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WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第四章 解放編
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帝都の異変

 皇帝の暗殺とそれに伴う混乱に備えて帝都へと帰還していた特戦隊は、レムルスの軍団との戦いでも数々の戦果を挙げていた。彼らは魔人連隊の中でも特に腕利きかつ実戦経験豊富である。帝都を縦横無尽に駆け回り、レムルスがどこから攻めようと即座に先回りして侵入を防いでいたのだ。


「ザルド、アスミ、そっちの被害は?」

「残念ながら、我々は二人殺られた」

「こっちは三人だ。間違いなく、連戦の疲れが出ているぞ」


 ただし、無傷ではなかった。それどころか、特戦隊で戦える者達の数は半分ほどにまで落ち込んでいる。どこから攻められても援軍として素早く駆け付けるということは、誰よりも多くの回数を戦わなければならず、必然的に被害も多く出てしまうのだ。


 結果、魔人連隊では既にその四割近くが死亡している。生き残った者達も、その半数以上が魔人の治癒力を以てしてもすぐに戦線へと出られないほどの深傷を負っている。レムルスが攻撃を開始する前に比べて戦線に出られる人数は二割近くにまで減少していた。


 魔人連隊全体に比べれば、特戦隊の被害はまだ少ないと言えるかもしれない。だが、既に人数は七十人を切っており、戦える者は四十人に満たない状態であった。


「やっぱりか。こっちも殺られたのは一人だけど、四人はしばらく動けねぇぞ。特にリナルドが大怪我しちまったのが痛ぇ」

「主力の一人が欠けたか。医薬品や治癒の霊術を使える者を回してくれれば良かったのだが……」

「魔人にそんな人材を回すことなどないからな」


 アスミはため息と共に魔人の境遇を嘆いた。彼女の言うように、どちらか片方でも提供されていれば死者の半数は助かっていたことだろう。


 他の部隊ならともかく、特戦隊は魔人の作成者とされているカレルヴォに嫌われている。ユリウス達のような例外がない限り、追加の人員も望めない。頭数を元に戻すのは不可能だった。


 ただ、現状では追加の人員が来たところで足手まといにしかならない。肉の壁くらいにしかならないので、万が一にも追加の人員が送られていたとしてもすぐに死んでしまったことだろう。後味の悪い思いをさせられるくらいなら、このままの方が遥かにマシであった。


「なあ、父ちゃん。次はいつ攻めて来るかな?」

「さあな。これまでの感じなら、明日の朝じゃねぇか?」

「予想に過ぎないから、確実にそうだと思っちゃダメよ。今はゆっくり休んで体力を回復させなさい」

「うん。わかったよ、母ちゃん」


 シャルの言う通り、レムルスが攻めるタイミングは一定のパターンが存在するように思える。だが、そう思わせておいて奇襲を仕掛けて来ることもあるのだ。決して油断することは出来なかった。


 今の彼らに出来ることは、次の敵襲に備えて身体を休めることだけである。特戦隊は兵舎に戻ることすら許されず、帝都を守る城壁の近くで休息をとっていた。


「みんな、食糧の配給だぞ!」

「しっかり食べて下さい」


 そんな彼らに食事を持ってきたのはマルケルスとデキウスの二人だった。魔人連隊の連隊長とその副官である彼らだが、多忙な合間を縫うようにして魔人連隊の各部隊の様子を見に来ていた。


 特に特戦隊は以前の戦いで指揮官が死亡し、新たな指揮官を付ける前に戦いが始まったために直属の指揮官が存在しない。他の魔人の部隊と違って統率がとれるのでそのままなのだが、だからこそマルケルスが様子を見に行く必要があったのだ。


「おっ、昨日よりもちょっと多めじゃねぇか?」

「ああ。死者が多く出た部隊から掠め取って来た。お前たちにこそ必要だと思ってな」

「助かるぜ」


 マルケルスとデキウスは特戦隊の戦力について正しく評価している数少ない人物にして、彼らを戦友だと思っている稀有な帝国兵だ。彼らのコンディションを少しでも良好に保つべく、あの手この手を使って陰ながら支援していた。


 彼らは今回の戦いで死者が多かった部隊に配給されるはずだった食糧をこちらに回している。発覚すれば問題になるだろうが、今の帝都にそんなことを調べる余裕はない。監査も緩いので、容易く奪うことが出来ていた。


