要塞の秘密 前編
「……むぅ、朝か」
兵士が持ってきた食材を用いての食事は豪勢なものになった……はずだ。何故かわからんが、食べてすぐに急激に眠くなったせいで、ほとんど何も覚えていない。パンとスープを完食したところまで憶えているのだが……?
何だか前に似たようなことがあった気がする。それこそ、あの兵士に師匠からもらった酒を飲まされた時のように。一体、私の身に何が起きたというのだ?
「起きたか?珍しく熟睡していたな」
「アスミか」
地面の上で寝ていた私に声を掛けたのは、昨日戻ってきた時には眠っていたアスミだった。ええと……そうだ。料理が完成した辺りで起きてきて、一緒に食事を食べたところまでは記憶している。ううむ、本当にどうしたことだろう?
頭を抱えている私に、アスミはやっぱりそうかと言ってから持っていた木のコップを霊術で水を満たしてから手渡してくれる。私は礼を言いながら受け取り、その中身を一気に呷った。
「記憶があやふやなのだろう?無理もない。昨日、隊長は泥酔していたからな」
「泥酔だと?馬鹿な、昨日の料理に酒など……」
「いや、それが調味料に酒精を含むものがあったらしい。火を通せばすぐに飛ぶだろうとミカは見逃したのだが、ミカが知っているものよりも酒精が強かったらしくてな」
「それで残った酒精が身体に入って私は倒れた、と」
「ちなみに、ラピでも平気だったぞ。最強の魔人でも勝てないものがあるようだな?」
ザーヒとの死闘でも気絶しなかった私だが、酒にだけは子供よりも弱いらしい。私は情けないと思いながら溜め息を吐きつつ立ち上がると、身体を伸ばして凝りを解した。
うむ、手足の先にまで意識が通っている。泥酔するという失態を演じた私だったが、酒はもう抜けているらしい。何時も通りに身体を動かすことが可能だ。こんな風に尻尾も……あれ?
「尻尾がある……だと!?」
私は自分の複眼で見ているものが信じられなかった。何故なら私の顔の前には昨日の戦いで失ったはずの尻尾が完全な形で再生していたからだ。
夢か幻かと思って尻尾を触ると、しっかりと実体がある。私の思い通りに動いているし、やはりこれは新たに生えた尻尾なのだろう。
シャルから元通りになると聞いてはいたが、この再生速度はあまりにも早すぎる。自分の身体のことは自分である程度把握しているが、自力で新たに尻尾を生やすことなど出来るとは思えない。あくまでもシャルの霊術の力を借りて初めて元通りになるとの見立てだったのだ。
つまり、これは何らかの外的要因によるものである。これは断言しても良いだろう。普段通りにしていてはこうはならなかったとすれば、普段とは異なる何かが原因である。その候補は二つだった。
「あの味のしない果実か、兵士が持ってきた食糧か。そのどちらかだろうな」
普段とは異なる何かの心当たりと言えばその二つである。神を自称し、それに見合った実力を有していたザーヒを内側から殺した樹木。ほぼ間違いなく神が残した呪いであるあれの果実が、ただの果物と同じだと考える方がおかしいだろう。
味はしなかったし食べた直後でも何か変化を感じるようなことはなかった。しかし、後になって効果が出る性質だったのかもしれない。個人的にはこちらの方が本命である。
もう一つの可能性はあの兵士が持ってきた食糧である。ただの雑兵であろうあの兵士による個人的な差し入れならばともかく、師匠の指示で持ってきたと言っていた。私が要塞の中に入ることを許されなかったのを残念に思ってくれていたし、食糧に何か特別な薬草を混ぜていた可能性はあった。
