アーディウス要塞攻略戦 二人目
アーディウス要塞攻略戦が始まってからの数日間、戦場ではとにかく砲撃の応酬が続いていた。中央戦線側からは竜吼砲が火を吹いて外壁を穿ち、共和国軍もお返しとばかりに防衛兵器などで反撃するのだ。
その間、歩兵は時折飛んでくる無人機を迎撃している。それによってほとんど被害は出ていない。ただし、共和国軍は同じ攻撃を繰り返すだけではなかった。無人機にお得意の毒ガス兵器を搭載していたらしく、墜落した無人機から撒き散らされたのである。
ここにいるのは精鋭と言える者達であるし、長いこと戦っていることもあって連中の手口はそれなりに知っている。つまり、毒ガスによる攻撃も想定済みであるし対処法も心得ていた。
毒ガスに注意を払っていた霊術士が風を吹かせて散らし、ほとんどの兵士が闘気によって治癒力を高めて解毒することに成功している。運悪く初動で多く吸い込んでしまった者達は死んでしまったが、それから大きな被害が出ることはなかった。
こうして戦死者も出ているものの、外壁の破壊も進んでいた。二日目に竜吼砲による集中砲火を浴びせたことで、外壁には大きな穴が空いている。その穴を拡げるようにして竜吼砲を撃ち込んでいるのだ。
向こうも補修を急いでいるようだが、夜襲も仕掛けているので全く間に合っていない。この調子であれば案外楽に外壁を突破出来るのではないか?私の頭には珍しく楽観的な考えが過っていた。
「おおっ!崩れたぞ!」
そんなとき、遂に集中砲火していた部分の外壁が大きく崩れた。あれなら重装歩兵であっても飛び越えられるだろう。
その奥にも壁が見えるので焦って今すぐに突撃などしても無意味だが、それでも一つの関門を突破したと思える成果である。中央戦線の士気は一気に上昇し、そこら中で喚声が上がった。
ここで勢いのままに逸って突撃を命じるような将はいないものの、兵士達の勢いを殺ぐようなことをする将もまたいない。つまり、攻勢を強めたのだ。
「崩落した部分の奥へと火力を集中させろ!奥の壁も砕いてしまえっ!」
「「「はっ!」」」
士気が上がっているのは竜吼砲の部隊も同じことだった。指揮官はここぞとばかりに声を張り上げ、霊術士達も気炎をあげて霊術を使う。霊術を使うには霊力が必要になり、使い過ぎると体調が悪くなるのだが……そんなことは知るかとばかりに限界まで竜吼砲を連射していた。
一度完全に崩れると、応急措置すらすることが出来ないらしい。撃ち込まれる弾頭によって外壁の崩落部分はより広がり、その奥にある次の外壁をも傷付け始める。穴の周囲はもう内側を守る役割は果たせないだろう。
崩落した部分の近くにいた機鎧兵は撤退しており、共和国軍もあの穴を庇うことはもう諦めたらしい。ただ、最も外側の外壁を放棄するつもりはないようで、穴から離れた位置にある防衛兵器からは間断なく砲撃が降ってきていた。
「崩れましたね」
「うむ!しかし油断するな!勝っておる時こそ最も無防備になるのだ!」
連合軍全体が押せ押せな雰囲気であるが、師匠はその空気に当てられていない。むしろ目付きを鋭くして油断なく周囲を睨んでいた。
師匠の態度は周囲の空気を壊しかねないものだが、幸いにも周囲にはほとんど誰もいないし何よりも竜吼砲の音のせいで聞こえる者は私くらいだろう。師匠の大きな声も竜吼砲の轟音には敵わないようだ。
しかし、私は師匠の考えこそ正しいと思う。突撃こそしていないが、前のめりになっている状況で側面や背後から襲われたなら少なくない被害が出るからだ。ちらりと複眼で横を見るとアルティシア様も同じように表情を引き締めていた。
「むっ!奴等、討って出て来おったぞ!」
私は感覚を研ぎ澄ませて竜吼砲によって塗り潰されている様々な音や地面の振動を探ろうとしたのだが、その前に要塞側が動き始めた。竜吼砲によって抉じ開けた穴から何かが大量に出て来たのである。それはかつて我々が鹵獲した四脚タイプの自走砲だった。
この四脚タイプの自走砲はあれから度々戦場で見掛けるようになっている。通常の自走砲に比べると搭載されている火器の数は少ないものの、凹凸の多い地形でも安定する上に断崖絶壁をよじ登ることが可能なことは相当な強みである。どの戦線でも不意を突かれることがあって被害をもたらしていた。
その数は百台を超えており、四本の脚を激しく動かして猛然とこちらに迫ってくる。車輪タイプの自走砲ではガタガタしている瓦礫の山を乗り越えて外に出るのは無理だろう。四脚タイプの強味を最大限に活かしたのである。
「ほう!三方に分かれるか!」
出撃した自走砲は三つの部隊に分かれて行動を開始した。一つ目にして最も多い部隊は、搭載されている火砲を放ちながら真っ直ぐに前進してくる。このままだと歩兵部隊に突っ込むことになるだろう。
そして左右に分かれた残りの二部隊だが、どうやら戦場を迂回して後方に回ろうとしている。まず間違いなく、竜吼砲を狙っているに違いない。黄金の機鎧兵こそ出陣していないようだが、それまでは竜吼砲を守るのが我々の任務である。攻略戦が始まってから初めての仕事が来たのかもしれない。
「案ずるな、弟子よ!見るが良い!」
師匠が指差した先にいたのは、二つの重装騎兵の集団だった。彼らは左右に分かれた自走砲に向かって突撃していく。機動力のある自走砲には、同じく機動力のある騎兵をぶつけるのだろう。
