葬儀の裏で
アンタレスが行方不明となった後、彼がいなくなったことは特戦隊に多大な影響を与えていた。だが、エンゾ大陸で最大の版図を誇るラキル帝国は影響など全く受けてはいない。たった一人の、それも失敗作呼ばわりされ、手柄を隠されている魔人の安否が影響を及ぼす訳がないのだ。
共和国を国土から駆逐した直後、帝国全土は戦勝ムードに包まれた。官吏はこれ以上戦費が嵩まないことに胸を撫で下ろし、諸侯は戦禍の内に権力の空白地帯となった帝国北部の利権を巡って暗躍し、平民は戦いが終わったことを喜びながら戦時に課された重税が下がることを期待した。
しかしながら、そのムードが一瞬で消え去る出来事が起きる。それは帝国の象徴にして絶対者である皇帝の暗殺であった。
公的には病死と発表されたが、人の口に戸は立てられぬというもの。皇帝が暗殺されたという事実は、相応の衝撃と共に帝国国内へと瞬く間に広がっていった。
皇帝が崩御すること。それ自体は皇帝が高齢だったこともあり、近い将来に起きることだと誰もが予測していた。しかし、今ではない。いや、今は最も死なれて困るタイミングであった。何故なら皇帝は次代の皇帝を誰に据えるかについて、未だに明言していなかったからである。
廷臣達は機会があるごとに進言していたのだが、皇帝には何か思うところがあったらしい。何を言われても明言することを避けていた。ただ、廷臣達も皇帝が何を悩んでいたのかは理解出来る。それは次代の皇帝候補として三人の皇子がおり、それぞれに長所と短所があったからだ。
三人の候補とは第一皇子グナエウス、第四皇子ヴァシリウス、そして第十二皇子レムルスだった。この中で最有力候補なのは長子であるグナエウスである。
帝国の伝統として後継者は正統な血筋かつ男子とされており、その上で基本的に年長者から選ばれることが多い。それ故に伝統に則ってグナエウスが最有力なのだ。
だが年長者云々は原則でしかなく、正統の男子のように絶対に外せない点ではない。これまでも第一皇子ではなかった皇帝は何人もいた。そして長子であるのに帝位に就けなかったのは、本人に何らかの問題があった場合が多いのだ。
むしろ本人に問題がないのに帝位に就けなかった事例はとても珍しい。その時は余程優秀な皇子が別にいたか、簒奪によって弑虐されたかのどちらかであった。
閑話休題。グナエウス皇子の場合は本人に問題があった。特に彼は問題だらけだった。若い頃から政務には一切興味を示さず、贅沢と美女を好んで遊び惚けているのだ。
彼は既に四十歳を超えているのだが、落ち着く気配はまるでない。官吏と兵士という、皇帝を支える者達からの人気は全くなかった。
ただし、不思議と平民の人気は悪くない。何故なら贅沢をする時に大金をバラ撒くように使うことで、彼らの懐が温まるからだ……その贅沢の資金は彼らが納めた税金なのだが。
また、諸侯からの支持はそれなりに集まっている。母親の一族が有力な諸侯であり、また本人が無能なので外戚として担ぎ上げるのに都合が良いからだ。彼が皇帝になれば皇室の力は間違いなく下がり、逆に一部の諸侯による専横が始まるだろう。
逆に最も候補として低い位置にいるのが第四皇子ヴァシリウスだった。彼は政務を見事にこなすだけの能力があり、温厚で平民にも人当たりが良いので人望もある。武勇に長けるという話はないので兵士からの人気はないものの、官吏と平民からは絶大な人気を集めていた。
最有力候補として名前が上がっても良い人物なのだが、彼の場合はその母親が問題であった。母親は帝国の辺境に領地を持つ諸侯の娘なのだが、この諸侯は元々一つの国であったのを帝国に併合された元王族だったのだ。
要はティガルやザルド達の先祖と似たような立場なのである。子孫が贖罪兵とされた国との違いは、帝国との戦いで優勢な内に降服したことだ。その国は臣従することと引き換えに、領主としての権利と住民の安全を確保したのである。
だが、彼らのような国を体を保ったまま帝国に降った領主達の数は少ない。当時から帝国軍は精強だったこともあり、降服する前に滅ぼされてしまうからだ。
それ故に領地を安堵された元王族は、戦わずして降服した者達ばかりなのである。この歴史から、元王族とは腑抜けの代名詞として諸侯の間では嘲笑の対象となっていた。かの一族のように帝国と互角以上に戦った例は他にはなく、彼らも一緒くたにされて他の領主と同じ扱いを受けることになったのだ。
