我が手のもとへ
アイワスとの話し合いを終えた後、ちょうど夕食の時間だということで我々は食堂に移動することになった。ただ、今日はヘクティアは同席していない。どうやら彼女の研究に動きがあり、手が離せない状況になったらしいのだ。
その手伝いにオルヴォも加わっているそうな。まあ、奴は既に幽霊となっている。食事など不要なのでそもそも食堂に来ることはなかった。
「そう言えばオルヴォは誰の手で幽霊にされたんだ?他者によるものだと言っていたが……」
食事を終えて食器が片付けられた後、私は好奇心からオルヴォについてアイワスに尋ねてみる。すると彼は眉間に皺を寄せて難しい顔になってしまった。
どうやら話し難いことを聞いたのかもしれない。無理にでも聞き出したい訳ではないので聞かなかったことにしようと思ったのだが、その前にアイワスはため息混じりに口を開いた。
「ヘクティアだよ。我が玄孫は魂の専門家だと聞いていないかね?」
「アインから聞いている。魔人を合成する術式の開発にも手を貸していることもな」
「うむ。まあ、オルヴォを蘇生した技術はこの私から見ても称賛に値するのだが……経緯を考えると頭が痛くなってくるのだよ」
「と言うと?」
「……君はオルヴォが死んだ時の状況を知っているかね?」
それは当然知っているので、私は即座に頷いた。カレルヴォの陰謀によってオルヴォは帝都で暗殺されたの……いや、待て。どうして帝都で暗殺されたオルヴォの魂がここにあるんだ?
死んだ霊魂は消滅して世界と一つになるはず。それは怨霊とならない限り、死亡直後から始まると私の中の知識が教えてくれる。それがどうして帝都どころかエンゾ大陸から離れたこの島で魂を繋ぎ止めることが出来ているんだ?
「察しが良いようで助かる。本来ならばオルヴォの蘇生など間に合うはずもないのだが、我が玄孫にして弟子はそれを成し遂げた」
「それは……偉業と言えるのではないか?その技術があれば、どこで死のうと安定した霊魂をこの世に残すことが出来る。一種の不死となれるように聞こえるぞ」
「いや、そうではない。それが出来たのは……あの娘が生前のオルヴォに術式を仕込んでいたからだ」
アイワスの説明によれば、ヘクティアは実験の手伝いの折りに存命だったオルヴォの魂に術式を仕込んでいたらしい。それは万が一にもオルヴォが死んだ時、彼の得意とする空間を操る霊術が自動的に発動して彼女の下へ来るという術式だったのだ。
つまり、距離的な問題を解決したのは偏にオルヴォの稀少な素質があったからである。しかもご丁寧に何時オルヴォの魂が自分の下へ来ても良いように、消滅しない処置を行うための霊術回路が刻まれた部屋に現れるように設定していたようだ。ヘクティアの凄まじいまでのオルヴォへの執着は、私が怖気を感じるほどだった。
「今は霊魂の情報から肉体を再現する研究を行っている。動きがあったとはその件だよ」
「肉体の再現……?まさか、オルヴォを完全に復活させるつもりか!?」
「その通り。あの娘はオルヴォに懸想しているのでね」
ヘクティアからすれば惚れた男を完全な形で復活させたいのだろうが、私からすれば機会があれば殺してやりたいと願っていた者が甦るのだ。気分が良いとは口が割けても言えなかった。
だが、奴は一度死んでいる。それも実兄に殺され、自分の功績を奪われるという形でだ。それを今さらわざわざ殺したいかと問われれば即答しかねるし、何よりもミカのことを考えると殺意は鈍くならざるを得なかった。
「まあ、心配には及ばんよ。あの娘は私に似て才能に溢れてはいるが、術式を完成させるまでにあと数年は必要だ。今すぐに復活することだけはない。それに、復活したとしても君達になるべく関わらないように釘は差しておくよ」
「そうしてくれると助かる。奴の顔を見れば、怒りのままに襲い掛かる者もいるだろうからな」
「何、礼など不要だ。私にとってもオルヴォの才覚を再び失うのは惜しいのでね。ああ、そうだ。話は変わるが、アインから君の名前を考えて欲しいと頼まれている。どうかね?」
「名前か……」
名前、と言われて私は思案を巡らせた。これまで私は名前がなくても困ったことはない。『ボス』や『アニキ』など、それぞれに呼びやすい呼称を使われていたからだ。
しかし、アインに名前は大切なものだと教わった。ふむ……これも良い機会かもしれない。闘獣だった時も魔人となった後も、私はずっと誰かに隷属させられていた。名前という大切なものを持たないことは、自由のない状態の象徴していると言っても良いかもしれない。
そんな自分との決別するためにも、名前を付けてもらうのも良いだろう。アイワスならば私に相応しい名前を考えてくれそうだ。
「付けてくれるのなら、付けて欲しい。必要ないと思っていたが、気が変わった」
「ふむ、何か思うところがあったのかな?何にせよ、それは良い変化だね。そうだな……」
アイワスは顎に手を当てて少し考えた後、閃いたとばかりに掌を叩いた。どうやら何か私にピッタリな名前を思い付いたようだ。
「アンタレス、というのはどうかね?異界には神話をモチーフにした星座というものがある。蠍の星座で最も明るく輝く赤い星の名前からとったものだ」
「異界の神話か……どんな神話なんだ?」
神話に登場する蠍、その星の名前か。由来としては悪くない。ただ、由来となった異界の神話についてどうしても気になってしまう。アイワスが変な由来を持ってくるとは思っていないが、どうしても聞かずに名乗る気にはならなかった。
「経緯は諸説あるのだがね、その星座となった蠍は傲慢な英雄をその毒針で討ち取ったとされている。格上の相手を幾度も仕留めている君には実にピッタリだと思わないかね?」
由来となる蠍は決して弱くはなく、それどころか悪しき英雄を討ち果たした功績まであるようだ。異界には優れた同族がいるらしい。何の関係もないはずだが、少しだけ誇らしい気持ちになっていた。
悪者であったり敗北したりするような由来ならば断っていただろうが、それならば悪くない。いや、それどころか胸を張って名乗れる立派な名前ではないか。よし、今日から我が名はアンタレスだ!
