要塞の秘密 後編
金属の筒の内側に囚われていた男。その正体は十中八九、神の末裔とされる黄金の機鎧兵だろう。それも最初に先遣隊を壊滅させ、私を半死半生にまで追い詰めた男だと思われる。
その根拠は脇腹や首筋の傷だった。あそこは私が鎧の隙間から突き刺した場所のはず。その傷痕から呪いの樹木が生えているのは謎であるが、誰なのかわかる手掛かりになっていた。
「黄金鎧の仲間か!これはどんな状況だ?」
「私は霊術回路の専門家ではないのですけれど……これは封印と抽出の複合術式ですわね。随分と外道な真似をしていますこと」
師匠はアルティシア様に何が起きているのかを尋ねる。彼女は身を乗り出してどんな効果のある霊術回路なのかを解読していく。すぐに大まかな効果を把握したようだが、彼女は眉間に皺を寄せて露骨に不快感を示していた。
「一人で納得してんじゃねぇよ。もっと分かりやすく言え」
「言葉遣いに気を付けなさい、傭兵。それは淑女にものを尋ねる態度ではなくてよ」
「チッ、面倒な女だな……」
そんなアルティシア様に向かってジュードは命令するかのように尋ねたものの、気位の高い彼女に対する言い方ではなかった。アルティシア様は心の底から軽蔑したような冷たい視線で一瞬だけ睨んでから、質問には答えずに霊術回路の観察に戻ってしまった。
ジュードは苛立ったように舌打ちしているが、そんなことをしている暇があるのならちゃんと聞けば良いのに。師匠も気になっているようだし、私が代わりに尋ねるとするか。
「アルティシア様、何が起きているのかご教授願えますでしょうか?」
「よろしくてよ、魔人さん。まだ私も詳細まで完全に把握したとは言い難いのですが、何をやっているのかはわかりますわ。霊術回路の主な目的は二つ。封印と抽出ですわね」
アルティシア様は霊術回路を読み解きながら私達に教授してくれる。その内容はあまりにも非道な行為としか言えないものだった。
「まず封印ですけれど、霊術はこの男の自由意思と内側から発せられる強力な呪いを封じていますの。この男の持つ霊力から考えて、尋常な方法では難しいですわ。呪いで弱ったところを封じたのでしょうね」
「呪いで弱っていたからこそ封印が通用し、呪いを封じているからこそ生きている……と?」
「そんなところですわ。男の霊力ではなく自由意思だけを封じているのは、霊力が強大というのも一つの理由でしょう。ですが、最大の理由は生存本能を刺激させて呪いに抗わせているのですわ。そしてそれがもう一つの目的、抽出に繋がるのです」
「……まさか、呪いに対抗しようと本能で放出する霊力を奪っているのですか?」
「その通り。貴方、やっぱりそれなりに賢いのですね」
アルティシア様に誉められたことよりも、衝撃的な内容に私は絶句してしまった。師匠とジュードもあまりにも外道な内容に顔を顰めている。それと同時に私はこのような霊術を作り出した者に強い嫌悪を覚えていた。
確かに磔にされた男はまだ生きている。しかし、これは真の意味で生きているとは言えるのだろうか?目や口、傷痕から木の枝を生やしながらも、身勝手な目的のために死なないように保たれているだけ……こんなものを生きている状態だと私は決して認められなかった。
それはきっと、自分の姿を重ね合わせているからだろう。戦わせるために育てられ、戦うことを強要されている私と何が違うというのか?私はいつの間にか私は奥歯を噛み締めていた。
「この者はあの黄金鎧の一人なのだろう?と言うことは、奴らの神の末裔ではないか。それをこのように虜囚の身に貶め、搾取するとは……神への敬意はないのか!?」
「ヘッ、使えるモンを使ってるだけだろ。木が生えて死ぬくらいなら、自分達に役立ってもらおうってな」
衝撃から立ち直った師匠とジュードの反応は対照的であった。自分達の神を冒涜する行為に師匠は憤慨し、ジュードは熱くなる師匠を馬鹿にするようにせせら笑いを浮かべる。師匠とジュードの価値観が大きく異なることを象徴するようなやり取りだった。
不快感を露にする師匠と挑発的な表情のジュードが睨み合っているが、それよりも問題は目の前の男をどうするのかである。動けない状態である内に始末するのか、解放して情報を引き出すのか、それともこの状態を維持して要塞の動力とし続けるのか。だが、それを選ぶ権利は我々にはなかった。
