戦いを終えて
「これが種か。思ったよりも小さいものだな」
アーディウス要塞まで歩く道すがら、味がしない残念な果実を完食した私は残った種をしげしげと眺めていた。形状は果実と同じ球形で、大きさは親指と人差し指で作った円に収まる程度。色は飴色でツルリとした表面は陽光を反射して輝いていた。
これが呪いの樹木、というよりもその呪いを掛けた神が遺したかった種か。思ったよりも見た目は普通である。特別な力も感じないが、きっと長い時間をかければ神に至るまで成長するポテンシャルを秘めているのだろう。
この種の処遇について私は考える。誰かに預けるのは簡単だ。私の話は信じずとも、師匠も私と呪いの樹木が交わした念話を聞いていたはず。師匠の話ならば信じてくれる可能性は高い。師匠を介すれば、きっと相応しい人に預けることになるだろう。
だが、神を殺した樹木が遺した種……これを研究したいと思う欲に抗えるだろうか?好奇心と探究心のままに行動するオルヴォのような者ならば、間違いなくリスクを犯してでも研究材料にするだろう。そんなことは断じて許さない。私の命を救ってくれた恩を仇で返すような真似はしたくないのだ。
私や師匠は樹木の力を実際にこの目で見たので、そんな馬鹿なことをしようとは思わない。こっちを見ていたアルティシア様もきっと変な考えはもたないだろう。彼女に預けるのが良いかもしれない。
「うぐっ……ここは……?」
「おう!目が覚めたか、小童!」
「ぐっ……痛ぇから止めろ、ジジイ」
種をどうするか考えていると、背負っているジュードの意識が戻ったらしい。まだ良く頭が働かないのか、焦点が合わない目で周囲を見回していた。
そんなジュードの背中を師匠はバシバシと叩く。起きたことを喜んでいるのだろうが、師匠は加減というものが苦手だ。ジュードは痛そうに呻いているし、私にも衝撃が伝わってきて歩き難い。本当に止めて下さい、師匠。
「敵は、どうなった……あのクソ野郎……」
「心配するな!思わぬ助力があってな、儂と弟子できっちり仕留めたわ!」
「畜生め……俺の手柄が……っ!?降ろしやがれ!」
だが、すぐに自分の状態を把握したらしい。私に背負われていると知ると、私の背中を蹴るようにして飛び降りた。おい。痛くはないが、ここまで運んでやったのにその態度はないだろう?
「小童、お主が帝国の魔人を殺したせいで契約を打ち切られたのは知っておる。だが、我が弟子に八つ当たりをするのは大人げないぞ」
この態度が気に入らなかったのか、師匠は珍しく怒りを滲ませた低い声でジュードを叱る。それに対してジュードは舌打ちをしてからそっぽを向くだけだった。
ジュードの所属している傭兵団、『暁の牙』がどの戦線でも激しく戦っているこのご時世にどうしてフリーになっているのか気にはなっていた。その原因はジュードが我々のような帝国の魔人を殺してしまったからのようだ。
魔人は帝国の兵器であり、それはすなわち帝国の所有物である。これを相応の理由なく不必要に損耗させることは、帝国に喧嘩を売ることに等しいのだ。
魔人の量産体制を整えている帝国にとって、魔人を数人殺されたくらいでは大した損害にはならない。しかし、それを放置していては帝国の沽券に関わる。要は帝国がナメられてしまうのだ。
皇帝という絶対者を仰ぐ帝国は、名誉や体面を非常に気にする傾向がある。『暁の牙』はこの大陸でも有数の傭兵団だが、そんな集団でも問題を起こせば躊躇なく契約を打ち切るという毅然とした態度を見せることで帝国の威信を示す。その見せしめとして彼らは追い出された……というのが建前だろうな。
「……マルケルスの仕業か」
「ッ!この混じり野郎、二度とその名前を口にするんじゃねぇ!」
そっぽを向いていたはずのジュードだったが、私の小さな呟きを聞くと殺気すら放ちながら私を睨む。思った通り、マルケルスと一悶着あったようだ。
