異形の魔人、カレルヴォ その二
カレルヴォは魔人となっており、その身体的特徴から竜種と合成されたのは明らかだった。そして以前に戦った岩竜が使った最後の切り札は何だったか。
「ペッ……無事か、三人とも!?」
それは竜の息吹である。竜種が口から放つ、竜種にとって最大の特徴であり、竜種が恐れられる原因となる最大の攻撃だ。幼い竜の息吹ですら、闘技場では何人もの霊術士によって張られていた霊術の壁を揺るがす威力があった。今よりも弱かった蠍時代であるとはいえ、直撃せずとも私の外骨格が炭化するだけの熱量なのだ。
それを巨大な怪物と化したカレルヴォが放った。その威力は文字通り格が違う。息吹が通った跡は抉れて真っ直ぐな溝が出来ており、その底はドロドロに溶けている。射程距離も異常なほど長く、帝都を横切って城壁をも貫通して外が見えていた。
溝は城壁の外まで続いているようで、私の視力を以てしてもどこまで届いたのかわからない。神の末裔が使った霊術に匹敵、いや、それ以上の威力かもしれなかった。
「ぬりゃっ!酷ぇ目に会ったぜ……」
「いてて……こっちも何とか生きてやすぜ」
ティガルとゴーラの二人は鋏を盾にして庇った甲斐があったようで、多少焦げてはいるがピンピンしていた。私が一先ず安堵したところで、背後に何かが落ちてくる。それは、羽毛の大部分を黒く焦がしたファルであった。
空中にいた彼女はカレルヴォの息吹が直撃するのは回避していたようだが、その熱の影響から完全には逃れられなかったらしい。美しい羽毛はその熱によって燃やされ、その下の肌も焼け爛れている。かなりの重傷と言えた。
「ああっ!ファル!おい!大丈夫か!?返事をしてくれっ!」
「うぐっ……!あ、あんまり揺らすんじゃ、ないよ……心配性なんだから……全く……」
夫であるゴーラは真っ青になってファルに駆け寄って生死を確かめる。無事とは言えないものの、彼女はまだ生きていた。咄嗟に闘気と霊力を高めて守ったのだろうが、魔人の頑丈な肉体がなれば死んでいたに違いない。それは同じく上空にいた空戦部隊が証明していた。
カレルヴォの息吹による熱波を最も近くで受けたのは空戦部隊であった。彼らは咄嗟に霊力の防壁を張るのが間に合った数人を除き、全員が完全に炭化して真っ黒になっている。顔や性別の判断はつかず、燃え残った服がなければ空戦部隊だったことすらわからなかっただろう。
「う……うあぁ……」
「み、水……水を……」
空戦部隊にも生き残りはいたものの、彼らはもう手遅れとしか言えない状態だった。精鋭部隊としての技量をもってしても、カレルヴォの息吹は威力は高すぎたらしい。霊術の防壁では防ぎきれず、全身に大火傷を負ってしまったのだ。
しかも彼らは空を飛んでいたこともあり、息吹を浴びて墜落している。比較的に火傷が軽い者もいたが、墜落したことで内臓に致命的なダメージを負っていた。彼らが今すぐに処置をしたとしても、まず間違いなく助からないだろう。
「グラアアアアッ!」
しかし、彼らは治療をされることもなくカレルヴォの腕によって叩き潰されてしまった。すでに身動きがとれない状態だったこともあり、最期の抵抗すら敵わずに地面の染みと化してしまう。大国たる帝国、その精鋭部隊にしては悲惨な末路と言えた。
空戦部隊を潰したカレルヴォは、口から煙を吐きながら空に向かって咆哮する。その声色はこれまでの怒りや苛立ちではなく、明らかに愉悦を含んでいた。暴走しているカレルヴォは、小さな者達を潰すことに……弱者を嬲ることに喜びを覚えたのかもしれない。