結果、その美貌から後宮に入れられたヴァシリウスの母親も侮られ、その血を引く他の皇族にヴァシリウス本人も侮られてきた。今ではその能力と人望から侮られることはないが、その生まれは継承者としての順位を下げている。
逆に言えば血筋のハンディキャップがあっても有力候補に数えられていることが、ヴァシリウスの能力の高さを如実に物語っていた。そして能力が高いからこそ期待する諸侯もいれば、だからこそ危険視する諸侯もいる。総合して諸侯からの人気は微妙であった。
ただ、ヴァシリウス本人は帝位に就くことに乗り気ではないのも有名な話である。血筋や能力よりも、帝位を求めていないという点が他の二人の皇子とは決定的に異なっていた。
そしてグナエウスと肩を並べるほど有力視されているのが第十二皇子のレムルスだ。彼は唯一、共和国軍との戦いに出られるほどの武勇を誇る皇子である。
彼の母親はグナエウスの母親と同程度の家柄であり、血筋の面では全く問題がない。ヴァシリウスほどではないが政務の能力もあり、軍事に関してはどの皇子よりも精通していた。
ただし、性格面に大きな問題がある。彼は傲岸不遜かつ高貴な血筋ではない者を侮蔑する血統主義者だ。自分は人々の上に立っていると根拠もなく信じており、矮小な平民は自分のために働いておけば良い。そんな考えの持ち主なのである。
一度アンタレスによってその鼻っ柱は皇帝の前で物理的にへし折られたのだが、レムルスはそこで心が折れることはなかった。むしろ敗北した自分に激昂して武芸を磨き、兵法を学び、戦果を挙げることで新設された『皇剣騎士団』の初代団長の地位を勝ち取ったのだ。
これで性格も治っていれば良かったのだが、残念ながらそちらの方面はまるで改善されていない。むしろ悪化したと言っても良いだろう。アンタレスという魔人に敗北した経験は、いつの間にか身分の卑しい者達全体への侮蔑を、恐怖とそれ以上の憎悪へと変えていたのだ。
特に各地で戦果を挙げる魔人連隊は目の敵にしており、戦時中から魔人は不要と言って憚らなかった。仮にレムルスが皇帝になれば、真っ先に魔人を粛清する勅命を出すだろうと言われていた。
そんな彼の大きな支持基盤は軍の関係者である。意外なことに、彼は兵士にだけは身分に関係なく優しいからだ。流石に自分が率いる『皇剣騎士団』は騎士以上の身分で揃えているものの、優れた能力の兵士が出世するように働きかけることも多く、兵士からは人気があった。ただし、魔人連隊は例外であるが。
三人以外の皇子には見るべきところがほとんどなく、肩を並べて皇位を争うほどの器量のある者や優れた人材を抱えた野心家もいない。事情を知る者達は、誰もがこの三人の誰かが皇位に就くだろうと確信していた。
「盛大な式典でシタ。先帝陛下は余程国民に慕われているいたのデスね」
「ただ恐れていただけだよ。いつも寡黙で、何を考えているのか覚らせず、必要ならば冷酷なことも平気で行う。誰もが顔色を窺わずにはいられない、薄気味悪い怪物さ」
皇帝の盛大な葬儀が終わった日の深夜。二人の人物が人知れず密談を行っていた。部屋には二人以外に同席する者はおらず、しかも徹底的な盗聴対策を施している。決して誰かに聞かれてはならない話をしようとしているのは明白であった。
そもそも、最初のやり取りの時点で暗殺された先帝に対してとてつもなく不敬なことを言っている。告発されれば、それがどんな立場の人物だったとしても処刑されてしまうだろう。
「仮にも父親を相手に容赦ないデスねぇ。まあ、手を下したワタシが言って良い台詞ではありまセンが」
「ああ、助かったよ。全てにおいて依頼通りだった」
「礼には及びまセン。アナタの計画は、ワタシにとっても都合が良かっタ。だから協力しているのデスよ、ヴァシリウス皇子」
「その通り。私達は利害で結ばれた同盟者だ。お互いにやるべきことをやろう、ラルマーン・ハディン君」
密談を交わしていたのは、第四皇子ヴァシリウスと共和国から帝国に降った研究者のラルマーン・ハディンだった。接点などなさそうな二人であるが、二人にはそれぞれ異なる目的があり、それを成し遂げる手段に協力して取りかかることになった。
二人が協力する手段とは、帝国で内戦を起こして国内を混乱させることである。その第一歩として行ったのが皇帝の暗殺であった。
