準決勝第一試合
「けっ、決着うううううううっ!まさかまさかの大判狂わせっ!勝利したのはっ!冥王蠍ですぅぅぅ!」
あ、危なかった。最後の最後に戦人形が私に向かって伸ばした拳は、今も私の眼前にめり込んでいる。あと少しだけ、本当に少しだけズレていれば私は潰されていただろう。
ああ、痛い。鋏は外骨格が割れた上に出血もしている。ただでさえ空腹であるのに、怪我をして出血までしているのだ。このままでは戦いに関係なく死んでしまうかもしれない。一切れでいいから、腐っていても構わない。私に肉を食べさせてくれ……。
私の勝利に沸く観客の声が鬱陶しい。称えるくらいなら肉の一欠片でも寄越してくれた方がずっと良い。意図的に無視しながら、私は私の定位置である檻へと戻った。
『凄い戦いだったわね!カッコ良かったわよ!怪我をしてたわよね?アタシが治したげる!』
カタバミは姿を消したまま私の前側に行くと、傷口をペロペロと舐めながら霊術を用いる。すると徐々に痛みが引いていくではないか。傷口の肉が蠢きながら盛り上がって塞がり、外骨格の歪みも治っていく。この調子なら準決勝の戦いの前に戦える状態になりそうだ。
妖狐族は治癒の霊術も使えるらしい。透明化を維持しながら治癒の霊術もつかえるとは、彼女は妖狐族の中でもかなり優秀な個体なのではないか?情けは人の為ならず、巡り巡って己のため。彼女の頼みを無視せず、己の良心に従って助けた私の判断は正しかったようだ。
カタバミが傷を治してくれている間、やることがない私は先ほどまで戦っていた闘技場を見る。そこでは私が破壊して転がった戦人形の残骸を奴隷達が片付けているところだった。
運び出された先では製作者と思しき男女が顔面蒼白で動かなくなった戦人形に何かしている。胴体の部分をペタペタと触っていると、胸の辺りが扉のように開いた。中から取り出されたのは明滅する赤い宝珠であり、その状態を確かめた彼らは露骨に安心しているようだった。
あの反応を見るに、戦人形にとって最も重要な部分がこそ宝珠なのだろう。希少な金属をふんだんに用いている身体よりも大事ということは、戦人形の中枢部品だと思われる。相当な時間と労力と技術の結晶、と言ったところか。
それにしてもあの光の色……急激に強くなった時の輝きと同じに見える。ひょっとしたら、あの動きこそ戦人形の本来の戦い方なのかもしれない。何らかの理由でそれを制御していて……いや、考えすぎか。
「ようやく準備が整いました!それではこれより『新人戦』の準決勝、第一試合を始めさせていただきますっ!強き闘獣達の入場ですっ!」
そうこうしている内に準決勝の第一試合が始まろうとしていた。闘技場では岩竜と戦士蟹が向かい合っていて、一触即発の雰囲気……は漂っていない。むしろどこか牧歌的とすら思える状態だった。
準々決勝で荒ぶっていた岩竜は既に落ち着いており、これまでと同じく欠伸をしている。強者の余裕を取り戻したらしい。合成獣の時と同じように油断して、今度こそ大怪我してくれることを願おう。
対する戦士蟹はそもそも感情とかそう言うものが感じられない。円らな瞳は光を反射してキラキラと輝いているだけで、何も語ってはくれないのだ。あ、それは私の複眼も似たようなものか。
「最強種にして対戦相手を完膚なきまでに叩き潰した岩竜とっ!堅実な戦いぶりで危なげない勝利を飾って来た戦士蟹っ!『闘争の神』と『勝利の女神』はどちらに微笑むのでしょうかっ!?それでは……始めぇぇっ!」
「グオオッ!?」
支配人の合図と同時に攻撃を仕掛けたのは、意外なことに戦士蟹の方だった。これまでは盾状の鋏による鉄壁の防御で攻撃を捌き、隙を見て槍状の鋏で突き刺すスタイルだったのでこの動きは想定外だった。