「嗜虐趣味とは下品な……暴走したことで本性が出たのか?いや、以前からその気はあったな。そんなことより……ゴーラ」
「へ、へい!」
「ファルを連れて退け。あれは私とティガルで抑えておく」
魔人の頑丈さと治癒力によって命を繋いでいるファルだが、これからの戦闘には絶対に耐えられない。激しい戦闘が起きるこの付近にいれば、何かの不慮の事故があったならば対応出来ずに死んでしまうだろう。それこそ、無惨な最期を迎えた空戦部隊のように。
そんなことを許容出来る私ではなかった。ただでさえ私がいない間に仲間の人数が減っている。私の目が届くところで仲間を死なせたくはない。そのためにも、ファルはここで戦線離脱してもらうのだ。
「あ、あたしは……まだ……」
「……すいやせん!」
ファルは戦えると言いたげだったが、それが強がりであるのは明白だ。この戦いで最も活躍していないことを気にしているのかもしれない。面倒見が良く、責任感が強いファルらしい発言だった。
だが、ここにはゴーラがいる。最愛の妻の身体を彼女以上に心配するゴーラは、大斧を背負うとファルを両手で抱いて脱兎のごとく撤退していった。
「グギャギャァ!」
「させんよ」
嗜虐趣味に目覚めたカレルヴォが、ここから逃げ出そうとする者を見逃す訳がない。ゴーラに向かって進みながら、無数の腕を伸ばして潰そうとする。その前に私が割り込むと、双剣と砂の鋏によって伸ばした腕を切断した。
カレルヴォは痛みに慣れて来たのか、これまでのように絶叫することはなかった。切断面から即座に新たな腕を伸ばすと、鬱陶しいとでも言いたげな様子で私目掛けて再び腕を振り下ろす。だが、単調で代わり映えのない打撃が当たる訳もない。私は腕の隙間に飛び込むようにして回避しながら間合いを詰めた。
「「「ガルルアアアアッ!!!」」」
「何っ!?」
「そっちからも出せんのかよ!?」
懐に飛び込んだ私を出迎えたのは、腕の数よりも多くなった猛獣の頭部達の口から放たれた息吹であった。新たに作られたとは言え、こちらも同じ口であるならば息吹を放ってもおかしくない……訳があるか!身体の構造はどうなっているんだ!?
幸いにも竜の頭から放つ息吹に比べ、胴体の頭から放たれる息吹の威力は数段低い。息吹の圧力によって私は吹き飛ばされたものの、外骨格に損傷はなかった。
カレルヴォの体内がどうなっているのか見当も付かないが、一つだけ言えることがある。それは奴を傷付ければ傷付けるほど、息吹を放てる口が増えてしまうと言うことだ。これでは迂闊に近付けない。遠距離から削るように立ち回らなければなるまい。
「霊術主体で攻めるぞ、ティガル。その後、隙を突いて逃げる」
「おうよ……って熱っ!?これでも食らえ、クソッタレがぁ!」
遠距離攻撃を主体として立ち回るのならば、私が使うのは浮かべている一対の鋏だ。閉じた状態で突き刺したり、鋏本来の使い方で断ち切ったりしてカレルヴォを傷付けていく。息吹の熱で逃げ回りつつも、ティガルは電撃でカレルヴォを焼いていた。
カレルヴォは鋏によって肉を裂かれれば血を流すし、高圧の電撃で全身を焼かれればブスブスと黒煙を上げている。着実にダメージを蓄積させている手応えはあったのだが……カレルヴォはとても分かりやすい方法で回復を図った。
「うわあああああっ!?」
「たっ、助けてええぇぇぇ!」
カレルヴォはその巨体のせいで暴れるだけで周囲の建物を崩してしまう。しかも我々と戦っている間に移動していたせいで、その被害は甚大だ。カレルヴォが通った場所は例外なく瓦礫の山となっていた。
