食文化と『お嬢』
アインによる治療はつつがなく終了した。彼の見立てだとこのまま安静にしておけば後遺症も残さずに治るそうだ。島民達はアインに惜しみない感謝の言葉を贈っていた。
ただ、驚いたことに島民は私にも感謝してくれた。初対面かつ本国では『混じり』と揶揄されることもある魔人に、当然のように頭を下げて感謝をしたのだ。感謝など仲間達やマルケルスなど、極少数の者達からしか受けたことがない。私は嬉しくなる前に困惑してしまった。
しかも恩人をもてなすと言う島民達によって、アインと私を民家の一つへと連れて来られた。食事はアイワスの屋敷で取ることになっているとアインは丁重に断ったのだが、ならばせめてお茶でも飲んでいってくれという彼らの願いは断りきれなかったのである。
「急に針をブッ刺した時はビビったけどよ、良いフォローだったぜ。毒の強さを調整出来るんだな?」
「ああ。あんなに弱い毒ではあの鯨……確か海帝鯨だったか?あれは倒せんよ」
「はぁ~、器用なもんだ」
暖かくて香ばしいお茶を啜りながら、アインは感心したように私の尻尾を眺めている。彼と同じように島民も私の尻尾を興味深そうに見ていた。子供達もそうだったが、自分にない器官があると気になるようだ。
私としてはアインが普通に食べ物を摂取出来ることに驚きである。こう言っては失礼だろうが、普通の意味での食事は不可能だと思っていたからだ。
閑話休題。エンゾ大陸でも好奇の視線は向けられて来たが、ここで向けられる視線はあまり不愉快ではない。その理由は間違いなく好奇と同時に向けられる感情だろう。
帝国などでは好奇と共に侮蔑や嫌悪、恐怖などの負の感情が込められていた。しかしながら、島民にはそれがない。むしろ好意すらも感じてしまう。アイワスが言っていた通り、この島はきっと私にとって暮らしやすい場所なのだろうと実感した。
だからと言って私がエンゾ大陸に帰還する意志が揺らぐことはない。それどころか、覚醒してから仲間達の下へ行かなくてはならないという思いは一層深まっていた。
「器用と言えばお前もそうだろう。治療も手慣れていたが、立ち振舞いから見て戦闘もこなせるはずだ」
「そりゃあオイラは万能型だからな」
「万能型?」
「おう。オイラ達みたいな輝晶生命体ってのはな、成長の過程で自分の望んだ形になっていくのさ」
島民達がお茶請けを持ってくるまでの間、アインは輝晶生命体の生態について話してくれた。彼らはアイワスの秘術によって作られた水晶のような肉体に、同じく秘術によって作られた魂を入れて誕生するそうだ。
生まれた時、彼らは拳大の水晶玉でしかないらしい。それが様々なモノを見たり聞いたり感じたりしながら成長するのだが、その際に自分が最も興味を抱いたモノに相応しい姿を取るようになるそうだ。
「オイラは誰よりも『人』ってのに興味があったから、完全な人型になったんだ。ご主人様みたいに霊術やら何やらの研究に没頭したかったツヴァイはデカい水晶玉になったし、空に憧れたドライは浮かぶ円盤になった。つまり、オイラ達の姿は内なる欲求と直結してるのさ」
「だから姿が全く異なるのに兄弟なのか」
「そう言うことだ。ちなみに今のところ俺達は七人兄弟で、四番目のフィーアと五番目のフュンフは島の外にいるぞ」
「その二人が外の情報を集めているのか?」
「あの二人も集めてるって言っとこうか」
そう言ってアインは不敵に笑う。手の内を全て明かすつもりはないようだ。それにしても、輝晶生命体が大陸を歩いていたら尋常ではなく目立つと思うのだが……何か対策をしているのだろう。
島民もまたアインの話を聞いていたはずなのだが、良くわかっていないようだった。後ろで遊んでいた子供達は最初から興味がないようだし、大人達も小難しい話は嫌いな者が多いようだ。
アインの話が終わったところで、お茶請けがやって来る。木の皿に乗せられていたのは、黒っぽい粒が振り掛けられた白い物体であった。液体と固体の間のような質感でプルプルと震えている。
な、何だこれは……?本当に食べ物なのだろうか?似たようなモノを戦場で幾度も見たことがある。いや、しかし島民達が妙なモノを出す理由がないし……何よりも芳しい甘い香りがする。ひょっとしてこれは甘味なのではなかろうか?
