屋敷の外へ
「さて、話はこれで一旦終わりとしよう。君、食事の時間までこの島を見てくると良い。アイン、案内は任せるぞ」
「はいよ、ご主人様。行こうぜ」
アイワスとの会談を終えた私はアインに促されるままに屋敷の外へ出ることになった。私が退出するのを待たずにアイワスは水晶玉の中をじっと見つめながら杖を掲げて何かの霊術を使い始めた。
自分のことを隠者だと言っていたが、研究者としてアイワスは多忙な日々を送っているようだ。むしろ私と話すためにわざわざ時間を割いてくれたに違いない。邪魔をするつもりはないので私は大人しくアインについて行くことにした。
外に出たことで初めて今まで中にいた屋敷の全体像を見ることが出来たのだが、その時私は水晶玉が喋った時よりも驚かされることになる。その理由は……
「う、浮いているのか……!?」
「おう。ご主人様の屋敷は空を飛んでるんだ。でなきゃここみたいな小さな島じゃそのほとんどを埋めつくしちまうからな」
屋敷が浮いていたからだ。アイワスの実力は私の遥か上であることはわかっていたが、まさか自分が今まで空の上にいたとは想定外過ぎる。帰ってティガル達に事実を話したとしても信じてくれないだろうな。
どうやって地上に降りるのかと疑問に思っていると、アインは私を屋敷の端にある桟橋のような場所に連れてきた。そこには楕円形の円盤が浮いていて、これに乗って地面に降りるようだ。
「凄まじいな……学のない私では、どんな方法が使われているのかさっぱりわからん」
「ははは!そりゃそうだ。ご主人様はこの星どころか宇宙で七番目に物知りなんだからよ!」
「七番目……?また微妙な上にやけに具体的な数字だな」
そう言いながら私はアイワスの作った組織の名前が『第七の御柱』だということを思い出していた。どうやらアイワスには『七』という数字にこだわりがあるのかもしれない。
アインと私は空に浮かぶ円盤の上に乗る。浮かんでいると言うこともあって足を乗せたら不安定になるのかと思いきや、まるで地面の上であるかのようにしっかりとしていた。足でわざと揺さぶれば動くのだろうが、やる必要はないので止めておこう。きっとアインも良い顔はしないだろう。
「うっし、じゃあ降りようぜ。安全第一で頼むぜ、ドライ」
『えぇ~?かっ飛ばそうぜ、兄ちゃん』
「……こっちも喋るのか」
二度目と言うこともあってそこまで驚かなかったものの、この円盤も会話が可能らしい。それよりもアインのことを兄と呼んだことから、兄弟だと認識しているようだ。
だが、どう見ても兄弟には見えない。そもそも、アイン達は何なのだ?どう見ても生物には見えないのに、何故か闘気と霊力を感じられる。よし、ここは思いきって聞いてみるとしよう。
「アイン、お前達のことを聞いても良いか?」
「ん?ああ、良いぜ。オイラ達はご主人様が作り出した生物だ。こんな見た目だけどちゃんとした生物なのさ」
『ご主人様は俺達のことを輝晶生命体って呼んでる……んだよな、兄ちゃん?』
「何でそこで自信なさげなんだよ……まあ正解だけど」
輝晶生命体……初めて聞く生物だ。しかもそれを作り出したとは、アイワスは本当に尋常ではない頭脳と技術の持ち主であるらしい。アインの言う『宇宙で七番目に物知り』と言うのも強ち間違いではないのかもしれない。
『合ってて良かったぜ!ってことで、かっ飛ばすからしっかり掴まってろよ!』
「おい!?」
私が感心すると同時に戦慄していると、ドライは一気に加速して地面へと急降下し始めた。アインと私は落ちないようにドライに備え付けられている柵に掴まる。高所から自由落下する時に感じる独特の浮遊感を感じながら、我々は高速で地上へと向かった。
空に浮かぶ屋敷から地上に向かって降りることで、屋敷を下から眺めることが可能になった。屋敷の下は黒いドーム状の半球体がくっついており、そこにはびっしりと霊術回路が刻まれていた。十中八九あの部分によって浮かんでいるのだろうが、本当にそうなのか判別する知識は私になかった。
後ろの複眼で屋敷を観察しながら、私は前の複眼でグングンと迫ってくる地上を眺めてみる。ラキス島というらしいこの島は北側と南側で海抜に差があるらしく、島の形状は北端部を頂点とした三角錐となっていた。
海抜が低い南側は草原と砂浜が広がっており、海抜が高い北側は鬱蒼とした森になっている。私好みな甘い果実はあるだろうか?あれば是非とも食べてみたいものだ。
砂浜の上にはまだ鯨の死骸が転がっているのだが、その近くには二体の巨人としか言い様のない何かが動いている。その表面の色合いはアインのそれに近いので、彼らと同じ輝晶生命体なのかもしれない。きっと後で説明してくれるだろう。
ラキス島の中央部は島民の集落があった。ここの家は見慣れた煉瓦を積んだそれではなく、茅葺き屋根の木造住宅ばかりである。それだけでも帝国との文化の違いを感じられるのだが、人々の服装と装身具も大きく異なっていた。
特に成人しているらしい男女は顔や腕などに刺青を入れているようだ。刺青は幾何学的な模様であり、幾つかのパターンが決まっている。刺青は単なる飾りではなく、何らかの意味があるのだろう。
『うっし!到着っと!』
