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WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第一章 闘獣編
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不穏な国際情勢

 冥王蠍が『新人戦』で優勝した翌日、王宮では重臣達が集まって会議を開いていた。現在のハーラシア王国は平和であり、周辺諸国との関係も良好だ。天候も安定していて飢饉や河川の氾濫などもない。経済的にも豊かで、産業も順調に成長している。国民の多くは平和と繁栄を謳歌していた。


 しかし、平和だからと言って政治を疎かにして良い訳がない。むしろ平和だからこそ、それを維持するためには内政にも外交にも力を入れなければならないのだ。


「それでは、これより会議を始めましょう。議長は僭越ながら宰相である私が務めさせていただきます。異論がある方はいらっしゃいますか?」


 会議室で口火を切ったのは宰相であるダンマーレン公エルネスト・ルッツであった。白髪混じりの黒髪に青みがかった黒い瞳の穏やかそうな男であるが、政治手腕は他の追随を許さないほどに優れている。現在の王国を支える最も太い柱と言っても過言ではないだろう。


 そんな彼を差し置いて会議の議長をやりたがる愚か者など存在しない。会議はスムーズに進行し、重臣達は自分の部署で起きた問題や陳情などを報告し合う。細々としたトラブルは起きているものの、国を揺るがすほど大きな問題は国の内側では起きていない。しかし、外側には二つの懸念事項が存在していた。


「問題は西方と北方……正義教会の台頭と他の大陸からの侵略者、ですか。どっちも厄介なことこの上ない」


 そう言ったのは王国南方に広大な領地を持つ大貴族、セウェル公爵家の嫡男であるヨシュア・ミュラーだった。小柄で童顔、女の子のように愛らしい容姿であるが成人している歴とした大人である。


 少し年が離れているが、彼は王妃の弟だった。二人の王子の叔父でもあり、彼らにとっては兄のような存在だ。今は敬愛する宰相の下で政治について学んでいる。宰相は師としては非常に厳しいが、公爵位と領地を継いだ後、きっと良い領主となるだろうと密かに弟子を高く評価していた。


 そんな彼が渋面になるほど国外はきな臭いことになっている。二つの問題の内、王国により近い場所で起きているのは西方の宗教問題であった。


「『正義の神』を信仰する連中でしたな。よもやあの教会を国教に据える国が現れるとは……正直に言って何度聞いても信じがたい」


 正義教会は『正義の神』アンドリュー・マリウスを奉ずる宗教である。彼らが何よりも重視するのは正義であり、信徒は善行を積むことを美徳とする。故に信徒は清廉で剛直な者ばかりであった。


 だが、正義の名の下に暴走することも多い上に他の宗教に否定的である。それ故に他宗教との争いが絶えず、問題を起こすので為政者には敬遠されがちな宗教であった。


「どうやら代替わりした王が熱烈な信徒だったとか。病死と発表されていましたが、あそこの王が病身だと聞いたことはありません。実情はどうなのやら……」

「宗教改革で改宗を強要しているとも聞く。その結果、数千の国民が他の国へ逃亡しているようだ。じきに我が国にも来るでしょう。正義教会が聞いて呆れますな」


 そんな正義教会だが、ここ数十年で徐々に力を付けている。そして遂に西方の国で国教として信仰されることになったのだ。重臣達は嫌悪感を露に口々に正義教会を扱き下ろすが、その嘲弄の裏には理解の及ばない相手への畏怖があった。


「この勢いに乗じて積極的に布教するなら、何時か我が国にもやって来るぞ。その時はどうするべきか……」

「その前に教会同士で戦争になる!特に戦神を祀る教会達を激怒させたらどうなるか、考えたくもない!」

「『マリウス聖騎士団』だったか?正義教会の戦力は精鋭揃いだと聞く。『正義の神』も戦神としての一面を持つからだろう。いずれにしても絶対に巻き込まれたくないものだ」


 同時に彼らが危険視しているのは、教会同士が衝突して戦争状態に陥ることだった。一部の教会を除いたほとんどの教会は独自の戦力を有している。不当な暴力から信徒と神の教えを守ためだ。特に戦いを司る神の教会の場合、信徒も聖職者も戦闘訓練を積んでいることが多い。彼らが本気になれば、小国の戦力を軽く超える戦力を集められるだろう。


