地獄の帝都
「マッ、マルケルス!?」
「隊長!?ご無事ですか!?」
私を突き飛ばし、カレルヴォの牙から庇った私達をマルケルス。少しだけ力が入るようになった脚に鞭打って立ち上がった私は、二人と共に彼の元へと急いだ。
地面に転がっていたマルケルスは、何と両脚の膝から下を失っていた。カレルヴォの牙に食い千切られたのだろう。彼は肘を地面に着き、歯を食い縛って痛みを堪えている。その姿は痛々しいとしか言い様がなかった。
「ゲハッ!ゲハハハハハハァ!」
「いい加減、死んどけ!このクソ野郎が!」
「ガッ!?グガガァ……」
カレルヴォは人の顔の部分に喜悦を浮かべ、狂ったように笑っていた。そしてもう一度同じように噛み付くつもりなのか、顎を器用に動かして正面をこちらに向けようとしている。
だが、二度目を許すほど我々は間抜けではなかった。私が無言で投擲した白い剣はカレルヴォの顔の額を貫き、ティガルが限界まで電撃を纏わせた大剣を振り下ろす。カレルヴォの竜の頭は正面から両断され、断面は電撃によって焼き潰された。
頭だけになっても動いたことには驚いたが、流石にその頭を両断されて回復することはなかったらしい。カレルヴォは醜く歪んだ笑みを浮かべたまま、ようやく動かなくなった。魔人の技術を奪って栄誉を得た愚かな男は、安らかとは程遠い顔で最期を迎えたのである。
「出血が酷い……!縛るだけでは止血に不十分だ!」
「こ、これで……少しは、借りを……返せたか……?」
「馬鹿なことを!」
マルケルスが私を庇ったのは、以前に私が助けた恩返しのつもりだったらしい。だが、私はそんなことを望んでは……ああ、そうか。私が命を張って助けた時、マルケルスとアスミの二人はこんな気持ちだったのか。味方を助けると言うのは敵を倒すよりも難しいようだ。
マルケルスは余裕を見せたかったようだが、顔色は悪いし軽口ももう叩けないらしい。出血の勢いから考えて、今すぐ処置をしないと危険だろう。医学の知識はなくとも、戦場で生きてきたのだ。そのくらいは感覚でわかっている。
「くっ……仕方がありません。ティガル、頼みます」
「はいよ。ボス?」
「ああ」
このままではマルケルスの命に関わることを、当然ながらデキウスも理解していた。我々は彼を助けるためには、どんな手段をもってしても迅速に止血をしなければならないだろう。
緊急事態に際して、我々の決断は早かった。カレルヴォの死体から私の剣を回収して戻ってきたティガルは、大剣に電撃を纏わせ続けてその表面を赤熱させていく。その間に、私は常に外骨格に包まれている腕をマルケルスの前に差し出した。
「噛め。わかるだろう?」
「あ、ああ。わかった。やってくれ」
「我慢しろよ……!」
私達が何をしようとしているのか理解したマルケルスは一瞬だけ顔を引き攣らせた。だが、それが自分にとって重要なことだということも理解していたらしい。脂汗を額に浮かべながら、彼は神妙に頷いて私が差し出した腕に噛み付いた。
それを確認してからデキウスはマルケルスの肩を押さえ付け、ティガルは赤熱する大剣を傷口に押し付けた。ジュウという音と共に、血と肉が焼ける嫌な臭いが辺りに充満した。
「ッ~~~~~!!!」
マルケルスは私の腕を噛みながら言葉にならない悲鳴を上げる。効果を調整した麻酔毒を毒針から流してやれれば良かったのだが、生憎回復しつつあるとは言え私は本調子からは程遠い。上手く調整出来るとは思えず、提案することすら控えておいた。
傷口を焼いたことで、マルケルスの両脚からの出血は完全に止まった。だが、ただでさえ両脚を失った激痛に苦しみ、大量に出血して体力が落ちていたのだ。マルケルスは生きているものの、ジットリとした脂汗で全身を湿らせながら気を失ってしまった。
「デキウス、マルケルスを仲間の下まで運んでくれ。ティガルは私と二人の護衛だ」
