帝都脱出 その一
「ひっ!?」
「つ、強すぎる……!」
私と盗賊団だった魔人達との実力差は、我ながら圧倒的の一言に尽きる。どうやらこの魔人達は暴力を振るうことには慣れていても、本格的に武術の鍛練を積んだ経験はほぼないようだった。
思い切りは良く、私の命を奪うことへの躊躇は全く感じられない。だが、その動きは大雑把で隙だらけである。師匠にボコボコにされながら武術を学び、戦場でそれを磨き上げた私に刃が届くことすらなかった。
飛び掛かって来た者達を無傷で瞬く間に斬り捨てたのを見れば、どれだけ数で攻めようが勝てないことは嫌でも理解出来るというもの。魔人達は怖じ気づいており、もう一度襲い掛かる様子はなかった。
「何やってんだ!さっさと殺せ!」
「無理ですよ、お頭!あれは化物だ!」
「せっかく自由になったんだぞ!?こんなとこで死にたくねぇよ!」
リーダー格である虫の魔人だけはまだ戦意を衰えさせていないが、他の魔人達は完全に腰が引けている。死ぬとわかっていて勝てない相手に挑むのは、何か強い信念がなければ不可能だ。そして盗賊だった連中がそんな信念を持っているはずもなかった。
それに魔人の一人が叫んだように、隷属させられている状態から運良く解放されたのだ。自由の味を知っているからこそ、取り戻した自由を謳歌せずに死ぬのは受け入れ難いのである。既に虫の魔人以外は戦意を喪失していた。
「ここで退くのなら、私は追わない。同じ魔人へのせめてもの慈悲だ」
「慈悲だぁ……!?見下してんじゃねぇぞ!」
「見下す……?そんなつもりはない。それと、我々は帝都から脱出するつもりだ。共には行けないが、お前達もそうすれば良いだろう。ここで別れ、互いに関わらないように……」
「うるせぇ!俺達は盗賊だ!奪う側だ!ナメられっぱなしでいられるかあああっ!」
私の提案に虫の魔人は全く聞く耳を持たずに拒絶した。ああ、なるほど。奴は盗賊として誰かから奪い続けて来た。最初は食い扶持に困って盗賊になったのかもしれないが、それを続ける内に奪うこと自体に優越感や快感を覚えるようになったのだろう。
そしていつしか他者から奪い、嬲り、見下すことそれ自体が自分のアイデンティティーとなっていたのだ。しかし帝国に捕縛され、隷属させられ、魔人にされてしまった。自由を、尊厳を、そしてヒト種としての姿すらも奪われた。他者から奪う側だったからこそ、さぞ屈辱だったことだろう。
その反動からか、二度と屈辱感を味わいたくないようだ。それがデキウスへの態度と私の提案を拒否することに繋がっている。プライドと自分達の命ならば、後者を優先するべきだと思うのだが……その思考回路はよくわからん。
実際、他の魔人達は生きて逃げるという道を提示されて顔を明るくしている。プライドのために命を懸けようという奇特な者はただ一人のようだ。
虫の魔人は他の魔人達の反応を見て舌打ちする。生き延びる希望が見えてしまった時点で、もう奴らは私に立ち向かおうとは思えないだろう。戦う気概を残しているのは虫の魔人だけになってしまったのである。
「ビビりやがって、使えねぇ手下共が!俺が直々にぶっ殺してやる!」
配下が役に立たないとわかったからか、虫の魔人は剣を手に私へと飛び掛かった。奴は二本の剣を両手に一本ずつ持っており、奇しくも私と同じ双剣使いであったらしい。
さらに意外なことに、虫の魔人は手下とは違って武術を学んだ形跡があった。二本の剣は見事に連係しているし、合間に蹴り技を絡めたり腕の棘で引っ掻こうとしたりと戦い慣れているようだ。手下とは大違いの動きに私は驚かされた。
双剣使いは珍しく、戦場でもほとんど遭遇したことはない。私の双剣術は師匠から学んだ剣術の基礎に、実を通して築き上げた我流である。時間を掛けるつもりはないが、少しだけ目の前の魔人から技術を盗ませてもらおうか。
「ふん!」
「ぐおっ……シャアアアアッ!」
虫の魔人が使う双剣術の技において、参考になる点は幾つもある。やはり我流よりも体系付けられた技術の方が勝るようだ。