武功を認められて出世したマルケルスは、今では帝国の魔人が所属する『魔人連隊』の連隊長になっている。ただ、出世してもマルケルスの性格は変わらなかった。我々を含めた魔人達を差別せず、一個の人格を認めて付き合ってくれる数少ない人物なのだ。
出世して少しだけ権力を得たマルケルスは、可能な限り我々を含めた魔人全体の環境を良くしようと努力してくれている。マルケルスの働きかけで帝国内では支給される食糧が増えたし、連隊の指揮官となる帝国兵はなるべく魔人に対する差別意識のない者を選んでいた。
まあ我々『特戦隊』の指揮官など、カレルヴォとの繋がりから『魔人連隊』に来た者達は魔人を見下すのが当然という風潮があるので完璧とは言い難い。だが彼の努力は知っているし、何よりも我々にとってマルケルスは戦友という思いが強い。彼にする『特戦隊』の者達の感情は概ね好意的だ……約一名は好意以上の感情を抱いているようだが。
体面を気にする帝国の気風を利用して、魔人を無闇に傷付けさせないようにする策は以前に彼から聞かされていたものである。魔人を殺したジュードはその策に利用するのにちょうど良い相手だったのだろう。
ジュードがマルケルスの真意を理解しているのかどうかは知らないが、彼の働きがけによって帝国から追い出されたのは事実である。先に魔人を殺したジュードの方が悪いので完全に逆恨みでしかなかった。
だが、魔人を対等な人種の一つだと思っていないジュードからすれば理不尽に感じるのだろう。師匠の言うように私に八つ当たりするのは勘弁して欲しいが、目の前にいる魔人は私しかいないし余計なことを言ったのも事実だ。これ以上は刺激しないようにしておこうか。
「全く、ここまで背負ってもらっておいてその態度とは……貴様には恩義に報いるという謙虚な心はないのか、小童」
「黙ってろ。説教臭ぇんだよ、ジジイ」
「ふん。礼節も知らぬ阿呆な若造よりはジジイの方がマシであろうよ」
ジュードは私と師匠を宿敵でも見るかのような目付きで睨み、師匠はそんなジュードを軽蔑するように鼻を鳴らした。とてもではないが肩を並べて戦った者達とは思えない態度である。我々はギスギスした雰囲気のまま、要塞へと足を踏み入れるのだった。
◆◇◆◇◆◇
「そいつぁ大変だったな、ボス」
「そちらもな」
師匠とジュードと共に要塞に入った私だったが、制圧済みの要塞には中央戦線の兵士達や傭兵が使うということで私は要塞の外で待機するように命じられた。要塞の門の前でそれを言い渡された時、残念そうな師匠の顔と勝ち誇ったようなジュードの顔は対照的であった。
だが、私としてはわざわざ仲間がいない要塞内に入る意義を感じなかった。むしろ久々に仲間達と会える方が遥かに嬉しい。師匠にのみ一礼してから、私は仲間達が天幕を張っている場所に合流した。
仲間達は私が帰ってきたことを笑顔で出迎え、その直後に尻尾がなくなっていることに驚いた。ジュードを助けて斬り落とされたのだが……あんな奴なら放っておけば良かったか?あのタイミングで見捨てようが見捨てまいが、結果は変わらなかっただろうし。
私は私で満身創痍となっている仲間達を心配していた。ティガルを始めとした手練れの者達は軽傷ですんでいるが、血が滲む包帯を巻いている者も多い。それに数人の姿は見えなかった。
悲しいことだが、彼らは戦死してしまったようだ。既に亡骸は伝染病対策として燃やされてしまったらしく、私は仲間達が回収しておいた遺骨に冥福を祈った。
「死者が出るのはやはり慣れんな」
「慣れて良いことじゃねぇさ。慣れちまった方が楽なのかもしれねぇが……俺達は代々、忘れねぇように言い聞かされて来たぜ」
「彼らのことを忘れずにいる限り、我々の中で彼らが生き続ける。彼らの生きた証を残すためにも、我々は精一杯に生きるしかないんだ」