「公的には病死、しかし実際は暗殺。知っている者達は思うはずだ。グナエウス兄上かレムルス、どちらかの皇子が行ったのだと」
「そして二人の皇子は、お互いに向こうの陣営がやったと思い込むでショウ。まさか候補の中で一番良識的で野心を持たないとされるアナタがやったとは誰も思わナイ……ずっと好機を狙っていたのデスか?」
「そうだとも。そのためにずっと根回しを行い、人材を集め、同志を見付け、帝都ではバレないように猫を被っていたのだ」
「恐ろしい方ダ。味方で本当に良かったデスよ」
ヴァシリウスがどうして帝国に混乱を起こそうとしているのか?その理由はただ一つ。帝国そのものに対する激しい憎悪である。
ヴァシリウスは皇子として生まれたが、母親のことで兄弟姉妹どころか諸侯にすら侮られる幼少期を過ごした。そんな彼に優しかったのは母親と母方の親戚だけだった。親戚は打算もあったのだろうが、母親は無償の愛を彼に注いでくれている。母親がいたからこそ、侮られる生活も耐えることが出来たのだ。
しかし、自分を愛してくれる母親に帝国や諸侯達は優しくなかった。本来は守るべき夫である皇帝は無関心を貫き、単なる妃の一人以上には扱わずに庇う素振りすら見せない。ヴァシリウスにとって唯一優しい母親を、誰も省みることがなかったのである。
そして自分の前では気丈に振る舞う母親が、一人になると実家に帰りたいと泣いている姿を見た時にヴァシリウスは決意した。母親の望みを叶えてあげようと。そのために、苦しめる帝国を滅ぼしてやろうと。この二つこそが彼の目的であった。
「兵士にだけは優しいレムルス皇子は、戦勝パレードで顔見せを行えば東部戦線の後始末を監督しに戻ル。そのタイミングで皇帝を暗殺スルことで、グナエウス皇子を喪主として葬儀を取り仕切らセタ。これでグナエウス皇子が次期皇帝だと決まった、と思われた訳デスが……」
「レムルスは直情的だし、激怒してすぐに戻ってくるだろうね。けれど、勢いに任せて帝都を攻めるほど愚かではない」
グナエウスの背後にいる者達からすれば、どうしてレムルスが暗殺したのかわからずに困惑することだろう。だが、内外に次期皇帝がグナエウスだと知らしめるのには絶好の機会と言える。大急ぎで準備を進め、彼を喪主として盛大な葬儀を取り仕切った。
だが、レムルスからすれば決して容認出来ない事態だろう。それにあまりにも彼らに都合が良すぎることから、グナエウスの陣営が暗殺を行ったと確信するのは間違いない。
しかしながら、証拠もなく帝都を攻めればそれはただの反逆としか受け止められない。それに帝都には戦勝パレードのために来ていた帝国軍の大部分がまだ残っている。如何に精強な『皇剣騎士団』であっても、数の力で磨り潰されることだろう。
「でもそれは、裏を返せば攻める大義名分があれば嬉々として攻め込むということだ」
「仕込みは既に終えていマス。レムルス皇子が戻ってくる頃に合わセテ、カレルヴォの無謀な実験が行われるようにしまショウ」
「フフッ、信用されるために猫を被っていた点で我々は似た者同士だね」
「ええ、おっしゃる通りデス」
そしてラルマーンの目的は、帝国で得た知識を故郷に持って帰ることである。そのためには帝国から脱出せねばならず、また外海を越えられる共和国製の船が必要なのだが……彼の立場で入手するのは不可能だと諦めかけていた。
そこに声を掛けたのがヴァシリウスだった。彼は皇子としての立場を利用して鹵獲した戦艦や武装が保管された場所と、捕虜となった共和国の兵士が囚われている場所を突き止めてラルマーンに教えたのである。
ラルマーン一人では帰還など不可能だが、まだ使える戦艦と同胞の手伝いがあれば逃げられる可能性は高い。成功の公算の方が高いと見たラルマーンは、ヴァシリウスに協力する決断を下したのである。
「さて、ではそろそろ解散しよう。私は母上を連れて早々に帝都から出る。もう会うことはないだろうね」
「ええ。悲しくなるような付き合いではありまセンが……アナタの今後の成功を祈るくらいはしておきショウ」
「ああ、そうだね。私も君が上手く逃げ仰せることを祈っておくよ」
二人はガッチリと握手を交わした後、同時に部屋から退出して別々の方向へと歩いていく。帝国を文字通り崩壊させる陰謀は最終段階へ移ろうとしていた。
次回は5月23日に投稿予定です。




