アーディウス要塞攻略戦 一日目終了
結局、要塞攻略戦の初日は砲撃の応酬と無人機の迎撃で終わった。明け方から間断なく竜吼砲は放たれ続け、外壁は修復されつつもボロボロになっている。しかし、一日では外壁を完全に打ち砕くことは出来なかった。
要塞攻略がたった一日で終わるとは誰も思っていない。それこそ一日で外壁に穴を空けることも難しいとは思っていた。ただし、外壁の損傷は想定よりもかなり少ない。これは間違いなく敵による応急措置によるものだった。相変わらず共和国軍の技術力は厄介極まりない。
「おう、弟子よ!戦略が決まったぞ!」
中央戦線は一度兵士を安全と思われる位置まで下げた後、軍議を開いていた。その内容はもちろん、これからどう戦うかについてである。
ここまで来て撤退するという選択肢だけはない。何故ならここで撤退すれば、次に攻めた時にはまず間違いなく共和国軍は持ち前の高い技術力によって竜吼砲の対策を終えているからだ。
そうなるとまず選ぶべきは短期決戦か長期戦かである。短期決戦ならば竜吼砲だけでなく、歩兵を突撃させて力押しによって強引に外壁を乗り越えることになるだろう。素早く要塞を無力化させられるかもしれないが、味方の屍を山のように積み上げることになるのは明白だ。
長期戦になれば、人的被害は抑えられる可能性が高い。戦争である以上誰も死なないと言うのはあり得ないが、少なくとも短期決戦で無理攻めするよりは死者を減らせると言うのが見立てであった。
ただ、長期間この戦場を維持せねばならないのは難しい。精鋭ばかりではあっても戦いが長期化すれば士気は下がるし、何よりも兵站の問題が浮上する。兵士も生きている限り食糧が必要だ。ここに来るまでにも兵糧は沢山持ってきたようだが、流石にここにいる何ヵ月もここにいる兵士の腹を満たし続けるのは無理だろう。
それに矢玉や武器の消耗も無視出来ない。竜吼砲の弾頭は霊術で作っているので関係ないが、問題は兵士達の武具だ。無人機の迎撃で破損した武具を補充する必要が必ず出てくる。我々ならば破壊した無人機の残骸を使って間に合せの武具にするのだが、精鋭の兵士はきっとそれでは物足りなく感じるはずだ。
足りないのならば後方から運搬すれば良いのだが、敵も馬鹿ではない。間違いなく我々がやったように輜重車部隊を襲う計画を立てるだろう。それを防ぐために十分な兵力を割くと、攻勢にも影響が出るかもしれない。そうすると攻城戦が更に長引く……どれだけ時間がかかるのか予想すら難しかった。
「それで、どうなさるので?」
「うむ!基本的にはこのまま竜吼砲を撃ちつつ、外壁を一枚ずつ崩していくことになる!突撃したとて、防衛兵器に擂り潰されるのは目に見えておるからな!地下から攻められれば良かったのだが!全く、忌々しいわ!」
どうやら将達は長期戦を選択したらしい。兵士としてはありがたい選択である。突っ込めと命じられれば、我々のような魔人は真っ先に使い潰されるからだ。
ちなみに、長期戦が決まったとしてもカルネラ港の時のように地下道を掘って下から奇襲する作戦はもう通用しない。奴等は自分達の拠点の地面だけでなく、地中にも無数の罠を仕掛けているからだ。
カルネラ港を奪還した後、帝国軍は地中から攻めることに味をしめたらしく、土竜や螻蛄のような地面を掘るのに向いた魔人を量産した。それによって幾つかの拠点を奪還したものの、とある作戦の時に文字通り全滅したとマルケルスから聞いている。
共和国軍の仕掛けた罠は相当に悪辣なものだった。地面の中に無色無臭の毒ガスが仕込まれていたのだ。しかも質が悪いことに毒ガスは一見するとどこにでもあるなんの変哲もない石……に偽装した器に閉じ込められていて、掘削作業をしている最中に必ず砕くように地面に混ぜられていたそうだ。
すると地下道に毒ガスが充満し、掘削作業をしていた魔人は中毒死してしまった。毒に耐性を持つ数少ない魔人だけは毒ガスでは死ななかった。
共和国軍の恐ろしいところは、その技術力と豊富な兵器の種類だろう。石に偽装した器には毒ガスと可燃性のガスを混ぜていたのである。地下道の異変を知って毒ガス対策をしながら降りてきた帝国兵が持っていたランタンの火に引火して、地下道は業火で焼き払われた。
可燃性のガスは一気に燃え上がり、激しい爆発となって地下道を崩落させた。私がやった時のように壁を霊術によって強化していれば耐えられたのかもしれないが、不幸なことに掘削作業に従事していたのは地中での作業に特化した魔人達だ。多少崩れたとしても無事でいられるので、地下道の補強は後回しにしていたのである。