「まあ、そう言う反応になるよなぁ。こいつは島の郷土料理で、使われてるのは山羊の乳と乾燥させた海藻の粉を混ぜて練ったモンだ。上に散らされてるのはトウキビの汁を煮詰めた粉……つまりは砂糖だな」
「砂糖……だと……!?」
「この島には結構沢山生えていてな、当たり前に食べられてるんだ」
エンゾ大陸じゃ贅沢品だけどな、とアインは締めくくった。彼の言う通り、砂糖という物質は世情に疎い私でも知っているくらいには有名な贅沢品である。それが当たり前に食べられる、だと?ここは楽園か何かか!?
いかん、一瞬だがここに住みたいという思いが脳裏を過ってしまった。差別されないことでも揺らがなかった私の意志を揺さぶってくるとは……甘味の誘惑とは恐ろしいものだ。
何はともあれ、私は目の前のお茶請けを食べることにした。プルプルした白いそれを匙で掬い、恐る恐る口に運んでみる。その時の衝撃と言ったら、神の呪いが結実させた果実を食べた時に匹敵するものだった。
プルプルとしたものは滑らかな口当たりで、口の中でトロリと蕩けてしまう。それと同時に山羊の乳と砂糖の甘く、優しい風味が広がるのだ。美味い。それしか言葉が見付からなかった。
そしてこの茶の香ばしさがとても合う。幾らでも入って来そうなほど食べやすいのだが、急いで食べるのはもったいない。ゆっくりと味わい、作ってくれた島民に感謝しながらいただこう。
「ふぅ……堪能した」
「甘党なんだな?意外だぜ」
「そうだろうか?」
一口一口味わって食べ尽くした私を見て、アインは面白そうに笑っていた。どうやら私が甘味が好みだと言うことが意外だったらしい。
素晴らしい一時を過ごしたところで島民の集落を後にした我々は、今度は南へ向かうことにした。アインは私に島を案内しつつ鯨の運搬作業の進捗を確かめに行きたいようだ。
私には特別に行きたい場所もないので、アインに黙ってついていくことにした。その際に子供達もついていこうとしていたのだが、作業中で危ないということで諦めさせている。本当にアインは慕われているようだ。
島の南に広がる砂浜は、本来ならば美しい光景だったのだろう。だが、今は違う。私を食った鯨の死骸と、その腹から流れ出る胃の内容物や血液が染み込んで汚れている。匂いも酷く、正直に言って近づくのも躊躇われるほどだった。
「捗ってるか、ゼクスにズィーベン」
『……ああ』
『おう!順調だぜ兄貴!』
そんな鯨の近くで作業をしていたのは、上空から姿が見えていた二人の巨人だ。両方とも身長は私の倍ほどあり、アインと同じ輝晶生命体らしく石のような肌の持ち主だった。
両方とも人型であるという点で、水晶玉のツヴァイや円盤のドライに比べればアインに近い姿である。だが、決して同じとは言えない見た目であった。
まず寡黙そうなゼクスであるが、短い両足に地面に付きそうなほど長い腕の持ち主だ。全体的にずんぐりむっくりとしており、スピードはないが力はありそうだった。
そしてハキハキと返事をしたズィーベンはゼクスに比べれば随分と細身だが、腕が六本も生えていた。それぞれの手に縄やら何やらを持っており、これで鯨の死骸を縛り付けているようだった。
『おっ?兄貴、そいつがこれの腹から出てきたって話の奴か?』
「その通り。紹介するぜ。ゼクスとズィーベンだ」
『……よろしく頼む』
『よろしくな!ほれ、お嬢も顔見せしときなよ!』
「わわっ!?」
