洋上戦艦攻略戦 海の魔人
作戦を聞いてから三日が経過し、ついに洋上戦艦を攻勢を仕掛ける日がやって来た。この期間に、南方から帝国の戦艦が次々とニグロ港へと北上してきている。どうやら帝国の海上戦力を集中させ、大攻勢を仕掛けるつもりのようだった。
その戦艦だが、正直に言って共和国軍のそれに比べるとかなり見劣りしている。華美な装飾こそほどこされているが、船体はほぼ木製であった。一部だけは霊術回路が刻まれた金属板で補強されているようだが、大きさでも防御力でも全く及んでいなかった。
ただし、防御力に関しては霊術士の防衛部隊がいるのでそちらがほとんど請け負うことで補うのだろう。補強部分は万が一にも守りを貫かれた時の保険程度に考えているようだ。
「魔人連隊、揃っているな?」
「「「はっ!」」」
今、我々の前に立っているのはあの男だけではない。他の魔人連隊の指揮官にデキウスとマルケルスの二人まで立っていた。彼らもまた武装しており、本人も言っていたように最前線で指揮を執るつもりのようだ。
マルケルスのように前線へ出ることに慣れている指揮官は普段通りだが、あの男を初めとする指揮官は落ち着かない様子であった。我々に命令を下していた時とは大違いである。
ひょっとしたら直前まで自分も前線に出ることを知らなかったのかもしれない。我々を散々雑な扱いで前線に放り出しておいて、自分は後方でふんぞり返っていたツケが回ってきたようだな?良い気味だ。
ここには指揮官だけでなく、魔人連隊の面々も勢揃いしている。乱闘したこともある鰐の魔人や蛭の魔人など古参の魔人いるものの、一度も見たことがない顔の方が圧倒的に多いことが魔人の損耗率の高さを如実に物語っていた。
「これより我ら魔人連隊は敵戦艦へと海中から接近し、強襲を仕掛ける。作戦の目標は敵戦艦による攻撃の妨害で、可能であれば無力化させろとの命令だ」
他の魔人達も我々と同じく作戦の内容は事前に聞いていたらしく、彼らの反応は非常に薄かった。反応した者は明らかに今日が初陣といった風情の者達で、彼らも驚きではなく怯えや恐れを見せていた。
反応を返さなかった者達だが、大別して二つのパターンが存在している。一つは戦いに慣れていることで泰然としている者達。もう一つは全てを諦めたように死んだ目で虚空を見つめている者達だ。
前者は我々を含めた古参の魔人がほとんどであり、諦めてしまった者達から死んでいくと言うことが良くわかる。その点、百年も生き延びなければならない使命を帯びた私が諦める時が来ることは決してない。この使命のお陰で、私の生存率は間違いなく上がっていた。
「我々だけで戦艦を無力化するのは現実的ではない。敵の大砲などの兵器を破壊することだけに集中しろ。それでは移動する。空戦隊以外は私に着いてこい」
ここでファル達とは一旦別行動となる。空を飛べる者達の中で最も手練れの彼女が、特戦隊の空戦部隊を率いるのだ。彼女と夫のゴーラは離れる前に短く、しかし強くお互いの手を握っていた。
マルケルスの先導で魔人連隊がやって来たのは、ニグロ港の一角であった。そこには黒く塗られた長細い何かが浮かんでいる。最初は話に聞くクジラか何かかと思ったのだが、うっすらと見える木目から木造の人工物だとわかった。
私は複眼を凝らして黒い人工物を観察する。全体的な形状は蒲の穂のようで、大きさは帝国の戦艦の三分の一程度だ。上に扉のようなものが四つついている。彼処から中に入るらしい。他には何もついておらず、シンプル……というよりも単純に貧相な印象を受けた。
「これが今回の作戦の要となる潜水艇だ。各部隊に一艘ずつ用意されている。これに乗り……」
「うははっ!テメェら、間抜けのカナヅチ共のお出ましだぜ!」
潜水艇と言うらしい人工物を指差してマルケルスが命令しようとしたとき、海面がボコボコと泡立った。その直後、海中から何かが飛び出して来たではないか。
現れたのはティガルと同程度の体格の魔人であった。どうやら鮫の魔人らしく、三角錐の頭に大きな口が特徴的である。手足の指の隙間には水掻きが、背中には三角形の大きな鰭がついていた。
その鮫の魔人は勢い良く海中から飛び出すと、潜水艇に着地してニヤニヤと笑っている。それに続くようにして二十人ほどの様々な魔人が飛び出して来た。こいつらが元海賊の海の魔人のようだ。
ほとんどは魚と合成されたようだが、一部は烏賊や蛸の魔人が混ざっている。全身から粘液を滴らせ、吸盤だらけでウネウネと動く手足が不気味だと感じた者は多かったようで、男女問わず顔を強張らせていた。
元々は一匹の蠍でしかなかったので、別に不気味だとは思わない。ただし、元々が人間だった者達からすると醜く見えるらしい。ラピなどは私の尻尾に顔を押し付けて見ないようにしている。そんなに嫌なのだろうか?
