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WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第一章 闘獣編
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決勝戦 後編

 冥王蠍が苦し紛れに作り出した壁と息吹の衝突よって発生した爆風は、大量の砂塵を巻き上げて闘技場に張られた障壁を内側を埋め尽くした。観客は結果は見えていると思いながらも、固唾を飲んで砂塵が晴れるのを待ち続けていた。


 一分ほど経って砂塵が収まった後、観客は見た。着弾地点に残っていたのは闘技場の地面を大きく抉って出来たクレーターと、その中央に転がる焼け焦げた冥王蠍の()を。


 鋏はブスブスと煙を上げており、辛うじて原型を止めている状態だ。それを見れば一目瞭然、その先にあった身体は残骸も残らないまでに焼き尽くされたと言うこと。つまり、岩竜の勝利である。


「グオオオオオオオオオオオッ!!!」


 岩竜は歓喜の咆哮を上げた。奇妙な技を使い、毒針で自分を突き刺して不快な気分にさせた、小さく目障りな虫ケラ。それが目の前から消滅したのだから、喜ばずにはいられなかった。


 岩竜はノシノシと歩くと、唯一残った冥王蠍の鋏を踏み潰す。何度も何度も、執拗に踏み付け続けた。最強種に相応しい行動だと思う者は誰一人いなかったものの、勝者であることに変わりはない。観客席からはまばらな拍手が起ころうとしていた。


ドスッドスッドスッ!


 拍手が大きくなる直前、小さな、しかし無視出来ない音が観客の耳に届く。その直後、闘技場に響き渡ったのは岩竜の悲鳴であった。


「ガアアアアアッ!?ギャオオオオオオオッ!?」


 岩竜が踏みつけるタイミングに合わせたように、鋏の残骸があった場所の地面が鋭く長い棘に変形したのである。棘は二十本以上もあって、岩竜は自分の体重と膂力のせいで自ら針の山を全力で踏み抜いてしまった。


 二、三本ほどの棘は刺さる前に折れたものの、残りは足を貫いて足の甲から尖端を覗かせた。岩竜の右足は穴だらけになっており、治療しなければ使い物にならないだろう。


 岩竜は激痛から絶叫しつつ、針山から足を引き抜こうとした。だが、その前に棘に変化が起こる。棘の側面から枝のように新たな棘が生じたのだ。内側から更に傷つけられた右足は徹底的に破壊され、凄惨としか言えない状態になっていた。


 岩竜はたまらず叫びながら、踏ん張りを失った右側に倒れてしまう。その時に棘は抜けずに折れてしまい、右足の中に残ったままになってしまった。


ズズズ…


 岩竜が転げ回る間に残された棘の根本の部分が崩れて砂になると、ゆっくりと盛り上がって下から何かが上がってくる。姿を表したのは、左の鋏を失った冥王蠍であった。



◆◇◆◇◆◇



 ああ、死ぬかと思った。防ぎきれないと察した私は砂の壁を作りながら足元の地面を砂に変えて潜ったのである。潜る時に左の鋏が焼かれてしまったので自分で切り取って地上に残しておいたのだが、囮として上手く機能したようだ。


 後は私が死んだと思って鋏を足蹴にしている場所を針山にして自滅させた。棘にした砂には私の毒が染み込ませてあったので、岩竜は右足から大量の毒を体内に取り込んだことになる。それも逆鱗から流し込んだ時の数倍もの量を。


 案の定、岩竜がのたうち回る動きが徐々に鈍くなっている。毒が回っているのだ。だが、相手は竜種。毒の効きが悪かったことから耐性の高さは明らかだし、放置している間に耐性を得ても不思議じゃない。私と岩竜の間には、それだけの差があると私は確信していた。


(だからこそ、今を逃してはならないんだ……!)


 片方の鋏を失ってバランスが悪いものの、私はこの隙を逃すまいと走り出す。闘気も霊力もここまでの戦いでほとんど消耗しているので、これ以上粘られたらもう二度と勝機は巡ってこない。急げ、急げ、急げ!


