な老人を紹介する。その名前を聞いた者達は驚きを露にした。それもその筈、『雷光』のガイウスの武名は大陸中に轟くほどだったからだ。
彼が所属するマリウス聖騎士団は正義教会が持つ独自の戦力であり、正義の執行者としての役割を担っている。人々を苦しめる悪を成敗する彼の華々しい活躍を知らない者はいないだろう。
現に出席者の半数ほどが少年のように目を輝かせている。数十年前から活動しているガイウスは、正義教会の信徒にとってはヒーローだ。憧れを前にして興奮するのは仕方のないことかもしれない。
純粋な好意の眼差しを向けられたガイウスだが、彼は無表情のまま会釈するだけだった。彼が寡黙な性格であることは周知の事実なので、不快感を抱く者はいなかった。
「最後になったが、彼はオルヴォ殿。秘密結社『第七の御柱』の高等霊術士で、協力者として来ていただいた」
「よろしくね~。専門は合成獣の製作だよ~」
オルヴォはヘラヘラと笑いながら軽い調子を崩さない。あまりにも場違いな軽薄さ故に不愉快に感じた者もいたが、少しだけ眉を顰める程度で我慢している。それは我慢強いからではなく、アウグストが事前に言い含めていたからだ。何があっても声を荒げるな、と。
「紹介を終えたところで、計画について最後の話し合いを始めよう。諸君、決起の時は近いぞ」
◆◇◆◇◆◇
出席者がいなくなった地下室で、椅子に深く腰掛けたアウグストはグラスを傾けながらほくそ笑んでいた。全てが順調に、順調過ぎるほどに進行していたからだ。
仕込みは万全、担ぐ神輿は程好い愚か者で使いやすく、やって来た助っ人は想定以上の大物、そして最大の障害と思われるカール王子は侵略者のお陰で留守。ここまでお膳立てされれば、失敗する方が難しいだろう。
「それでも『もしかして』と思ってしまう私は、我ながら病的なまでの心配性だな……フフフ」
アウグストは自嘲気味に呟くと、グラスを傾けてワインを口に含む。芳醇な香りが鼻に抜け、爽やかな甘味と酸味が彼の舌を楽しませた。一本で平民の家族が一年暮らせるほどの価値がある高級な逸品なのだが、彼は惜し気もなくグラスに並々と手酌で注いだ。
もう一口ワインを口に含みながら、彼はしみじみと自分の人生を振り返ってみる。彼は公爵家の嫡男として生まれ、何不自由ない環境で育って来た。優秀で将来を嘱望された彼は、相応の苦労はあったものの周囲の期待に応えて公爵家に相応しい男に成長する。
家同士の付き合いで婚約した女性と結婚し、二人の子宝にも恵まれている。二人とも女子で既に他の家に嫁いでおり、それぞれの家で孫が生まれていた。将来的には嫁いだ家の長男でない優秀な男児を養子として迎え入れ、公爵家を継がせることになっている。正に順風満帆な人生を送っていた。
「義理の息子達は二人とも優秀だ。その子供もきっと賢い子に育つ。私が教育すれば、間違いなく一廉の人物にはなるだろう。このままでも我がダルバレン公爵家は安泰……それはわかっている。わかっているが……」
儘ならぬものだ、とアウグストは疲れたような重いため息を吐く。実際のところ、彼にはこのルートヴィヒ王子の計画に加わるメリットがほとんどない。万が一にもクーデターが失敗したなら、先祖と自分が築き上げて来たモノが全て水泡と帰すのだから。
では、どうして協力するのか。その理由は全てを犠牲にしても良いという信仰心から……ではない。彼は王子の前では敬虔な『正義の神』の信徒を演じているが、それは真っ赤な嘘である。むしろ必要に応じて祈る神を選ぶタイプの人物だった。
先程の会合にも自分と同じく信徒を装う者が混ざっていることをアウグストは知っている。彼らはルートヴィヒ王子が王位に就いた時に約束された地位を狙っているだけに過ぎない。信仰心でも忠誠心でもなく、ただ野心と利益によってのみ動いているのだ。
だからこそアウグストにとっては扱いやすい。そう言う手合いは利益がある間は裏切らないし、いざというときは簡単に切り捨てることが出来るからだ。
そんな者達と同じくアウグストも野心に突き動かされているのか、と問われればそれも異なる。既に彼は軍務大臣という軍事のトップに立っている。ルートヴィヒ王子には彼が王位に就いたならば宰相の地位を約束されているが、本音のところではその席に興味はなかった。
「むしろ農家の倅か何かであれば楽だったのかも知れぬな。我が使命を果たすためには」
アウグストには誰にも語っていない秘密がある。それは物心付いた時から頭の中にあり、人生を懸けてでも成し遂げなければならない使命があるということだ。
彼は使命について他者に語ることはなかった。否、出来なかった。誰かがいる前で使命の内容について口にしようとすると全身が凍り付いたかのように動かなくなるからであり、同時にその内容を聞かれれば生命が危うい使命だったからである。
「『一国の王になれ』……か。フフフ、簡単に言ってくれるものよ」
アウグストは呟いた後、再びワインで口を湿らせた。クーデターを起こしたなら、それが成功しても失敗してもゆっくりと酒を楽しむ時間を取ることは難しくなる。ならばせめて今は楽しもう。一人だけの酒宴はもうしばらく続くのであった。