「ミカ!頼むぜ!」

「お任せ下さい」

「ん。手伝う」


 食糧の調理はミカと彼に感化された者達が行っている。その中にはラピの姿もあった。これまでほとんど料理に対しては食べる以外に興味がなかったのだが、今では積極的に料理を憶えようとしていた。


 彼女が料理を学ぶ理由は『あにきに食べて欲しい』からだ。生死不明だが、ほぼ死亡が確定している者のために料理を学ぶというのは見ていて痛々しく思う者もいる。ラピが『あにき』の生存を疑っていないことから、彼女が心の病になっているのではないかと心配する者までいた。


 だがそれがラピの生きる希望となっていることもあって誰もそれを指摘することはしなかった。当の本人はポピ族から『あにき』ことアンタレスが生きていることを知らされている。それ故に心の病でも何でもなく、純粋な気持ちでミカに料理を教わっていた。


「皆さん、料理が上手になりましたね」

「それは先生が良いから」

「ははっ。ありがとう、リンネさん」


 手際良く準備を整えていく特戦隊の面々を見て感慨深そうに呟くミカに、そう返したのはリンネだった。潜入任務に同行してからというもの、彼女はミカの助手のような立ち位置になっている。それがどんな感情から来るものなのか、ミカを含めた誰もが理解していた。


 ミカもまた自分を支えてくれるリンネのことを憎からず想っているのだが、それに応えようとしていない。彼は二人もの主人を守れなかった。そんな自分が彼女の気持ちに応えたとしても、彼女を不幸にしてしまうだけなのではないか。どうしてもその考えが頭にこびりついているのだ。


 ずっとミカの側で支えていたからこそ、彼の苦悩も知っている。彼女は無理に応えるように言い寄ることはなく、ただ彼に寄り添っていた。その健気さから、陰ながら誰もがリンネを応援しているのが現状であった。


「ふい~、食った食った。で?上の連中はどんな感じだ?」

「どうもこうもない。ずっと戦後のことを見据えて、元気に陰謀を張り巡らせているよ。全く、こちらの方が圧倒的に不利だということを全くわかっていない。将軍達は何度も進言しているようだが……」

「聞く耳持たねぇってか」


 一緒になって食事をとっていたマルケルスは、それまでの笑顔を曇らせて渋面になった。今のところ、帝都の側が善戦しているように見える。だが、長期的な視野で見ると、間違いなく追い詰められているのは帝都の側だった。


 現在、帝都は籠城戦を行っている。だが、この籠城戦とは外からの援軍が来ることか、敵が諦めて撤退するまで耐えることが勝利条件だ。しかしながら、今の帝国は内戦状態であり、地方からの救援は望めなかった。


 しかも帝都を守るのに十分な大勢の兵士がいるからこそ、帝都に備蓄された食糧は恐ろしい勢いで減っている。このままでは兵士も民も飢えてしまう。レムルスに包囲し続けられるだけで、帝都は真綿で首を絞められるように疲弊していくのだ。


 軍事の専門家であるレムルスはそのことを十分に理解している。それだけでなく彼は帝都の防衛事情についても詳しかった。それ故に帝都の弱点を知り尽くしているのだ。


 彼は城門周辺という攻城戦で最も狙われる場所こそが、最も堅固に守られていることを知っている。そしていくら兵士が多かろうと、帝都の城壁全てを守り続けるのが難しいことも知っていた。だからこそ、彼の軍団は同じ場所を攻めるのではなく、様々な場所から小規模な攻撃を続けていたのだ。


 将校達が窮状について何度上奏しても、レムルスとは逆に軍事に明るくないグナエウス陣営はそれが理解出来ない。それどころか、早急にレムルスを撃破する方法を考えろと命令する始末である。将校や兵士の間では、グナエウス陣営への不満と怒りが溜まり始めていた。


「最初の大攻勢を防ぎ切ったから、レムルス殿下……いや、反逆者レムルスと賊軍は小まめに攻める形になっている。でも、こっちとは逆に向こうのトップは戦争屋。こっちがやられて一番嫌なことをキッチリわかってるんだ」