闘気で強化された肉体に、霊術回路が刻まれた強力な武装を振るう重装騎兵は最強の打撃力を誇る。それは自走砲であっても粉砕することが可能だった。
特に左側へ向かったのは武装の意匠と兜の隙間から見える顔から考えて師匠の部下である『竜血騎士団』だと思われる。彼らは私の知る限り最強の騎兵部隊だ。自走砲くらいなら軽く蹴散らすに違いない。
右側に向かった者達のことは知らないが、このタイミングで『竜血騎士団』と同時に突撃していることから考えて彼らもまた強力な騎士団なのだろう。これならばそこまで心配する必要はなさそうだ。
私の予想に違わず、二つの騎兵部隊は降り注ぐ自走砲の砲撃を霊術を使ってほとんど防いでいる。時々防ぎ損なって地面で爆ぜているが、人馬共に頑強な鎧で守られているので全く動じていなかった。
「ほう!あれは『戦鎖騎士団』!あれらは中々の剛の者よ!」
「たしか、西寄りのケルテン王国の騎士団ですわね。特殊な武器を使うと聞いていますけれど……」
「ふむ、霊術士であるアルティシア殿は知らぬか!あれらの妙技は余人には真似出来ぬ!確とその目に焼き付けるが良い!」
師匠は自分の部下の方に顔を向けることすらなく、『戦鎖騎士団』だけを見ている。それは自分の部下達をどうでも良いと思っているからではなく、絶対的な信頼の表れであった。
私も幾度か鍛練を共にした彼らの実力はよく知っている。それ故に私もまた『戦鎖騎士団』の動向を見ることに集中することにした。
彼らは一国の精鋭と言うこともあって同じ装備に身を包んでおり、頑丈そうな甲冑に焦げ茶色の外套をはためかせている。武装は背中に背負った長大な剣なのだが、何故か誰も剣を抜いていない。もうすぐ接敵すると言うのに、どうして武器を抜かないのだろうか?
私の疑問の答えはすぐに示されることとなる。霊術を使っている者達を除いた全員が腰に手を回すと、騎士団の名前にも入っている鎖を取り出した。鎖の片方の先は鎧の腰の金具に通されており、もう片方の端には大きな鉤爪が装着されていた。
彼らはその鎖を自走砲に向かって投擲する。相当に鍛練を積んでいるらしく、彼らの鎖は一本たりとも外れることはない。全てが自走砲の脚に絡み付き、それを一斉に引っ張ることで転倒させていた。
鎖が絡まっていない自走砲も残っていたものの、速度が乗っていたせいで急には止まれない。障害物となってしまった自走砲に躓いて、そのほとんどが巻き込まれるようにして転倒したのだ。
「あれぞ『戦鎖騎士団』が誇る秘伝の鉄鎖術よ!自在に操る鎖で敵を縛り上げ、背負った長剣で追い討ちする!知っておったとしても防ぐのが至難の技でな!それ故に騎兵殺しと恐れられておるのだ!」
師匠の言う通り『戦鎖騎士団』は背中の長剣を引き抜くと、一気に速度を上げて接近する。そして無様に転倒して鉄屑の山となりつつある自走砲をスパッと両断していた。長剣の刀身には霊術回路が浮かび上がっており、それが切れ味を鋭くしているようだった。
それと時を同じくして、反対側でも『竜血騎士団』が自走砲の集団に突撃していた。師匠と同じ斧槍を握る彼らは、有り余る腕力にモノを言わせて自走砲を叩き潰している。師匠を彷彿とさせる力強い攻撃であった。
潰れた自走砲が派手に爆発しているものの、『竜血騎士団』がその爆風に動じることはない。自走砲の集団を散々に破壊しながら食い破り、少し離れた場所でUターンをしてから再突撃していた。
自走砲の部隊は大打撃を受け、後は殲滅されるのみ。誰もがそう考えた時、私は自分の背筋が凍り付くような感覚に襲われた。その原因は近くで、より具体的には『戦鎖騎士団』が切り刻んだ自走砲の残骸から突如として強大な力の気配が漂ってきたからである。
最初、私は自分の感覚を疑った。何故なら要塞の内側からは相変わらず強い力を……私が戦った黄金の機鎧兵の気配を感じているからである。しかし、自走砲の残骸からはそれと同格の力を感じるのも事実だった。
「まさか、二人目……?」
私は最初から考えないようにしていたのかもしれない。私自身はともかく、師匠よりも強い化物が複数存在している可能性を。それらを同時に相手取る必要があるかもしれないという絶望的な状況を。
あまりのことに私が戦慄している間にも事態は動いている。急に膨れ上がった気配の主は、もう隠す必要はないとばかりに力を解放させた。自走砲の残骸が内側から霊力の暴風によって吹き飛ばされ、砲弾のような速度で周囲に飛び散った。
『戦鎖騎士団』は咄嗟に防御を固めようとしたらしいが、それは手遅れであった。迫る自走砲の残骸と、それらを吹き飛ばす衝撃波を至近距離から浴びたのだ。耐えられる道理はなく、彼らは鋼鉄の暴風に薙ぎ払われてしまった。
『ふぃ~、狭かったぜぇ~。我慢させられた鬱憤は晴らさねぇとなぁ?』
そして自走砲の残骸があった場所には、案の定黄金の機鎧兵が立っていた。肩をグルグルと回したかと思えば、竜吼砲を狙ってこちらに来る……かと思えば本隊に向かって側面から突撃していくではないか!
本隊は正面から前進してくる自走砲と戦っており、このままでは大きな被害が出るだろう。そして私と師匠、そしてアルティシア様は目配せをしてから役目を果たすべく行動を開始するのだった。
次回は12月30日に投稿予定です。




