準々決勝第四試合
私が闘技場に入場すると、既に対戦相手である戦人形は仁王立ちしていた。全身が希少な金属で出来た、四肢も胴体も太いずんぐりむっくりとした二足歩行の戦人形は対峙してみるととても威圧感がある。これを破壊しなければならないのか。うへぇ、面倒臭いなぁ。
生物ではないので闘気は全く感じられないものの、それを補って有り余るほどの霊力を感じる。本戦の時の傷跡は綺麗に消えているので、修復は無事に終わってしまったのだろう。私にとっては厄介な話だ。
「準々決勝、第四試合っ!準々決勝の最後を飾るのは、戦人形と冥王蠍の戦いですっ!準々決勝に進出した闘獣の中で最も大きな戦人形と、最も小さな冥王蠍っ!比べてみると両者の差は歴然ですっ!教授、どのような戦いになると予想されますか?」
「オッズを見ればわかるように、有利なのは戦人形でしょう。大きさの差もそうですが、冥王蠍にとって最も強力な武器とも言える毒針が意味をなしません。しかも戦人形はシュミエ大山脈産の霊脈鋼製……竜種の鱗や甲殻に匹敵する硬度とそれを遥かに越える重量を誇ると言います。つまり……」
「正面からの戦いならば、戦人形の方が圧倒的に有利ということですね?」
解説の教授は好き放題言っている。しかも出てくる情報は全て私にとって全て不利なものと来た。別に応援して欲しいとは思わないし、絶望的だとしても諦めるつもりはない。何故なら私には百年間も生き延びる使命があるからだ。
「では戦人形が勝利するのはほぼ確実ということでしょうか?」
「いえ、そうは言い切れません。あの冥王蠍が下馬評を覆して覇竜蛇を倒してみせたのは、記憶に新しいでしょう?明らかに戦い慣れています。大型の戦人形は霊力の消費が激しく、持久戦に持ち込まれたら不利。そのことに気付けば勝機はあります。それに案外、戦人形をバラバラに刻む秘策があるのかもしれませんよ?」
おっと、意外にも教授からは高い評価をいただいているらしい。それにゲオルグに散々戦うことを強要されたことも見抜いている。ただの頭でっかちな知識人、って訳ではないらしい。
それに私が人語を理解すると知らなかったからか、戦人形の弱点まで教えてくれた。つまり、逃げ回っていれば私は勝てるに違いないということだ。どれ程の時間で行動不能になるのかは不明だが、逃げ続けるだけで勝てるのならとても楽だろう。
「勝敗の予想は難しそうですっ!下馬評通りに戦人形が叩き潰すのかっ!?それとも冥王蠍が意外性を発揮するのかっ!?注目の一戦ですっ!それでは……準々決勝第四試合、始めぇぇっ!」
開始の合図と同時に障壁が消えるが早いか、私は節足を素早く動かして戦人形に駆け寄った。持久戦に持ち込む?敵の消耗を待つ?そんなことをするつもりはない。何故なら、この戦人形は決勝戦に向けた試金石となり得るからだ。
戦人形の材料である霊脈鋼のことを私は知らないが、教授の言葉はちゃんと聞いている。彼は言ったではないか。『竜種の鱗や甲殻に匹敵する硬度』だと。つまり、あれに傷をつけられないのならば私に岩竜を傷つける手段を持たないということ。私の力が竜種に通用するのかどうか、試させてもらおう。
戦人形は一気に距離を詰めた私を踏みつけようとするが、動きが鈍いので回避するのは容易だ。頭上に迫る足の裏の下をギリギリで潜り抜けて背後に回り込むと、私は軸足の足首にしがみつく。そして闘気で強化した鋏を閉じたまま鈍器に見立てて叩き付けた。
凄まじく固いモノを殴ったことで、私の鋏にも強い衝撃が伝わってくる。しかし、試してみた成果はあったらしい。鋏で殴った部分は明らかに凹んでいたからだ。よし、闘気を使えば竜の鱗にも私の力は通用するようだ。
私が結果に満足していると、戦人形から放出される霊力の量が爆発的に増加した。すると表面に複雑な青白い紋様が浮かび上がる。これも霊術回路の一種だろう。それがどんな効果なのかを読み取るような知識を私は持たない。慎重になるべきだ。
「ギギギギギ!」
戦人形は両腕を振り上げると私に向かって拳を叩き込んだ。その動きのキレと籠められた力は、先程の踏みつけよりも増大している。拳が地面に叩き付けられる度に地面が抉れ、拳の跡がくっきりと残っていたことからも明らかだ。
と言うことは霊術回路によって強化されたのは戦人形の膂力と敏捷性であるらしい。他にも別の強化が施されている可能性はあるが、今のところ不明である。もう少し観察しつつ回避に専念しても良いが、敵の手の内を探るためにも仕掛けてみるか。
私は複眼でしっかりと戦人形の動きを見切って再び懐に潜り込むと、先ほどと同じように鋏で戦人形の足を殴ってみる。すると激突した直後に戦人形の表面が輝き、バチッと音を立てて私の鋏は弾かれてしまった。
(硬化、ではない。攻撃を弾く薄い膜を張っているような感じだろうか。これは厄介……おっと)
私はギリギリで拳を回避しながら殴った時の手応えから敵の能力について考察する。その結果、防御用の霊術を発動しているのだろうと推測した。ただでさえ頑丈なのに、更に霊術の鎧まで纏うとは。徹底的に防御を固める姿は潔さすら感じる。
ただし、私の鋏を弾いた瞬間に霊力を大量に消費したのを見逃さなかった。攻撃から身を守る膜にも霊力が必要らしい。ただでさえ霊術回路を発動させた時点で霊力の消費量が増加したのだから、何度も膜を発動させればすぐに動けなくなるのかもしれない。
(まあ、それでも攻め続けるがね)
私は再びカサカサと走って足元から接近する。戦人形は両足で地団駄を踏んだり拳を叩き付けたりして接近を防ごうとするが、私の敏捷性を甘く見てもらっては困る。大振りの攻撃を食らう訳がない。伊達に生死の境を彷徨うような鍛練を強要されていないのだ。
複眼で戦人形の動きを完全に捉えつつ懐に潜り込むと、今度は走り抜けながら鋏で足首を殴り付けた。すると再びバチッと音が鳴って膜の効果は発動したのだが、前回とは違って金属の表面に鋏が当たる感覚があった。
凹ませることは出来なかったが、速度を乗せて私の力で叩き付ければ膜を突破することが出来ることはわかった。ならば……これならどうだ?私は一度離脱してから鋏を開き、その状態で再び接近して鋏の内側で斬り付けた。
ギャリリリリッ!