「おおっ!?」
「木の枝が……!」
磔にされた男から生えていた木の枝がゆっくりと、しかし確実に成長し始めた。成長するに従って男の肌からは艶がなくなっていき、最後には完全に干からびてしまう。その姿はザーヒの最期と重なっていた。
しかしながら、あの時とは異なる点もある。男が干からびると同時に木の枝も力を失って、結実させることもなく枯れてしまったのだ。
その原因はおそらく、この男が半死半生の状態だったことだろう。私と会話を交わした呪いの樹木が言っていたではないか。吸い上げた力で結実させ、種子を作るのだと。出涸らしのようになった男の力を吸ったところで、結実させるほどのエネルギーは得られなかった。そう考えれば辻褄が合う。
男が死亡したことで部屋中に張り巡らされていた霊術回路は停止し、発光は収まって部屋は真っ暗になってしまった。しかしすぐに霊術士達が霊術で光源を作り出したので全く問題はなかった。
「今回は調査するだけの予定だったのですけれど、死んでしまいましたわね。強力な霊力の影響で映像を保存出来ていませんし……はぁ、首脳部に何と報告すれば良いのやら」
「ガッハッハ!事実を伝える他にあるまい!あの状況ではどうしようもなかろう!証人として喜んで証言するぞ!」
「何か肩透かしだったなぁ。あ、この仕事の報酬もキッチリ払ってもらうぜ」
アルティシア様は何の成果も得られなかったことに頭を抱えるが、師匠はいつもの大声で慰めていた。一方でジュードは仕事は終わりだとばかりにさっさと退出しながら報酬について釘を差す。よくもまあここまで纏まりのない四人で神の末裔を相手に勝てたものだ。
ジュードに従う訳ではないが、このままここにいてもやることは何もない。師匠とアルティシア様、そして霊術士達は全員で地下室から出ていく。暗闇のなかに残された枯れ木が生える干からびた死体に哀愁を感じながら、私もまた地下室を後にした。
「さて!これでお主ともしばらくお別れか!寂しくなるな、弟子よ!」
アーディウス要塞の攻略戦はもう終わりだ。帝国からの援軍という形で中央戦線にいる我々はすぐに帝国へと帰還することになる。そのために今はアスミ達が帰還の準備を整えているはずだった。
師匠もそのことを十分に理解しているので、別れを惜しんでくれているようだ。声が無駄に大きく、スキンシップの力加減を間違えがちな師匠だが、魔人である私にも分け隔てなく接してくれるマルケルスと同じ数少ない人格者だ。別れを惜しむ気持ちは私も同じであった。
「お世話になりました、師匠。叶うことなら、次は戦場でない場所でお会いしたいところですね」
「ガッハッハ!違いない!その時は盛大に酒宴の席を設けようぞ!」
「何度でも言いますが、私は下戸です。酒の臭いでも気を失うので、酒宴の席などに呼ばれても一瞬で倒れてしまいますよ」
昨日はそれで酷い目に逢った。ほんの少しだけ混ざっていた酒精のせいで気を失ったのだから。そうだ、これを機に一言言わせてもらおう。万が一にもまた差し入れで酒が混入していたら私は辛いのだから。
「昨日も師匠の差し入れで酔っぱらってしまったのですよ?本当に酒だけは勘弁してください」
「うん?昨日?」
私が懇願したのだが、師匠は不思議そうに首を捻る。ひょっとして師匠は酒を混ぜたつもりはなかったのかもしれない。酒精を含む調味料は、大酒飲みの師匠にとっては酒とは言えないだろう。
ならばあれは無意識であったからこその事故だったのか。ううむ、難しいな。私の体質のせいで師匠を困らせてしまうことになるとは……申し訳ない気持ちになってしまった。
「弟子よ、それは……」
「やっと見付けたぞ!蠍の魔人!さっさと来い!帝国に帰還するぞ!」
「はぁ……師匠、それでは失礼します」
「おう!また会おうぞ!」
師匠が何かを言い掛けた時、私に向かって大声を張り上げる者がいた。その声の主はあの男の部下の帝国兵である。奴は我々の監視の一人であるので、私を呼びに来たのだろう。
困惑させたことを一言謝ってから去るつもりだったが、帝国兵に呼ばれて無視することは出来ない慌ただしい別れになってしまうが、私は師匠に一礼してからその場を後にするのだった。
◆◇◆◇◆◇
「ガッハッハ!きっとまた会える!その時を待っておるぞ!」