強者故の傲慢から油断していた岩竜は、不意打ち気味の一撃をまともに受けてしまった。槍状の鋏で突いたのは岩竜の首の付け根。鱗の表面に傷を付けるだけに終わったものの、気管を圧迫されたからか岩竜は苦しそうにしている。なるほど、外傷は負わせられずともダメージを与える方法はあると言うことか。勉強になる。
苦しむ岩竜を戦士蟹は一気呵成に攻め立てた。槍状の鋏で首の付け根だけでなく、膝や足首などの鱗が薄い関節部を重点的に狙っている。鱗が固すぎて岩竜が出血することはなかったものの、関節への攻撃は確実にダメージを与えていた。
「グルオオオオオッ!」
ボコボコにされている岩竜だったが、咆哮と共に口を大きく開けて戦士蟹に飛び掛かった。一方的に突き回されて腹が立ったのだろう。防御力に任せた工夫も何もない力業だが、岩竜の身体能力ならばそれだけでも十分な脅威になるはずだった。
戦士蟹は慌てず、しかし後退することもなくこれまで使っていなかった盾状の鋏で岩竜を殴り付ける。どうやら戦士蟹はこの流れを読んでいたらしく、盾状の鋏は正確に岩竜の鼻先に叩き込まれた。殴られた岩竜は悶絶しながらヨロヨロと後退する。その時、鼻からはドロリとした鼻血が垂れていた。
準々決勝とは違ってハッキリと岩竜が流血した様子を見て、会場のボルテージは最高潮に達している。ひょっとしたらこのまま岩竜は敗けてしまうのではないか?多くの者がそう思っただろう。
「グルル……グゴオオオオオオオオッ!!!」
よろけていた岩竜だったが、口を天に向けてから会場全体を揺らすほどの雄叫びを上げる。すると岩竜の鱗は逆立ちながら厚みを増し、その下にある筋肉がボコリと盛り上がった。
頭を下ろした岩竜の眼は完全に血走っていて、狂気すら感じるほどに怒りを露にしている。一回り身体が大きくなったせいで首輪が身体にめり込んでいて痛そうだが、岩竜は気にする素振りも見せずに戦士蟹を睨んでいた。
どうやら岩竜は遂に本気になったらしい。幼体とは言え最強種の本気だ。撒き散らされる闘気も霊力も私やカタバミを遥かに凌駕している。この圧力を感じた時から、私には戦士蟹が勝っている姿を想像することすら出来なくなっていた。
「グルアアアアアアッ!!!」
岩竜は戦士蟹目掛けて再び真っ直ぐに突進していく。戦士蟹はそれを盾状の鋏で防ぐのかと思いきや、急に霊力を高めると口から勢い良く大量の水を噴射した。こいつ、霊術まで使えるのかよ!思っていたよりも多才じゃないか!
水圧によって動きが止まるかと思った岩竜だったが、正面から高圧で噴射される水を受け止めながらズンズンと前進していく。それはまるでお前の霊術など効かないと己の力を誇示しているかのようだった。
しかし戦士蟹も慌ててはいない。口から水を噴射しつつ、急所に向かって槍状の鋏を突き出したのである。狙ったのは最初に岩竜を悶絶させた喉元。直撃させて先ほどと同じように苦しませることが狙いだったのだろう。
戦士蟹の狙いは良かったと思う。だが相手が悪すぎた。怒りによって強化された岩竜の鱗はその強度と性能を増しているようで、急所を突いてもその衝撃すら防ぎ切って見せたのである。
そこからはもう一方的な蹂躙であった。戦士蟹の槍状の鋏に噛み付いた岩竜は、その凶悪な咬筋力によって甲殻ごと鋏を食い千切る。戦士蟹は反撃として盾状の鋏で殴り掛かったが、岩竜はそれを前足で軽く払い除けてしまった。
更に岩竜は横に回転して尻尾を振り回して戦士蟹に叩き付ける。咄嗟に盾状の鋏を掲げた戦士蟹だったが、鞭のようにしなる尻尾は無慈悲に鋏を粉砕してしまう。
