異形の魔人、カレルヴォ その一
片目がカレルヴォの顔になっている異形の竜は、咆哮すると同時に明らかに私を目指して突撃して来た。我々は言葉を交わすこともなく散開する。私は引き付けるべく後ろへ跳び退き、ティガルは右に、ゴーラは左に避けていた。
翼を持つファルは上へと飛翔して異形の竜の頭上へと移動すると、頭の真後ろから素早く矢を放った。矢は霊術で貫通力を増していたのだが、背中側を覆う鱗は相当に堅牢だったようで矢は弾かれてしまう。
そんなことは予想済みだったのか、ファルは間髪いれずに次の矢を放つ。狙ったのはカレルヴォの顔である。矢は真っ直ぐにカレルヴォの顔面に飛んでいったのだが……奴の顔は鱗と同じ強度だったらしい。彼女の矢は刺さらず、簡単に弾かれてしまった。
「ボス!アタシの力じゃ厳しいわ!」
「無理をする必要はない。私達が戦っている間に柔らかそうな場所を探せ」
「やってみる!」
鱗を貫けなかったとしても、生物である以上はどこかに柔らかい部分がある。それは防御力には自信がある私であっても同様だった。外骨格は機鎧など比べ物にならない防御力だと自負しているが、関節付近などは覆われていないのである。
無論、闘気で全身を強化しているので生半可な攻撃では貫けない。しかしながら、外骨格に比べれば金属と木材ほどに強度が違う。必ず比較的に強度が低い場所があるはずだ。ファルが攻撃に加わるのはその部分を見極めてからでも遅くはないだろう。
異形の竜は私しか眼中にないのか、何本もある腕も竜頭による噛み付きも私だけに向けられている。周囲の建物など考慮せず、その巨体で押し潰しながらひたすら突撃するのはいっそのこと清々しさすら覚えていた。
「斬られて痺れろ!ガルルルルルル!」
「脇がお留守でさぁ!ウゴオオオッ!」
「ギャオオオオオオッ!?グギャアアァァァッ!」
だからこそ、左右への警戒を全く行っていなかった。電撃を纏うティガルの大剣と高所から飛び降りた勢いを乗せたゴーラの大斧が、挟み込むようにして左右から振り下ろされる。二本の大型武器は、堅牢な鱗を砕いてその肉を大きく抉った。
特戦隊の中でも攻撃力では最上位二人の一撃は、竜鱗といえど弾くのは不可能だったらしい。異形の竜は痛みからか絶叫しながら、無数の腕を我武者羅に振り回してティガルとゴーラを追い払う。ティガルは大剣を盾にして防いだのだが、ゴーラはまともに打撃を受けて近くの建物に激突して壁を突き破った。
「死んでねぇよな、ゴーラ!?」
「ふんがっ!平気でさぁ!」
受け身をとったティガルが怒鳴るように尋ねると、ゴーラは自分が突っ込んだせいで崩れた建物の瓦礫を押し退けて戦線に復帰する。鼻血は出ているし他にも細かな傷はあるようだが、魔人としての治癒力によってすでにほぼ塞がっていた。
その間、私は何もしていなかった訳ではない。後退しつつ戦いの準備を整えていた。具体的には大量の砂を作り出し、それを圧縮して鋏の形状に変えていたのだ。
全力で戦う準備が整ったところで、私は一転して攻勢に出た。二つの鋏を操作して腕を挟んでそのまま切断しつつ、懐に飛び込んで双剣で腹部を斬り裂く。腹部を守る体毛は針金のように硬かったが、双剣の切れ味の前では無力であった。
「ギャアアアッ!ギオオオオッ!」
「「「グルルルル!」」」
「何っ!?」
切断された二本の腕と斬り裂かれた腹部の傷口からは大量の血液が吹き出し、異形の竜は再び絶叫する。だが、今回はそれだけでは終わらなかった。腕の切断面からは新たな腕が生えて元通りとなり、腹部の傷口に至っては盛り上がったかと思えば獣の頭になって噛み付いて来たではないか!