「アンタレスという名前、ありがたく頂戴する」
「よろしい。お祝いに、という訳ではないが君に渡したい品がある。アイン、研究室から黒くて長細い箱を持ってきてくれ」
「はいよ、ご主人様」
アイワスはアインに何かを持ってくるように命じる。食堂から出ていったアインだったが、しばらくするとアイワスの言っていた形状の黒い箱を持ってきた。
受け取ったアイワスは机の上に箱を乗せると、金具を指で弾いて蓋を開ける。そしてその中から出てきたのは……見覚えのない鞘に入った私の双剣であった。
「どうしてこれが……!?」
「アンタレス君が討伐した海帝鯨の胃の中から回収されたものだよ。柄や鞘は溶けてしまって使い物にならなかったので、ズィーベンに作り直させた」
「あいつ、身体はデカいけど手先は兄弟で一番器用なんだぜ」
剣が同じなので鞘の形状こそ同じであるものの、鞘の色も意匠も以前とは異なっている。両方とも鞘は朱色に塗られ、黒い蠍の模様が描かれている。間違いなく以前よりも派手になっていた。
柄の部分に巻いてある革の手触りは異なるが、握った時の感触は遜色ない。手に吸い付くような感覚があるし、これまでと同じように振るうことが可能だろう。
「今すぐに抜いてみても?」
「構わないよ。ただし、素振りなどは危ないのでここでは遠慮してくれるかね?」
「……浮かれているとは言え、そこまでするつもりはない」
アイワスから了解を得たこともあって、私は鞘から二本の剣を抜き放った。白い剣も黒い剣も刀身は溶けていなかったようで、刃こぼれなどは全くない。失った時と同じ状態のままなのだ。
神が作った金属を混ぜられた白い剣はともかく、私の外骨格で作られた黒い剣が無事だったのは不思議である。本家本元の私の外骨格は溶けてしまったのに……ハタケヤマの加工とポピ族による手入れのお陰だと思われる。職人というものは凄いものだ。
「後、ズィーベンは興が乗ったと言って君のための服などを拵えている。明日、出発の前には仕上げると張り切っていたよ」
「そんなものまで……感謝の言葉しかない」
今さらだが、私はまともな服というものを着たことは一度もない。支給されるのはボロボロの布切れであったし、鹵獲した鎧も外骨格の方が頑丈なので必要なかった。故にいつも肌着に腰巻きだけだったのだ。
そんなみすぼらしい格好でも今までは気にして来なかった。だが、これからはそれではダメだ。帝国で我々ほどみすぼらしい格好をしている者は奴隷くらいしかいない。せっかく自由になったのなら、服だって真っ当なものを身に付けるべきなのだ。
しかし、本当に与えられてばかりだ。アイワスからすれば先行投資なのかもしれないが、何かを与えられた経験などほとんどない私からすると心苦しいほどだった。これほどの恩、本当に返すことが出来るのだろうか?
そんな悩みを抱えながら夕食はお開きとなり、私は双剣を受け取って部屋へと戻った。そしてベッドの上で胡座をかくと、浅く眠りつつ闘気と霊力を練り上げる鍛練を行う。明日が出発の時だからこそ、日課の鍛練を行って平静を保とうとしているのだが……どうにも上手くいかなかった。
「いかんな、やはり興奮してしまっている」
これまでずっと私と共に戦ってきた私の双剣。失われたはずのそれが今、私の手の中にある。その事実に高揚しているのだ。
どうやら自分で思っていたよりも、私はこの双剣に愛着を持っていたらしい。もう二度と目にすることはないと思っていたからこそ、戻ってきた喜びは一際大きなものになっていた。
「よし、やるか」
私はベッドの上から飛び降りると、双剣を握り締めて屋敷の庭に出る。誰もいない静かな庭で私は感覚を研ぎ澄ませ、私の記憶の内に眠る幻影の敵を呼び出した。
呼び出したのはもちろん、あの聖騎士である。素手で挑んだ時にはどうしても反撃に移ることが出来なかった。だが、この双剣があればどうだろうか?私は双剣を構え、前へと飛び出すのだった。
次回は5月11日に投稿予定です。




