異形の魔人、カレルヴォ その四
振り切ることが出来ないのなら、ここでカレルヴォを始末するしかない。その手段について、私は逃げている間に一つの作戦を立てている。必要にならない方が都合が良かったのだが、仕方がない。カレルヴォとの因縁に決着をつけてやる。
『皇剣騎士団』によって与えられたダメージが残っている今なら、この作戦が上手く行けばそのまま倒せるかもしれない。しかし、失敗すれば決め手に欠く状態で再び逃げ回ることになるだろう。必ず成功させねばなるまい。不退転の覚悟を決めた私は、砂の鋏を左右に浮かべながらカレルヴォに向かって駆け出した。
カレルヴォからしてみれば、最も執着している獲物が自分から近付いてくるのだ。奴はとても嬉しそうな、それでいて怒りと殺意を隠そうともしない咆哮を上げた。
「ギャオオオオオン!!!」
「ふっ!」
カレルヴォが伸ばしてくる無数の腕を、私は跳躍することで回避する。だが、カレルヴォは別の腕で執拗に私を追い掛けてくるので、私は鋏の一つを足場にして空中でもう一度跳躍して回避した。
足場にした鋏はカレルヴォの腕に押し潰され、私の制御からは離れてしまう。鋏は便利だが、所詮は霊術でいつでも作れる武器に過ぎない。だからこそ私は躊躇なく使い捨てた。
理性を失いつつあるカレルヴォだが、私がちょこまかと動くことなど想定していたらしい。空中で跳躍した私の複眼が映したのは、こちらに迫ってくる可能な限り大きく開かれた竜の口であった。
「まだ少しは頭が働くようだな」
「グルル!?」
カレルヴォにとって不運だったのは、私は複数の複眼によって全方位が見えていることを忘れていることだろう。いや、そもそも知らないのかもしれない。どちらにせよ、私にはカレルヴォの動きが事前に見えていたのである。
カレルヴォの口が近付くのに合わせて、奴の鼻先に尻尾の毒針を引っ掛けた。尻尾を第三の腕として利用して、私の身体をカレルヴォの頭部に投げ上げた。頭上に着地した私は二本の剣を大きく振り上げ、渾身の力を入れてその頭部に突き刺した。
「グルアアアアアアアッ!?」
「……まだまだ元気だな」
双剣の切れ味は健在であり、刃の根元までしっかりと刺さっている。刃は鱗も肌も、その下の頭蓋骨をも貫いて脳を傷付けたハズだ。
脳を傷つけられたカレルヴォは、悲痛な絶叫を上げながら頭を振り回す。普通の生物どころか、脳天に刃が突き刺されば魔人であっても死から逃れられないだろう。
だが、カレルヴォはまだ元気に暴れている。この大きさだ。私の双剣で脳を抉られたところで軽傷にしかならないのかもしれない。ならば、その傷を拡げてやるとしよう。
「これならどうだ?」
「ガガッ!?」
私は双剣を引き抜き、代わりにまだ健在だったもう一つの鋏を突き刺す。さらに鋏の先端を長細い槍のように変形させて内部へと伸ばし、双剣が付けた傷口から脳の奥深くまで貫いた。
その時のカレルヴォの反応は劇的と言っても良いだろう。これまで左右に振っていた長い首をピンと伸ばして硬直し、口をパクパクとさせている。一方で無数の腕は痙攣しながら無秩序に地面を叩き始めた。
「危ねぇ、なあっ!」
「ぐおおっ!」
「流石に厳しいですね……!」
その腕は私に追い付いていたマルケルス達に襲い掛かっている。身の丈ほどある大剣を使ってカレルヴォの腕を容易く両断出来るティガルは問題ないのだが、マルケルスとデキウスはそうも行かない。虜囚となりかけていた彼らは、ごく一般的な帝国兵が使う直剣しか持っていなかったのだから。
彼らも精鋭と言える武人であり、カレルヴォの腕にあっさりと潰されるような醜態を見せることはない。だが同時にティガルのように腕を一刀両断することは不可能だった。それを行うには剣の長さも品質も足りなかった。
それ故に二人は迫る腕を斬り裂きながら回避するのがやっとであった。時折霊術も織り混ぜているものの、効いているようには見えない。やはり強大な霊術で一刻も早く致命傷を与えるしかないようだ。
私は新たに砂を作り出すと、鋏に後ろから圧力を掛けた。脳を貫いた砂の槍が、後ろから押されてより深く突き刺さっていく。幾ら鱗や骨が頑丈であっても、脳そのものは他の生物同様に柔らかいようだ。
砂の槍を深く差したまま、私は槍の側面から小さい槍を無数に生やしてやった。敵の内側をズタズタにするこの技が通用しなかった者は存在しない。現にカレルヴォにも効いているようで、それまでは動かせていた腕は首と同じように伸ばした状態で硬直した。
それでもまだカレルヴォは生きている。パクパクと竜の口を動かし、すぐそこからは荒々しい鼻息が聞こえてくる。信じがたいことに頭の傷も塞がろうとしているのか、砂の槍に負荷が掛かっているようにも感じた。
「これでもまだ生きているのか。ならば……!」
このままでは復活するかもしれない。しかし、今は動けない。ならば今こそ確実に殺せる強大な霊術で仕止めるしかない。私は霊力を限界まで高めると、まずは大量の砂を作り出した。
次にその砂を一対の腕の形状に整えていく。イメージするのは私自身の外骨格に包まれた腕だ。その手はオルヴォの作った合成獣を葬った時に作ったモノよりも大きく、力強く、爪先が尖っていて、砂の密度も高い。
「はああああ!」
「す、凄まじい霊力だ……!」
霊力を大量に消費している私は、全身からじっとりと汗が噴き出してくる。今の自分に可能な限界ギリギリの出力で霊力を使っている反動であろう。だからと言ってここで霊術を中断するという選択肢はない。マルケルスが何か呟いていたが、私はそれを聞く余裕すらない。ただ歯を食い縛って霊術を使い続けた。
作り出された一対の腕は左右から挟み込むようにしてゆっくりとカレルヴォを包み込む。そして爪先を食い込ませると、絞るようにしてその巨体を捻り始めた。
カレルヴォの身体は大きいだけでなく、肉も骨も相当に頑丈だ。オルヴォの合成獣のように容易く潰すことは出来ない。だが諦めずに力を入れ続けた。
しばらくするとミシミシ、バキバキと何かが砕ける音が聞こえてくる。握力によって鱗が砕け、加わった圧力によって骨が折れているらしい。鱗と骨が耐えられる限界を超えたようだ。
こうなったら後は全力で捻り続けるのみ。私はここで力を使い果たす勢いで砂の手に更なる霊力を注ぎ込み、カレルヴォの身体を絞り上げる。内側から折れた骨が肌を貫き、カレルヴォの全身からジワジワと血が流れ始めた。
ただ、血塗れになりつつもカレルヴォはまだ生きている。生きているということはその治癒力も健在だ。内側から貫かれた部分が徐々に治っていき、骨の周囲に肌に癒着し始めているではないか。やはり、もっと力を入れなければ……!