アレクサンドルは自分の弟子である冥王蠍の魔人の背中を見送りながら、再会を願った言葉を贈った。魔人は帝国兵に連れていかれたので返事はなかった。
だが、あの魔人の聴覚ならば間違いなく聞こえたはずだ、とアレクサンドルは一人で納得していた。ただし、その声はいつものように大きかったので、相当に耳が悪い者でない限り間違いなく届いていた。
言いたいことを言い終えたアレクサンドルは、ゴキゴキと首を回してから首脳部が使っている部屋に向かって歩き始める。そんな彼は別れ際に魔人が言ったことを思い出してしきりに首を捻っていた。
「それにしても、差し入れとは何のことだ?」
差し入れと言われてもアレクサンドルには全く心当たりがなかった。帰還した直後に黄金の機鎧兵との戦いについての報告せねばならず、その後は戦勝の宴会だったのでそこまで気が回らなかったのだ。
では、誰が自分の名前を騙って差し入れなどしたのだろうか?最も可能性が高いのはアレクサンドルの部下である。自分も含めて『竜血騎士団』は頭を使うよりも身体を動かす方が得意な者達ばかりだが、頭がキレる者達も数人いる。その者達が自分に気を遣ったのだろう、と彼は推理したのだ。
しかし、その推理は外れることになる。報告を終えた後に部下に尋ねると、誰一人として心当たりがないと言うのだ。もしかしたらと思って肩を並べて戦ったアルティシアにも尋ねたものの、彼女も知らないと言う。アレクサンドルの思い付く候補者はもういなかった。
「むぅ……では一体誰がやったのだ?」
「魔人に差し入れをする、貴方の名を騙る何者かですか。少し気になりますわね。調べてみましょう」
難しい顔で悩むアレクサンドルに対し、アルティシアは不敵な笑みを浮かべてそう言った。霊力の供給源となっていた男を死なせてしまった不手際について叱責を覚悟していたのだが、アレクサンドルが擁護してくれたお陰でお咎めなしで済んでいる。その借りを返せると意気込んでいたのだ。
二人は早速、調査を開始した。中央戦線に属する連合軍でも最強の個人である二人は超がつく有名人だ。二人に質問されて舞い上がったり緊張で硬直したりすることはあれど、回答を拒絶したり嘘を吐いたりする者はいなかった。
「ううむ、全く情報がないではないか……」
だが、情報収集の結果は芳しくなかった。補給部隊に食糧について尋ねても、宴会のために使われた分しか減っていない。では宴会の料理を作った者達に話を聞けば、受け取った食糧は補給部隊から減った量と同じだった。
厨房には兵士は誰も来ていないので、分けてもらったということでもない。盗まれた可能性は否定できないが、まとまった人数の魔人達に行き渡る量が盗まれれば流石に誰かが気が付くだろう。
昨日の夜に要塞の外にいた者達からも大した情報は得られなかった。魔人達が騒いでいたのは知っているが、今日くらいは良いだろうと気にしなかったと言う。その際、魔人の輪の中に兵士がいたかどうかはわからないとのことだった。
「戦勝に浮かれて城門の守備も薄かったようだし……これは迷宮入りか?」
「いえ、そうでもありませんわ。監視の兵士から霊術を掛けられた形跡がありましたの。最初から疑っていなければ気付かない程度の僅かなものですが」
聞き込みの内容は参考にならなかったが、成果がなかった訳ではなかった。アルティシアは監視の兵士達が何者かの霊術の影響を受けていたことを見抜いたのである。
もう霊術の効果は切れているので、正確なことはわからない。だが、アルティシアはどんな霊術だったのかは見抜いていた。
「恐らくは思考誘導の霊術ですわね。『今日くらいは良いだろう』と思わせ、魔人達が騒いでも見咎められないようにしたのでしょう」
「ふむ、それは穏便な霊術だな!」
「穏便なものですか。ここに集められた兵士は末端でも各国の精鋭ですのよ?そんな者達に気取られることなく、痕跡もほとんど残らない、それでいて効果はしっかりと発現する霊術を掛けるなんて……悔しいですけれど、間違いなく私よりも霊術の使い方が巧みですわね」
アルティシアよりも優れた霊術士が、わざわざ高度な霊術を使って兵士に紛れて魔人を、それも中央戦線に援軍として来た者達だけを支援する。奇妙としか言えない事実が判明したせいで、謎はより一層深まってしまうのだった。
次回は2月12日に投稿予定です。




