表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第三章 魔人戦争編
174/477

絶望と異変、そして希望

 今回は少し長いです。

 帝国軍による共和国軍の巨大戦艦攻略戦は、帝国軍の勝利に終わった。ただし、それは快勝と言えるものではない。帝国にも大きな被害がもたらされていたのである。


 その原因は、小島ほどの大きさがある巨大戦艦が半ばから折れて沈没したことである。沈没したことよって生じた渦に巻き込まれ、帝国の戦艦も実に九割が沈んでしまった。人的被害も大きく、巨大戦艦に乗り込んだ帝国兵の五割以上が戦死、あるいは落水して行方不明となっていた。


 本来ならばあの戦いに関わっていた者達が全滅していてもおかしくない状況だったのだが、被害がこれだけで済んだのには二つの理由がある。理由の一つは戦艦があまりにも巨大だったからだ。真っ二つになって船首と船尾が真上を向いたのだが、そのお陰か残った船体はしばらく浮かんでいたのである。


 浮かんだことで時間的な猶予が生まれ、もう一つの理由である海の魔人達の力によって脱出することが出来た。大海蛇によって多くの犠牲が出た彼らだったが、意外にも素直に救出に尽力した。その指揮を執ったのは海賊の元船長であったと言う。


 被害は大きかったものの、全員が帰って来られない可能性まで考慮していた帝国軍にとっては許容範囲である。この勝利によって東部戦線から共和国軍を駆逐することに成功した帝国は、国土を全て取り戻したことを大々的に公表し、帝国内は戦勝ムードに包まれていた。


「はぁ~……」

「気持ちはわかるが、お前がため息をつくな。全体の士気に関わるだろう」

「わぁってるさ。でもよ、そうすぐに切り替えるってのは無理だろ……ボスのことを考えりゃな」


 そんな帝国内にあって、特戦隊は他の戦線に向かって進軍していた。東部戦線から共和国軍は完全に撤退したものの、中央戦線と西部戦線では未だに戦闘が継続している。そこで援軍として巨大戦艦での戦いから帰還した直後の特戦隊が送られたのだ。


 常に戦いを強要される特戦隊は、自分達が戦場へ派遣されることに今さら不平を言うことはない。そんな不満を抱いたところで、全くの無駄だと知っているからだ。


 しかし、彼らの空気はいつになく暗かった。その理由はただ一つ。彼らのリーダーにして最強の魔人であった冥王蠍の魔人が行方不明となったからだ。


 巨大戦艦が真っ二つになった後、彼はマルケルスとアスミを狙う無人機の攻撃から二人を身を呈して庇った。その結果、無人機から射出された鋏が高速であったために、他の者達が助けようと動き出す前に海へと落ちてしまったのである。


「ボスは特戦隊で一番強くて、基本的に冷静だから指揮も得意だった。戦場じゃ誰よりも頼りになる男だったさ。でもよ、そんなことより大切なのは、ボスが俺達全員を繋ぎ止める()()()()だったってことだ。そうだろ?」

「……ああ、その通りだ」


 贖罪兵だったティガル達が魔人にされた時、同じタイミングで魔人にされた者達は一つの部隊に統合された。同じ贖罪兵だったとは言え、異なる二つの部隊を急に統合されたのだから、本来ならばどちらの部隊のリーダーが新たな部隊のリーダーになるのかで揉めていたことだろう。


 だが、その中に冥王蠍の魔人という異物が紛れ込んでいた。最初、彼らはその異物を警戒することで一つにまとまった。しかし、その異物に敵意はなく、むしろ頼りになる相手だと理解して受け入れたのだ。


 仲間となった異物は誰よりも強い戦士だったこともあり、リーダーとなることに誰も異存はなかった。リーダーとなった後も横柄に振る舞うことなく、以外と面倒見が良かったことから子供達にも懐かれている。高名な騎士から教わった武芸の知識も惜しみなく仲間に教え、部隊全体の強化も行った。


 アスミ達が合流した時も、彼がリーダーだったお陰で余計な揉め事が起きていない。アスミ以外の魔人達は知能が低くなっていたのだが、その分強くなっていた野性的な本能で彼の強さが別格であることを感じ取ったからだ。


