帝国への帰路
中央戦線から帝国のある東部戦線に戻るまでの旅路はスムーズに進み、特に問題もなく帝国領にまで戻って来られた。我々の一部が先導し、その後ろに帝国兵に守られたあの男を乗せた馬車が続く。残りの魔人達が最後尾にいるシユウとアパオに牽引された我々の荷車を護衛に当たる。この隊列でここまで戻ってきたのだ。
私が帝国兵に呼び出されて仲間達と合流すると、もう帰還の準備は万全となっていた。そして即座に帝国へと帰還する運びとなった。その理由はただ一つ。本国から急いで戻るようにとの指令が届いたからだ。
この指令が届いたのはあの日の朝だったらしく、もし要塞攻略戦が続いていたとしても戻るようにとの緊急の命令だったそうな。あの戦いが一日でもズレていたら、師匠達は黄金の機鎧兵と三人で戦うことになっていたらしい。自惚れるつもりはないが、私抜きで勝てていたとは思えない。中央戦線にとっては運が良かったと言えるだろう。
だが、その報せは私達の上司であるあの男にとっては不運だった。何故なら奴は戦勝の宴を楽しみ過ぎたらしく、私のように酔い潰れていたのだ。それを帝国からの使者に叩き起こされ、それから進軍することを強要されたのである。
進軍する前から飲み過ぎで本調子からは程遠かったのに、中央戦線からここまでの強行軍によって完全に体調を崩していた。今も我々を罵倒する余裕すらないほどに弱っている。私を含めた全員が内心で良い気味だと嘲笑っているのは言うまでもないだろう。
「だぁ……うっ!」
「こらこら、ダメよぉ」
最後尾を守る私だったが、その尻尾に手を伸ばす者がいる。それはトゥルに抱かれた彼女の息子、ロクムだった。現在、荷車の上には負傷者を優先して乗せているので年少組を乗せるスペースがなくなっている。そのせいでトゥルもロクムを抱いて歩くしかなかったのだ。
ただし、ロクムにとっては外の景色を眺められるので完全にご褒美となっていた。彼は楽しそうに笑いながら、空を飛ぶ鳥や街道の横を走り抜ける獣を見て大喜びしていた。
今は私の尻尾に興味津々らしく、揺れる尻尾をつついたり掴んだりしている。先端の毒針は露出しないようにしているので危険はないのだが……流石はトゥルの息子と言うべきか、その握力は赤子とは思えないほどに強い。両手で挟むように掴まれた時、私の外骨格がミシリと軋んでいた。
軋む音を聞いたからかトゥルは慌てて止めようとするものの、揺れる尻尾を両手でキャッチする遊びが気に入ったのか母親の声は全く届いていない。手を放してはまた尻尾の先を掴むのを何度も繰り返していた。
「やんちゃで困ったわぁ……お父さんそっくりねぇ。ごめんなさいねぇ、隊長さん」
「構わん。子供が元気なのは良いことだ」
「あにきの尻尾の良さがわかるのは、将来有望」
トゥルは申し訳なさそうに謝罪するが、私は全く気にしていなかった。同時に何故かラピが得意げに胸を張っている。私の尻尾が好きらしいが、そんなに良いものだろうか?
私が疑問に感じていると、トゥルは罪悪感が薄れたのかクスクスと小さく笑った。しかし横にいるシャルとその胸に抱かれている赤子を見ると、すぐに重いため息を吐いた。
「ウチの息子もリースちゃんの半分でも落ち着きを持ってくれたら良いのにぃ……」
「フフフ。赤ちゃんは元気過ぎるくらいでちょうど良いのよ、トゥル。むしろこの娘は静かすぎて少しだけ心配だわ」
「すぅすぅ……」
そう言ってシャルは腕のなかで眠る愛娘を優しく揺すった。シャルは帝国へ帰還し始めたその日の夜、いきなり産気付いてしまった。女衆は出産のために忙しくなり、男衆は万難を廃すべく周囲の警戒を厳しくしつつ音が漏れないように消音の霊術を用いた。
そうして無事に産まれた女の子は、父親であるティガルによってリースと名付けられた。レオは妹が可愛いのか時間があれば妹の側にいようとする。見かねたティガルが先導組として連れていったので、今は近くにいなかった。
ちなみにラピを始めとするレオを除いた戦える年少組は私のいる後方に集めていた。敵が余程の手練れでない限り、私と数人の大人の魔人がいれば戦えない子供達を守れるからである。
ここは既に帝国の領土であり、しかも前線からは離れているので危険性は低いはずなのだが……全くない訳ではないらしい。今まさに木陰から近付く一団がいるのだから。
「トゥルとシャルは荷車に寄れ。ラピ、年少組をまとめて荷車の護衛につけ。ミカ、気付いてるな?」
「もちろんでございます。先頭側のティガル様達も気付いているかと」
「そうだろうな。あっちにはザルドがいる。抜け目ないアイツのことだ、襲われたと同時に待ってましたと言わんばかりに逆に襲い……来るぞ」
私とミカが話し合っていると、街道沿いの森の中から雄叫びを上げながら男達が襲い掛かってきた。みすぼらしい格好をしている我々はともかく、中央で守られている馬車は帝国の意匠が刻印されている。そんな馬車を襲撃するとなれば、それなりに腕に自信がある盗賊だと思われた。
予想通り、森の中から現れたのはただの盗賊ではなかった。破損や汚れが目立つものの、身に付けているのは間違いなく帝国軍の装備だったのだ。こいつら、ひょっとして脱走兵か?まあ、襲ってくるのならば容赦なく殺すだけだが。
