自由の恐怖
砂浜での作業を見た後、今度は集落の北にある森を案内された。ヘクティアは作業を手伝えとか、もっと詳しく調べさせろとか言っていたがアインは無視して私を連れ出した。
ゼクスは黙々と作業に戻り、ズィーベンに至っては彼女の襟を摘まんで持ち上げて黙らせていた。彼らは創造主であるアイワスを尊敬しているが、その弟子だからと言って甘い顔はしないようだ。
「静かな場所だな。鳥の囀りは聞こえるが、それだけだ」
「他の大陸からは隔絶した場所で、しかもそこまで広くないからな。島民にとって危険な生物はとっくに絶滅してるのさ」
淘汰された、と言うことか。自分達にとって住み良い環境を整えるべく、自分達を脅かす存在を排除する。それはヒト種の最も得意とするところだろう。
ただし、その過程で同族同士で殺し合うことも多い。それこそ共和国軍によるエンゾ大陸の侵攻は自分達にとってより良い環境を求める者達と、その環境を守ろうとする者達の戦いだったのである。
もっと事情は複雑だったのだろうが、あの戦争の本質はそこだろう。自分達の安寧のために他を滅ぼすことは、生物が発展するために必ず通る道なのかもしれない。滅ぼされる方からすればたまったものではないのだが。
「今じゃ鳥や小動物、それに虫くらいしかいねぇよ。あ、その木の実は食えるぞ。そっちの山菜も美味いから確保だ」
「そうなのか」
「ちょい待ち!足元の薬草は踏むなよ!」
「む、わかった」
北の森で何をしているのかと言えば、アインに教わりながら植物の採集に勤しんでいた。アインは森に住む生物の解説をしていたのだが、ついでに食べられる植物の採集を行っていた。それに私が興味を抱き、手伝いながら教わることにしたのだ。
野草についての知識はきっとこれから役に立つ。この森に生えている植物はエンゾ大陸でも珍しいものではないらしいので、野営をする時にこの知識が使えるだろう。
「アイン、あの茸はさっき見せてくれたモノではないか?」
「おお!良く見付けたな!ご主人様がしょっちゅう使う薬品に欠かせないんだよ、これ。気を付けて栽培もしてるけど、何故か野生の方が薬効が強いんだ」
知識を教わる以上、対価としてしっかりと働かなければなるまい。私はアインが探していると言っていた植物などの形状を頭に叩き込み、全方位が見える複眼の視覚や振動による察知など全力で探した。
その甲斐もあって、今までにないペースで必要以上の素材が集まったとアインは喜んだ。少しでも役に立てたのならば幸いである。予定よりも少し早いが、我々は屋敷に戻ることにした。
屋敷に戻るとなると、空を飛べるドライの力が必要になる。どこかで待ち合わせするのだろうかと思っていると、どこからともなくドライがこちらに向かって飛んで来たではないか。
『やれやれ。兄ちゃんにしろズィーベンにしろ、輝晶生命体使いが荒いったらねぇ!』
「遅いぞ。呼び出した時こそさっさと来い」
文句を言うドライに対してアインはそっけない態度であった。どうやら朝のことをアインはまだ根に持っているようだ。
だが、それよりも気になるのはアインの発言だった。今彼は『呼び出した』と言った。ずっと横にいた私は、アインが何らかの霊術も道具も使っていないのを知っている。いつの間に、どうやって呼んだのだろうか?
「ああ、オイラ達は言葉を使わなくても遠くにいる兄弟姉妹と意志疎通が出来るんだ。ツヴァイのお陰でな」
『姉ちゃんは優秀だからなぁ』
そんなことが出来るのか。距離などに左右されない念話、と言ったところだろう。それを可能にしているのが天井から吊られていた水晶玉ことツヴァイであるらしい。動くことこそ出来ないが、その分様々な能力を持つようだ。
便利なものだ、と感心しながら屋敷に戻った私はアイン達と共に屋敷に戻った。だが、夕食までまだ時間があるので自由にしてくれても良いと言われた。
自由。私が喉から手が出るほどに欲していた言葉である。ただし、いざ自由にしろと言われた時、私は困ってしまった。何故なら、何をすれば良いのかわからなくなってしまったからだ。
今までは誰かに言われるがまま、命令に従っていれば良かった。自由はなく、そうせざるを得なかったからだ。しかし、今は違う。やりたいことを自分で決めなければならないのだが……そんな経験がない私としてはそれがとても難しかった。
「ううむ……部屋にいても気が滅入る。ならば身体を動かそう」
悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなった私は、外に出て鍛練に励むことにした。惜しいことに鯨に食われたせいで私の愛用していた双剣は紛失している。自分の身体を守るのに精一杯で、いつの間にか腰紐などが溶けてしまったからだ。
それ故にやれることと言えば格闘術の鍛練くらいしかやれることはなかった。だが、それで十分だ。今はとにかく、身体を動かしたい気分なのだから。
「シッ!フッ!ハッ!」
私はこれまで戦った強敵、特に戦闘の技術の面で最も優れていた相手を想定して鍛練を積んでいた。想定するのは蠍だった時に戦った老境の聖騎士であった。
あれは様々な要因が重なって勝利に持ち込んだが、純粋な強さで言えば今も遠く及ばない。今でも奴の極限まで洗練された動きは脳裏に焼き付いていて、正面から戦ってもあれを倒せるくらいにまで強くなりたいと思っていた。
師匠も負けず劣らずの強さなのだが、師匠と本気の殺し合いをしたことはない。やはり、敵として想定するならば実際に対峙したことのある相手の方が正確に想像しやすい。それに……想像の中とはいえ師匠と殺し合うのは少々気が引けた。