 彼自身も自覚していたことだが、その自覚以上に冥王蠍の魔人は特戦隊の要であった。彼らを一つの集団としてまとめるのに不可欠な、象徴とも言うべき存在だったのだ。


 それを失って平然としていられる訳がない。ほぼ全員が悲嘆に暮れ、無気力になっている者も多かった。普段通りに振る舞っている者もいるが、それは周囲を励ますためであって喪失感を感じていない訳ではなかった。


 逆に普段とあまり変わっていないのは新参者の三人だ。まだ冥王蠍の魔人と絆を育むような時間がなかったのが大きな理由であると言えよう。


 ただし、全く影響を受けていない訳ではない。ユリウスは以前よりも鍛練する時間が長くなり、その苛烈さも増している。他の者達も身体を動かしている間は気が紛れるので、積極的に鍛練に加わっていた。


 アリエルは他の者達が落ち込んでいる分、少しでも雰囲気を明るくしようと努力している。その成果は確実に出ており、特に年少組は一部を除いて徐々に笑みを取り戻しつつあった。


 最も影響が少なかったのはボルツだろう。彼は以前に暴力沙汰を起こしかけたが、今は落ち着いている。むしろあの戦いの前のような一種の焦りも見受けられない。それが他の者達とあまりにも異なるせいで、些か以上に浮いていた。


「唯一の救い……って言って良いのかわかんねぇのは死体がねぇってことだろうぜ」

「ああ。海の魔人も見付けられなかったと謝っていたしな」


 沈没する巨大戦艦から兵士を救助することに尽力した海の魔人達だったが、彼らは戦いが終わった後にわざわざティガル達に冥王蠍の魔人を救えなかったことを謝罪しに来たのである。彼らの態度が初対面時とあまりに異なっていたので、最初はむしろ警戒してしまった。


 だが、彼らは心の底から謝罪していた。そこで特戦隊の者達は謝罪を受け入れつつ、心変わりの理由と行方不明になった時の状況を彼らに尋ねる。海の魔人達はティガル達の質問に正直に答えた。


 まず、どうして海の魔人達の態度が変わったのかだが、これは冥王蠍の魔人が大海蛇の群れを全滅させる光景目の当たりにしたからだと言う。元海賊だった彼らにとって、大海蛇は絶望を具現化したような存在だ。それを薙ぎ倒したことは、船乗りにとって崇敬に値する偉業だったのである。


 次に冥王蠍の魔人が行方不明になった状況だが、彼らも知っていることはほとんどなかった。鮫の魔人が海に落ちる瞬間を見たのだが、その後は彼も知らない。助けに行きたかったのだが、沈み行く巨大戦艦が引き起こした渦は海の魔人といえども死んでしまうほど激しかったからだ。


「海の連中か。あいつらがもしかしたら生きてるかもって言ったのは助かったよなぁ……」

「全くだ。あの希望的な一言がなければ、ミカはともかくラピはどうなっていたかわからん」


 冥王蠍の魔人がいなくなったことで特に落ち込んでいる者が二人いた。それがミカとラピである。ミカは一度主人を失い、新たな主人と定めた相手を再び目の前で失ったことになる。自分の力不足を嘆かずにはいられなかったのだ。


 ただし、彼の場合は少しずつ持ち直している。それはリンネが献身的に支えているからだ。冥王蠍の魔人とマルケルスを加えた四人で潜入任務へ向かって以来、二人は特に仲が良くなっている。人付き合いが得意とは言えない彼女が必死に励ます姿に、落ち込んでいられないと思わされていた。


 だが、ラピの場合は非常に深刻だった。彼女は冥王蠍の魔人と幼い頃に出会って以降、彼に父親の姿を見ていた。それを失った彼女はしばらくは何を言っても耳に届かないほどの放心状態になってしまう。その後、彼女は完全に塞ぎこんで荷台の中から出てこなくなってしまったのだ。


「俺も親父やお袋が死んだ時には大泣きして塞ぎこんだけどよ、そろそろ出てきてもらわにゃなるめぇよ」

「その通りだ。アリエル達が色々と気を遣っているが、ずっとこの調子なら無理やりにでも連れ出さなければなるまい」

「出てきてもアスミには近付けられねぇがな」


 ティガルは苦々しい顔付きで荷台の方を見た。塞ぎこむラピに特戦隊の者達は順番に食事を運んでいたのだが、アスミの顔を見た時にラピは「あにきが落ちたのはあんた達のせいだ」と言ってしまったのである。