ただ、それと私に勝てるかどうかは別の話だった。双剣を双剣で打ち払い、蹴り技は外骨格の固さに任せて受け止める。虫の魔人の攻めを私は全て防いでみせた。
「このクソ野郎!さっさと死にやがれぇっ!」
「死ぬのはお前だ」
「グアッ!?ガッ……!」
こうして剣を交えれば自分が勝てないことはわかっただろうに、虫の魔人はそれでも退かずに私の命を狙って来る。同じ魔人だからこそ、悪党だとわかっていても一度は逃げる機会をやった。これ以上、元は盗賊だった連中に付き合うつもりはなかった。
私は剣を持つ親指、その付け根を狙って斬り落とす。握る力を失った魔人の手から双剣は落ちてしまった。再び拾う時間すらも与えず、私は虫の魔人の脇腹に毒針を突き刺した。
双剣術の動きを参考にさせてもらうため、私はわざと今まで尻尾を使っていなかった。だが、そして奴が使う双剣術の見るべき部分は全て見せてもらった。時間が有り余っている訳でもないので、容赦なく毒を流し込んだ。
虫の魔人は崩れ落ちるようにして膝を付くと、脇腹に刺さった私の尻尾を引き抜く。もう致死量の数十倍の毒が体内に入ったので、私は抵抗することなく尻尾を戻した。奴は親指を失った手をこちらに伸ばすが、届く前に口から泡を吹いて力尽きた。その死に顔は恨みや怒りを浮かべる酷いものだった。
「あのお頭が……こんなにあっさり……?」
「こっ、これで自由だ!俺は逃げさせてもらうぜ!」
虫の魔人の死を目の当たりにした魔人達の反応は真っ二つに別れた。片方は虫の魔人の敗北が信じられないのか、その場で立ち尽くしている者達。そしてもう片方は即座に背中を向けて逃げ出した者達だ。
性格はお世辞にも良いと言える人物ではなかったが、盗賊の中で頭一つ抜けた強さは一種のカリスマ性に繋がっていたらしい。本人は仲間を駒のように考えていたようだが、慕っている者達もいたようだ。
ただ、逃げ出す者達の方が圧倒的に多かった。彼らはきっとあの強さがあるからこそ従い、利益を得ることを狙っていたのだろう。虫の魔人が死んだ以上、ここにいる理由はもうない。彼らは自分の自由と生存のために逃走を選んだのだ。残っているのはたったの五人だけであった。
「お前達は逃げないのか?」
「……いや、逃げる。仇討ちしようったって、お頭よりも強いアンタには勝てねぇ。無駄死にはごめんだ」
「お頭には世話になったけど、同じくらい理不尽に殴られたり蹴られたりすることはあった。自分の命を捨ててでも復讐しようって気にはなれねぇよ」
「そうか」
しばらく放心していた魔人達だったが、我に返った彼らも私とこれ以上戦うつもりはないらしい。カリスマ性はあったのだろうが、復讐しようと思えるほど慕われていた訳ではないようだ。
彼らは争う気はないことを示すために、それぞれの武器を納めた。それを見てから私も双剣を鞘に納める。ただし、ついさっきまで戦っていた相手を前にして油断はしない。不意打ちにも対応出来るように気を緩めることはなかった。
「なぁ、最後にアンタの名前を聞かせてくれねぇか?俺達ははみ出しモンだけど、お頭の強さに憧れてた。そのお頭よりも強ぇアンタの名前を知りてぇんだ」
「名前か」
以前の私ならば、名前を教えろと言われてもないとしか言えなかった。しかし、今はアイワスから授けられた名前がある。私は胸を張って堂々と名乗りを上げた。
「アンタレス。それが私の名だ」
「アンタレスか。珍しい名前だけど、だからこそ絶対に忘れねぇだろうよ」
「あばよ、アンタレスの旦那。縁があったらまた会おうぜ」
それだけ言って残っていた魔人達は私の前から去っていった。その際、虫の魔人の双剣を拾っている。どうやら自分達が一度は憧れた男の遺品を持っていきたいようだ。
真っ先に逃げ出した者達が思い思いに散って行ったのとは逆に、彼ら五人は一つの集団となっている。今の状況だと散らばった方が見つかり難く、脱出出来る可能性は高いだろう。その点では後に残った者達の方が効率が悪いと言える。