「そうする他にありませんね」
「護衛って、ボスこそ大丈夫なのかよ?」
「全身に力が入るようになってきた。最低限なら戦える」
魔人である私は疲労の回復も早い。まだ本調子とは言えないが、ある程度の体力は戻っている。仲間達と合流し、帝都から逃げるまで戦うだけなら十分だろう。
気絶しているマルケルスをデキウスが担ぎ、その前後を私とティガルで挟む。この隊列でなるべく戦闘を避けながら仲間達と合流するべく戦場と化した帝都を慎重に進んだ。
「……こっちはダメだ。迂回するぞ」
「わかりました。では、この路地を進みましょう」
私が本調子ではない上に、マルケルスという重傷者を運んでいる。どう考えても戦闘は極力避けるべきだ。私が周囲の音と地面から伝わってくる振動を拾って戦闘が起きている場所を把握し、帝都の地理に詳しいデキウスの案内で狭い路地などを選んで進んでいた。
細心の注意を払った甲斐もあり、我々は順調に移動していた。そうやって戦闘を避けている我々を嘲笑うかのように、帝都では至るところで戦いによる怒号と悲鳴が木霊している。ただ、戦っているのは兵士だけではない。帝都の民同士でも殺し合いが起きていた。
「全部奪い尽くせ!歯向かう奴ぁ殺しちまえ!」
「止めてくれ!それは大事な商品……ぐわぁ!?」
「お、お父さん!?」
ある場所では戦火のどさくさ紛れに火事場泥棒が商店を襲撃し、商品を守ろうとした商人が斬られている。帝都が物理的に半壊するような戦いだ。この戦争が終息した後、商店は戦闘に巻き込まれたのか誰かに略奪したのかを判別することは難しい。それを見越しての犯行であろう。
卑劣で浅ましいが、楽に財を得られるのは間違いない。それに略奪している暴漢達だって、この戦争を乗り越えられるとは限らない。暴行を咎められて兵士に殺される可能性も十分にある。今の状況での略奪はハイリスクハイリターンな行為と言えた。
「畜生、何だって急に首輪が壊れたんだ!?一体どうなって……ぐあぁっ!?」
「こっ、この奴隷共!黙って言うことを聞け!主人であるこの儂に逆らうな!これまで養ってやった恩義を忘れ……ぎゃああああああっ!?」
「俺達は自由だ!自由なんだ!」
「何が恩義だ!理由もなく殴るクソ野郎め!」
「今こそ恨みを晴らす時!ぶっ殺せ!」
またある場所では奴隷達が反乱を起こしていた。私が音を拡散する装置に霊術を無効化する道具を掲げた時、音を止めると同時に無効化の波動とでも言うべき光が帝都中に拡散した。
それはカレルヴォに影響を及ぼしていたが、それだけでなく帝都中の霊術を無効化したらしい。無効化されたのは帝都にいる奴隷を隷属させる霊術も例外ではなく、意図せずして私は帝都中の奴隷を一斉に解放してしまったのだ。
私も産まれてこの方、ずっと奴隷として生きてきた。だからこそ彼らが考えていたことは手に取るようにわかっていた。
隷属を強要されている状況を、不満に思わない奴隷はほとんど存在しない。いるとすれば余程の阿呆か、寛大な主人に仕えているかだろう。
数少ない例外を除けば、奴隷とは表面上は忠実であっても好機があれば決して見逃さずに反撃したいと願っている。その反撃は溜め込んでいた不満が大きければ大きいほど苛烈なものになるのだ。
近くで反乱を起こしている元奴隷達は、骨と皮だけにしか見えないほどガリガリだ。まともに食事も与えられていなかったのだろう。主人は奴隷の扱いが雑だったらしく、それは相当な不満が溜まっていたことを意味していた。
その反動があの反乱だ。元奴隷達は棒や瓦礫など、武器とは言えないモノを持ち、目を爛々と輝かせながら主人に襲い掛かる。私は彼らの目の奥に浮かぶ真っ黒な炎を幻視した。
