魔人暴走の裏側で
「何が……一体、何が起こっていると言うのだ……」
時は化物が現れる直前にまで遡る。その頃、カレルヴォは混乱の極みにあった。自分の作品にして帝国での地位を確固たるものとした魔人達が帝都中で暴走し始めたからだ。
魔人ではないカレルヴォには魔人を狂わせる音が聞こえていない。だからこそ、彼にとって魔人達が暴れ始めたという報告は青天の霹靂に等しかったのだ。
「……殿!カレルヴォ殿!聞いておられるのか!?」
魔人が暴れ始めたと報告しに来たのはグナエウス陣営に所属する武官達であった。彼らは魔人が暴れ始めたことを報告すると同時に、その原因と解決方法をカレルヴォから問いただすために急いで来たのである。
だが、彼らの望んだ答えが返ってくることはなかった。カレルヴォは信じられないと言いたげな様子で魔人の咆哮が轟く窓の外を眺めることしか出来ない状態であったからだ。
「それではこちらの判断通り、帝都内にいる魔人は全て駆除させていただく!それでよろしいな!?」
「何故……どうして……」
うわ言のように何故と繰り返すカレルヴォに業を煮やした武官は、怒鳴るようにそう言ってから退出していく。彼らからすれば内側では魔人が暴れ、外側からはレムルスの軍団が攻め寄せているのだ。一刻を争う事態であるのに、放心している者が正気を取り戻すまで待っていられる訳がない。彼らは足早に去っていった。
部屋に一人残されたカレルヴォは、自分の作品が狂ってしまった原因を考えている訳でもましてやそれを止める方法を模索している訳でもない。彼の頭の中を占めていたのは、帝国における己の栄華が終わりを告げたことへの絶望だけであった。
幼い頃からオルヴォへの劣等感に苦しめられていたカレルヴォは、何とかして生意気な弟の鼻を明かそうと躍起になっていた。しかし、研究の方面ではどれだけ努力しても敵わず、その挫折感は彼の人格を歪めることになる。
その結果、カレルヴォはいつしか研究そのものよりも研究成果を誰かに売り込み、社会的な地位を得ることに腐心するようになっていた。『第七の御柱』の一員になれるほどの才覚に恵まれていた研究者は、権力や名声の亡者となり果てたのである。
「どうすれば巻き返せる……どうすれば……!」
「やれやれ、こんな時でも他者の力で得た地位に固執しマスか。研究者の風上にも置けまセンね」
どうすれば帝国での立場を保つことが出来るのか。そのことで頭が一杯になっていたカレルヴォは、いつの間にか部屋に入っていたラルマーンに気付いていなかった。
ラルマーンに気付かないほど自失状態だったカレルヴォだが、彼の耳は自分を罵る言葉にだけは敏感に反応したらしい。瞳を血走らせて振り返ったカレルヴォだが、ラルマーンの様子を見て少しだけ冷静さを取り戻した。何故なら、ラルマーンは普段とは異なる装いだったからだ。
彼は丈夫そうな生地の服に頑丈そうなブーツ、それにフード付きのマントを羽織っている。まるで今から長い旅に出るかのような格好をしていたのである。
「貴様……何だ、その格好は?」
「何って、決まっているじゃないデスカ。そろそろここからお暇しようと思いましてネ」
「お暇……だと……?貴様、今の状況がわかっているのか!?」
「当然、わかっていますトモ」
平然とここから出ていくことを宣言したラルマーンに向かってカレルヴォは怒鳴り散らした。逃げると言われても今は魔人が帝都で暴れ、レムルスが攻め寄せている。そのような状況では逃げるのも難しいだろう。
ただ、逃げるという言葉はカレルヴォにとって魅力的な響きであった。彼は今の信じられない状況にばかり気を取られていた。だが冷静になった頭でこれから先のことを考えると、自分も逃げる以外の選択肢がないことに気付いたのである。
カレルヴォは武官ではないので、この帝都での戦いについての有利不利は理解していない。単純な数で勝る帝都側が勝つと勝手に思い込んでいた。むしろ帝都を舞台に魔人が活躍していることで魔人の価値は上がり、自分の引いては自分の評価も上がると思っていたくらいである。
長引けば長引くほど自分の利益になる。そう楽観的にと考えていたこの戦いだが、魔人が暴れ始めたことで状況は大きく変わってしまった。