頭を振る私をティガルとザルドが慰めてくれる。忘れない限り、か。私は百年は生きなければならないし、その間は彼らも私の中で生き続けるのかもしれない。そう思えば少しだけ気が楽になった。
そんなことを考えていると、私の尻尾をツンツンとつつく者がいる。私の複眼は後頭部にもあるので、当然ながら誰の仕業なのかは見えていた。
「ラピ、どうした?」
「むぅ……尻尾がない。遊んで欲しかったのに……」
「しばらく我慢しろ、ラピ。シャルが言っただろ?治すにゃ時間がかかるってよ」
私の尻尾だが、シャルの見立てでは元通りにすることは可能であるらしい。魔人の再生力とシャルの霊術があってこそだが、治ると聞いて安心していた。
しかしながら、欠損した部位を治すには時間がかかる。次の戦場に行くまでには治るようだが、それまでは私の戦闘力は下がったままだろう。ただ、ラピは私の尻尾で戯れることが出来ないことが不服らしい。悪いな、少しの間だけでも我慢してくれ。
「砂の霊術でドライフルーツは届けただろう?あれに免じて、我慢してくれないか?」
「……あれは美味しかった。わかった。我慢する」
そう言ってラピは私の膝の上にちょこんと座った。ラピもまた無傷ではない。腕や足にはかさぶたになった細い傷の線が幾つも走っていた。
放っておけば消える程度の細かい擦り傷ばかりで痕は残らないだろうが、くれぐれも気を付けて欲しい。ラピは特戦隊でも上位の実力者になりつつあるが、身体はまだまだ小さいので大きな怪我が生死に関わるのだから。
「生き延びたぞ……!俺達は、生き延びたんだ!」
「うぅっ……!本当に何度も死ぬかと思った……!」
「嫌だ……もう嫌だ…」
初陣が激戦となった補充組三人はちゃっかり生き残っている。ユリウスとアリエルは抱き締め合って命があることを喜んでいるが、ボルツはうつ向いたままブツブツと現実逃避していた。
二人はともかく、ボルツの方は精神面をフォローしてあげないと心が潰れてしまいそうだ。後でティガルとザルド、あとアスミを交えて相談しなければなるまい。
今それをしないのはアスミが眠っているからだ。彼女は霊術を使い過ぎて、回復するために深い眠りについている。それを起こすような非道な真似は出来なかった。
「主様、ご友人と名乗る方がお越しなのですが……」
「友人だと?」
私がラピと戯れながら仲間達の武勇伝を聞いていると、珍しく困ったような表情のミカが私にそっと耳打ちをする。それもそのはず、私に友人などと言える相手はいないからだ。
生まれた時は虫ケラで、この姿になってからは戦争の道具となっていた。そのことを私自身の次に知っているミカが困惑するのも無理はないだろう。
「よっ!久し振り!」
「お前は……ああ、思い出した。前に食事を持ってきてくれていた兵士か」
「そうそう!憶えててくれたか」
ミカの後ろから気安く声を掛けたのは、私の魔人としての初陣の時に食糧を持ってきていた兵士だった。あの時から数年の年月が経過しているはずなのだが、その見た目が全く変わっていないのですぐに気付いたぞ。
笑いながら私の肩を軽く叩く兵士は大きな背嚢を背負っていて、よっこいしょと言いながらそれを地面に置いた。地面に当たった時の音からして相当な重量があったらしい。中身は一体なんだ?
「アレクサンドルの旦那から差し入れだぜ。あんた達全員にな!」
「……酒じゃないだろうな?」
「ははっ!違う違う!子供もいるって話だったろ?だから普通の飯だぜ」
背嚢の中から取り出されたのは、大量の新鮮な食材だった。全員が満腹になるだけの量には届かないものの、普段の食事が数段良いものになるのは確実だ。仲間達は目を輝かせ、料理が得意なミカは腕の見せ所とばかりに袖を捲っていた。
戦いは一段落した訳だし、今日くらいは良い食事を食べても罰は当たらないだろう。私は笑顔になった仲間達と共に食事の準備を始めるのだった。
次回は2月4日に投稿予定です。