「てっ、敵襲っ!」
「魔人共、迎撃しろ!」
我々とは違って直前まで接近に気付いていなかったらしい帝国兵は、慌てて我々に迎撃を命じた。逆に私達はとっくに戦う準備を整えていたので、即座に戦闘体勢に移行した。
私は鞘から二本の剣を抜き、全身を外骨格で包んでから敵に向かって突撃する。まさか相手が魔人だとは思っていなかったのか、敵は私の姿を見て驚愕していた。
「ぎゃっ!?」
「ぐえぇ!?」
「……うん、やはり良い剣だ」
ザーヒとの戦いで、私の白い剣は粉々に砕かれてしまった。しかし、翌日にはもう使える状態に戻っていた。直したのは当然、私を影から支えてくれているポピ族だろう。本当に彼らには世話になりっぱなしだ。ここ最近は可能な限り、私に与えられる食糧を彼らにお供えしていた。
その際、代用とするべく戦場から持ち帰ったザーヒの作った剣が消失している。恐らくはザーヒの作った剣と砕けた剣の破片を使って修理……と言うよりも新しく剣を整形し直したのだろう。
この新しい剣の性能は、明らかに前の剣よりも上だった。剣の長さと幅が増したのに、持った時に感じる重量も振った時の感覚も変わらない。それでいてハタケヤマが刻んだ霊術回路も使える状態に戻っている。ポピ族の物質を自在に操る能力がどれほど優れているかわかるというものだ。
「この化物がっ!」
「仲間の仇っ!」
「効かん」
右手の白い剣で二人を鎧ごと両断したところ、激昂した敵が背後から槍で突き刺そうとして来る。どうせ外骨格を貫けはしないだろうが、私は左手の黒い剣で防いだ。敵の槍が剣と激突した途端、槍の穂先が砕けてしまった。
黒い剣は私が蠍だった頃の鋏が素材となっている。それ故に後から強化するのは難しいと思っていたのだが、ポピ族はこちらも強化していた。黒い剣の表面に刻まれた霊術回路は変化しており、ミカの分析によると新たに激突した時の衝撃を全て相手に反射する効果が付与されているそうだ。
その効果は見ての通り、敵の武器や防具を一撃で砕くことが可能になっている。今のように受け止めただけでも武器が壊れてしまうし、こちらから振れば業物と言われる武具であっても破壊可能だった。
鋭さの白い剣と力の黒い剣。以前よりも武器の特徴がより強くなった気がする。この素晴らしい武器を活かすも殺すも私次第。ポピ族の皆に報いるためにも、必ずや使いこなしてみせよう。
「ゴオアアアアアッ!」
「ガルルルルルルッ!」
他の皆も戦闘形態になって戦っている。特に鬼気迫る戦いぶりを見せていたのはティガルとレオだった。ティガルは雷光を纏った大剣で敵を纏めて薙ぎ払い、レオは鬣から熱波を放ちながら鍛え上げた剣術で斬り刻んでいく。親子だからか声を掛け合うことすらせずに連係して敵を殲滅していた。
二人が奮闘しているのはリースがいるからだろう。幼い娘にして妹を守るためなのだろうが……張り切りすぎだ。敵は完全に怯えてしまっているではないか。
「ひいぃっ!」
「にっ、逃げろぉぉ!」
脱走兵だと思われる敵の士気は崩壊し、背中を向けて逃げ出した。その際、武器を捨てていない辺りはやはり訓練を積んだ兵士だったことの名残だろうか。
敵が逃げたのならば我々の安全は確保されたことになる。このまま見逃して良いのなら私としては楽なのだが……さて、どうなる?
「追撃だっ!なるべく生かして捕らえろ!」
ここぞとばかりに大声を張り上げたのは、まだ本調子ではないあの男だった。やはりそう来たか。ただ襲われて撃退したと報告するよりも、実際に生かして捕らえた罪人を連れていった方が証拠になるだろうからな。功名心が強いあの男ならばそう命令すると思っていた。
命令ならば逆らえない。私達は背を向けて逃げる者達を追い掛ける。戦闘形態になっている我々から逃げられるはずもなく、一人また一人と捕まっていった。
「あがっ!?う、動け……ねぇ……」
「痛ぇ!おっ、俺の足がぁぁ!?」
殺さずに捕まえるのは難しいのだが、私の場合は尻尾の毒針を使えば良い。無防備な背後から鎧の隙間などを突き刺してやれば簡単に麻痺して動けなくさせられるのだ。
他にも弓矢や霊術が得意な者達によって転倒させたところを、アスミが抱えて運んでいくように指示している。色々な生物と合成されて知能が低くなっている彼らだが、捕まえて引っ張っていく単純作業ならお手のものだった。
「これで最後か」
「おうよ。ここにいる奴等は全員取っ捕まえたぜ」
「どこかにあるだろう隠れ家に残っている者がいるかもしれないがな」
自分達から襲っておいて逃げ出した脱走兵達は、一人残らず捕縛した。ザルドの言う通り隠れ家の留守番が残っているかもしれないが、今は一刻も早く帰還しなければならない。流石に探し出せとまでは言われないだろう。
最後の一人を引きずって戻ったところ、やはり隠れ家の捜索などはせずに行軍を再開することになった。それにしても、こんな後方で野生の獣ではなく帝国の脱走兵に襲われるとは……思っているよりも帝国の内情はガタガタなのかもしれない。そんなことを考えながら、我々は帝都まで歩き続けるのだった。
次回は2月16日に投稿予定です。




