異形顕現
突如として現れた肉塊を見てため息を吐いた私の頭を、ラピは子供にやるように撫で始める。撫でられて何かある訳ではないものの、彼女のやりたいようにさせておこう。
音の発生源を潰すには、あの肉塊に近付かなければならない。そしてあの肉塊が我々にとって友好的な存在だとは思えない。敵も味方もなく暴れ回る理性なき怪物であると私は直感していた。
「音を潰すためにも、私はあの肉塊の近くへ向かう。そうだな……ティガルとゴーラ、あとファルは着いてこい」
「はいよ!一暴れしようぜ、ボス!」
「腕が鳴りまさぁ!」
「わかった。あんた、張り切りすぎて空回りしないようにしなよ?」
肉塊に近付くのなら、戦闘が起きる可能性が高い。その際、頼りになるのは腕の立つ仲間たちだ。総合的な戦闘力が高いティガルとトップクラスの膂力を誇るゴーラ、そして上空から援護可能なファル。この三人がいれば、大抵のことは乗り切れるだろう。
ザルドは背負っていた大剣を肩に担ぎながら獰猛な笑みを浮かべ、ゴーラは二の腕に力を入れて力こぶを作って見せる。ファルは張り切る夫に苦笑しながら弓を背負いつつ剣を腰に差した。
「ザルドは残ってここを守ってくれ。ミカは脱出の準備を整えるんだ」
「任せてくれ」
「かしこまりました」
ティガルと肩を並べる実力と冷静沈着な性格であるザルドがいれば残った者達をまとめることは出来る。そして細かい気配りが得意であろうミカは脱出に必要な物資を適切に取捨選択してくれるはずだ。
そして最後に私は肩車をしていたラピに尻尾を優しく巻き付けると地面に降ろす。彼女は連れていくつもりはなく、ザルドの下でここを守ってもらわねばならない。それが不服なのか、ラピはじっと私の複眼を見つめていた。
「そんな顔をしても連れては行かないぞ。ここを守るのも立派な役目だ」
「むぅ……」
「不服そうだな。なら、これをお前に任せる」
不満を隠そうともしないラピに、私は左手でずっと持っていた箱を渡した。この中にはアイワスに大切に育てると約束した輝晶生命体のアハトが入っているのだ。
アイワスが用意したこの箱は、恐らくとても頑丈なのだろう。だが、アハトが中にいるのに危険な肉塊がいる場所へ持っていく訳にはいかない。それに戦闘になるとわかっているのなら、両手は空けておきたかった。
「この箱は、私が恩人から預かったとても大事なものだ。私が戻ってくるまで、守っておいてくれ」
「ん!」
受け取った時には箱が何なのかわからずに首を捻っていたが、とても大事なものと聞いて目を輝かせる。そして箱をギュッと強く抱き締めた。よし、機嫌が直ったようで何よりだ。
私は喜ぶラピを見守りながら、同時にレオへと『ラピを手伝ってくれ』と念話を飛ばす。急に念話を受け取るとは思っていなかったからか、レオはビクッと震えていたが、すぐに『わかったぜ、アニキ』と返してくれた。
「では、行くぞ」
「「「おう!」」」
方針を決めたところで我々は行動を開始した。私はティガル達を伴って帝都を駆ける。ただし、道を走るような効率の悪い真似はしない。帝都は建物がひしめき合い、複雑に入り組んだ道を走っていては時間がかかるからだ。
