異形の魔人、カレルヴォ その三
「生きていたのか……!よく帰ってきてくれた!」
「その服や仮面について聞いてみたいことはありますが……それよりも無事だったことを喜びましょう」
マルケルスは感極まったように私の肩を掴み、涙まで浮かべて喜んでくれる。デキウスもまた、柔和な微笑みで歓迎してくれた。
帝国で戦うはめになった直後に私のような魔人を差別しない二人のような人物と出会えたことは、本当に幸運だったのだと痛感する。やはり助けて良かった。二人はそう思わせてくれる人物だった。
「再会を喜ぶのは後にするべきだ。帝都で起きていることをお互いに擦り合わせておきたい」
「ああ、そうだな。互いに知っておくべきことがありそうだ」
再会を祝ってくれるのはありがたい話だが、今はそれどころではない。私が言いたいことは当然承知しており、二人は表情を引き締めるとまずは我々が知っていることを話すようにと促された。
私とティガルは顔を見合わせてから、二人で何が起きたのかを要約して説明する。奇妙な音が聞こえたかと思うとアスミ達がおかしくなったこと、それと同時に帝都中で魔人が暴れ始めたこと、それを機にレムルスの軍勢が攻撃を開始した。
「んで、迎撃に出たところで俺達も襲われちまってよ。そんときはヒヤヒヤしたぜ」
「やはり、そうか……お前達も味方に襲われたか」
「お前達も?まさか、そっちも襲われたのか」
私の質問に二人は難しい顔付きで頷いた。魔人が暴走していた以上、魔人である我々が襲われるのは容認し難いが理解は出来る。しかし、それでどうしてマルケルス達まで襲われることになるのだろうか?
私とティガルが不思議そうな顔をしていたからか、それからはここに来るまでの顛末を語り始めた。まず彼らは昨日までと同じように帝国兵としての務めを果たしていたようだが、魔人が暴れ始めたことで彼らの立場は一気に悪くなってしまったようだ。
具体的に言うと反逆者なのではないかと疑われたのである。当然、彼らも何故魔人が暴れているのか見当もつかないので知らないと言い張ったのだが、帝国兵は聞く耳を持たなかったらしい。魔人連隊に関わる帝国兵は悉く拘束されてしまった。
しかし、彼らがここにいることからもわかるように逃げ出すことに成功した。その隙を作り出したのは、何の因果かカレルヴォであった。どうやらマルケルス達は奴が出現した時、その近くの建物にいたらしい。そこで取り押さえられ、縛られる直前にその建物が崩れたのだ。
崩れた建物の中にいた者の中で無事だったのはマルケルスとデキウスだけだったらしい。二人は前線から離れ気味だが、今でも十分通用する強さを保持している。咄嗟に身を守ることが出来たのだ。
「だが、魔人連隊の連隊長の顔は知っている者が多かったようでして。その後もしつこく追跡されていました」
「そう言うことだったのか。こっちの続きだが、ティガル達が戦っているタイミングで帝都に帰還した私が合流した。帝国兵を追い払った後、魔人が暴れている原因を潰しにここまで来たんだ」
それから中断していた我々の事情を彼らに教える。原因となっていたのは奇妙な音を鳴らす装置を無力化したこと、その後異形の竜と化したカレルヴォと戦闘していたこと、そして奴の息吹が空けた穴から入ってきた『皇剣騎士団』が突撃した隙に戦線離脱してきたことを簡潔に説明した。
「あれがカレルヴォ殿だって……?」
「魔人は道具だと公言して憚らなかったあの方が、どうして自分を魔人に変えたのでしょうか?追い詰められて気が触れたのかもしれませんが……腑に落ちませんね」
マルケルスは信じられないとばかりに少し離れた場所で暴れ続けているカレルヴォを呆然と見つめている。対照的にデキウスはどうして魔人となったのかを疑問視していた。
言われてみれば、カレルヴォが魔人になっているのは奇妙な話だ。魔人の技術をオルヴォから奪って地位を得たカレルヴォであるが、奴は自分の作った魔人ですら見下していた。そんなカレルヴォが、追い詰められたからと言って自分を魔人にするだろうか?