「ゴボッ……ゴボバッ!!!」
「うわっ!?」
「汚ぇ!?」
「危なかったですね」
更に力を入れ続けたことで鱗や骨が砕けた次は内臓が傷付いたらしい。カレルヴォは竜の口だけでなく、胴体にある口からも大量の血液を吐いたのである。地上には血の雨が降り注ぎ、マルケルスやティガルが驚いていた。
ただ一人、デキウスだけは察していたのか物陰に隠れてやり過ごしている。要領が良いと言うか何と言うか……三人の性格が見えるようで、霊術の制御に必死だと言うのに私は少し笑ってしまった。
「ゴボッ……ゴアァァ……」
噴水のような勢いで吐血したカレルヴォは、流石に全身を捻られて無事ではいられなかったらしい。ついさっきまでピンと伸びていた首と腕からいきなり力が抜け、カレルヴォはついに倒れ付した。
カレルヴォの頭の上にいた私は、奴が倒れて顎から地面に倒れた時の振動に耐えられずに投げ出された。霊力を使いすぎたことで疲労の極致にあり、踏ん張ることが出来なかったのだ。
受け身は取れたし、外骨格は頑丈なので落ちたことによるダメージはほとんどない。しかし、私は指一本を動かすことすら億劫なほどに疲れ切っていた。作戦通りにどうにかなって本当に良かった。
だが、信じられないことにカレルヴォはまだ生きていた。かなり弱っているし、治癒も間に合っていないように見える。それでも今までのことを考えれば、再び動き出せるほどに回復してもおかしくない。一刻も早くトドメを差さなければ……!
「と、トドメを……」
「任せとけ、よっと!」
私はトドメを差すべく双剣を杖代わりにして立ち上がろうとしていたのだが、その前にティガルが大剣によってカレルヴォの頭部を切断した。その瞬間、カレルヴォの身体の治癒は完全に停止する。この怪物にとっても頭部とは重要な器官だったようだ。
ティガルの後に続いてマルケルスとデキウスも駆け寄って来る。マルケルスは私の腕を掴むと引っ張り上げて立たせてくれた。しかし私の脚にはまだ力が入らない。外骨格を維持することすら出来ずに肌も軟化している。私が弱っていることを察したのか、マルケルスは私の腕を肩に回した。
「結局、一人で倒し切ってしまうとはな。全く、お前の強さは出鱈目だよ」
「いや、そうでもない。私を助けてくれた人物は、片手間に私を消し飛ばせる力の持ち主だった」
「嘘……じゃないのか。どんな化物だ、それは」
アイワスに比べれば私の力などちっぽけなものだ。実際に戦ったわけではないが、対峙しただけでそれを理解させられた。だから私は慢心しない。自分よりも強い存在など幾らでもいると知っているからだ。
マルケルスは最初こそ私が冗談を言ったのだと思ったようだが、これでも長い付き合いである。冗談か冗談でないかくらいは判断出来るというもの。マルケルスは呆れたように溜め息を吐いた。
「まだ力は入らねぇのか、ボス?」
「ああ。だが、少し休憩すれば大丈夫だ」
「あれだけの規模の霊術を使って、意識を保っている時点で十分に凄いことなのですが……まあ、今さらですか」
四人で集まり、勝利を祝う。戦場における束の間の休息とも言える貴重な時間だ。その間も、私には油断などしてなかった。複眼で周囲を観察し、異変が起きても対応出来るように振動にも注意を払っている。
だから気付いたのだ。我々のすぐ後ろにある、ティガルが切断したカレルヴォの竜の頭。そこに張り付いていたカレルヴォの顔の目が見開かれ、憎悪と敵意を乗せてこちらを睨んでいたことに。
「危ない!後ろだ!」
「ギゲエェェェェッ!」
カレルヴォの顔にある口からは意味をなさない金切り声を上げながら、切断された竜の頭部を跳ねさせてこっちへ向かってくる。狙いは明らかに私だ。このままではマルケルスまで巻き込まれてしまう。
しかし、そうはならなかった。何故なら……マルケルスは私を突き飛ばしたからだった。
次回は7月2日に投稿予定です。