「尻尾?尻尾がどうかしたのか?」
「ああ、アスミは知らなかったか。実は、昨日の戦いで尻尾を切断されていたんだ」
昨日の戦いと聞いたアスミは複雑な表情になった。彼女からすれば私が戦ったのは元同胞、それも神の血を引く高貴極まる相手だ。それと戦い、息の根を止めたと言われて大喜びするのは難しいのかもしれない。
「それは大変だったな。だが、治ったのなら良かったじゃないか」
「ありがとう。治った理由がわからないのは少し気持ち悪いのだがな」
「フフッ、確かに。さて、それではここからは隊長として聞いてくれ」
しかし、アスミは何かを追い払うように頭を振ってから笑顔でそう言った。どうやら気を遣ってくれたらしい。それを察した私は神の末裔については触れず、あくまでも快癒を祝ってくれたことに礼を言うに止めた。
それからアスミは表情を引き締めると、私に現在の我々の状況について報告してくれた。昨日の宴会によって食糧は消費したものの、今日の朝にティガル達が補給物資を受け取ったらしい。
その際、普段のように嫌がらせをされたり断られたりすることはなかった。どうやら想定よりも早く決着がついたので物資に余裕があったことと、昨日は連合軍全体が戦勝ムードに包まれていたお陰で兵士が寛大になっていたことが原因らしい。
何はともあれ、最も重要とも言える食糧事情については大丈夫そうだ。最も大事なことなので、私は一安心とばかりに胸を撫で下ろした。
「あの男は何か言っていたか?」
「いや、まだ何も。どうせ戦勝の宴で酔い潰れているさ」
「私のように、か?」
「そう言うことだ」
我々の指揮官ということになっている男は、帝国への帰還やら何やらについて全く指示を出していないらしい。アスミの言う通り、あの男の性格から考えて戦勝の宴会を大いに楽しんだことだろう。そのせいで我々のことを忘れていてもおかしくない。
そうなると我々は帰還の準備を整えておくべきか。急に帰ると言われた時に動けなかったなら、間違いなく理不尽に叱責されるからな。まあ準備を整えていても勝手なことをするなと言われそうだが……後者の方が叱責が長引かないだろう。
「何時でも出発出来るように、撤収の準備だけは進めるぞ」
「それが良いだろう。おや?」
取りあえず今やるべきことが決まった時、後方から二騎分の馬蹄の音が近付いてくる。アスミは振り返るが、私は後ろの複眼で既に何者なのか見えていた。
「おう、魔人の!元気か!?」
「団長が呼んでるぜ!一緒に来いよ!」
「ああ、わかった。アスミ、後は頼む」
「わかっている。行ってこい」
それは師匠の部下である『竜血騎士団』の騎士達だった。他の騎士達とは違って気さくな彼らは、私達にも固い言葉遣いを求めない。付き合っていて気持ちの良い者達だった。
彼らに呼ばれた私はアスミに撤収の準備を任せると、騎士達と共に要塞の内部に入っていく。城門には見張りの兵士がいたが、騎士達がいるので私を止めようとする者はいなかった。立派な肩書きを持つ者がいると融通が利いて良いなぁ。
「おう!来たか、弟子よ!」
「ああ、結局呼んだのですね」
騎士達に案内された先には、完全武装している師匠とアルティシア様がいた。アルティシア様の言い様から考えて、私を呼んだのはあくまでも師匠の判断であるらしい。何が目的で呼んだのだろうか?