意外と鋭い刃のようになっている私の鋏の内側は、霊術の膜を貫いて戦人形の表面に傷を刻む。よし、これなら戦人形を壊せるな。このまま鋏を使って破壊してしまおう。
私は素早さと小回りを活かして攻撃を回避しながら戦人形をどんどん傷だらけにしていく。観客にとっては予想外だったようで、観客席は大いに盛り上がっていた。
対照的に戦人形の関係者は顔を真っ青にして慌てふためいている。まさか踏み潰して終わりだと思っていた私に翻弄されることになるとは思っていなかったのだろう。同情はしない。私はこのまま油断せず、粛々と戦人形を破壊するだけだ。
ブウウウウウン…
傷だらけになった戦人形だったが、数十回斬り付けたところでこれまで青白かった霊術回路の輝きが真紅に変わった。放出される霊力が爆発的に増加したかと思えば、戦人形は回路と同じ色の電撃をバチバチと放出しながら何とその場で大きく跳躍したではないか。
跳んだら落ちるのが世界の理である。戦人形は凄まじい重さがありそうだし、安全を考慮して一旦距離を取るとしよう。私は複眼で戦人形の姿を捉えたまま、落下地点と思われる場所から離れるように移動した。
(仕切り直しだが、堅実に戦えば……は?)
障壁の天井部分にまで上昇した戦人形だったが、両腕を障壁に当てるとそれを押して加速しつつ落ちる方向を修正したのである。私の方に向かって。
私はちゃんと見ていたので、落下地点から急いで逃げるべく全力で走る。しかし明らかに私を狙って落ちてきたせいで逃げ切ることは出来ない。回避不能と悟ったところで鋏を盾として掲げて守るしかなかった。
直撃こそ免れたものの、戦人形の足の裏は私の鋏を捉えた。鋏に感じたことのないほど強い衝撃と電撃を受けた私は背後へと吹き飛ばされてしまう。空中で錐揉み回転しながら地面に落ち、その後も何度か跳ねてからひっくり返った状態でようやく止まった。
(ぐうぅ……両方の鋏の表面にヒビが入ったか。闘気を高めて回復したいが、相手はそれを許してくれなさそうだ)
私は自分の負ったダメージを冷静に確認しつつ、起き上がりながら相手の様子を窺う。これまでは棒立ちで手足を振り回すだけだったのに、どっしりと腰を下ろして構えを取っているではないか。隙が全く見当たらない……まるで熟練の拳法家のようだ。
戦人形は摺り足でジリジリと此方との距離を詰めてくる。ここが広大な平地であれば全力で霊力が切れるまで逃げれば良いのだが、ここは闘技場。周囲は壁に囲まれていて逃げられない。これまでのように足元をちょこまかと動き回っても逃げられなさそうだ。ここは覚悟を決めるしかない。
私も積極的に動くのを止めて鋏を構えて待ち受ける。不用意に動いても迎撃されるのがオチだし、幾ら闘気で強化したとしても鋏の外骨格は耐えられなさそうだ。保つとしても一回だけだと思う。故に私が勝つには向こうから攻めさせて、相手の勢いを利用したカウンターを叩き込んで致命傷を与えるしかないのだ。
幸いにも、と言って良いのかは不明だが戦人形は今も大量の霊力を消費し続けている。奴に残された時間は限られているので、この緊張感しかない時間は長く続かない。戦人形の方が優勢に見えるかもしれないが、実はお互いに後がない状況であった。
ジリジリと摺り足でにじり寄っていた戦人形は、ある一定の距離でピタリと止まる。そしてしばらくただの銅像のように動かなくなっていたが、爆発的に霊力が高まる予兆を私は見逃さなかった。
(…………来る!)
戦人形が鋭く踏み込みながら足払いの要領で私を蹴り飛ばそうとしてくる。来るタイミングを計っていた私もまた闘気で強化した節足の力を解き放って懐へと一気に飛び込んだ。
必殺の蹴りが尾部の先端をかすめるが、私は回避に成功した。そしてその勢いのまま、戦人形の軸足の膝を斬り付ける。鋏から激痛が走ると同時に外骨格が砕けた感覚が伝わってくるが、確かな手応えが返ってきた。膝の部分が破壊された戦人形はバランスを崩してグラリと倒れようとしていた。
(勝っ……何だと!?)
私が勝利を確信した瞬間、戦人形は倒れながら腕を私に向かって伸ばしていた。そして崩れ落ちながら拳を私に向かって振り下ろすのだった。




