解放されてしまった者達
元盗賊団だった魔人達は、鼠や蜥蜴などの帝都の付近に住む生物と合成されているようだ。特戦隊のように霊術を使えたり、五感が飛び抜けて優れていたりする生物を素材としてはいない。身体的な性能の面ではほぼ間違いなく私達よりも劣っているだろう。
しかし、それでもヒト種よりは遥かに鋭い五感を持っている。嗅覚や聴覚で我々のことを察知したに違いない。帝国兵と戦っている間に、強引にでも横をすり抜けた方が良かっただろうか?今となっては後の祭りである。
私達の姿を見た魔人達だったが、奴等の視線はデキウスとその背中に背負われているマルケルスに集中している。私とティガルに注目していないのは戦闘形態になっていないからだ。
大方、二人が臨時に雇った傭兵にでも見えているのだろう。私の腕は籠手に見えるし、口元はアイワスに貰った鉄仮面で隠れている。余計な警戒心を抱かれないのは都合が良い。精々、油断しておくが良い。
二人だけを見ている魔人達だが、その表情からは嗜虐的な意思を感じる。それを見てデキウスは小声で「やっぱりそうなりますか」と呟く。私とティガルは無言で何時でも戦えるように心の準備をしておいた。
「おいおい!誰かと思えば連隊長サマとその腰巾着サマじゃねぇか!こんな小汚ねぇところにどんなご用事なんですかねぇ?」
腕を広げて挑発するのは大柄な魔人だった。珍しいことに合成されたのは昆虫である。私やアリエルと同じ複眼を持ち、額からは二本の長い触角が伸びている。全身を被う外骨格は全体的に濃い緑色で、前腕には鋭いトゲが五本ほど生えていた。
何の虫と合成されたのかはわからないが、連中のボスは奴であるらしい。闘気や霊力の強さで言っても、あの魔人が最も強そうだ。他の者達からも視線を外さないようにしつつ、私は連中への対応をデキウスに任せた。
「用事などありません。強いて言うなら負傷した隊長を運んでいる最中です」
「ほーん?俺達を止めようってんじゃねぇのかよ」
「止めようと思っても、もう止められないでしょう。隷属の霊術が解除されているのですから」
「へぇ?そのことは知ってたのか」
魔人は感心したような声を出しながら、顎に手を当てている。顎も外骨格に被われているものの、私のように口の部分の形状は虫に近くなってはいないらしい。今はそれどころではないのだが、少しだけ羨ましかった。
ただ、奴の複眼には猜疑の光が見てとれる。デキウスの発言が嘘ではないか吟味しているようだ。数秒後、奴は顎から手を離して頷いた。
「捕まえるつもりじゃねぇってことは信じてやろう。本気なら怪我人連れて来る意味がわからねぇからな」
「わかっていただけて何より。ところで、我々はここを通りたいのです。通していただけますか?」
「ここを通りたいって?ふーん、そうなのか。どうしようかねぇ……」
魔人は今度は顎先を指でコンコンと弱く叩きながら何かを考えている素振りをする。元は蠍である私だが、既に魔人となってからの方が期間が長い。ヒト種の表情や雰囲気から、ある程度感情を読み取ることも可能になっていた。
そして私が関わった者達はその大半が悪意を持っている。それ故に相手が自分達に悪意を持っているのかどうかに対しては敏感になっていた。その私の直感が囁いている。奴は最初から我々に、と言うよりマルケルスとデキウスに強い敵意を抱いていると。
「ダメだな。通してやんねぇ。お前らのことは初めて会った時から気に食わなかったんだよなぁ。見下しやがってよぉ……」
「そうですか。気に入らなかったという点では私達と同じですね。しかし……貴殿方のような卑劣漢と同じ意見とは。とても不本意です」
魔人の出した答えは想像通り、拒絶であった。マルケルスとデキウスは性根の真っ直ぐな男達だ。弱者から略奪するような盗賊団と気が合う道理がない。むしろ連中と気が合う者達は同じような犯罪者だけだろう。
そして拒絶されることを予期していたであろうデキウスは、肩を竦めながら挑発で返した。その態度が気に食わなかったのか、魔人は真顔になって手に持っていた剣の切っ先を我々に向ける。それを見た私とティガルは即座に剣を抜いた。
「ナメやがって……!テメェ、今の状況がわかってんのか!?アァ!?」
「わかっていますよ。最後の戦いの直前に魔人にされた元盗賊団に行く手を阻まれている。ただそれだけでしょう」
魔人の恫喝にもデキウスは全く動じない。怪我人を背負っている男の言葉とは思えない落ち着き様に、虫の魔人以外の魔人達は言い知れぬ恐怖を抱いてしまったようだ。魔人達の一部は有利な状況であるにもかかわらず、一歩後ろへ退いてしまっている。
ただし、虫の魔人は手下が臆したことでより怒りを増したらしい。奴は剣の柄が壊れそうなほど強く握り締めながら奥歯を強く噛み締める。ヒト種の歯が擦れるのとは異なる、ギチギチという虫の威嚇音のような異音が耳障りであった。
「殺せ、ジャック!」
「へい、お頭ぁ!」
虫の魔人が命令すると同時に、我々の頭上から小さな影が飛び掛かって来た。それは半透明な翅を生やした虫の魔人である。
長く鋭い口と黒い色から、蚊の魔人だろうか?その魔人は両手に細長い剣を持っており、どうやら口と両手の剣で私達全員をまとめて殺そうとしているようだ。しかし……その考えは見通しが余りにも甘過ぎた。
「ぎゃああああっ!?」
「し、尻尾ぉ!?」
「魔人だと!?」