ならばどうするか?決まっている。魔人の身体能力にモノを言わせて屋根の上を駆ければ良いのだ。この方が目的地を見失うことはないし、何よりも最短距離で向かえるのが大きかった。
「うおぉっ!?屋根が抜けたぁ!?」
「またかよ!」
「言ってやるな。ゴーラはシユウやアパオほどでなくとも重いんだ」
「もう、変なところでどんくさいんだから……」
確かに魔人の身体能力は高く、私と共に駆けている二人はかなり身軽な方だ。しかし、ただでさえ大柄でしかも重量のある武器を担いでいるゴーラはその体重のせいで屋根を幾度も踏み抜いてしまうのである。
まあ、身軽なのですぐに穴から飛び出して来るのだが……それでも心配してしまうのは仕方がないだろう。翼を使って飛んでいるファルは、そんな夫の姿を見て呆れているようだったが。
「魔人だ!」
「仕留めろ!」
ただし、屋根の上を駆ける姿はそれ相応に目立っていたらしい。帝国兵が駆け付け、我々に向かって攻撃してきたのである。
彼らは排除するように命じられているので、我々を襲うことに躊躇はない。明確な殺意をもって矢や霊術、そして数は少ないが銃弾が我々へと飛んできた。
これまでの帝国兵に逆らえない我々であれば、防御を固めて逃げることしか出来なかっただろう。しかしながら、今の我々にとって帝国兵は従属する対象ではない。こちらを殺そうとするのならば、容赦なく反撃出来る相手でしかないのだ。
「やれるモンならやってみな!ゴオオオオオッ!」
「ぶっ潰しますぜぇ!ウゴオオオオオオッ!」
理性を失って本能のままに暴れている状態だと思っていた帝国兵はさぞや驚いたことだろう。無鉄砲に突撃するか逃げ出すかするはずだと思っていた相手が、正気を保ったまま向かって来たのだから。そしてその思い違いは致命的な間違いだった。
ティガルは大剣を盾にしながら突っ込み、バチバチと電撃を迸らせつつ帝国兵に斬り込んで帝国兵を斬り捨てていく。ゴーラは屋根の一部を引っ剥がして投擲してから大斧で敵をまとめて叩き潰した。ファルは複雑な軌道で飛び回って矢弾を回避しつつ矢を放って反撃し、私は双剣と尻尾で的確に急所を抉っていった。
「てっ、撤退!撤退しろぉ!」
「ハハハァ!無様だな、おい!」
ここままでは一方的な殺戮となることがわかったのか、我々と戦っていた帝国兵は尻尾を巻いて逃げ始める。追撃する必要はないので、我々は再び肉塊を目指して移動を開始した。
屋根の上を駆けて最短距離で近付いたことで音の発生源はかなり近付いている。それは同時に肉塊に接近していると言うことも意味しており、オルヴォの屋敷跡地の様子をより詳しく把握出来るようになっていた。
屋敷の跡地は肉塊の真下にあり、その周囲の建物も崩れている。その瓦礫は屋敷を中心として放射状に広がっているので、ひょっとするとあれはカレルヴォの屋敷から現れたのかもしれない。
もしそうだとするならば、あの肉塊は魔人の研究か何かに失敗して生み出された可能性が高い。その場合、高い確率でカレルヴォも死んでいる。良い気味だ、と思ってしまう私は陰湿なのだろうか?