私が重視するのは外見よりもその強さである。巧妙に隠しているのでなければ、正直に言って海の魔人は特出した強さは感じられない。私やティガルのような特戦隊で最上位の者達どころか、中堅どころの者達でも全員を仕留められそうな実力しかなかった。
一応、最初に飛び出した鮫の魔人は少しだけ強そうだ。しかし、それも誤差程度でしかない。それこそ、厳しく鍛練を積ませている最中のユリウスでも勝てそうな気がする。海中という彼らの力を活かせる状況でなければ、容易く倒せる相手でしかない。恐れる必要など全くなかった。
「うははははっ!俺達にビビってらぁ!」
「ホレホレ、怖いか~?ギャハハハハ!」
一般的には醜い外見になっていると自覚しているのか、海の魔人達は口を開いて歯を見せたり触手を動かしたりしている。自分を恐れている者を見るのが楽しいのか、連中はゲラゲラと笑っていた。
そんな海の魔人だったが、マルケルスは呆れ果てたようにため息を吐いてからパンパンと手を叩く。そして静かにしろと命じた。
「そこまでにしろ。お前達、ふざけ過ぎだ。多少は見逃すよう客員霊術士殿から頼まれているが、やり過ぎは許さんぞ」
「へっ!俺達いなけりゃあ戦艦に手も足も出なかった帝国兵様がよく言うぜ!」
「この作戦だって俺達がいなけりゃ成り立たねぇって話じゃねぇか。もっと頭を地面に擦り付けて頼んだらどうだ?ギャハハ!」
海の魔人達がマルケルスに向かって平然と暴言を吐けるのには理由がある。どうやら奴等は多くの戦艦を沈没させた功績からカレルヴォに特別扱いするように言い含められているようなのだ。
昨日デキウスがこっそりと教えてくれた話によると、カレルヴォが連中を特別扱いしようとするのは我々の存在を意識しているかららしい。何でもカレルヴォは連中に我々を超える武功を挙げさせたいようなのだ。
オルヴォに作られた特戦隊は、カレルヴォが失敗作という烙印を押して最も粗悪な扱いを受けている。だが、最も功績を挙げて生還しているのも我々だ。それ故に本当に我々が失敗作なのかと疑問視する者は最初から多かったのだが、年々疑う者の数は増えていたらしい。
カレルヴォはそれが大層気に食わなかったようで、常に危険な戦場へと我々を送り込むように帝国軍の上層部に掛け合っていたことは皆が知っている。どんな戦場からも生還する我々を、きっとあの神経質そうな男は悔しげに睨んでいたことだろう。
そんな時、海の魔人が多大な戦功を挙げたと聞いて奴は喜んだ。開発の提案者は別でも、カレルヴォが重視したのはその製造方法である。あくまでも『自分が提唱する方法』によって作られた魔人が、戦場で大きな活躍をした事実が重要だったのだ。
その後、海の魔人達こそが魔人連隊で最も優れた部隊だと喧伝し始めたらしい。他の魔人達よりも優遇するようにと要請、という形でマルケルスは命令されたと言う。隷属の霊術を使われておらずとも、命令に逆らえないのが兵士の辛いところだとデキウスは愚痴っていた。
他よりも良い待遇と自分達を魔人にした張本人が言いふらした内容のせいで、海の魔人達は調子に乗っているようだ。喧伝されている内容ほどの実力もないのに……自信過剰になることは、生きることを諦める以上に危険なことだと思うぞ?
「おっ?魔人にしちゃあ色っぽい女がいるじゃねぇか」
「普通の女もいるぜ!しかも上玉ばっかりだ!」
そんな時、海の魔人達が目を付けたのは我々だった。アスミやシャルなどを舐め回すように見ている。その瞳に浮かぶ情欲の炎は、私でもわかるくらいに燃え上がっていた。
特戦隊は反射的に戦闘形態へと変化し、私を含めた男達は女達を守るように前に出た。最も前に出ているのは私とザルドであり、ティガルやリナルドなどが万が一にも飛び出そうとした時に止めるためだった。
「一丁前に女を守ろうってか?粋がるねぇ……そう言う奴の前で寝取ってやりてぇなぁ!?」
「堪えろ。いいか、堪えるんだ」
「ガルルルルル……!」
「シィィィィィ……!」
下品極まりないことを言いながらゲラゲラと笑う海の魔人達を前にして、ティガルとリナルドなどは今にも飛びかかりそうな雰囲気だった。いざとなったら尻尾の毒針で眠らせる必要があるかもしれない。
しばし笑っていた海の魔人達だが、連中は急に動きをピタリと止めた。その原因はマルケルスである。彼は額に青筋を浮かべながら、その掌を海の魔人達に向けている。そうか、お前も怒り狂うタイプだったか。
「私は、いい加減にしろと、言ったはずだ。やり過ぎは、許さんと、さっき、言った、はずだ」
「ぐおおおぉぉ……!」
「調子に乗るなよ、海賊風情が。本来なら死罪になっていた罪人が、ほんの少し戦果を挙げた程度で何様のつもりだ」
「てっ、てめぇ……!」
「作戦が終わるまで貴様らの発言を一切禁じる。また、私の命令以外の行動も禁じる。私は無理やり従わせることはしないのだが……喜べ、特別扱いしてやろう。わかったらさっさと配置につけ」
どうやら本気で怒っていたらしいマルケルスは、連隊長としての権限で発言を禁じつつ行動も制限させてしまった。デキウスの方に意識を向けると、彼は面倒なことになりそうだと小声で嘆いていた。
その理由は察しがつく。カレルヴォから海の魔人の扱いについて抗議される可能性が高いと言うことだろう。しかし、そんなことを心配するのは生きて帰ってからの話であろう。そんなことを考えながら、我々は潜水艇に入るのだった。
次回は3月8日に投稿予定です。




