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WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第四章 解放編
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アンタレスの去った部屋にて

「むぅ、行ってしまったか」


 アンタレスの姿があった場所を見つつ、アイワスは無念そうに呻く。その理由はアンタレスを転移させる術式が、彼の想定通りの形で発動しなかったからだ。


 彼は転移先を帝都の郊外にある人気のない平野部を指定していた。しかし転移先の付近で突発的に大きな霊力の動きが起きたことで、座標に狂いが出たのである。アイワスは急いで修正しようとしたものの、ただでさえ緻密で繊細な術式を今さら弄るのは難しい。完全に修正するのは間に合わなかった。


 その結果、どうにか座標の付近に転移させることには成功したものの、そこがどんな場所なのかはアイワスでもわからなくなってしまった。修正していなければエンゾ大陸以外の場所に飛ばされてもおかしくないほどの影響が出ていたので、これは十分な功績と言えた。


 しかしながら、アイワスは完璧主義者である。転移に悪影響が出たのは彼の落ち度ではないのだが、そもそも周囲の状況に影響を受けないような強固な術式に仕上げられなかった自分の力不足だと考えてしまうのだ。


「アンタレスは大丈夫ですかね?」

「……その点に関しては心配無用だろう。彼は原初にして現時点で最強の魔人だ。どんな状況でも生き延びるさ」


 アインはアンタレスの心配をしているが、アイワスはその点だけは全く心配していなかった。最初に会った時、彼はわざと自分の中にある膨大な霊力を隠さなかった。それは己の力を誇示するためでも、ましてや威嚇するためでもない。アンタレスを試すためだった。


 あまりにも鈍感な無能者であれば、霊力の気配に気付かない。力の差を理解出来る実力があるのなら、圧倒されて萎縮してしまう。ここ()()()で彼と対峙した多くの者がそんな反応を示してきた。


 しかし、実力差を理解しつつも萎縮せずに心を強く持つ者がいる。そう言う者はそう易々と死ぬことはない。その場の機転で状況を打開するものだと彼はこれまでの経験で知っていた。


「まあ、ご主人様がそう言うなら心配はいらないんでしょうね。あ、そうだ。最後にあいつ、意味わかんねぇこと言ってたんですけど、あれは何なんですか?」

「意味がわからないこと?ああ、例の島民を助けたのがどうのと言う話だったか。それがどうした?」

「へい。確かに俺とあいつで怪我した島民を助けたんですがね?そいつ、妹はいるけど兄貴なんていないはずなん」

「……ふむ?」


 妙なことを言い出したアインだったが、彼は急に話すのを止めてしまった。霊術回路に無理を強いたことによる影響を調べながら聞いていたアイワスは、その違和感から後ろを振り向く。すると、アインはピクリとも動かない状態になっていた。


 彼は続いて部屋の窓から外を見る。彼の目には普段と変わらない青空が広がっているように見えた。だが、そこにも違和感がある。その違和感の正体とは……


「雲も草木も、風すらも全て止まっている。そして風に吹かれて舞う木の葉までも空中で止まっている。時間を止められて……いや、私だけを対象に作られた時間を差し込んだのか」

「正解~。流石はアイワスちゃん、一目で見破るなんて『叡智の神』は伊達じゃないね」


 アイワスは独り言のつもりだったのだが、背後からパチパチという拍手と共に称賛する者がいた。アイワスがゆっくりと振り返ると、ついさっきまでアンタレスがいた場所に一人の男性が立っていた。


 夜闇のように黒い長髪に、病的に白い肌。アイワスをして見たことのない不可思議な出で立ちの中性的な顔立ちの若者に見えるが、その正体を知っている彼は即座に恭しい態度で片膝を着いた。


「お久し振りにございます、偉大なる『悪戯の古神』よ」


 この若者は『悪戯の古神』、すなわち最古の神々の一柱であった。以前、『闘争の神』や『勝利の女神』と共に『正義の神』へ抗議に行った存在である。ほぼ何もしない他の古神と異なり、積極的に地上の出来事に首を突っ込む変わり者だった。


 またアンタレスにはわざと教えなかったが、『悪戯の古神』が言う通りアイワスもまた神と呼ばれる存在である。それも六柱の古神に次ぐ、準古神とでも言うべき最上位の神だった。彼がヘクティアという玄孫がいるというのに若々しい見た目なのは、神へと至ったことで不老の存在になっていたからなのである。