そんな瓦礫と化した建物だが、瓦礫になる前は誰かが住んでいたり商売をしていたりしていた。崩壊に巻き込まれて死んだ者もいただろうが、中には事前に逃げ出して建物の外に出ていた者もいる。その中でも逃げ遅れた者達を無数にある手で捕まえると、同じく無数にある口へと放り込んだのだ。
帝都の民を食べる度に、カレルヴォの頭や腕が生えるペースは増していく。しかもただでさえ大きな巨体が少しずつではあるが肥大化している。腕の数も増えており、食べれば食べるほど強大になっていくのかもしれない。
カレルヴォが現れてから止まることのない帝都の民の恐怖に彩られた悲鳴に、生きたまま食べられる絶望の断末魔が加わる。私は彼らの声を意識して無視し、鋏による攻撃を続けながら別の霊術を使う準備を整えていた。
「総員、放てぇっ!殿下と『皇剣騎士団』の武威を示すのだっ!」
「「「うおおおおおおっ!」」」
そうこうしている間に、カレルヴォの前に新たな兵士達が現れる。彼らが装備しているのは機鎧であり、本人達も言うように『皇剣騎士団』であるのは明白であった。
帝都を囲む城壁はカレルヴォによって内側から破壊されており、そこから侵入したのだろう。ただ、その中にレムルスの姿はない。指揮をしているのも別人である。どうやら奴はカレルヴォの討伐に部下を向かわせたようだ。
その『皇剣騎士団』であるが、どうやら機鎧をしっかりと使いこなしているらしい。彼らはまず腕の装甲を展開し、その内側に隠されていた砲口から炸裂する炎弾を発射する。着弾と共に彼らは突撃し、各々が持つ槍を無数にある頭へと突き刺した。
「焼けぇ!」
「「「グオオオオオオオッ!?」」」
突き刺した槍にも霊術回路が刻まれていたらしい。刺さった刃が熱されたことで、カレルヴォは内側から焼かれる苦しみを味わうことになった。
胴体の頭は苦痛に顔を歪ませつつ、口から黒煙を吐いている。あれは身体が内側から焼かれたからではなく、息吹を放つ前の前兆に違いない。
「良いぞ!このまま……」
「「「グルアアアアアアッ!!!」」」
私が警告する前に、カレルヴォは胴体の口から息吹を放つ。それを至近距離で浴びた『皇剣騎士団』は、迸る息吹の圧力によって押し返されてしまった。
ただ、帝国製の機鎧の性能はかなり高かった。多少は表面が融解しているものの、装備している者達の命はキッチリと守っている。『皇剣騎士団』はすぐに立ち上がり、果敢にカレルヴォへと立ち向かった。
息吹があまり効かない『皇剣騎士団』を見て、カレルヴォは苛立ったような咆哮を上げた。そして殺意の矛先を我々から『皇剣騎士団』へと切り替えている。今なら私達も戦線離脱することが出来そうだ。
「ボス、今の内に逃げりゃいいんじゃねぇか?」
「ああ。カレルヴォに付き合う義理など我々には……ん?」
カレルヴォの相手は『皇剣騎士団』に押し付けてさっさと逃げようかと思った時、私は帝都の中で帝国兵同士が戦っていることに気が付いた。一方は二人しかおらず、もう一方は五人である。人数の差によって、前者の方が圧倒的に不利であった。
これがただの帝国兵であれば放置したに違いない。だが、戦っている者達は私が放置することが出来ない相手であったのだ。私とティガルは顔を見合わせてから頷き合うと、五人の兵士を後ろから強襲して二人組の方を救出した。
「助かっ……た!?」
「貴方は!」
「久し振りだな、二人とも」
その二人組とは、マルケルスとデキウスだったのだ。彼らは私達が助ける気になる数少ない帝国兵である。驚愕の表情で固まる二人を見て、私は顔の下半分を覆う仮面の下でニヤリと笑うのだった。
次回は6月20日に投稿予定です。