「ドライよぉ……オイラは止めろって言ったよな?」
『ご、ごめんよ兄ちゃん。我慢出来なかったんだよぉ』
短い時間であれど上空から島の様子を観察することが出来て私としては問題なかったのだが、アインは速度を出して降りたドライをくどくどと叱っている。そこまで叱る必要はないと思うのだが、兄弟の間の説教に口出しするのも違う気がした。
たっぷりと叱ったところでようやくアインはドライを解放した。ドライにはアインのように顔の部分すらないはずなのだが、どこか疲れたようにフラフラと浮かんでいる。これで反省すれば良いのだが。
「ふぅ、今のところはこのくらいで勘弁してやる。ゼクスとズィーベンの所へ行って、運ぶのを手伝えよ」
『へぇい……』
ドライは軽口を叩くことすらせず、力のない声で返事をすると南に向かって飛んで行った。ゼクスとズィーベンが何者かは知らないが、運ぶという言葉から私を食った鯨に関連している気がする。鯨の近くには二体の巨人がいたし、あれらの名前だと思う。
そのことについて確認しようとする前に、我々の元へ走ってくる者達がいた。それは島民の子供達だった。彼らは空を飛ぶドライを見てアインが来るのを見ていたのだろう。子供達は輝かんばかりの笑顔でアインに手を振りながら駆け寄った。
「アイン兄ちゃん!」
「遊ぼうよ!」
「おうおう!元気だなぁ、お前ら!」
子供達はアインの足に抱き付いたり、手を握って引っ張ったりして急かしていた。どうやらアインは島民に慕われているらしい。アイン本人もそれが満更ではないようで、優しい声で対応していた。
ただ、子供達の内の何人かは私のことをじっと見上げている。警戒している、と言うよりは何かわからない者がいて不思議に感じているらしい。何と言うか、懐かしい気がする。特戦隊に初めて合流した時もこんな感じだったっか。
「どうした、少年。私が気になるか?」
私は膝を地面に着けて目線を合わせ、なるべく優しく声をかける。するとその少年は私にトテトテと歩み寄ると、私の外骨格に守られた腕をペチペチと叩き始めた。
「硬い!アイン兄ちゃん達みたい!」
「嫌か?」
「嫌じゃないよ!かっこいい!」
「ねぇねぇ、ほっぺの鋏は動くの?」
「尻尾がある!ツルツルしてる!」
一人が気を許すと、他の子供達も私の方に寄ってきた。私とアインで大体半数ずつの子供を相手にする形になった。私は大丈夫なのかという意思を籠めてアインに目配せすると、彼は何度も頷いている。子供達の相手をしてやれということのようだ。
私は子供達に求められるままに遊んでやることにした。最初に私に話し掛けた少年を肩車しつつ、頬の鋏をつつく子供の指を優しく挟み、尻尾が気になる子供達を上に乗せてやる。特戦隊で培われたのは戦闘術だけでないのだ。
「助かるぜ。オイラも体力には自信があるけどよ、数が多いと相手をし切れないからな」
「問題ない。私の仲間には小さな子供達もいた。その経験を活かしているだけだ」
肩車をしながら、私はラピ達のことを思い出していた。私が行方不明になったことで、レオ達は悲しんでいると思う。特にラピはティガル曰く私に父親の背中を見ていたと言うし、かなり落ち込んでいるのではないだろうか?
やはり一刻も早く帰らなければなるまい。私が帰還の意思をより強くしていると、子供達に引っ張られて我々は島民の集落へと歩いていく。集落の周囲に柵や堀などの防衛手段がないことから、この島に彼らの脅威になる生物や敵対勢力が存在しないらしい。本当に長閑で平和な島のようだ。
「今気付いたが、畑はないのか?」
「ないぜ。森での採集と海での漁だけで十分に賄えるからな」
「おお、アイン様!ちょうどええところに!」
「こっちに来てくだせぇ!」
子供達を連れて集落に入ったのも束の間、数人の男達が血相を変えて駆けてくる。何か事件が起きたのかもしれない。アインと私は子供達を地面に下ろしてから男達についていった。
アインが案内されたのは集落の中央にある大きな建物だった。そこでは一人の若い男が苦しそうに呻いている。どうやら片足が折れているようだ。
傷口は結構酷い状態で、折れた骨が肌を突き破って外に出ていた。魔人や戦闘の訓練を積んだ者ならば痛みを我慢しつつ闘気で治せるのだが、戦いとは縁のない島民には酷というものだろう。
「あーあー、完全に折れてら。どうしたんだ?」
「屋根の上に飛ばされた洗濯物をとろうとしたんだども、そん時に強い風さ吹いて転げちまっただよ!」
「アイン様、何とかしてやってくだせぇ!」
「任せな。っつっても大人しくさせなきゃ治療は難しいぞ。治療中に暴れたら骨が歪むかもしれねぇ」
「それなら手を貸そう」
アインが困っているようだったので、私は彼に手を貸すことにした。と言ってもやることはただ一つ。尻尾の毒針から非致死性の麻痺毒を若者に注入するだけだ。
麻痺毒への耐性など身に付けているはずもなく、直前まで苦し気に呻いていた若者は穏やかな寝息を立て始めた。尻尾の毒針を刺したことにアインは驚いたようだが、若者が静かになって治療し易くなったことの方が重要だと判断したらしい。彼は島民に的確な指示をしながら骨折の治療を行うのだった。
次回は4月21日に投稿予定です。