「くっ……いかんな。やはり素手では捌ききれんか」
想像の中ではあれど、あの聖騎士は容赦なく私を攻め続ける。反撃をする隙を作り出せず、防戦一方になった挙げ句に斬られてしまった。本物を知っているせいで想像の中の相手に敗北するとは……我ながら情けない限りだ。
気を取り直して私は再び格闘術によって聖騎士に抗っていく。今回は積極的にこちらから攻めてみたのだが、結果は惨敗だった。勝算もないのに格上を相手に攻勢に出るなど無謀過ぎたようだ。
「おーい。そろそろ夕飯だぞー」
「わかった」
何度も敗北を味わいながら鍛練していると、屋敷の窓から身体を乗り出したアインに呼ばれた。いつの間にかそんな時間になっていたらしい。集中して身体を動かすせいで、時間を忘れていたよ。
私は鍛練を切り上げて屋敷の中に入った。そして待ってくれていたアインに連れられて屋敷の食堂へと向かった。食堂もまた呆れるほど広く、中央には十人以上が囲んで座れるだろう大きな長方形の机が鎮座していた。
「おお、来たか。待ちわびたよ」
「待たせたのなら、申し訳ない」
「謝ることはない。さあ、座りたまえ」
食堂に入った私を出迎えたのは上座に座るアイワスだった。彼の隣には疲れた様子のヘクティアが座ったままアインと私を恨めしげに睨んでいる。あの後に手伝わなかったからだろう。
だが、そもそも鯨の回収はヘクティアの仕事であって私には関係がない。後ろめたいことは何一つない私は、彼女の視線を完璧に無視して席についた。
「どうだね?良い島だろう、ここは」
「ああ。少なくとも、帝国の者達よりは遥かに優しい人々ばかりなのは間違いない」
「そうだろうとも。私も研究に行き詰まった時、純朴な彼らとふれあって癒されるからね」
アイワスはウンウンと頷きながら私に同意した。アイワスは相当に優秀そうに見えるが、研究に行き詰まることもあるらしい。少しだけ彼のことを身近に感じていた。
そうこうしている内にアインが食事を運んできた。私はこう言う席のマナーなど全く知らないので不安だったが、そこを考慮したのか机に運ばれたのは大きめの皿に盛られた具沢山のシチューと付け合わせのパンだった。
「遠慮せずに食べてくれ。アインの料理は絶品だからね」
「うえぇ、野菜嫌い……」
もっとテーブルマナーなどを気にしなければならない料理が出てくるのかと思いきや、匙と手だけで食べられるメニューだった。ひょっとしたらマナーなどを全く知らない私に合わせてくれたのかもしれない。気を遣わせてしまった。
それはさておき、私は勧められるままにシチューを啜る。うむ、確かに美味しいのだろうが……やはり甘味以外の味の違いはよくわからん。私は黙々とパンとシチューを食べ続けた。
「食べながら聞いてほしい。君をエンゾ大陸に帰還させる目処が立った。三日後以降ならば何時でも出発可能だ」
「感謝する」
アイワスがどんな方法を使うのかはわからないが、たった三日で準備を整えてくれるのならば十分に早いだろう。私は素直に礼を述べ、深く頭を下げた。
だが、アイワスは相槌を打つでもなく私をじっと見つめている。まるでここからが本題だとでも言いたげな様子であった。
「一つだけ聞かせて欲しい。君はエンゾ大陸に戻って何をするつもりかね?」
「何を、とは?」
「仲間達のもとへ行く。大変結構。しかし君は帰還した後、どうするつもりなのかね?」
アイワスの質問に対して私は即座に答えを返すことが出来なかった。仲間達のもとへ帰らなければならないという思いは揺るぎないものだ。だが、帰った後に何かするなど考えたこともなかった。
ただ、何か私に出来るものなのだろうか?私は隷属の霊術によって自由がない。何かやりたいと思ったとしても、それを実現することなど不可能なのだ。合流したらこれまで通り、帝国の走狗として戦う以外に選択肢など……
「ひょっとして最初から諦めているのかね?何らかの目的を定めたとしても、隷属の霊術に縛られている自分には何も出来ないと」
「……」
「みくびってもらっては困るね。私の手に掛かれば、あの程度の霊術など片手間に解除出来る。わかるかね?君は、既に自由を得ているのだよ」
「何……だと……!?」
明かされた事実は、私の頭の中は真っ白になるほどの衝撃をもたらした。私が既に自由の身だって?そんな実感は全くなかった。
あんなにも渇望していた自由が急に転がり込んできた形になるのだが、自由を手にして最初に覚えた感情は困惑である。そして次に感じたのは歓喜ではなく、漠然とした恐怖だった。
「ふむ、自由であった経験が一度もなかった弊害か。自由を望みながら、隷属がもたらす一種の安寧を失った衝撃は大きかったようだな」
アイワスの言った通りだ。私は自由を得たことで生じた、全てを自分で決める権利と己の行動と選択に責任を持つ義務に恐れを抱いたのである。
夕食の前の自由時間に何をして良いのかわからなかったが、これからはずっとその状態が続くことになる。その状態に私はなれることが出来るのだろうか?
「戸惑うのも無理はない。この三日で己がなすべきことを決めるが良い。時間は、あるようで短いぞ」
「あー、お腹一杯!お風呂入って寝よ……」
「ヘクティア、君には課題を出していたはずだが?」
「うげっ!?忘れてたっ!」
私達が話している間に食事を終えて席を立ったヘクティアだったが、アイワスに注意されて何かを思い出したらしい。彼女は慌ててどこかへ走って行く。その間、私は湯気が消えつつあるシチューの表面を見続けることしか出来なかった。
次回は4月29日に投稿予定です。