 その戦力同士が衝突するということは、国同士が総力を挙げて戦争をするに等しい。巻き込まれれば得られるものなど何もないのに国土が荒れてしまうだろう。場合によっては国が滅びる可能性もある。慎重な対応を強いられるのも無理はなかった。


「正義教会か……彼らはそんなに問題のある者達なのか?曲がりなりにも正義の使徒を標榜しているのだろう?」


 重臣達に質問したのは、第一王子であるルートヴィヒ王子だった。彼と弟であるカール王子もこの会議に参加している。ルートヴィヒ王子は病床の王の代行として王のための椅子に、カール王子は補佐役としてその左側に置かれた椅子に座っていた。


 あくまでも次の王はルートヴィヒ王子であり、自分は王族でありながら臣下であるというスタンスをカール王子はここでも見せている。本当はこの会議に出席するつもりもなかったのだが、病床の王に頼まれたことで仕方なく出席していた。


「殿下、確かに正義とは尊いものです。しかし、この世に普遍的な正義などございません。誰かの正義と他の誰かの正義は異なり、だからこそ争いが起こるのです」

「そんなものか……」

「そちらは狂信者の動きに注視しておけば良いでしょう。そんな話よりも、軍務大臣としては北方からの侵略者の方が危険だと愚考しております」


 納得していない様子のルートヴィヒ王子だったが、正義教会よりも北方に目を向けるべきだと主張したのは軍務大臣のダルバレン公アウグスト・シュナイダーだった。


 筋肉で盛り上がった巨体の上にカイゼル髭を蓄えた強面という威厳に満ち溢れる彼は、王国からは遠く離れた地の戦いの方が重要だと言う。会議に出席する全員が不思議に思っていた。


「その根拠をお聞かせ願えますか、ダルバレン公?」

「承知した。これは軍務大臣として得た最新の情報だが、侵略者の軍団によって北方海域の制海権と港町の一つが奪われたらしい。そして港町にいた者は戦に関係ない女子供に至るまで皆殺しにされたようだ」


 会議室はシンと静まり返った。戦争において虐殺は起こり得ることだが、港町にいた全員を殺すとなれば話が別だ。侵略者は無慈悲で残酷、それでいて強い武力を有するのだろう。


「虐殺の際、街そのものにはほとんど被害が出なかったらしい。どうやら侵略者には効率よく敵を殺す手段を持っているのだろう。正確な情報は不明だが、彼奴等は優れた武器を持っているという話も聞いている。奴等の目的は不明だが、場合によっては……」

「この大陸の人々を皆殺しにしながら南下してくる、って?あり得るから怖いよね」


 ああ、嫌だと言いながら肩を竦めたのはカール王子だった。彼の軽口によって重苦しい空気を払拭され、重臣達は落ち着きを取り戻した。重臣達の様子を確かめてから、表情を引き締めた宰相がダルバレン公爵に尋ねた。


「それで、軍務大臣はどんな対策を用意しているのですか?」

「侵略者の凶行はじきに大陸中に響き渡ることでしょう。北方の国々は援助を求め、各国はそれにどう応えるのか決断を迫られることとなる」

「まあ、そうなりますよね。ここまでは来ないって高を括って傍観するか、物資だけ送ってお茶を濁すのか、それとも援軍を派遣して戦うのか。その内、軍務大臣はどれを選べば良いとお考えで?」