噛まれたとしても私の外骨格を砕けるとは思えないが、咄嗟に私は後ろへ跳び退いた。空を切った牙同士がぶつかってガチンと音を立てる。それどころか、噛む力が強すぎたのか牙は砕け散っていた。
自分の噛む力で自分の牙を砕くとは……最初から暴走状態であることは察していたが、まさか自分の身体が傷付くほどの力を発揮するらしい。こいつは死ぬまで止まらない。それを確信させられた。
「うげっ、気色悪ぃ!」
「何だぁ、こりゃあ!?」
「そこっ!」
ティガルとゴーラが傷付けた鱗の部分も猛獣の頭へと変貌していた。離れた場所にいたので二人が噛み付かれることはなかったものの、胴体に新たな頭部が形作られる光景は不気味である。二人の反応も頷けるというものだ。
ただし、ファルは動揺せずに矢を放ってみせた。彼女が狙ったのは新たに作られた頭部である。狙い済ました一撃は口の部分へ突き刺さって出血させていたのだが……その口は血を流しながら矢をボリボリと噛み砕いていた。
「これじゃ矢の無駄だよ、全く!」
「いや、そうでもない……ぞ!」
ファルは苛立たしげだが、私は足元に落ちている瓦礫の破片を頭部めがけて蹴り飛ばす。破片は頭部から微妙に逸れた軌道で飛んだのだが、頭部はわざわざ破片を追い掛けるようにして頭を動かして噛み付いた。
自分で折っていた牙は既に再生しており、瓦礫の破片をゴリゴリと噛み砕いている。異形の竜としか言い様のない外見から意識していなかったが、カレルヴォも混ざっているしこいつも魔人なのだろう。ただ、こんな化物を同胞だとは絶対に思いたくなかった。
「やはりか。こいつらは近くに飛んでくるモノに見境なく噛み付くらしい。新しく口が作られたら適当なモノを投げて封じてしまえ」
矢が口に入った時、あの口は明らかに食べられないモノを吐き出すのではなく噛むことを選んだ。それは矢が深く刺さったからではなく、そうする以外に選択肢がないからだと思ったのである。
私の推測は正しかったようで、瓦礫にもしっかり反応して噛み付いていた。ティガル達も自分達が傷付けた部分に現れた口に崩れた建物の一部を放り投げると、同じように噛み付いている。
新たな頭部には囮の何かを投げてやれば、それを噛み砕くまでは無力化させられるらしい。これを徹底しておけば危険を少しでも減らせることだろう。
「ゴギャグギャゴオォォォ!!!」
異形の竜、いや異形の魔人となったカレルヴォは咆哮と共に腕を振り回した。最初のように私だけを見ている訳ではないらしい。腕の動きはやはり大雑把ではあれど、明らかにティガル達も狙っているようだ。
それに先程の咆哮からどこか苛立ちのようなものを感じた。欠片ほどだが理性を保っているのかもしれない。ただ、カレルヴォから放たれる殺気には些かの衰えもなかった。
それどころか、奴が撒き散らす殺気は強くなる一方である。苛立ちの原因は自分に比べれば遥かに小さい私達を圧倒できないことなのだろう。大柄で癇癪持ちとは……救いようがないな。
「悪いが、殺されてやる訳にはいかん。こちらとしてはここで見逃してくれるのなら最後まで戦う必要はないのだが……」
「グルオオオオオオッ!!!」
「……その様子では見逃してもらえんか。あくまでも私達をつけ狙うのなら、ここで仕留めさせてもらう」
「グゴガアアァァァァッ!!!」
カレルヴォは膨れ上がる殺意のままに、より激しく腕を振り回し始める。エンゾ大陸最大の国、その都の街並みはカレルヴォのせいで見る影もない。街の一つの区画は完全に崩壊し、瓦礫ばかりが積み重なる廃墟と化していた。
我々はカレルヴォが無造作に振り回す腕を斬り、弾き、回避してそれに対応する。腕による打撃は巨体相応の威力を秘めており、直撃すれば私でもただではすまないだろう。
しかしながら、我々は幾度となく修羅場を潜り抜けて来た。豊富な戦闘の経験に裏打ちされた我々に、単調な大振りの攻撃など通用しない。的確な対応をしながら反撃を繰り返していた。
「ガオオッ!ああ、クソ!すぐに治りやがって!本当に効いてんのかよ!?」
「んなこと、知りやせんよっとぉ!」
ただし、ティガルが叫んだ通り我々の反撃もまた効果的とは言えなかった。腕を斬り落としても即座に新たな腕が生え、胴体を傷付けても新たな頭部が生えるだけ。その力強さも激しさも衰える様子は見受けられなかった。
私の毒も効果が見られないし、やはり大技で致命傷を与えなければならないらしい。しかしながら、私は師匠のように強力無比な一撃を叩き込むことは不得手としている。双剣という手数を重視する武器の欠点と言えよう。
それを補う手段として、私には霊術がある。即死させられるかどうかは不明だが、私の霊術ならば少なくとも致命傷を与えられる自信があった。そのためには全力で霊力を高める必要が……何だ?