 その時、アスミと共に食事を持ってきたファルは激怒してラピを叱りつけた。だが、言った本人は余計に塞ぎこんでしまう。ラピの暴言を浴びたアスミは表面上は平気そうにしていたが、隠し様がないほどに顔が強張っていた。


 自分とマルケルスを庇ったせいで冥王蠍の魔人が海に落ちたということを、アスミは重々承知していた。そして彼に救われたと自覚し、それを自責の念に苦しんでいたことを誰もが知っている。だからこそ、誰も責めたり詰ったりすることはなかったのだ。


 そんな時、冥王蠍の魔人を父親のように慕う少女に罵られて穏やかでいられる訳がない。ラピのように塞ぎこんではいないものの、明らかに精彩を欠いていた。


「ボスは行方不明、アスミは腑抜けて……いや、腑抜けてんのは俺も同じか」

「私も同じさ。これであの男がまだ我々の指揮官だったらと思うとゾッとするよ」


 現在、特戦隊を直接指揮するために同行しているのはデキウスだった。彼はマルケルスの副官だったのだが、特戦隊の指揮官は巨大戦艦での戦いで行方不明となっている。その代役として彼が同行していたのだ。


 マルケルスもまた自責の念から自分が同行しようとしていたらしいが、デキウスがそれを許さなかった。マルケルスには魔人連隊の連隊長としての立場があるし、何よりも彼がいたら一部の者が暴走しかねないと予想したからである。


 実際、もしも彼が同行していればラピは明確な殺意をこめて襲っていたことだろう。隷属の霊術によって未遂に終わっただろうが、看過出来ない事件になっていたのは疑いようもない。ティガル達はデキウスの慧眼に感謝していた。


「ああ。あいつがここにいたら、ボスをこれでもかって罵ってただろうからな。温厚な俺ですら何を仕出かしたかわからねぇよ」

「温厚かどうかはさておき、私もきっと手が出て……むっ、デキウスか」

「何だ?すげぇ複雑な顔になってやがるぞ?」


 二人が会話していると、話題の人物であるデキウスが近付いてくる。冷静で良識がある人物、というのがデキウスに対するティガル達の評価だ。そんな彼が眉間にシワを寄せて険しい表情になっていた。


 彼でも対応に困る事態が起きているのかもしれない。二人は厄介事がまた増えるのか、と今日何度目になるのかわからない溜め息を同時に吐いた。


「よう、どうした?不景気そうな顔になってんぜ?」

「君達も似たようなものでしょう。それよりも、本国から緊急の連絡が届きました。帰還しますよ」

「帰還?もうすぐ中央の前線なのに?そんなに大きな問題が起きたのか?」

「大きいどころか、特大の事件です。皇帝陛下が崩御されました。病死と公表されましたが、恐らくは暗殺とのこと。国内は混乱し、ほぼ間違いなく内戦になると予想されます。それに備えるべく、帰還せよというのは連隊長からの命令です」


 皇帝の暗殺と内戦の予感。デキウスが難しい表情になるのもわかる大事件が帝国で起きているらしい。ティガルとザルドは顔を見合わせてから、撤収の準備をするべく仲間達を指揮し始めるのだった。



◆◇◆◇◆◇



「グスッ……グスッ……」


 ティガルとザルドが二人で話している時、ラピは荷台の中でうずくまって泣いていた。彼女が泣いている理由は幾つもある。『あにき』と慕っていた魔人が行方不明となったこと、アスミに酷いことを言ってしまった後悔、そして彼女に謝ることも立ち直ることも出来ない自分への嫌悪だった。


 実はアスミに暴言を吐いた日の夜、皆が寝静まった後にアスミは足音をさせずにラピの枕元へとやって来ていた。彼女が合成された生物の片方は猫の一種であり、忍び足は得意としているのだ。


 最初、ラピは仕返しに来たのかと思った。何かするなら反撃してやろうと、彼女は息を潜めていつでも動けるように準備していた。


 しかし、予想に反してアスミはラピに謝罪した。冥王蠍の魔人が行方不明になったのはマルケルスと自分のせいだということ、そして何よりも……ラピに責められたことで心が楽になってしまったことを謝ったのだ。