 疲労が全身の動きを鈍らせ、負傷が動く度に私に痛みという名の精神攻撃を加えてくる。だが闘気で強化された私の節足は力強く地面を蹴って推進力を与えてくれた。


「グオオッ……ギャオオオオオッ!」


 迫る私に気が付いた岩竜のとった行動。それは震えながら動かない右足を引き摺って後ずさるという情けないものだった。ようやく理解したのだろう。自分の命が危険に曝されているという事実を。


 幾度も受けた毒で身体の感覚が鈍り、足の傷によって立ち上がるのも困難。しかも傷からは大量に出血しており、止血しなければ命に関わる。岩竜がここまで追い詰められたのは生まれて初めてだと思う。死の恐怖を知らずに生きて来られたのは、強者に生まれた生物の特権だ。


 だからこそ、死ぬかもしれないという恐怖を味わった時の衝撃は大きかったのだろう。それに加えて殺したはずの私が生きていたことも、岩竜の目には恐ろしく映ったのかもしれない。何故か死なない自分の命を脅かす私という存在を前にして、岩竜は立ち向かうのではなく逃走を選んだ。これは恐怖に屈したと言うことだった。


 冷静に考えれば右足の負傷を考慮しても岩竜の方がまだ有利と言えるし、そもそも闘技場の壁に囲まれている以上逃げることは出来ない。にもかかわらず逃走を選んだのは、恐怖が岩竜に私を必要以上に大きく見せているからだと思う。


 恐怖に竦んで動けなくなる、か。私には全く理解が及ばない感覚だ。私は弱者であるのに、生まれた時から『百年間生き残る』という使命を帯びていた。故にどんな状況でも生き延びるために考えを巡らせ、死なないために死に物狂いで行動することこそ私にとって自然なことであるからだ。うん、何一つ共感出来ないなぁ。


(怯えて逃げる相手でも容赦はしない。自分の方がまだ強いことに気付いて奮起されては困るからな)


 私は怯える岩竜を前にしても一切躊躇をしなかった。走りながら残った霊力を振り絞って作り出したのは、砂で出来た岩竜の首ほど太い私の尾節である。岩竜のすぐそばで生えた巨大な尾節は怪我をしている右足を絡めとり、今も出血している傷口に針を突き刺した。


 本物と違って針に毒はないものの、その代わりに針の鋭さはそのままに長さと太さを増している。傷口を抉られた岩竜は再び情けない絶叫を上げた。必死に尾節の拘束から逃げようと藻掻いている間に私は再び地面に潜り、土を砂に変えつつその中を泳ぐようにして岩竜に接近した。


 土の中にいながらも、私は岩竜がどこにいるのかをちゃんと把握している。怯えているとは言え、闘気も霊力もまだ莫大な量を保有しているのだ。感覚を研ぎ澄ませれば、彼我の距離どころか身体の形までハッキリと感じ取れる。狙いを定め、私は地中から勢い良く飛び出した。


(死ね!)


 私は残った闘気を右の鋏と尻尾に集中させ、矢のような速度で背後から襲い掛かる。そして後頭部に飛び乗ると、弱点である逆鱗へと鋏を突き刺す。根本までめり込んだ鋏をすぐに抜き、今度は渾身の力を籠めて尾節を突き刺した。


 尾節は肉を掻き分け、毒針は先端が砕けながらも頭骨を貫いて脳にまで届いた。そして最後の最後に、ほんの少しだけ回復した霊力を使って尾節の先端から砂の小さな玉を発生させ……脳の中で弾けさせた。


「グギギギッ!?アガガ…カァァ…」


 脳を損傷した岩竜は、ビクンと一度だけ大きく痙攣してから身体を強張らせる。その直後、身体から力が抜けて糸の切れた人形のように動かなくなった。私は竜種の強靭さを警戒して更に深く尾節をめり込ませ、頭蓋骨の中をグルリとかき回してから引き抜いた。


 ズルリと湿った音と共に尾節を抜いてからも、私は岩竜の上で油断せずに構え続ける。尾節に付着した脳漿が私の上に垂れてくる。正直、物凄く食欲を誘うのだが食べている間に動き出されたら初動が遅れてしまう。なので弱まっていく霊力と闘気が完全に消えてしまうまで、ぐっと我慢していた。