「三人とも、気付いているか?」
「おう、何か近付いてることだろ?」
「ファル!見えてるか!?」
「帝国兵だよ!あいつら、見たことがある!空戦部隊だ!」
強力な一撃をお見舞いするべく霊力を高めていると、背後からこちらに近付く気配を察知した。目の前に巨大で尚且つ殺気を振り撒きながら暴れるカレルヴォがいたとしても、周囲への警戒は怠っていない。味方から敵ごと攻撃されることもある魔人ならではの警戒心であった。
そしてやって来たのはファルの知っている相手だったらしい。帝国の空戦部隊は飛行の霊術を用いながら霊術によって攻撃も行う精鋭の霊術士だ。帝都側にも攻め寄せるレムルス側にも一定数いたらしく、空中で霊術を撃ち合っている姿は落下しながら横目に見ていた。
その精鋭部隊がどうしてこちらへ来ているのか。その理由など一つしかない。帝都に突如として現れた怪物、カレルヴォを討伐するためである。
「包囲せよ!」
私の予想通り、空戦部隊の目的はカレルヴォを討伐するべく行動を開始した。カレルヴォの腕も首も届かない高度を維持しつつ、霊力を高め始めたのである。
飛行を維持したままだと言うのに、霊術を構成するまでの時間は随分と短い。流石は精鋭部隊と言うべきなのだろうが、感心している時間などなかった。何故ならば……空戦部隊の霊術は我々を巻き込むことを考慮していなかったからである。
「ヤベェ!」
「逃げろぉ!」
「グギャアアァァァ!?」
空戦部隊が用いた炎の霊術による爆撃は、カレルヴォへ雨霰と降り注ぐ。カレルヴォごと周囲は焼き払われ、爆風が血肉と細かな瓦礫と共に焦げ臭い臭いを辺りに撒き散らした。
私達も巻き込まれたのだが、四人とも無事であった。上空にいて最初から離れていたファルは当然ながら、ティガルとゴーラは砂の鋏を盾にして私が守っている。多少の火傷は負ったかもしれないが、すぐに治る程度だろう。
そして私はと言えば全くの無傷であった。ゲオルグによる徹底的な訓練によって、この程度の熱では私の外骨格を焼き焦がすことは出来ない。神の末裔でも何でもない者の霊術など通用しないのだ。
「グゴオッ……グギャゴォォォ……!!!」
悲惨なのは霊術を今も浴び続けているカレルヴォであろう。爆発の衝撃波によって鱗の一部が爛れ、腹部の毛は火達磨になって自分の身体を炙る炎の燃料と化している。カレルヴォの顔の部分は苦悶に歪み、竜の口からは血と共に煤を吐いていた。
最初それを見た時、私は炎が内臓にまで届いたのだろうと勝手に解釈していた。しかし、カレルヴォが口から流す血反吐に火の粉が混ざり、血そのものが燃えているのを見て私はそれが間違いだと理解する。それと同時に私は叫んだ。
「皆、伏せろ!」
「グロロロロロアアアアアアアアアアアッ!!!」
次の瞬間、カレルヴォの口からは赤黒い灼熱の閃光が放たれた。放たれた時の衝撃波によって私は大きく後ろへと吹き飛ばされるのだった。
次回は6月16日に投稿予定です。




