短い休暇
「アスミ、二人で話さなくても良かったのかよ?」
マルケルスに報告を終えた後、我々は彼のいる建物から兵舎へと戻っていた。その道中、ティガルはここまでアスミに彼が抱いていたらしい疑問をぶつけた。
特戦隊の中だけだが、マルケルスとアスミがお互いを意識し合っていることは共通認識となっている。帝国軍でこのことを知っているのはデキウスだけだ。彼は上官であるマルケルスを応援するべく、あの男を遠ざける程度には二人のことを応援していた。
最初こそ捕虜だったアスミに惹かれていたマルケルスに苦言を呈していたデキウスだったが、魔人となって帝国に逆らえない状態になった彼女ならば問題ないと判断してくれたらしい。魔人に対して寛容なデキウスでなければ、絶対に反対していただろうな。
「構わん。アイツが元気なら、それで良い」
「……向こうはもう少し一緒にいたいようだったがな」
アスミは微笑みを浮かべながら首を横に振るが、私は我々が去る時に残念そうな顔をしていたマルケルスを後ろの複眼で見ていた。どうやらマルケルスの方が未練たらしいようだ。
我々四人は特戦隊の兵舎に戻り、これから短い期間だが戦わずに身体を休められることを仲間に告げた。皆は大いに喜び、この短い期間をどう過ごすのかを話し合い始めた。
「アニキ、俺達に稽古を付けてくれよ!」
「だめ。あにきは一緒にロクム達と遊ぶの」
ただし、私に何をするのか選ぶ自由はないようだ。レオには年少組の鍛練に付き合って欲しいと頼まれ、ラピには共に赤子達と遊ぶように頼まれていしまった。まあ、やりたいことは特にないので二人で決めてくれれば良い。
レオとラピが話し合った結果、先に赤子達と遊び、その後にレオ達の鍛練に加わることになった。話し合いと言うよりはレオが根負けした形になるのだが、それはいつものことである。
「ほれほれ、父ちゃんの尻尾だぞ~、って!痛ででででで!?」
「はい、あにきの尻尾もある」
「キャッキャッ!」
「うー……」
「あら?尻尾は苦手なのかしらね」
レオ達が鍛練に使う木剣や木槍を握り締めて外へ向かった。監督のためについていったのはザルドとソフィーである。二人がいれば万が一にも事故が起こることはないだろう。
尻尾が大好きなロクムだが、リースはそうでもないようだ。ロクムは私やリナルドの尻尾を相変わらずの凄まじい力で握っている一方で、リースの場合は尻尾の動きが苦手なのか母親であるシャルの胸に顔を埋めて逃げていた。
嫌いなものを押し付ける訳にはいかないので、リースには尻尾を近付けないように注意しておこう。ちなみに、リナルドは愛息子に尻尾を握り潰されそうになったからか戦闘形態から元に戻っていた。意外と根性がないな、お前は。
『うわあっ!?』
『おい!何をしている!?』
そんな穏やかな時間は外から聞こえてきた子供の悲鳴とザルドの怒号が聞こえてきた。私達は顔を見合わせてから慌てて外に飛び出す。そんな我々の目に映ったのは、尻もちをついているケルフに向かって馬乗りになっているボルツと、彼の手首を掴んでいるザルドの姿であった。
ザルドは彼には珍しくハッキリと怒りを露にしており、それとは対照的に止められたボルツは不思議そうに首を傾げている。ソフィーも厳しい表情になっており、組伏せられていたケルフの顔には困惑と驚愕が浮かんでいた。
「ザルド、何があった?」
「準備運動の後に模擬戦をさせていたんだが、ボルツが模擬戦のルールを破ったんだ」
私は頭を動かさず、複眼でレオ達の様子を窺う。彼らは例外なく武器を持っているので、どうやら武器術の鍛練を積ませていたようだ。
しかし、ボルツは違う。剣も盾も近くに放り捨てられていて、馬乗りになって殴ろうとしていたようだ。これは明確なルール違反だし、何よりも放置していたらケルフが怪我をしていたかもしれない。
それにしても……馬乗りになって相手を殴るなど、これではまるで殺し合いではないか。ボルツよ、お前は一体何を考えている?
