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WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第一章 闘獣編
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二年後の日常

 私が新人王となってから、早いものでもう二年が経過した。この二年の間、私の生活はゲオルグの課す苛烈な訓練と闘獣として時々『闘獣会』に出場する日々が続いている。


 新人王となった私は『闘獣会』ではスター扱いされていた。特別扱いされているからか、試合の回数自体は少ない。一ヶ月に一度あるかどうかだ。しかしながら、だからこそ対戦相手は楽には勝てない猛者ばかりだった。


 死にかけたのは一度や二度ではない。と言うか、全ての戦いで必ず大怪我をしていた。外骨格を砕かれるなど当たり前、鋏や節足、尻尾をまとめて何本も失うことまであった。特に最初の一年は酷い怪我を負うことが多かったように思う。まだまだ未熟だったのだ。


 常に激痛と怪我、そして死の危険と隣り合わせの毎日は肉体的にも精神的にも辛いものがある。だが、苦労の甲斐あってか私は強くなった。否、強くなったから今も生きていられるのだ。


 外骨格はより硬質になり、闘気で強化しておらずとも大抵の攻撃を弾くほど。その内側にある肉体の強度も上昇し、毒針の猛毒はより凶悪になっている。闘気と霊力は激戦を経て成長し続け、『新人戦』の時の数倍に達している。岩竜の幼体をも超えており、今なら正面からでも叩き潰せるだろう。


 そして何よりも自分と同格以上の敵と戦った経験は、私の技量を飛躍的に向上させている。鋏を使った格闘術モドキと曲面を活かした防御、尻尾による正確無比な刺突、闘気と霊力を効率よく扱うコツ、対戦相手が使った技の模倣……実戦を経て研ぎ澄まされたその全てが私の勝利を支えてくれていた。


「失礼、します」


 これまでのことを振り返っていると、私の檻がある部屋の扉がノックされる。その後、フル族の奴隷が入って来た。二年と少し前からずっと私の世話係をしている奴隷であり、ゲオルグの次に私と関わりがあるフル族だ。


 桶を抱えてやって来た奴隷は檻の中を掃除してから私の外骨格を手拭いで丁寧に磨いてくれる。今日はゲオルグに変な薬品で満たされた貯水槽に放り込まれたせいで、全身がベタベタして気持ちが悪い。それに加えて中和剤だとか言って変な粉も掛けられたから、関節がジャリジャリして鬱陶しい。拭いてくれるのは本当に有り難かった。


「蠍さん。今日も、色々あった」


 『新人戦』に勝ち残った辺りから、この奴隷は私の世話をしながら今日あったことを話してくれるようになった。本人曰く、何だか話さないといけない気がしたかららしい。子供の考えることは良くわからん。


 ただ、私にとって彼女の話は今ではなくてはならないものになっている。檻の中で鎖に繋がれている私にとって、彼女の話は数少ない娯楽であるからだ。厳しい訓練は耐えられるが、彼女の話を聞けなくなるのは耐えられる気がしない。私の精神衛生上、彼女の話は必須となっているのだ。


 屋敷の構造、奴隷の人数、使用人の間で流れている噂、今日はどんな来客があったか等、彼女の話は多岐にわたる。口下手なので語り口はたどたどしいものの、娯楽として十分に楽しめる内容だ。


 今も奴隷頭という奴隷のリーダーが変わったことや若様の婚約者が屋敷に来たことなど、屋敷で起きたことを教えてくれている。若様の婚約者か……間違いなく貴族の令嬢だろうが、一度で良いから見てみたいものだ。


 ちなみに、彼女の話以外で外の情報を得られるのはゲオルグの独り言である。奴は内容を聞かせるつもりがないので聞き取れないことも多いが、こちらは必死で聞き耳を立てる必要があった。何故なら、その大半が重要な情報だったからだ。