「確かにそれは気になるが……それよりも言っておくことがある。我々はこれから帝都を脱出するつもりだ」
カレルヴォが魔人になった原因が気になるところだが、そんなことよりも大事なのは我々の命と自由である。我々はこれから、この混乱に乗じて帝国から脱出する。私はそれを馬鹿正直に伝えたのだ。
私の唐突な宣言に、マルケルスとデキウスは目を見開いて驚いている。同じようにティガルもまた驚きによって目を見開いていた。彼が言いたいことはわかっている。教えても良いのか、と言いたいのだろう。だが、私は彼ら二人に隠すつもりは最初からなかった。
「ここで助けたのはきっと必然だ。マルケルス、それにデキウス。私達と共に来ないか?」
本当ならば流れのままの帝国から脱出するつもりだった。だが、こうして二人と会話する機会に恵まれたのだ。帝国にあって我々が仲間として自然と受け入れられる二人を勧誘するのは、今後のことを考えても有益だと判断したのだ。
いきなり過ぎて考えが追い付いていなかった二人だったが、すぐに真剣な表情なってから二人は顔を見合わせる。そして何かを言おうとした時、背後で膨大な霊力が高まるのを感じた。
「まずい!また来るぞ!」
「伏せろ!」
息吹が来る前に私達は身を寄せあいながら地面に伏せ、更に私は砂の鋏を屋根代わりにして全員を守る。伏せた甲斐もあってカレルヴォの息吹が直撃することこそなかったが、砕け散る建物の破片が我々に降り注いだ。
事前に砂の鋏を掲げていたこともあって、破片を防ぐことが出来ている。砂の鋏がなければ、魔人の屈強な肉体を持たない二人は危うかっただろう。
我々は無事だったが、それとは対照的に帝都への被害は一回目とは比べ物にならない。何故なら、カレルヴォは息吹を放ちながら首を左右に振って薙ぎ払ったからである。
砂の鋏のせいで上は見えないが、私は真後ろも見ることが可能だ。その複眼は灼熱の息吹が右から左へと移動する様子をしっかりと捉えていたのである。そのせいで帝都の街並みは焼き払われ、火の海と化したのだ。
息吹が放たれた角度が斜め下だったために、前回のように城壁を崩してはいない。だからこそ、その熱は余すことなく帝都を蹂躙してしまった。息吹が薙ぎ払った建物は悉く崩壊し、圧倒的な熱量は抉った地面をドロドロに溶かしてしまう。帝都の一部は焦熱地獄のようになっていた。
「そんな……何と言う……」
「帝都が……!」
「グラアァァァ……グオオオオオオオン!!!」
帝都の被害を目の当たりにして絶句しているマルケルスとデキウスなど目に入っていないカレルヴォは、勝利の雄叫びめいた咆哮を上げた。砂の鋏を移動させて奴の様子を窺う。その時、私の複眼に入ってきたのは半ば炭化した奴の胴体であった。
奴と戦っていたはずの『皇剣騎士団』は黒焦げになって死んでいる。どうやら胴体に増えた無数の口からも、竜の口と同じ威力の息吹を放てるようになったらしい。炭化していることから胴体の口では全力の息吹に耐えられないようだが……カレルヴォめ、この短い時間でより強くなっているのか?厄介なことだ。
間近でそれを浴びたのだから、いくら精鋭が高性能な機鎧を装備していたとしても生き延びるのは難しかろう。むしろ至近距離で息吹を浴びて形状を保っている機鎧の頑丈さを褒めるべきである。
それに『皇剣騎士団』は何も出来ずに敗北した訳ではないらしい。カレルヴォの胴体には彼らが持っていた槍や仕込んでいたであろう剣が無数に突き刺さり、胴体の形状はより歪になっていた。
きっと傷付いては新しい頭を作り、それを傷付けられては新しい頭を作ったのだろう。腕も同じように不恰好になっているし、散々に斬り刻まれたのだと良くわかる。
だからこそ、カレルヴォは自らの身体を傷付けるとわかっていても胴体の口から全力の息吹を放ったのだ。炭化した胴体もしばらくすれば治ってしまう。自分の牙が砕けるほどの力で噛み付けるのだから、自分の息吹で焼かれるくらいどうということはないのかもしれない。
ただ、『皇剣騎士団』に傷付けられた上で自分で自分を焼いたのはあの巨体にとっても重傷だったらしい。炭化した部分は剥がれつつあるが、そのペースは緩やかである。どうやら再生力にも限界があるようだ。
「グルルルル……?」
「あ、ヤベェ」
「目が合った、と感じたのは気のせいであって欲しいんだが?」
「現実を見て下さいよ。四人ともガッツリ見られてますから」
ある意味今が一番弱っているカレルヴォだったが、吼えるのを止めて頭を下げる。上部は綺麗に建物の吹き飛んだことで、遮蔽物と言えるものはない。そんな場所で男が四人ならんで伏せているのだ。きっと目立ってしかたがないことだろう。
カレルヴォと私達が見つめあっていた時間はごく短い間だったのだろう。しかし、少なくとも私の主観では永遠のように長く感じていた。
カラリ。そんな間抜けな音と共に崩れた建物の破片が地面に落ちる。戦いの喧騒で掻き消されてもおかしくない小さな音はやけに大きなものに感じていた。
「てっ、撤退いぃぃ!」
「グルオアアアアアアアッ!!!」
時間が止まったかのような状態は終わりを告げ、我々は急いで起き上がると脱兎のごとく逃げ出した。同時にカレルヴォは腕を蠢かせて追いかけてくる。
相変わらずカレルヴォは不恰好なので、移動する動き自体は俊敏さを感じられない。ただ、帝国の民を食べて物理的に大きくなったことで歩幅……といって良いのかわからないが、とにかくそれが長くなっていた。
「くっ!逃げ切れんか!」
「戦うしかない。私が前に出る。援護は任せる」
結果的に素早くなっており、せっかく稼いだ距離はあっという間に縮められてしまう。逃げられないのならば、そして生き延びたいのならば、戦うしかない。決断した私は即座に振り返り、背後から迫るカレルヴォに向かって駆け出すのだった。
次回は6月24日に投稿予定です。