「ジリ貧ってことか。このクソッタレな状況を大逆転させる手ってのはねぇのか?」

「あるには、ある。敵の大将の首級を……レムルスの首級を挙げることだ。だが……」

「『皇剣騎士団』は全員が白機兵以上の実力者だ。これを突破するとなれば、我々全員の命を使っても血路が開けるかどうか微妙なところだろう」

「ふん。現実的ではないな、それは」


 マルケルスの言う通り、レムルスを討ち取ることに成功すれば今の状況を打開可能である。しかしレムルスの保有する戦力の中でも最強の、それどころか帝国最強の部隊である『皇剣騎士団』を蹴散らしてその命を狙うなど正気の沙汰ではない。アスミが鼻で笑ったのも頷けるというものだ。


 マルケルスも全く同じことを考えていたのか、苦笑いするばかりであった。これからどうなるのせよ、マルケルスを含めて特戦隊の全員は戦う以外に選択肢はない。今は温かい食事をとってゆっくり休み、鋭気を養った。


 マルケルスが本営に帰った後、夜目が利く魔人は夜の見張りを任されている。特戦隊もその例に漏れず、ローテーションを組んで夜襲に備えていた。しかしその夜は夜襲を仕掛けられることはなく、無事に夜明けを迎えたのだが……帝都で異変が起きたのは全く突然のことだった。


「あん?何だ、この変な音は……?」

「ウ……ウウゥ……!?」

「おい、どうした?」

「グギギ……!」


 帝都中に散らばって夜襲に備えていた魔人達の多くが急に苦しみ始めたのである。彼らは頭を抱えて地面の上をのたうち回り、激しい頭痛と吐き気を訴えたのだ。


 ただし、全ての魔人が苦しんでいる訳ではない。特戦隊の半数以上が体調に変化などなかったのだ。この違いは一つだけ。それはオルヴォ式の魔人かカレルヴォ式の魔人かの違いだった。


 カレルヴォの術式は、オルヴォの作ったオリジナルの術式を粗製乱造出来るように改造したもの。それ故に欠陥とも言える部分が幾つかあり、それを調べていく内にラルマーンは発見したのだ。カレルヴォ式の魔人は特定の周波数の音を聞くと狂暴化してしまうという致命的な欠陥を。


 この音は通常のヒト種には聞き取れない音域だが、魔人にはしっかりと聞こえている。ラルマーンはこの音を帝都全域に聞こえるように拡散させる装置を作り、このタイミングで起動したのである。


 この音は闘獣会で使われていた強制的に狂暴化させる霊術とは根本的に仕組みが異なる。こちらはその音を聞くことで、本能的な破壊衝動を極限まで高めてしまうのだ。霊術の効果ではないが故に抵抗するのは難しく、それは幾度となく戦場を乗り越えて来た歴戦の猛者であっても困難であった。


「おい!大丈夫か!?」

「頭が……割れそうだ……っ!」

「アガガ……ウガアアアアアッ!!!」


 アスミや彼女と同じく複数の生物と合成された魔人もカレルヴォ式の魔人であり、音の影響からは逃れられない。彼女らは必死に抵抗し、仲間を傷付けないように耐えていた。


 しかし破壊衝動から耐えるために自分の頭を壁や地面に叩きつけたり、自分の身体を爪でかきむしったりし始めている。このままでは彼女達は自分を抑えるための行動で死んでしまうかもしれない。ティガル達は必死に彼女達を止めようとしていた。


「大人しくするブモォ!」

「ヒヒィン!危ない!止まって!」


 ここで活躍したのはシユウとアパオの二人であった。元は牛と馬だった二人は魔人の中でも特に大柄で、同時に何人も抑えることが出来ていた。


 他にもゴーラやトゥルのような膂力に優れる者達やソフィーのように拘束に向いた魔人達によって何とか取り押さえることに成功する。怪我をしていたリナルドも尻尾を使って一人を捕まえていた。


 そこを精神に影響を与える霊術が得意なリンネによって強制的に眠らせた。こうして特戦隊は何とかアスミ達を鎮静化させたのだった。


「良くやった!おい、ザルド!どうなってんだ!?」

「私に聞くな。そこら中から魔人の咆哮が聞こえてくる。おかしくなっているのはアスミ達だけではないようだ」

「何が起きてんのかサッパリわからん!この変な音のせいなん……おい、ザルド。聞こえてるか?」

「ああ。外だろう?この機を逃さずに攻めてきたか」

「クソッタレ!お前ら、敵襲だ!リナルド!」

「任せてくれよ。息子がいるんだぜ?ここは死守してみせらぁ」


 魔人が突然暴れ始めたことで騒がしくなった帝都に向かって、レムルスは攻撃を開始した。ティガル達は大人しくなったアスミ達と負傷者、そしてまだ戦えない者達を無人の空き家に押し込めると、迎撃するために素早く装備を整えて城壁に向かう。ここで戦わなければ自分達も死んでしまうからだ。