「けっ、けっ、決着ううううううううううっ!!!予想だにしない逆転劇っ!信じられない大金星っ!『新人戦』の勝者にして、新たなる『新人王』はあああああっ!冥王蠍だああああああああああああっ!!!」

「「「ワアアアアアアアアアッ!!!」」」


 後頭部で構えていた私だったが、霊力と闘気が完全に消失するや否や支配人が私の勝利を宣言する。傷だらけだし、正直に言って立っているのが限界というほど消耗しているが……どうにか私は勝つことが出来たようだ。


 これでようやく力を抜くことが出来る。私は岩竜の頭の上で節足の力を抜いて座り込むと、尾節に付着した脳漿を啜りつつ後頭部の傷から抉った肉を咀嚼した。うわっ!何だこれ!滅茶苦茶美味いじゃないか!


 どうやら竜種は食材としても一級品であるらしい。私は観客が称える声を完全に無視しつつ、夢中になって岩竜の肉を口に運ぶ。ああ、美味い……染み渡る……生きているからこそ味を感じられるのだ。生きているって素晴らしい!


 もう少し食べていたかったが、ゲオルグから戻れと命じられたらしい。食べようとすると身体に激痛が走り、身体は自然と出場口に向かっていた。


 この痛みには慣れつつあるが、自由がないことを思い知らされることで受ける屈辱には決して慣れない。せっかく良い気分でまともな食事を摂れていたと言うのに……もう少し私を労れよ、クソジジイ。


『やったわ!凄いわ!竜種に勝つなんて!』


 私が檻に戻ると大興奮しているカタバミが尻尾で私をペシペシと叩く。今は身体中にガタが来ているから、尻尾で軽く叩かれるだけでも結構辛い。念話が使えない私は意思を伝えられないので、今は耐えるしかないだろう。


 しばらくして彼女の興奮が収まると、うってかわって真剣な雰囲気が伝わってくる。ここからは真面目な話なのだろう。私も疲労を無視して彼女の念話に集中した。


『大会も終わったし、警備の薄くなる頃合いだわ。だから、そろそろお別れね』


 姿を消したままカタバミは念話でそう告げる。念話の声色はどこか悲しげだ。彼女を助けたのは私の良心に従っただけであり、彼女が自由を謳歌するのは私の願いでもある。だから悲しむ必要などないのだ。


 笑って故郷へ帰って、家族と再会を祝って欲しい。それだけで私は私の誇りを失わずに済む。そして優しい蠍がいたことを土産話にでもしてくれたらそれで十分だ。


『本当にありがとう。アンタが優しくなかったら、アタシは予選で死んでたわ。感謝してもしきれない。この恩は絶対に忘れない。今のアタシにはアンタを救う力はないけど、必ず助けに行くから。それまで死ぬんじゃないわよ?』


 そう言ってカタバミは私の上からヒラリと床に降りる。着地の時に音を立てないのは霊術の力ではなく彼女が身軽だからだ。そのまま足音を立てることなくカタバミは去っていく。故郷への道のりは楽なものではないかもしれないが……達者でな。


『あ、そうそう。アンタが自由になったら子供を産ませてよ。きっと強い娘が生まれるわ』


 は?え?子供?え?何?どういうこと?私は冥王蠍なのに、妖狐と子作りなんて出来ないだろ……出来ないよな?冗談だよな?


 ただ、カタバミの念話の雰囲気は本気っぽかったのが非常に気になる。檻に入れられた状態でいつもの部屋に放り込まれるまで、私は疲労を忘れて彼女が最後に残した言葉の真意について悶々と考え続けるのだった。

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― 新着の感想 ―
子作り出来るの……? ここ迄で一番のファンタジーだわその情報…
[良い点] >彼女を助けたのは私の良心に従っただけであり、彼女が自由を謳歌するのは私の願いでもある。だから悲しむ必要などないのだ。 >笑って故郷へ帰って、家族と再会を祝って欲しい。それだけで私は私の誇…
[一言] くそ爺め竜喰わせろや!怒 餌は与えないわ頭が悪い指示を出すわ散々だな。
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