「援軍を送るべきだ」


 ヨシュアの質問に即答したダルバレン公の発言に会議室はどよめいた。三つの選択肢の内、援軍の派遣は最も負担が大きいからだ。特に著しい反応を見せたのは財務大臣で、彼は顔面を蒼白にしている。


 優秀な彼のこと、戦争に掛かる費用のことを考えているのだろう。カール王子は浮かびそうになる苦笑を必死に堪えていた。


「それで我が国にどんな利点があるですか?」

「第一に北方諸国に恩を売ることが出来ます。北方諸国はどこも閉鎖的で、まともな交流もありません。ここで恩を売っておけば、北方との交易が盛んになるでしょう」

「勝つことが前提なのは如何なものかって言いたいけど、戦う前から負けた時のことを考えるのは敗北主義か。しかし、それだけじゃ理由として弱いのはわかってるよね?」


 北方諸国は閉鎖的な国が多く、国交はあっても人の行き来がほとんどない。戦列に加わって恩を売れば、そんな彼らの固い門を破って交易を始められるかもしれない。


 だが、北方諸国との交易路を確保するためだけでは軍を動かすに足る理由にはなり得ない。カール王子は別の理由があるのなら早く話せと促した。


「おっしゃる通り。第二に他国に先んじて軍を動かすことで、より大きな恩を売りつつ援軍を主導する立場となりましょう。主導権を握っておけば、派遣した兵の生存率も上がります。我が国の国際的な名声も上がりましょう」

「ふむふむ」

「第三に……これが最も重要ですが、残虐非道な侵略者が国内に侵入する前に撃退するべきだと愚考するからです。国土を荒らされるのは何としても避けたいものですから」


 三つ目の理由を聞いた宰相は目を細め、カール王子は目を閉じて腕を組んで考えを巡らせ始める。援軍を送ることで北方諸国から感謝されつつ、国土を踏み荒らされずに侵略者を駆逐しようとダルバレン公爵は考えているのだ。まさに一石二鳥であり、会議室にいる他の重臣達も揺れているようだ。


 しかし宰相とヨシュア、そしてカール王子の三人はだからこそ何か引っ掛かっていた。ダルバレン公爵は武骨な見た目であるが、軍務大臣という政治家である。実は口に出していない理由がもう一つか二つあるのではないか?確たる根拠はないが、三人は慎重になるべきだと考えていた。


「我らの助力があって撃退出来たならそれで良し、万が一にも北方諸国が敗れたとしても一度でも戦っていればその経験は活かせます。どうかご一考を」

「なるほど……ルートヴィヒ王子はどうお考えですか?」

「うん?僕かい?」


 その時、重臣の一人がルートヴィヒ王子に判断を仰いだ。ルートヴィヒ王子は少し考えたあと、ボソリと小さく、しかし会議室の全体に聞こえるくらいの大きさで呟いた。いいんじゃないか、と。


「援軍の派遣は国益になるのだろう?だったら部隊の編成を今からしておいて、要請があれば何時でも送れるようにしたらいいと思う」

「お待ち下さい、殿下。今の時点で援軍を編成するのは時期尚早と言うものでございます。それに北方諸国が独力で追い払う可能性もありますれば……」

「宰相、軍務大臣が申していただろう。援軍を送るのは早ければ早いほど利があると。ならば早く援軍を編成すれば良い。これは王の代行としての決断だ」

「……承知しました。では、すぐに取りかかります」


 本当ならカール王子は宰相達と同じく現時点での援軍の派遣は時期尚早だと言いたかった。しかし、彼は王ではなく、王の代行も自分ではなくルートヴィヒ王子である。自分の立場を弁えている彼は、王の代行としての兄の判断に口を挟むことはしなかった。


 それからしばらく派遣する援軍について細かい話し合いが行われた後、会議は解散する運びとなる。会議が終わった後、三人は何事もなければ良いがと思いながら部屋を後にするのだった。

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あー第1王子が無能なパターンね
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