 武装して城壁の上へ登った特戦隊だったが、思いもよらない事態に直面した。彼らが城壁の上に登った途端、その場にいた兵士達に刃を向けられたのである。彼らからは強い殺気が放たれており、冗談でも何でもないのは明白だった。


「お前ら、何のつもりだ!?」

「黙れ!気が触れた魔人達が帝都中で暴れている!魔人は即座に始末せよとの命令だ!」


 魔人が唐突に理性を失ったという情報は、既に帝都中に駆け巡っていた。レムルスの軍団と戦っている現状、原因はわからずとも一刻も早く鎮圧せねばならない。この件に関して、帝国の決断は早かった。それは、魔人を殺処分することである。


 暴走する兵器など、百害あって一理なしだ。その理屈は理解出来るのだが……彼らは黙って殺されてやるつもりは毛頭なかった。


「賊軍が来る前に化物を殺せ!」

「死んでたまるか!死ぬ気で防げ!」


 レムルス達による攻撃は既に始まっており、彼らがいる場所からそう離れていない場所では激しい攻防が繰り広げられている。この状況で仲間割れするなど愚かにも程があるのだが、自分の生死が掛かっている彼らは大真面目に戦い始めた。


 ただし、ティガル達は隷属の霊術によって帝国の兵士を傷付けることが出来ない。それ故に彼らに出来ることは死なないように防ぎ続けることだけだった。


「うっ!?」

「アリエル!?」

「危ない!」


 ただ、特戦隊の頭数が圧倒的に足りていなかった。数の暴力によって徐々に不利となっていき、そうなると前線で戦うのが苦手な者が真っ先に倒れてしまうのだ。


 アリエルは兵士の攻撃を捌ききれず、その場で尻餅をついてしまう。ユリウスは助けたかったが、自分のことで精一杯だった。そこですぐ近くにいたラピが間に入って助けたのだが、そのせいで横からの一撃を回避することが出来ない。振り回された槍の柄が頭を直撃し、ラピは出血しながら倒れ伏した。


「痛っ……!」

「子供とて容赦せん!死ね、混じりモノの化物め!」


 彼女を殴った兵士は倒れるラピの背中へと躊躇なく槍を振り下ろそうとする。だが、その槍が振り下ろされることはなかった。何故なら、その兵士は既に絶命していたからだ。


 彼の身体にはポッカリと大きな穴が空いており、その足元には一本の剣が鍔の部分まで城壁に突き刺さっている。状況から考えて、この剣が兵士の急所を貫いて即死させたのだろう。


 空から降ってきたのは剣だけではなかった。今度は兵士達にだけ槍のような何かが雨あられと降り注いだのである。城壁の上は、兵士達にとってだけ阿鼻叫喚の地獄と化した。


「ギャアアアアアッ!?」

「たっ、退避!退避しろぉぉぉ!」

「砂の、槍……?まさか!」


 何が起きたのかはわからないが、ここにいたら確実に死ぬ。それだけは理解した兵士達は慌てて逃げ出した。城壁の上で行われた不毛なる戦いは、帝国兵の逃走という形で終わったのである。


 一方で、特戦隊の者達には降ってきたモノが何かを知っていた。ティガルが城壁から引き抜いた剣は、見覚えのある白亜の剣である。そしてザルドが触れた槍状の物体は、その途端にサラリと崩れた。それは戦場で幾度となく見た、砂で出来た槍だったのである。


「これは、まさか……!」

「そう言うこったろ。マジで生きてやがったのか、ボス!」


 ティガルが歓喜の雄叫びを挙げると同時に、彼らの前に黒い何かが落ちてくる。フードを外したその下には、見慣れた複眼が光を反射して輝いているのだった。

 次回は5月31日に投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 間に合って良かった!!! 特にラピの喜びはどれほどのものか。感動!
[良い点] これは胸熱展開
[一言] やっと合流できた!
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