待つ者達
アンタレス達がカレルヴォと戦うと決断した頃、ザルドとミカは脱出の準備を着実に進めていた。混乱の最中で兵士が放棄したと思われる大型の荷車を調達しながら、旅に必要な物資を帝都の民家や店舗から調達していた。
幸いにもと言って良いのかはわからないが、物資を集めるのに暴力を振るう必要はなかった。レムルスによる攻撃とカレルヴォの出現によって、戦う力がない者達は家の中に閉じ籠って通り過ぎるのを待つか、より頑丈な建物を目指して逃げ出している。空き家になった民家や店舗だけでも、必要な物資を揃えるには十分だった。
「二発目か……。今度は城壁まで届いていないようだ」
「ええ。ですが、その分薙ぎ払われた場所は凄惨なことになっているでしょう」
カレルヴォから離れた場所にいた彼らだが、その巨体と雄叫び、そして何よりも口から放たれる息吹を見逃す訳にはいかない。直撃すれば建物のように彼らの命も消し飛ばされてしまうからだ。
重傷のファルを抱えたゴーラが戻ってきたことで、嫌でも警戒せずにはいられなかった。常に数人が周囲とカレルヴォの動静を監視しており、何か大きな動きがあれば即座に動けるように待機していた。
そのファルだが、シャルをはじめとした数少ない治癒の霊術を使える者達によって集中的な治療を受けている。妹であるトゥルは治癒の霊術を使えないが、火傷を冷やすには彼女が得意とする氷の霊術が最適だ。彼女は泣きそうになるのを堪えつつ、火傷に苦しむ姉を冷やし続けていた。
ゴーラはファルの容態が気になる気持ちを抑えるためにも、付近で最も高い建物の上に登って周囲を警戒している。ザルドとしてはファルに付き添わせてやっても良かったのだが、何かしていないと落ち着かないとゴーラ本人が言うので任せていた。
「何時でも出発は出来るのだが……二人はまだ帰って来られないのか?」
「はい。音が多すぎて判別が難しいのですが、どうやら偶然出会ったマルケルス様とデキウス様の二人と共に戦っておられるようです」
ミカは魔人の中でも特に優れた聴力の持ち主だが、今の帝都は混沌としていて聞き分けるのがとても難しい状態だ。むしろマルケルス達と合流したことをちゃんと聞き取れていることを褒めるべきだろう。
全員にとって幸せだったのは、唐突に現れた異形がカレルヴォであることをミカが聞き取れていなかったことである。もしも彼がそのことを聞いていたとすれば、複雑な心境にならずにはいられなかったのだから。
「眠らされている間にそんなことがあったとは……隊長には色々聞きたいことがあるが、その前にきちんと礼を言わねばな」
複雑な表情で積み荷を固定しているのはアスミだった。アンタレスが魔人を暴走させる装置を無力化した時、無力化の波動とも言うべき光が帝都に拡散した。それによってアスミ達を眠らせていたリンネの霊術だけでなく、隷属の霊術も解除されていたのだ。
覚醒した後にアンタレスの生存と今の状況を説明されたアスミは喜びと驚き、そして申し訳なさで一杯だった。彼女にとってアンタレスは命の恩人である。自分の代わりに死んだと思っていた恩人が、自分が気絶している間に帰ってきて、さらにまた世話になってしまった。情けないと思うのも仕方がないだろう。
「本人は全く気にしていないと思うぞ。それよりも……」
「雰囲気がちょっと変わってたよな。それに上等な服を来てたし、便利な道具も持ってた。あの後、マジで何があったんだろうな?」
リナルドの疑問は特戦隊の全員が感じていたことだった。いや、疑問に感じない方がおかしいだろう。ほぼ確実に死んだ思われていたアンタレス。それが生還したのは喜ばしいが、行方不明になる前よりも立派な出で立ちで不思議な道具まで持っていたのだから。
また、彼の雰囲気の変化も気になる点である。以前のアンタレスは特戦隊の全員と同じく、自分達の未来を諦めていた。自由になったらと妄想しながらも、そんなことは決して起こらない。そんな風に達観していたのである。
だが、帰ってきたアンタレスはその空気を払拭していた。それだけではない。特別な振る舞いなど見せていないはずなのに、何故か特戦隊の皆はアンタレスが以前よりも一回りも二回りも大きく見えたのだ。
その理由はアンタレスが確固たる目標を定めて邁進しているからだ。誰かの命令に従うのではなく、自分の望みを叶えるために行動する者は、強さの差こそあれ覇気があるもの。その覇気を仲間達は敏感に感じ取ったのである。
「後で教えてくれると言っていたし、その際に根掘り葉掘り聞き出せば良いだけだ。それにボスは少し変わったかも知れんが、それは間違いなく良い変化だ。そう思わんか?」
「確かに。前よりも頼りになる感じがしたぜ」
「だろう?今は帰りを待ちながら、ここを死守することだけを考えれば良い」
「おっしゃる通りかと存じます」
同意したミカに頷き返したザルドは、横目で荷車の荷台を見る。そこではアンタレスから預かった箱を抱えたラピが足をブラブラとさせていた。
彼女はいつものように表情に乏しいが、長い付き合いの者ならばとても機嫌が良いことは明らかである。そんな彼女の周りにはレオを始めとした年少組が集まっていた。