 冥王蠍の魔人が海に落ちる原因はマルケルス達を庇ったからなのは皆がわかっている。しかし、自分達のせいだと二人が気に病まないように誰も責めることはなかった。その仲間の気遣いに感謝しつつも、責められないことそのものが彼女を苦しめていたのだ。


 ラピに責められるまで、アスミはそのことを自覚していなかった。だがラピに責められた時、彼女が最初に感じたことは安堵であったことで気が付いてしまったのである。


 そんな自分を恥じたアスミはラピに感謝しつつ、心から謝罪したのだ。アスミの独白を聞いていたラピだが、彼女はその間ずっと寝たふりを続けていた。動く気配を見せないラピの背中に、アスミは悲しそうにもう一度すまないと謝ってから荷台を後にした。


 アスミの独白を聞きながら、ラピは感情のままに罵倒した自分も悪いとようやく自覚した。そこで身体を起こして謝ろうと思ったのだが、結局それは出来なかった。何故なら、その勇気が出なかったからである。


 申し訳ないやら情けないやら、様々な負の感情によって彼女の心はより強くかき乱されていた。そのせいで中々立ち直ることが出来ず、そんな自分が更に情けなくて塞ぎこむ。そんな負のスパイラルに陥っていたのだ。


「グスッ……何?」


 いつものように泣いていたラピだったが、彼女の小さな足がペチペチと叩かれた。普段であれば無視したのだろうが、足を叩いた手は赤ん坊の手よりも小さかった。何事かと思って足元を見ると、そこにいたのは掌に乗るほど小さな人……ポピ族だった。


「ずっと泣いてる。悲しい?」

「大丈夫?」


 彼女の前に姿を表した二人のポピ族は、心配そうに彼女を見上げている。存在すると聞いてはいたが見るのは初めてのポピ族に、ラピは驚き、しばし悲しさすら忘れて見詰めてしまった。


 少しして落ち着きを取り戻した彼女は、暗い顔で俯きながらポツポツと話し始めた。彼女にとって父親同然だった冥王蠍の魔人が行方不明……おそらく死んでしまったこと、そして悪いことをしたのに謝れない自分を情けなく思っていることを語ったのだ。


 今まで誰にも相談出来なかったことなのだが、初対面の相手だからこそ心情を吐露することが出来たのだろう。ラピの話を最後まで聞いていたポピ族だったが、その反応は不思議そうに首を捻るだけであった。


「死んでないよ?」

「……え?」

「友達、死んでないよ?」

「遠くにいる。でも死んでない。わからないの?」


 ポピ族が不思議に思っていたのは、そもそもの前提が間違っているからだ。彼らは他の種族よりも肉体的には貧弱だが、様々な特殊能力を持つ。その力で彼の生死どころか大まかな位置まで把握していたのだ。


 唐突に『あにき』の生存を知ったラピは、最初は目を見開いて呆然としていた。だが、徐々に顔を歪めて号泣する。それは悲しさからではなく、喜びからであった。


 普段の彼女ならばポピ族の言葉をすぐに信じることはなかったかもしれない。だが、ポピ族がさも当然のように語ること、そして何よりも誰かに断言して欲しかった言葉を聞けたことで信じたのだ。


「……ありがと。勇気、もらったよ」

「元気になった?」

「良かった!」


 しばらく泣いた後、彼女は涙を拭ってから立ち上がる。彼女の目にはもう絶望の色はなく、強い意思の光が宿っていた。ラピはまず皆に迷惑をかけたこと、そして誰よりもアスミに謝ろう。そのために彼女は最初の一歩を踏み出すのだった。

 次回は4月5日に投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] まず、生きててよかったってこと。 ポピ族にはいろんな特殊能力があることにもびっくりしたけれど、久しぶりに姿を現して、なんだか嬉しいですね。早く連絡がつくといいですね。 今からはもしかしたら…
[一言] 生きてる保証ができて読者も安心だよ! しかし、頭が居なくなって崩壊って意味じゃ帝国のほうがとんでもないことになるな……あの皇帝陛下、蠱毒みたいな皇位争奪させてた感じだし。
[一言] ああ、即座に脱出からの合流は出来ませんでしたか しかしポピ族のお陰で生存は確定していると 今度はどこに行ってしまったのやら
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