護衛は元奴隷を何人も斬り捨てて主人を守ろうとしたが、如何せん人数が違いすぎた。元奴隷達は数の力で押し潰し……主人の首を護衛から奪った槍に串刺しにして高く掲げる。復讐を遂げたこと、そして自由を得たことに彼らは喝采を挙げていた。
「酷ぇな……花の帝都がこのザマかよ」
「事情を知らない者に、ちょっと前は戦勝に浮かれていた場所だと言っても信じてもらえないでしょう」
地獄としか言い様のない帝都の惨状に、デキウスは悲痛そうな顔になっている。こう言う時に皮肉を言いそうなティガルですら、言葉を失っていた。
帝都は悲惨なことになっているが、それが我々にとっては都合が良かった。どこに行っても暴力事件が起きている状況だからこそ、誰かに呼び止められたり通報されたりせずにここまで進めたのである。
私は自分達の安全のため、この状況を最大限に利用することに躊躇はない。しかし、他者の不幸を利用することに心が痛まない訳ではなかった。
罪悪感を必死に頭から追い出しながら先導していると、目的地に行くためにはどうしても横断しなければならない大通りの脇に出た。そこでも激しい戦闘が起きている。しかも何の因果か、戦っているのは帝国兵と魔人の集団だった。
「クキキキキ!野郎共、今までの鬱憤を晴らせぇ!」
「ぶっ殺せ!シャアアアアアアアッ!」
「グオオオオオン!」
帝都中に拡散した霊術を無効化する波動は奴隷に自由を与えた。そして同じように魔人も自由になったのである。アスミ達に道具を使う手間が省けたと言えるのだが……この事態はは想定外だった。
魔人の素材とされた者達は、大別して二種類の人物が存在する。帝国で犯罪を犯した者達と、強制的に連れ去られた貧民街の住民だ。
前者は犯罪者としての刑罰を受ける代わりに魔人にされている。暴力事件を起こした者達が優先的に選ばれており、非常に好戦的で暴力を振るうことに慣れていた。最初にラピ達を殴った連中もこのパターンだ。
後者は戦争が長引いて不足気味になった兵力を補うため、貧民街の住民を即戦力となる魔人に変えられた。ユリウスやアリエルがこのパターンであり、魔人としての身体能力以外は素人同然だ。最も損耗率が高く、戦場で死ぬ魔人の大半は彼らだった。
そして今、帝国兵と戦っているのは明らかに前者である。奴等は魔人の力を使いこなして帝国兵を圧倒していた。実戦に放り込まれた経験があるだけの素人ではこうは行かないだろう。
「デキウス、あいつらのこと知ってるか?」
「ええ。決戦の直前に魔人に合成された盗賊団です。帝国国内で行った略奪で捕縛されて魔人にされた、といういつもの流れですね」
「つまり、一番質が悪い魔人と言うことか」
私の出した結論にデキウスは頷いた。元から荒事を生業にしていた悪党が、魔人となって自由の身になったらどうするか?帝国兵を撃退した後、魔人の盗賊団として悪行を働くことだろう。
そんな危険極まりない連中を、私は解き放ってしまったらしい。不可抗力だとしても多少は責任を感じてしまう。しかしながら、私にやれることもない。このまま隠れてやり過ごそう。
「てっ、撤退!撤退だ!」
「レムルス殿下に報告するぞ!『皇剣騎士団』に来ていただく!」
どうやら戦っていた相手はレムルスの配下だったらしい。敵わないと見るや、確実に勝てる戦力が必要だと報告しに行くようだ。背中を向けて逃げ出したレムルスの配下を、魔人達はゲラゲラと笑いながら見送った。
追撃するつもりはないらしい。狂暴な者達だと思っていたが、必要なければ戦わないのかもしれない。『皇剣騎士団』が来る前に移動するだろうし、その間に横断させてもらおう。
「さってとぉ……おい、そこに隠れてんだろ?出てこいよ」
……どうやら、我々の存在はとっくにバレていたらしい。考えてみれば魔人の感覚ならば察知されているのが普通であろう。我々は顔を見合わせてから、ゆっくりと物陰から出るのだった。
次回は7月6日に投稿予定です。