 私の持ち主である若様と彼の父である侯爵への愚痴や現在の国際情勢、王国の国政への不満など娯楽として聞くべきではない重要な話が多いのである。その中で私が注目しているのは、王国の後継者問題と他大陸からの侵略者についてだった。


 まず王国の後継者問題であるが、こちらは私にも関係がありそうな話である。現在私がいるシュヴェーツ朝ハーラシア王国には二人の王子が存在する。長男のルートヴィヒ王子は平々凡々なお方らしい。外見も普通、能力も普通、性格は温厚。国民からの評判は悪くないが良くもない。


 ただ、唯一にして最大の欠点があった。それはとある宗教の信者であることだった。まず前提としてこの世界には幾柱もの神がいる。私の知識の中にも二十柱を超える神々の名前があり、フル族に関わらず知能のある生物はほぼ例外なく神を信仰していた。


 また一柱の神だけに祈る者もいれば、複数の神々に祈りを捧げる者もいる。どちらかと言えば後者の方が多い。農業を始める時には『豊穣の女神』に祈り、モノ作りの前には『技巧の神』に祈り、想い人に告白する前には『愛の女神』に祈り、戦争に行く時には『闘争の神』や『勝利の女神』に祈る。それが人々にとって当たり前のことだった。


 神々の大多数はそんな信仰の形を許容している。神はそれぞれが司るモノを持ち、その時々で必要とされる神が異なることを理解しているからだ。無論、侮辱することは許さないが、そこまで狭量ではないのである。


 そんな背景があるからか、信仰心が篤いだけならば誰も何も文句は言わない。むしろ人々から感心され、尊敬を集めることになるだろう。しかしながら、ルートヴィヒ王子が信仰しているのが『正義の神』なのが問題だった。


 『正義の神』の教義は正義の光で世を照らす、というもの。要は善行を積極的に行って、より良い社会を作って幸福に暮らそうと提案しているのだ。これだけなら素晴らしい教えに思えるのだが、問題は『正義の神』を信仰する者達の不寛容にあった。


 彼の神を奉ずる者達は正義教会という組織を結成しているのだが、彼らは他の神々の存在を認めた上で平然と言い放つのだ。正義を司る『正義の神』の教えこそが唯一絶対の真理であり、他の教えは間違っていて全ての神は『正義の神』に従属するべきだ、と。


 彼らは自分達が正義の使者であり、自分達がやることなすことが正義に基づいた行動だと信じているからたちが悪い。説教によって布教し、改宗を迫るのは日常茶飯事。彼らの一部には異教徒を改宗させるためならば暴力を振るうことも厭わない狂信者までいた。


 この不寛容さ故に『正義の神』の信者は他の神々の信者からあまり好意を持たれない。国によって対応は様々で、ある国では信者であるだけで迫害されるし、他の国では国教として国民全員が奉じることもあった。


 ここハーラシア王国において、『正義の神』の信徒は迫害こそされていないが、やたらと改宗を勧めてくる厄介者だ。にもかかわらず、ルートヴィヒ王子は正義教会の信徒である。平凡な王子の唯一の欠点と見なされる時点でその嫌われようは明白だろう。


 温厚な性格からか信徒には珍しく改宗を求めないからこそ国民に許容されているが、ルートヴィヒ王子が立太子されないのはこれが原因なのは間違いない。父王も説得しているようだが、効果は今一つらしい。信仰を捨てるつもりはないようだ。


 逆に次男のカール王子は若様と同年代の少年でありながら、才気煥発な美少年だという。身分の貴賤を問わず気さくに話をするので国民の人気は高い。信仰という面でも様々な神殿に自ら出向いて祈るので、多くの神殿からの支持もあった。兄とは大違いである。


 本人は王位に興味がないと公言しているようだが、彼こそ王の器であると王に上奏する者は多い。ただ、清廉潔白にして公明正大な性格なので彼が王になると困る者もまた多かった。優秀過ぎるのも考えものだな。