しかし、個人で動いていると誰かに見咎められた場合は一人で対処せねばならない。彼らの実力でそれは難しいだろう。逆に集団だと見付かるリスクが高まる代わりに、危機に対して仲間と共に対処可能だ。どちらも一長一短である。
「まあ、私達は集団で脱出する以外の選択肢はないのだが」
私は誰も聞いていないのに呟くと、仲間達の元へと急いで走り出す。まずはティガル達に追い付くことを優先しよう。
三人を追い掛けるのは簡単だ。デキウスに背負われたマルケルスからは血と肉が焼けた臭いを漂わせている。嗅覚の鋭い魔人でなくても気付けるほど特徴的な臭いであり、それを追うだけですぐに追い付けることだろう。
臭いが作る道を辿るとわかることだが、ティガル達は最初だけは少しでも離れるべく真っ直ぐ走っていたらしい。十分な距離を稼いだと判断した後、何度も路地を曲がっている。発見されないよう、慎重になっているようだ。
「ガオオオオッ!近付くんじゃねぇっ!」
「……見付かったか」
臭いを追っていると、前方から聞き覚えのある怒鳴り声と何かが破壊される音が聞こえてくる。仲間達の待つ建物まではかなり近いのだが、合流する前に見付かってしまったらしい。
実のところ、そうなる気はしていたのであまり驚きはない。その根拠はティガルは最前線で戦いながら指揮も執る前線指揮官であって、隠密行動は専門外であるからだ。
彼は伏兵として気配を消して潜むことは出来ても、コソコソと敵の目を逃れて移動する訓練など受けたこともない。むしろ見付からずにここまで来たのは運が良いと言うべきだ。
ティガルの周囲の音から察するに、敵の数は十人を超えている。いかにティガルといえども、守りながらでは厳しい戦いになるだろう。こうなれば隠れて進むよりも三人の安全を確保するべく合流を急いだ方が良い。狭い路地にいた私は壁をよじ登ると、屋根伝いにティガル達の元へ急いだ。
「待たせた」
「助かる!」
「何だ!?増援か!?」
「一匹だけ増えたところで関係ない!すり潰せ!」
二人を庇いながら大剣を振り回して牽制し続けていたティガルだったが、横に私が着地すると心底安心したように頬を緩ませる。彼を囲んでいた帝国兵は私が上から落ちて来た時だけは驚いていたが、私が一人だと見るや落ち着いて包囲を狭めようとしていた。
よく訓練された兵士であるようだが、機鎧を装備してはいない。つまり帝国軍最強の部隊、『皇剣騎士団』ではないと言うこと。ならば私達の敵ではなかった。
「ボスに後ろを任せられんなら、テメェらくらい簡単にぶっ飛ばせるんだよ!ガオオオオオオオッ!」
「「「ぐわあああっ!?」」」
鬱憤を晴らすかのようにティガルは全身と大剣から電撃を放ちつつ鋭く踏み込むと、咆哮と共に大剣で豪快に薙ぎ払う。私の外骨格でも受け止められなさそうな一撃によって帝国兵の数人が周囲の建物ごと吹き飛ばされた。
ティガルは自分が崩した包囲の穴へと躊躇なく走り、その後をデキウスが追い掛ける。さらにその後ろを私が殿として守る位置に続く。帝国兵は当たり前のように追跡しようとするが、今度は私が双剣と尻尾で帝国兵を足止めした。
「蠍の尻尾……!まさか、こいつが噂の!?」
「レムルス殿下を打ちのめした魔人か!討ち取れば褒美は思いのままだぞ!」
「ああ、お前達はそちら側か」
どうやらこの帝国兵は外から攻め込んだレムルスの配下らしい。味方が多少殺られても動じず、それどころか私を手柄首だとしか見ていない。流石はレムルスの兵士は共和国と前線で戦い続けた者達。多少の力を見せつけても怖じ気づくことなどないようだ。
ティガルが吹き飛ばした者達も死んではおらず、突っ込んだ瓦礫を押し退けて追跡に加わっている。しつこく追ってくるレムルスの兵士を斬り捨てながら走っていると、ついに仲間達の待つ建物にまでたどり着いた。だが、その建物は帝国兵に囲まれているではないか。
帝都を脱出するには包囲する帝国兵と追いかけて来る帝国兵の両方を倒さねばならないのか?どうやら一筋縄には行かないらしい。私はため息を吐きたい気持ちを抑えつつ、背後から飛び掛かる帝国兵に毒針を突き刺すのだった。
次回は7月14日に投稿予定です。