「こっちだ」
「あの崩れた塔だな」
益体のないことを考えながらも、私は目的を見失ってはいない。我々は聴力を研ぎ澄ませ、帝都全体に広がる音の発生源を特定していた。
そこは屋敷の近くにある塔である。周囲の建物と同じく崩れており、残っているのは出入口の扉とその周囲くらいだ。それでも音が止むことはなく、瓦礫の下から帝都全体へ音を届けている。厄介なことだ。
私は尻尾で瓦礫を薙ぎ払い、音の発生源を発見する。それは箱の上に重なった二枚の金属製の円盤が乗っており、片方の円盤が細かく振動することで音が発生しているようだった。
「高度な霊術で作られた品なのだろうが、製作者はアイワスよりも優れた者だとは思えん。これで音は止むはず……うおっ!?」
「ボス!?」
「大丈夫ですかい!?」
私は鍵状の道具で振動している円盤に触れる。これさえあれば一発で装置を動かしている霊術を解除させられると思っての行動だった。
ただ、鍵状の道具で装置に触れた瞬間、私が想定していなかった事態が起きてしまう。確かに道具の力によって円盤の振動は止まった。しかし、その代わりとでも言うように鍵状の道具から放たれている光が拡散したのである。
眩しいという表現でも足りないほどの光で視界が覆われ、私は思わず前方の複眼を腕で庇っていた。直視していたらしばらく視力が低下していたと思われるので、光が放たれた時間が短かったことは不幸中の幸いと言えよう。
「平気だ。身体に異変は何もない」
「あー、目がチカチカする。何が起きたのかしら?」
「恐らくだが、この道具の力が拡散されたのだろう。今は止まっている音のように」
何が起こったのかだが、私は自分なりに理解していた。この装置に乗っている二枚の円盤は、表面に刻まれた霊術回路が明らかに異なっている。このことから、二枚の円盤はそれぞれ異なる霊術を発生させていたのだ。一枚が魔人を狂わせる音を鳴らし、もう一枚がその音を拡散させていたのである。
私が最初に無効化させたのは音を鳴らす方の円盤であり、その時にはまだ拡散させる円盤が生きていた。そこで鍵状の道具が発する無効化の力を拡散させたのだ。
ただし、拡散された力によって拡散させる方の円盤も無効化されたのだろう。私の足元に転がっている装置は完全に停止しており、もう動く気配を見せていなかった。
「無事ならいいんだけどよ、これからどうすんだ?」
「目的は果たした。帝国のために我々が何かをしてやる義理もない。さっさと戻って……!」
逃げ出そう。そう続けようとした私だったが、その言葉を口から発することが出来なかった。何故なら、背筋が凍り付きそうになるほどの殺気を感じたからである。
殺気を感じたのは私だけではなかったらしい。ティガル達もまた殺気の主を振り返っている。それは屋敷跡で痙攣し続けていた肉塊であった。
その肉塊には気付かない内に私の身長を超える大きさの眼球が出来ており、それが私を真っ直ぐに見据えている。理由は全くわからないが、その瞳からは激しい憎悪も含まれているように感じた。
つまり、私はこの肉塊にとって憎らしい相手だということなのだ。こんな肉塊に恨まれる覚えなど全くない。身に覚えのない怒りを向けられて困惑していると、肉塊がボコボコと激しく膨張し始めた。
肉塊は膨張すると同時に表面が変化していく。我々を見ていた眼球は膨張する肉に飲み込まれ、代わりに肉の触手が何本も生えてきた。
一本を除き、触手は全てヒト種の腕らしき形状に変化する。特に太くて長い触手は首となり、その先には角のある蜥蜴のような頭が形作られた。内臓の塊にしか見えなかった表面の背中側は鱗に、もう腹側は毛皮に覆われていた。
その頭部には二つの意味で見覚えがある。まず、私は頭部の形状に見覚えがあった。あの形状……忘れもしない『新人戦』の決勝戦で戦った岩竜に似ているのだ。
あれよりも全体的にシャープな印象を受けるが、近親種であるのは間違いない。そう思わせる程度には類似点が多かった。あれには竜の力が含まれているのなら、今感じている殺気の強さにも頷けるというものだ。
そしてもう一つの意味だが、頭の一部分に見覚えがあったのである。竜の左目があるはずの部分がヒト種の顔面になっていたのだが、その顔は魔人ならば誰でも知っている人物のそれだったのだ。
「カレルヴォ……なのか?」
「オオオグウゥゥウウヴォオオオオオオオッ!!!」
異形の竜と化した肉塊は、竜の口を大きく開いて帝都を震わせる咆哮を轟かせる。肉塊の一部となったカレルヴォはその顔を憎悪に歪ませ、その瞳は暴力に餓えたかのように爛々と輝いているのだった。
次回は6月8日に投稿予定です。