 彼は神へと至ったのも最古参の部類であり、エンゾ大陸南部で神々の戦いが起きた時には既に神となっていた。当時の彼は『闘争の神』による制裁を見物に向かっている。アンタレスは『まるで見てきたかのように』話していると思っていたが、実際にその目で見ていたのだ。


「そう固くならないでよ、アイワスちゃん。俺達の仲じゃないの」

「それは畏れ多いというものですが……努力は致します」


 固くなるな、と言われてもアイワスは謙った態度を崩さなかった。彼は優れた頭脳と膨大な知識を有しており、だからこそ目の前の『悪戯の古神』がどれだけ偉大な存在なのか熟知している。それを知っていて生意気な態度に出ることなど出来なかった。


 その『悪戯の古神』もアイワスの性格を熟知しているのでそれ以上は何も言わない。ただ、ニコニコと楽しそうな笑みを浮かべているだけであった。


「それにしても、相変わらず自由自在な権能ですね。羨ましく思います」

「へへへ、そう言ってくれるのはアイワスちゃんくらいのものだよ」


 照れるように頭を掻く『悪戯の古神』だが、誉められて満更でもないようだった。ただ、アイワスの羨ましいという思いはお世辞でもなんでもない、彼の本心だった。


 『悪戯の古神』の権能。それはあらゆる現象や物質への干渉と改変である。今も時間に干渉して自分とアイワスだけが認識可能な時間軸を作り出しているし、空間を弄って観光気分で異世界へと飛ぶことなど朝飯前なのだ。様々な制約はあれど、万能と言っても良い権能であろう。


 ただし『悪戯の古神』だけが特別に優れている訳ではない。古神は全く同等な力を持っているのだ。権能の違いから行えることは異なるが、同じように凄まじい力を有している。世界の誕生から存在している神々は伊達ではないのだ。


「その服は何かお聞きしても?」

「あ、これ?いやぁ、久し振りに西部劇を見たら面白くってさぁ!格好だけでも真似しようってね」

「西部劇……ああ、確か異界の娯楽でしたか」

「そうそう。はい、これ。お土産だよん」

「おお!ありがとうございます!」


 若者がアイワスに差し出したのは、何冊もの薄い冊子だった。アイワスは早速最初のページを開いてみる。そこにはこの世界で使われているあらゆる言語に該当しない文字で、複雑なグラフなどと共に難解な内容が記されていた。


「異界のお土産に学術書やら最新の論文やらを頼むのなんてアイワスちゃんだけだよ。いつも思ってたんだけど、物理法則から違う国の論文なんて読む意味あるの?」

「ありますよ。実験の方法や結果などは参考になる点がいくつもありますので」

「そっか。役に立ってるならいいんだよ」

「ところで、今日はどうなさったので?論文を届けるためだけにいらっしゃった、などと言うことはないでしょう?」


 アイワスは異界の論文を受け取った興奮を抑え、本当の目的を尋ねた。『悪戯の古神』は唐突に現れることがあるが、その際には必ず何らかの理由がある。気紛れで享楽的な部分を持つ神ではあれど、自分の影響力はきちんと自覚していることをアイワスは知っていた。


「いやはや、アイワスちゃんにはバレるわなぁ。今日来た理由はね、アイワスちゃんに感謝するためさ」

「感謝されるようなことは何もしていないと思いますが……ああ、ひょっとしてアンタレス君のことですか?」

「そう言うこと!」


 アイワスは『悪戯の古神』に感謝されるようなことなど一つとして覚えがなかった。彼ほど明晰な頭脳の持ち主でなくとも、偉大な古神に関連することを忘れるなどありえないことだろう。


 だが、今このタイミングでやって来たことで察したのだ。自分がアンタレスと名付けた魔人が、まだ一介の人間に過ぎなかった自分と同じく『悪戯の古神』に気に入られた者だということに。


「なるほど、納得が行きました。ここに彼が来たのも御身が力を振るわれたのですね」

「どうしてそう思うの?」

「海帝鯨に食べられた後、諦めずにその腹の中で生き延びた。そこまでは彼の努力でしょう。しかし……その死骸が海底へ沈まず、大型の海洋生物に食べられず、海流に流されて偶然この島に辿り着く。その確率はあまりにも低すぎます。彼の天運と考えるより、御身の干渉があったと思った方が自然でしょう」