私とティガルは蚊の魔人が密かに接近していたことに気が付いていた。盗賊として培った忍び足の技術に自信があったようだが、魔人相手には通用しない。音と臭いでバレバレだったのだ。その結果、蚊の魔人は喉を毒針で貫かれて死亡した。
また、デキウスも全く驚いていない。彼の場合は気付いていたと言うよりも、連中の性格から次の手を読んでいたからだろう。同時に私達がキッチリ対処すると信頼してくれていたらしい。彼は身動き一つすることはなかった。
「信頼してくれるのはありがたいが、万が一の場合もある。避ける素振りくらい見せてくれ」
「次があればそうしましょう」
「どっちでも良いけどよ、こっからどうすんだ?」
私の小言をデキウスはさらっと流してしまった。一方でティガルは大剣を一振りしてから肩に担ぎつつ私に尋ねる。盗賊団だった魔人達は最初こそ驚いて浮き足立っていたが、今では仲間が殺されたことで殺気立っていた。
反撃しただけではあれど、もう既に血が流れている。穏便に済ませることは不可能だろう。では、怪我人を連れた状態で連中と本格的な戦闘を行うのか?不可能ではないが、流石に守り切れる自信はない。ならば取れる手段は一つだ。
「ティガル、突破口を開け。その後はデキウスを連れて逃げろ。私が殿として残る」
「助かります」
「おいおい、大丈夫なのか?ちょっと前までヘロヘロだったじゃねぇか」
「心配してくれるのは嬉しいが、全く問題ない。霊力は空だが、身体の力はほぼ戻っている」
「嘘……じゃねぇらしいな。やっぱりボスは別格だな、マジで」
カレルヴォを確実に仕止めるために霊力を限界まで振り絞った。そのせいで一時的に動くことすら億劫な状態になっていたのだが、その状況からは既に脱却した。回復が早いのも魔人の優れた点である。
ただ、魔人の中でも私の回復速度はかなり速い。それを実感したからか、ティガルは呆れたようにため息を吐いている。そんな顔をするな。頭を張る者が弱いよりは強い方が良いだろう?
「余裕かましやがって……!テメェら!全力でぶっ殺せ!」
「ハッ!死ぬのはテメェらの方だぜ!ガルルルルッ!」
盗賊団だった魔人達は、各々の武器を手にこちらへ殺到する。それに対して戦闘形態になりながら前へ踏み込んだティガルは、電撃を纏った大剣を縦横無尽に振り回す。その太刀筋は荒々しくも無駄がなく、激突した魔人達を容易く蹴散らして突破口を切り開いた。
「こ、こいつも魔人……ぎゃああっ!?」
「つ、強ぇ……!」
「当ったり前よ!俺達とテメェらじゃ、越えてきた死線の数が違ぇんだからな!」
普通のフル族に見えたティガルが魔人へと変貌したことに驚く前に、薙ぎ払われた魔人達の悲鳴が響き渡る。たった一度の激突であったが、既に互いの実力がかけ離れていることを思い知るには十分であったらしい。先ほどまでの勢いと殺気は鳴りを潜め、魔人達は怯惰と恐怖に支配されていた。
ティガルの言う通り、我々と奴等では戦闘の経験に大きな差があった。最前線で常に命のやり取りを行ってきた我々と、弱者から一方的に財貨と命を奪ってきた盗賊団。どちらの戦いがより厳しく、生き残るために自然と腕が磨かれるのかは明白だ。
「ど、どうすんだよ!お頭ぁ!?」
「何をビビってんだ、馬鹿共!相手はたった四人!しかも一人はくたばり損ないだ!数で押しゃあどうにでもなる!」
「そうだ!数で押せぇ!」
「「「ガオオオオオッ!!!」」」
魔人達は数の力に頼るつもりのようだ。目の前でティガルが数人をまとめて斬り捨てたのを見ていたはずなのだが……確かに数で来られたら万が一があるかもしれない。
私は尻尾で刺したままだった蚊の魔人を前に放り投げる。仲間の死体が飛んできたことで、驚いた連中の足は止まってしまう。
これが白機兵ならばこうは行かない。彼らなら回避するか武器で両断するかするので、足止めにすらならなかっただろう。これが精鋭部隊と盗賊団の違いである。
「ガオオッ!」
「ガハッ!?」
「シッ」
「ゲヒュッ!?」
そしてこの程度で足を止めるような者達に遅れを取る私とティガルではない。目の前にいる魔人を数人斬って包囲に穴を開けると、その穴から前へと走って逃走する。だが、案の定魔人達は追い掛けてくるようだった。
横に並んでいた私とティガルは視線だけでやり取りすると、予定通りに動くことにした。ティガルはデキウス達を連れて逃走し、私は彼らが走って行った路地の入り口に踏み止まって殿となるのだ。
「ここを通りたければ、私を殺してからだ」
両手を広げて路地を塞ぐと、魔人達は迷ったようにお互いの顔を見合わせている。さて、ここで諦めるなら良し。諦めないと言うのなら、諦めるまで斬るのみだ。
「健気だなぁ、クソ兵士の犬野郎。その服やら何やらはご主人様の靴でも舐めて買ってもらったのか?飼い慣らされやがって……お前みたいな奴が一番気に食わねぇんだよ!」
「マルケルスにもらった訳ではない。それに、私は蠍だ。犬ではないぞ」
「んなことはどうでも良いんだよ!ぶっ殺せ!」
「「「グオオオオオッ!!!」」」
そして予想出来たことだが、魔人達の選択は私を殺すことだった。ならば仕方がない。降り掛かる火の粉は払うのみだ。
同じ魔人を斬るのは気が進まないが、既に奴等はこちらの命を狙って来た。完全に敵でしかない。私と仲間の安全のため、私は心を鬼にして迎撃するのだった。
次回は7月10日に投稿予定です。