 現在の王であるオットー三世が後継者を指名していないのも問題を大きくしている。これを貴族達は王が伝統通り長子継承するべきか、それともより優秀な方を王とするべきかで迷っているのだと判断したからだ。


 どちらの王子が王の椅子に座った方が国を強く出来るのか。あるいは自分にとって利益があるのか。現在の王宮は、貴族達がそれぞれの判断基準に従って暗闘を繰り広げる伏魔殿となっているそうだ。


 この後継者問題が私にどう関係があるのか?それは正義教会の『闘獣会』に対する公式声明にある。彼らは『闘獣会』を正義に反する催し物だと主張しており、即刻禁止するように王国に要請しているのだ。


 これに対して国民は激しく抗議した。と言うのも『闘獣会』はただの娯楽ではなく、神々へ捧げる試合という面もあるからだ。事実、闘技場には『闘争の神』と『勝利の女神』を祀る石像が至るところに設置してあるらしい。それを知った上で止めろと言うのだから、正義教会は怖いもの知らずである。


 『闘獣会』がなくなれば私も解放されるのではないか?最初こそ希望を抱いたものの、その考えは大間違いだった。何故なら正義教会は私のような闘獣は歪んだ存在であるとして『闘獣会』を禁止した後に処分しなければならないと主張しているからだ。


 正義教会の不寛容さはここにも当てはまるらしい。貴族の都合で戦わされているのに、不要だからと殺されてたまるものか。私は百年生きねばならないのだから。


 ルートヴィヒ王子が王になれば教会の言う通りに『闘獣会』は禁止され、私は抵抗すら許されずに殺されるだろう。私は死にたくないので、是非ともカール王子には頑張ってもらいたいものだ。


 ゲオルグの独り言で気になっていたもう一つの話題である侵略者だが、これは内陸にあるハーラシア王国にはあまり関係がない。と言うのも、侵略者は北方にある海の向こうからやって来ているからだ。


 ゲオルグも詳しいことは知らないようだが、見たこともない多種多様な兵器によって破竹の勢いで北方の国々の諸都市を制圧しているらしい。徴兵した兵士では肉の壁にもならず、闘気と霊術を多少使える程度の人材でも容易く殺されてしまう。今は各国の精鋭部隊が対応していた。


 侵略者の軍団は和平交渉などに一切応じず、制圧した都市や村は略奪した後に住民を虐殺しているらしい。大陸にいる全ての国を滅ぼす勢いだ。内陸の国も危険を感じており、援軍を派遣していた。


 ハーラシア王国も例外ではない。それどころか北方諸国から要請が来た直後にどの国よりも素早く援軍を派遣している。侵略者を追い出せていないことから苦戦しているのは明白だが、現在の指揮官になってからは勝利を重ねているそうだ。


 その指揮官だが、なんとカール王子だと言う。彼はまだ若いものの、優れた剣士であると同時に指揮官としても戦巧者であるようだ。


 ここで武勲を挙げようものなら王位は確実じゃないか?いや、恐ろしい侵略者との戦いは苛烈なものとなるだろう。もしかしたらカール王子を戦争にかこつけて謀殺しようとする者の差し金かもしれない。私はカール王子の顔も知らないが、武運を祈るくらいはしてやろう。


「若様の婚約者、綺麗な服を着てた」


 私には似合わないけど、と奴隷は締めくくった。ふむ、似合わないと言いつつもきっと欲しいのだろう。この奴隷はいつも薄汚れた無地の麻布の服を着ている。それしか与えられていないからだ。


 服か……私にはどうしようもない品である。糸なんて吐けないし、服を手に入れる伝手もない。恩人である彼女の力になれないのは心苦しい。戦う力だけは増したものの、それ以外のことになると己の無力を実感する。


 奴隷が仕事を終えるまで彼女は今日あったことを語り続け、私はその話を黙って聞く。そんな日常がいつまでも続くだろうと、私は漠然とそう思っていた。


 だが、そうではないと私が知るのはそれから十日後のことである。

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