 アイワスはアンタレスがいる海帝鯨の死骸が己のもとへ漂着したのは、これまではただの偶然だと思っていた。だが、アンタレスが『悪戯の古神』のお気に入りだとわかった今、そうではないと確信していた。


 『悪戯の古神』はあらゆる現象に干渉することが可能だ。ほぼ無傷の死骸がこの島に漂着したのは、奇跡的な偶然ではなく操作された結果だと言われた方が納得が行くというものだ。


「ありゃりゃ、見抜かれちった。アイワスちゃんには隠し事なんて出来ないねぇ」

「今のお気に入りはアンタレス君なのですね。ああ、ではアインの言っていた存在しないはずの人物は……」

「フッフッフ!ある時は差し入れを持ってくる気の良い兵士!そしてまたある時は的確なアドバイスをする謎の島民!その正体こそ、この僕さ!」


 クルリと回転しつつ姿を幾度も変えた後、『悪戯の古神』は元の格好に戻りつつ謎のポーズを決める。彼は自分の姿を偽ってアンタレスと何度も接触していたのだ。


 アンタレスに酒を飲ませてしまったり差し入れを持ってきたりした兵士も、悩む彼の話を聞いて考えを整理させた島民も、『悪戯の古神』だったのだ。アルティシアがどれだけ調べても痕跡を辿れなかったのも無理はない。あまりにも相手が悪すぎたのだ。


「では、転移先に影響が出たのは御身のせいでしょうね」

「そうかもねぇ。僕が関わったら最後、波瀾万丈の人生からは逃れられないし」

「……まあ、良い経験にはなるでしょう」

「おっ!経験者は語るってヤツだね!」


 アイワスの予想と言うには実感の籠った呟きからもわかるように、彼も神に至る前は『悪戯の古神』に気に入られていた。そのせいか波瀾万丈な人生を歩むことになり、多くの経験を積んだことで神に至るまでに己を高めることになったのだ。


 当時の苦労に思いを馳せたアイワスだったが、すぐにその考えを振り払った。経験豊富な彼だからこそ、思い出したくないことが数えられないほどあったからだ。


「それにね、実はアンタレスちゃんってアイワスちゃんと似た境遇なんだよ」

「ほう?では異界からの転生者だと?」

「そうそう。魂がこっちに来る経緯も、元の世界も違うんだけどね」

「なるほど。それなりに人数はおりますので意外でもなんでもありませんが……彼を気にかける理由が一つ増えました」


 アンタレスと同じように、異世界から魂だけ移動した転生者は一人や二人と言わず現存している。彼らは必ず生まれながらにして使命を持っており、それは誰にも言えず、また果たすことを本能的に優先するように定められていた。


 アイワスもまた、転生者の一人である。彼は神へと至る前にその使命を達成していた。ちなみに、その使命は『新たな技術を二十以上編み出す』こと。彼が研究者を志したのは、この使命の影響が大きいのは言うまでもないだろう。


「転生者ってお互いに会うことも珍しいからね。同郷じゃなくても気になるでしょ?」

「ええ。御身ほどの力はありませんが、陰ながら彼に力を貸しましょう」

「フッフッフ!仲間が増えたぜ!」


 こうしてアンタレスの知らないところで『悪戯の古神』と『叡智の神』、最古の神とそれに次ぐ神が彼を共に見守ることを約束することとなった。ただ、二柱の神に見守られることで、アンタレスの生涯がさらに波瀾万丈なものとなることを彼らはまだ知らなかった。

 次回は5月19日に投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
本来なら生きれないところを生き残っちゃったり、運命ねじ曲げることが出来ちゃうからどんどん余計なトラブルにも巻き込まれるとかそんな感じか
[一言] 神がかかわると面倒なことになるなんてなんだか不思議。余計なお世話をしちゃうってことかな? 望んだこと限定で手を貸せよ!って感じ。 読む側からすれば予想もしない出来事に見舞われる姿やそれに対…
[一言] あの兵士もだったのか……妙に気になるキャラしてる割に出てこないと思ったらw
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