ズィーベンは一本の手を振りながらそう言うと、別の手を背中に回して黒い何かを我々の前へと持ってきた。それは黒いフード付きローブを羽織った小柄なヒト種である。ズィーベンが勢い良く引っ張ったせいでフードが捲れて一瞬だけだが顔を見えたが、前髪を伸ばしているせいで顔の半分ほどが隠れていてどんな顔なのかまではわからなかった。
だが、私にとってはそれよりも重要なことがある。それは姿を見るまで私が存在にすら気付けなかったことだ。自分の索敵能力には自信があったのだが、そこから完全に逃れていたのだ。完全に気配を絶つ方法を持っているのか?油断ならない相手かも知れない。
「お嬢……まぁたそのローブ使ってんです?探すのが面倒なんで止めて下さいって言ったじゃねぇですか」
『そうなんだよ!ご主人様から回収の指揮を執れって言われてんのにこのローブ被って逃げようとしてたから、捕まえて連れてきたんだ』
「うぅ……こんな死骸なんて興味ないのにぃ……」
前言撤回。目の前の人物は荒事が苦手な性格であるようだ。それに隠蔽の力もローブに依存しているらしい。悪用して私を襲うようなことにはならないだろう。
それにしても、この人物は誰なのだろうか。アイン達が『お嬢』と呼ぶことから女性で、かつアイワスの関係者なのだろう。血縁者か弟子だと見たが、どうだ?
「全く……ああ、そうだ。お嬢のことも紹介しなきゃな。こちらはご主人様の曾孫で弟子のヘクティア様ってんだ」
「曾孫じゃないですぅー!玄孫ですぅー!」
『細けぇことをゴチャゴチャ言う前に、お師匠様の頼みの一つくらい我慢してやれってんだ』
『……確かに』
「うぐっ……ああっ!そう言えば!」
正解は血縁者の弟子だったらしい。それにしても玄孫だと?何代離れていると言うのだ……事実だとすればアイワスは見た目通りの年齢ではないのだろう。
アインに反論するヘクティアだったが、寡黙なゼクスにすら小言を言われて言葉に詰まってしまった。だが、すぐに何かを思い出したかのように私の方を凝視し始める。そしてローブの中に隠されていた短めの杖を出して私に向けた。
「何を……」
「ふむふむ、霊魂と肉体の定着は完璧な状態。流石はオルヴォだわ……!」
杖の先端から緑色の光線が放たれたので身構えたものの、攻撃ではなかったのか私の身体を照らすだけだった。ただ、ヘクティアにとってはそれで十分だったのか勝手に納得して恍惚とした表情になっている。全く着いていけない私は困惑するばかりであった。
ただ、オルヴォの名前が出たことは考慮すべきだろう。私は説明しろという意思を籠めてアインの方をじっと見る。すると彼は呆れたように溜め息を吐いてから口を開いた。
「お嬢は霊魂研究の第一人者なんだよ。ご主人様すら驚く発見を幾つかしていて……オルヴォの旦那が魔人を合成するための術式の開発にも手を貸したはずだ。つまり……」
「私とも無関係ではない、ということか」
魔人を合成する術式、その開発に携わった者が目の前にいる。私が魔人になったのも、そのせいで戦い続けねばならなくなったのも、この女が原因の一端を担っていると言っても良いだろう。
正直に言って思うところはある。だが、私は感情のままに暴力を振るうような獣ではないつもりだし、何よりもアイン達と戦闘になるのは避けたい。私は何とも言えない感情を抱えることになるのだった。
次回は4月25日に投稿予定です。