「お呼びということですが、如何されたので?」
「うむ。要塞内の捜索をしておったら、少々厄介なモノを見付けたのだ。そこでお主の手を借りようと思ったのだ」
「厄介なモノですか?」
「百聞は一見に如かずとも言うだろう!着いてこい!」
「……説明が面倒になりましたわね」
さっさと歩き始めた師匠をアルティシア様は呆れながら追っていく。この雰囲気だとアルティシア様も説明はしてくれなさそうなので、私は黙ってついていくことにした。
私達は要塞の内部を奥へ奥へと進んでいく。そして要塞の中央部辺りへとたどり着くと、そこには物々しい雰囲気の兵士が何人も警戒している建物があった。
その建物には継ぎ目も窓もなく、ただ重厚そうな金属の扉があるだけである。とても奇妙で、同時に不気味な雰囲気を漂わせていた。
師匠が『厄介なモノ』が見付かったことからもわかるように、建物の周りの兵士達の意識は外側よりも内側に向いている。侵入者よりも建物の内部を警戒しているのは明らかだ。
兵士に師匠が声を掛けてから入った建物の内部は、どこか既視感を覚える空間であった。建物の内側にはビッシリと霊術回路が刻まれており、それらは脈動するように青白く発光している。霊術回路が今も動き続けているようだ。
回路が動いていると言うことは、霊力を供給する何かがいるはず。私は神経を集中させて、霊力の元がどこにあるのかを探ってみた。
「こっちだ」
そう言って師匠が指差すのと私が霊力の大元を特定するのはほぼ同時であった。師匠が指差した先にあったのは地下へと続く階段であり、私の感覚も霊力が地下から流れていると語っている。どうやら件の『厄介なモノ』とはこの霊力の大元らしい。
霊力を供給している時点で何らかの生物がいるのだろうが……それがいる場所に私が必要となる理由は一つしか思い浮かばない。それは戦闘に備えてのことだ。師匠達が武装していることからも間違いないだろう。
階段を降りた先には入り口よりも巨大な金属の扉があった。私の身長の倍以上はあるだろうか。その扉は幾つもの鍵が掛けられるようだが、今は全て開いているらしい。師匠が両手で扉を押すと、金属の擦れる音を立てながらゆっくりと開かれた。
扉の奥は広い地下室になっていて、外の廊下と同じく天井にも床にも壁にも霊術回路が刻まれている。ただし、回路の複雑さと密度は外よりも遥かに上だった。部屋の中央には金属の筒が安置されていて、どうやら霊力の大元はその筒らしい。中身は何なのだろうか?
「チッ、やっぱり来やがったか」
異様な部屋の中には金属の筒だけではなく、数人の霊術士とジュードがいた。奴は新調したらしい槍を携え、軽鎧に身を包んで私を睨んでいる。神経質な上に根に持つタイプとは……奴の仲間も苦労していることだろう。
私は挑発するつもりもないので黙礼しておく。すると因縁を付けることが出来なかったのか、再び舌打ちをしてから視線を反らした。そんなジュードを見て師匠とアルティシア様は同時に深いため息を吐いた。
「アレクサンドル様、その者が例の?」
「うむ!我が弟子にして、共にあの黄金鎧にトドメを差した勇士よ!不測の事態が起ころうと、我々ならば対応して見せよう!」
「はい、頼りにしております」
霊術士は私に品定めするような視線を向けるが、師匠が太鼓判を押したことで納得したらしい。師匠に一礼した後、他の霊術士達の元へと戻ると金属の筒を囲み始めた。
「師匠、そろそろ何のために呼んだのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「うむ!この要塞は見たこともない様々な機能があるのだが、それは全て恐ろしいまでに効率化された霊術で動いておる。ここはその霊力を供給しておる部屋なのだ」
「効率化しているとは言え、巨大な要塞に張り巡らされた霊術回路を全て賄う霊力は膨大ですわ。その供給源になるモノ……察しはつくのではなくて?」
「……まさか」
師匠とアルティシア様の話を聞いた私は、自然と一つの可能性について思い付いた。しかしながら、私は既にその可能性が事実なのだと直感していた。
プシューッ!
その直後、部屋の中央に安置されている金属の筒から空気が抜ける音が響き渡った。囲んでいた霊術士が金属の筒を操作したらしい。筒の表面には何本もの継ぎ目のような線が入っていた。
その継ぎ目は解けるようにして広がっていく。みるみる内に金属の筒は二本の鎖となり、二重螺旋を描いて天井にまで伸びていった。
筒が展開する様子に思わず見入ってしまった私だったが、すぐに意識は筒の中にあったモノに向かう。そこにいたのは金属の棒に縛り付けられ、全身に無数の杭を刺され……目や口、脇腹の傷などから木の枝が生えている一人の男だった。
次回は2月8日に投稿予定です。