このまま帝都に居座ったとしよう。グナエウス陣営が勝利すれば、魔人が暴れたことの責任を糾弾されて処刑されるのは目に見えている。かと言ってレムルス陣営が勝利しても、魔人を毛嫌いしているレムルスがカレルヴォに利用価値を覚えるとは思えない。つまり、どちら側が勝利してもカレルヴォの居場所など帝都のどこにもないのである。
ならばいっそのことラルマーンと共に脱出し、他の国へ自分の技術を売り込むべきだ。落ち着き払っていることから、ラルマーンには脱出の手段について何か考えがあるに違いない。オルヴォほどではないにしろ、優れた頭脳の持ち主であるカレルヴォは一瞬でここまで計算した。
「よし。貴様の提案に乗ってやろう。どうやって逃げるつもりだ?」
「一緒に着いてくるつもりデスカ?厚顔無恥にもほどがあるでショウ……いや、弟から奪った研究で威張っている卑怯者らしい言い分でしょうカ?」
「貴様……何を言って……!?」
表情に余裕を取り戻しつつあったカレルヴォだったが、帝国でも限られた人物しか知らない真実を暴露されたことで狼狽した。普段ならば鼻で笑っただろうが、ラルマーンは確信している様子なのだ。
何故知っているのか。どうやって知ったのか。頭の中を疑問で満ちているカレルヴォを見たラルマーンは呆れたように溜め息を吐いた。
「あんな欠陥だらけの霊術回路を見せられレバ、余程の無能でなければわかりマス。貴方が研究者として弟君よりも数段劣っているト」
「貴様ぁ!殺してやぐっ!?」
面と向かって自分のコンプレックスを突かれたカレルヴォは、激情に駆られるままにラルマーンを殺そうとする。オルヴォと同じ、しかし彼よりも制御が甘い空間を操る霊術を使おうとしたが、それが発動することはなかった。
何故なら、カレルヴォは足元から唐突に現れた者によって腹部を強打されたからである。カレルヴォは血の混ざった吐瀉物を撒き散らしつつ膝から崩れ落ち、苦しげに呻きながら下手人を見上げた。
そこにいたのは重油を思わせるドロリとした液体が人型になった何かである。流動する表面は光を反射してテラテラと輝いていたが、しばらくすると液状の身体はゆっくりと固形化していき……最後には裸の成人男性の姿となったではないか。
「ま……魔人……?だが、こんなものは……知らない……」
「それはそうでショウ。彼らはワタシなりにオルヴォさんのやり方を再現した魔人ですからネ」
淡々と告げられたことにカレルヴォは驚愕せずにはいられなかった。ラルマーンは自分から投降し、帝国に協力的な姿勢であったことから魔人の製造に加わえることにした。しかし、カレルヴォは最も大事な部分を隠していたし、帝国も完全には信用せずに監視を怠らなかった。
それらを掻い潜って魔人の素材となるヒト種と生物を用意し、魔人を製造していたのだ。驚くなと言う方が難しいだろう。
その問題をクリアしたのは、当然ながらヴァシリウスの力だった。彼は自分と帝都にいた同志とで素材を調達し、ラルマーンに提供していたのである。カレルヴォを殴った魔人はそうして作り出された成功体の一人なのだ。
「ヒト種の姿に戻るところまでは再現出来ましたガ……やはりオルヴォさんは天才デス。私の技術では知能の面が著しく下がってしまいマシタ。まあ、命令に忠実なのは良いことですガ」
ラルマーンもまた優秀な研究者だが、オルヴォはそれを凌ぐ才能の持ち主である。カレルヴォが改造した術式を短期間でオリジナルに近付けたものの、完全な再現は不可能だった。自我が極端に薄れてしまい、ラルマーンの命令に忠実な人形のような存在になってしまったのだ。
ただ、今のラルマーンにとってはむしろ都合が良かった。何故ならラルマーンに提供された魔人の素材は全てエンゾ大陸のヒト種であり、知能が元のままであった場合は確実に反抗的な態度を取られていたからである。
「祖国に帰ったらゆっくり改良するとシテ……そろそろ最後の仕事に取りかかりまショウ。さあ、そこで転がる男を拘束しなサイ」
「ぐあぁ……!」