年少組のリーダーであるレオがラピの側にいれば、自然と年少組も集まってくる。まだ戦えない子供もいるが、レオやユリウスなど戦える者の方が多い。アンタレスから頼まれた通り、レオはそれとなくラピの手伝いをしていたのだ。
「その箱、中身は何なんだろうな?」
「気になるねぇ」
ただし、集まっているのが子供であることを忘れてはならない。戦場で暮らす中で、彼らは生き延びるために早く大人になっていく。だが、それは子供らしさを完全に失うことを意味しなかった。
彼らは子供らしい強い好奇心を持っており、大切なものだと言ってラピに手渡した箱の中身が何なのか気になっていた。興味津々な様子で様々な角度から箱を眺めていた。
「開けてみようぜ!」
「ちょっと、ユリウス!怒られるわよ!」
「ちょっとぐらいなら怒りゃしねぇって」
ユリウスなどは開けてみようと言い出した。アリエルは語気を強くして彼に注意するが、彼は聞く耳を持たない。だが、そんな彼を鋭く睨む者がいた。
「勝手はダメ。あにきに頼まれた。強引に開けるのなら……」
「じょ、冗談だって!マジになるなよ!」
それはアンタレスから箱を託されたラピである。睨まれたユリウスは慌てて冗談だと弁明した。彼は初めて会った時、ラピによって殴殺されかけたことがある。一度抱いてしまった苦手意識を払拭するのは難しかった。
他にも箱を開けたがる者がいるかもしれない。そう思ったラピが箱をより強く抱いた時、箱の内側からガタッと音が聞こえてきた。
ラピは最初、箱の中身を動かしてしまったのかと思って焦ってしまう。しかし、そうではないとすぐに気付いた。何故なら、箱がガタガタと大きく動き始めたからである。
「えっ?ええっ!?」
「ちょっ!何が入ってんだよ!?」
子供達は慌てて後ろへと下がった。アンタレスが危険なモノを預けるとは思っていないものの、不規則に動く箱は不気味である。距離を取ろうとするのは自然な反応と言えよう。
大人達も何事かと身構える中、ラピだけは冷静だった。膝の上に乗せたまま、何が起きても良いように箱をじっと観察していた。
周囲を警戒している者を除いた特戦隊の皆が注目している中、しばらく振動した後で箱の金具が外れて蓋が開く。その中にあったのは、乳白色の丸い球体であった。
その球体には青い宝玉のようなものが二つ、目のように並んでついている。謎の球体を間近で見たラピは、何故か明らかに無機物であるそれがどこか不安そうに自分を見上げているように感じた。
「わたし、ラピ。あなたは?」
「……アハト」
「「「しゃ、喋った……!?」」」
自分の直感を信じてラピが話し掛けると、その球体は鈴がなるような可愛らしい声でアハトと名乗った。アハトはアンタレスがアイワスから預かった輝晶生命体である。
アンタレスが受け取った時は青い水晶玉にしか見えなかったアハトだが、自我に目覚めると輝晶生命体の本能に従って自分を守る殻を作り出したのだ。これはアインの肌と同じ物質であり、実はアンタレスの剣でも傷付けることすら困難なほどの硬度であった。
「あにきは貴方が大切だって言ってた。なら、わたしにとっても大事。今から友達」
「友達……ラピとアハトは、友達?」
「そう。友達」
アハトが輝晶生命体という特殊な生命体であることも、その能力もラピは一切知らない。だが、アンタレスへの絶対なる信頼が、アハトへの敵意などを完全に見せないという結果に繋がった。
だからこそ、ラピが本心から真摯に友達になろうと言っていることが伝わっている。箱の内側でコロコロと転がってから、アインと同じ宝玉のような瞳でラピを見つめながら小さく頷くように動いた。
「友達。ラピ、アハトの友達!」
「うん。みんなとも友達に……」
「敵だ!敵が来る!」
「明らかにここを目指してるぞ!」
束の間の平和な時間は、ゴーラ達による敵襲の警告で終わりを告げた。特戦隊は脱出の準備を整える時、手早く集めることを優先し、一々隠れたり痕跡を消したりはしなかった。そこから彼らの居場所を探り出されたのである。
襲撃されることは折り込み済みであり、だからこそ見張りを立てていたにだ。特戦隊は弾かれたように迎撃の態勢を整える。戦場で長く暮らしていた彼らの動きはとても素早い。戦闘員は武装を整えて戦闘形態になり、非戦闘員は荷車に乗り込んでいた。
ラピも年少組の中では最強格なので、戦場に赴く必要がある。しかし、新たな友人であるアハトを戦場に連れていく訳にはいかない。アハトはアンタレスにとって重要な存在であると同時に、ラピにとっては新たな友人であるからだ。
「アハト、ちょっと待ってて。悪い奴等を片付けて来る」
「ラピ、平気?」
「平気。わたしは、強いから」
それだけ言うとラピも迎撃するべく仲間達の戦列に加わった。彼らは既に帝国兵が相手であっても、存分に戦うことが出来る。本気で戦えるのならば、荷車を死守することは容易い。彼らはこれまでで最も高い士気を維持したまま、帝国兵と激突するのだった。
次回は6月28日に投稿予定です。