最強の槍と盾を奪われたにもかかわらず、戦士蟹は尚も諦めない。再び口から水を噴射して、岩竜を押し返そうとした。
「グオオオオオオッ!!!」
だが、無意味だった。水圧を上げていたようにも見えたが岩竜にとっては誤差のようなものだったらしい。無造作に距離を詰めると前足で戦士蟹を掴むとそのまま力任せに押し倒した。
岩竜はそれだけに止まらず、地面にひっくり返った戦士蟹の上に後ろ足を乗せる。そして何度も何度も後ろ足で踏みつけた。幾ら戦士蟹が頑丈でも竜種が本気で踏みつければ耐えられるものではない。踏みつける時にミシミシと嫌な音が聞こえるようになったかと思えば、限界を迎えた戦士蟹の甲殻は完全に砕け、その内側にあったモノと共に飛び散った。
戦士蟹の足は未だにピクピクと動いているが、痙攣しているだけでしかない。『新人戦』の準決勝まで進んだ強者であったはずの戦士蟹は、岩竜に踏み潰されて無惨な死体を晒すことになった。
岩竜は己が殺した戦士蟹の死体の上で勝利の雄叫びを上げてから、その肉を甲殻ごと貪っている。その姿は残酷だが、勝者が敗者を食らって生き延びるという自然の摂理そのもの。歓声を上げる観客と違って、私は厳かな気持ちでそれを眺めていた。
敗北すれば私もああなるのだろうか?それだけは絶対に嫌だ。私は百年も生きなければならないのだ。こんなところで死んでやるものか!抗って抗って、何としても必ず生き残ってやる!
私が決意を固めていると、私のいる場所に近付いてくる足音が聞こえてきた。この特徴的なリズムはゲオルグのものだ。カタバミも気付いたのか、舐めるのを中断して完全に気配を消した。
私の傷でも治しに来たのだろうか?そんなことを考えていると、ゲオルグは不機嫌そうに顔を歪めて私の檻に入った。うわぁ、嫌な予感がするぞ?
「あの程度の戦人形に苦戦するなど……それでも儂の育てた闘獣か!岩竜に話題を奪われおって!お陰で若様の機嫌を損ねたではないか!」
ゲオルグは治療を行うどころか、怒りを隠そうともせずに私の頭部を踏みにじった。このジジイ……!抵抗出来ないからと好き放題しやがって!何時か!絶対に!私の手で!殺してやる!
それからゲオルグは私に向かって戦い方について講釈を垂れ始めた。それは精神論によるものばかりで、要は『もっと勇猛果敢に正面から力で叩き潰せ』というもの。出来るわけがないことを言うなよ、クソジジイ。
そもそも、私はお前のせいで霊術を使えない状態で戦わされているんだぞ。苦戦するのは当然だろうが。そんなこともわからないのか?
「ふぅ……ふぅ……!わかったな?とにかく、力で捩じ伏せるのだぞ!」
ゲオルグは息切れしながら言いたいことだけ言ってから帰っていった。本当に私にご高説を垂れに来ただけらしい。傷の治療とか、せめて食糧を持ってくるとかしてくれても良いだろうに。このままだと厳しいなぁ……。
『何よアイツ?あんたの主人?最悪ね!』
私が少しでも体力の消耗を抑えるために動かずにじっとしていると、隠れていたカタバミが私の前にやって来て再び傷を舐め始める。ああ、治療してくれて本当に助かる。ゲオルグとは大違いだ。
彼女はプリプリと怒りながら尻尾で私をペシペシと叩いている。彼女の尻尾は柔らかいので痛くないし、むしろ心地よいくらいだ。屋敷にいる時の癒しがフル族の奴隷とポピ族の旅人だったように、この闘技場における唯一の癒しが彼女であった。
『次の試合で見返してやりなさい!相手に何もさせないでケチョンケチョンにしてやるの!いいわね!?』
何故か私以上に怒っているカタバミは、激しく尻尾で叩きながら私にそう言った。癒しである彼女の指示とあらば無視は出来まい。頑張ってケチョンケチョンにしてやろうかね。