魔人の男は一度頷くと、片腕をドロリとした液状に変えてカレルヴォを取り込むようにして拘束する。魔人の腕は見た目通りに重く、全身を圧迫されたカレルヴォは苦悶の声を漏らすことしか出来なかった。
ラルマーンと魔人はカレルヴォを引きずりながら地下へと連れていく。そこには魔人を製造するため、カレルヴォが帝国に集めさせた無数の生物が保管されている。ほとんどは野良犬や家畜なのだが、非常に珍しい生物も含まれていた。
檻の中にいる生物の多くは三人、特に異形の右腕を持つ魔人を見て威嚇するように吠えている。ラルマーンはそれらを完全に無視して檻の並ぶ通路を歩き続けていた。
「ゴホッ……何を……する気だ!?」
「何って、ここに来てやることは一つでショウ?魔人を作るのデス。ここにある素材、全てを使ってネ」
「おっ、お前!そんなことをすればどうなるのか!知っているだろう!?」
カレルヴォは今日何度目かわからない悲鳴を上げた。同時に複数の生物を使って魔人を作った場合、高い確率で発狂してしまう。たとえ成功したとしてもほぼ確実に知能が獣レベルにまで落ちてしまうのだ。
それらは失敗作の烙印を押し、特戦隊に押し付けた。その実験にはラルマーンも同席していたのだから、結果も当然知っている。知っていた上で行おうとしているのだ。
「そもそも、素材のヒト種がいないではないか!」
「……はぁ?まさか、理解していなかったのデスカ?素材の一つは貴方ですヨ」
「……へ?」
カレルヴォとここにある生物全てを使った魔人を作り、その混乱に乗じて帝都から脱出する。これがラルマーンの計画だった。脱出ルートも確保済みであり、後はカレルヴォを魔人にするだけの状態なのだ。
一方でカレルヴォはことここに至るまで自分がどうなるのか理解していなかった。魔人を作り出せるという自分には価値があり、害されることなどないと決めつけていたのである。だからこそ彼は間抜けな声を出した後、その顔を恐怖で歪めて喚き始めた。
「やめっ!やめろぉ!私を魔人にするだと!?そんなことをすれば……!」
「確実に失敗しますネ。ここの全てを使った魔人は、間違いなく制御不能な怪物になるでショウ。素材の数も多すぎて、屋敷よりも大きくなるでしょうネ。しかし、きっと長くは生きられまセン。倒されずトモ、じきに寿命が尽きマス」
元々、魔人の合成は相性の良い生物同士を選ばなければならない繊細なものだ。それを簡略化したからこそ、カレルヴォ式の魔人には狂暴化するという不具合が生じている。複数の生物と合成すれば失敗するのも自然な流れと言えよう。
ならば無数の生物と合成させればどうなるか?それについては実験を行うのも危険だと判断されたが、どうなるのかは予測されていた。制御不能で巨大な怪物にしかならないだろう、と。
「なっ、何故私なのだ!?私でなくても良いだろう!?」
「いえ、貴方でなければなりまセン。暴走した魔人の作者は貴方デス。帝都のど真ん中に怪物が現れレバ、帝都の人々は貴方の仕業だと思うでショウ。全ての元凶は貴方デス。どさくさ紛れに逃げ出したワタシと、散々帝都を荒らして消えた貴方……全てが終わった後、帝国はどちらを優先して探しますカ?」
カレルヴォを殺さずに魔人とする理由は、カレルヴォの死後も囮として利用するためだった。制御不能となったカレルヴォは、遅かれ早かれ死んでしまう。帝国が幾ら探したところで見付けられないカレルヴォを探している間に、自分はさっさと逃げるつもりなのだ。
そうこうしている内に、ラルマーンは地下の最奥にたどり着いた。そこには稀少なガラスで作られた大きな筒が鎮座している。緑色の液体で満たされた中には、ビクンビクンと脈動する肉片が浮かんでいた。
「さあ、これも使いますヨ。貴方に頼まれてワタシが培養した素材……火竜の細胞もネ」
「止めろ!止めてくれええぇぇぇぇぇっ!」
暗い地下の牢獄に、カレルヴォの悲鳴が木霊する。だが、彼の悲痛な叫びを聞いて助けてくれる者は誰もいない。合成される直前、カレルヴォが思い出したのは憎たらしい弟が最期に言い放った『お前のじゃ僕の研究は引き継げない。身の丈に合わない野心のせいで滅びるよ』という言葉であった。
次回は6月12日に投稿予定です。