「ボルツ、どうしてこんなことをした?」
「むしろ、どうして止めるのかがわかりませんが?鍛練と言うのなら実戦を想定するべきでしょう」
「だからってマジになり過ぎるのは違うだろうが!おい、いつまでも寝てねぇで早く出てこい」
「う、うん」
ティガルは呆れたように首を振りながら、ケルフを急かした。すると彼は慌てて身をよじり、一瞬でボルツの下から脱け出してしまう。まさか逃げられるとは思っていなかったのか、ボルツは驚いたように目を見開いていた。
ボルツは驚いているが、我々からすれば当然の光景でしかない。ケルフはレオやラピと同じく幼い頃から鍛練に励み、実戦も潜り抜けている。大きな戦いではあったものの、まだ一度しか実戦を経験していないボルツよりも武器術も格闘術も数段上の実力を持っているのだ。
ボルツがケルフを押し倒せたのは、想定外のことに反応が遅れただけのこと。あのまま馬乗りで殴られていたとしても、防ぎながら今のように即座に脱け出していただろう。多少のアザは出来たかもしれないが、大怪我にはなっていなかったはずだ。
そのことを思い知ったからか、ボルツは悔しそうに顔を歪ませる。何と言うか、空回りしているボルツが可哀想になってきた。やはり、この休暇を使って彼の話を聞いてやるべきだろう。
「ボルツ、鍛練のルールには全て意味がある。だからそのルールは守れ。実戦を想定した鍛練がしたいのなら、大人組に言うんだ。怪我をさせるようなヘマはしない」
「……はい」
「取りあえず、今から私も鍛練に加わる。ボルツ、お前の相手は私がやろう。無論、何をされても文句は言わん。好きにやれ」
「よ、よろしくお願いします」
実戦形式でやりたいと言うから相手を買って出たと言うのに、ボルツは嫌そうな表情で頭を下げる。その様子を訝しみながらも、私はボルツの武器を渡してから構えを取った。
それから私は日が暮れるまでレオやボルツ達と共に鍛練に励んだ。望み通り、好きなように戦わせたボルツは良く頑張っていたと思う。武器には殺意をこめられているし、足払いや戦闘形態になっての噛み付きなども躊躇なく行ってきた。
だが、私に通じるほどではない。戦鎚と盾を駆使して戦うトゥルの教えを受けたボルツであるが、彼女に比べればまだまだ未熟であった。トゥルならば流れるように戦鎚と盾を繰り出すが、ボルツの場合は技術的にその境地に達していない。その上で色々とやろうとし過ぎて全てが中途半端になっていたのだ。
私は改善点を指摘しながらボルツの攻撃を捌いていたのだが、彼は終始悔しそうな顔のままだった。レオやラピ、ケルフなら指摘された部分を直すべく試行錯誤するのだが……彼の場合は直すのではなく別の手段でどうにかしようとする。そのせいで改善出来ているのかどうかわからなかった。
それから数日間、我々は束の間の休暇を楽しむことになる。身体が鈍らないように日々の鍛練は怠っていないものの、戦場に出なくても良いだけで気が楽だった。マルケルスの気遣いのお陰で、十分に疲れを癒すことが出来た気がする。
ただ、ボルツの話を聞いてやることは出来なかった。私に限らず、誰かが話をしようとしても俯いて頑なに何も言ってくれないのだ。
強引に聞き出そうとしても逆効果になるだろうという意見もあり、結局出陣の日まで彼の本音を聞き出すことは出来なかった。この侵略戦争が終われば、きっと本音を話してくれる。我々はそれを待つことにしたのだった。
◆◇◆◇◆◇
「ボス、さっきの戦場は楽だったブモ」
「ブルルルル!敵、やる気なかった!」
短い休暇を終えた我々は、早速前線へと出陣した。ただし、どの戦場も楽なものだった。と言うのも、敵の士気が目に見えて低かったからである。
どの戦場でも共和国軍は野戦しようとはせず、砦にで守りを固めている。ならば拠点を固守しようとするわけでもなく、帝国軍による攻勢を受けると反撃もそこそこに撤退してしまうのだ。楽だと思っているのはシユウとアパオだけではない。特戦隊の全員が感じていることだった。
「きっと噂が拡散しているのだろう。神の末裔が討ち取られた、とな」
「中央の話がそんなに早く伝わるのかよ?」
「ティガル、共和国の技術は私達の想像を遥かに越えている。情報の伝達速度も段違いだろう」
「ああ、ザルドの言う通りだ。だがそれは隠したい情報すらも素早く広まることになるのさ。隠蔽可能な状況ならともかく、戦場で討たれただろう?それを隠すなどとても無理だ」
小休止の間、荷車の近くでアスミが持論を展開していた。末端の兵士が知る必要のない情報を知ったことで士気が落ちてしまうことがあるらしい。同じく末端の兵士の身としては理解出来る話であった……情報を集める手段に乏しい我々には縁のないことだが。
我々が得られる情報など、マルケルスから教わる話か盗み聞きした帝国兵の噂話くらいしかない。これは非常に不便である。情報が伝わり過ぎて困るなど、贅沢な悩みもあったものだ。
「そんなものか。優れた技術というものも考えものだな……どうした、ミカ」
「はっ。伝令兵が伝えた命令を聞き取ることに成功しました。どうやら帝国軍は最北端にあるニグロ港へ総攻撃を仕掛ける模様です」
音もなく近付いて来たのはミカであった。ミカは特戦隊の中で最も優れた聴覚の持ち主だ。魔人をなるべく遠ざけているあの男は報告などを聞くときも必ず離れた場所で聞くようにしているが、ミカであればどれだけ離れていても盗み聞きが可能である。奴の行為は無意味であった。
それにしても、最北端と言うと共和国軍にとっては本拠地と言っても良い場所ではないか?共和国はそこまで追い詰められつつあるらしい。神の末裔を討たれたことで、風向きはこちら側へと一気に傾いたようだ。
「もうこの戦争も終わりか。本当に長かったぜ……」
「滅多なことを言うな。お前が安心するようなことを言った時は、いつも想定外のことが起きるだろう」
「おいおい、冗談でも酷くねぇか?」
「何にせよ、油断はするなよ。言うまでもないと思うが」
ティガルとザルドのやり取りを軽く流してから、休憩が終わる前に立ち上がっていつでも動けるようにしておく。そうしていないと理不尽に責められることがあるからだ。
そうして我々は最北端のニグロ港を目指して北上する。その途中、共和国軍から取り戻した街や村を経由して補給を行った。戦いに参加することもほとんどなく、ほぼ素通りすることが出来た。
季節が冬に差し掛かって来た頃、我々はニグロ港へとたどり着いた。そこでの戦いは既に終結しており、港を守っていたであろう堅牢な壁は無惨にも破壊されている。港の内部は至るところに血の跡が残っており、失火があったのか街全体が焦げ臭かった。
だが、勝利して最北端の港を取り戻したと言うのに帝国兵の顔色は晴れていない。その理由は……洋上に浮かぶ小島のような大きさの戦艦のせいだった。
次回は2月28日に投稿予定です。