その結果、地中に潜っていた魔人で生き残った者は数えるほどだったそうな。数多くの魔人と数人の帝国兵の命を犠牲にして、今後地下から攻めることは難しいことを全ての戦線で思い知ることになったのだ。
「夜はどうするので?」
「無論、夜襲も行うぞ!それも不定期にな!ガッハッハ!」
師匠は豪快に笑いながらそんなことを言う。今はお互いの射程距離の外に出ているが、夜闇に紛れてひっそりと近付き、外壁への攻撃を仕掛けるつもりなのだ。
夜襲は魔人のように睡眠が浅くとも支障なく動け、体力も多い者にとっては大した苦痛にはならない。むしろ夜間の方がより機敏に動ける魔人もいるくらいだ。
しかし、普通のヒト種にとって夜中に眠れないことは多大なストレスとなる。眠れたとしても、外から聞こえてくる轟音と衝撃による揺れによって熟睡することは難しい。十分な睡眠が取れていないと判断力や集中力が低下し、防衛する時にも影響は出るだろう。
そして余計に質が悪いのは、毎日ではなく不定期に行うことだ。毎日であれば共和国軍も攻めてくることを予測し、それを想定した防衛作戦を練ることは明白である。場合によっては日中の人員を限界まで減らしてでも夜の警戒を行うだろう。
だが夜襲が不定期だと話が変わってくる。夜通し気を張っていたとしても、それが無意味に終わった時の徒労感は大きくなるからだ。しかし気を抜けば攻勢を強められた時に今度こそ外壁を突破されてしまうかもしれない。徒労に終わるかもしれないと思いながらも警戒を解くことは出来ないのだ。
一方で中央戦線は夜襲を仕掛けないと決めた日には夜もしっかりと休むことが出来る。無論、こちらも夜襲には備えることになるだろう。その時は感覚が鋭い我々のような魔人が動員される。夜目が利く魔人は見張りとして重宝されているからだ。
「私はどうすれば?」
「うむ、今日は夜の見張りを任せる。儂がやると言ったのだがな、魔人を遊ばせる余裕はないと言われてしもうた」
すまぬ、と言って師匠は頭を下げようとするので私は首を振って謝る必要などないことを示した。このような扱いにはとっくに慣れている。特に私の場合は睡眠時間はほぼ要らないので、見張りには向いているのだ。
それに私は見張りという役割が嫌いではない。何故なら私の使命を果たすことにも役に立つからだ。百年も生き延びなければならない私は、誰よりも早く危機を察知する必要がある。そのためにも見張りはある意味で役得と言えた。
「見張りは私にお任せを。師匠は明日に備えてお休みください」
「まともに動いておらんせいで寝られるかどうかはわからんがな!そうだ、ほれ!」
私が寝るように促すと、師匠は布に包んだ小さい何かを私に手渡した。困惑する私に、師匠はさっさと開けるように顎をしゃくる。師匠が危険な何かを渡すわけもないので、私は包みを開いた。
包みの中にあったのは黒く、丸い物体であった。一つ一つは小さく、表面はしわしわで乾燥させた何かであることは明白だ。そして何よりも、これからはほんのりとだが芳しい甘い香りが漂ってくる。
初めて見るものだが、この香りは間違いない。ドライフルーツだ。久々に目にした数少ない好物である甘味を前に、私はゴクリと生唾を飲み込んだ。
「こ、これは……?」
「アルティシア殿に頼んでお主の夜食を用意させたのだ!甘味が好きだと言ったらそれを寄越したぞ!何でもミュルリ共和国でしか採れん果物らしい!名前は忘れたわい!ガッハッハ!」
「そんな稀少なものをいただいてもよろしいので?」
「構わん!寄越したのはアルティシア殿本人よ!霊術の改良をいたく喜んでおったし、その礼を兼ねておるのよ。エル族は総じて高慢ちきじゃが、恩知らずではないようじゃな!ガッハッハ!」
霊術の改良……?ああ、私が振動を感知することで看破した隠形の霊術の話か。私が看破した方法を知ったことで、彼女の霊術はより高度なものになったことだろう。間違いなく振動対策を行っているので、次は私であっても感知出来ないかもしれないな。
礼ということならば私も気にせず受けとるとしよう。ただ、仲間の分も取っておきたい。全員分はないので、子供と女性のみになるだろう。それを考えると私が食べられるのは五粒くらいか。一粒ずつ、味わって食べようか。
天幕へと去っていく師匠の背中を見送った後、私は見張りのために夜営地から少し離れた場所で夜を明かすことにする。一人で地面に座り込むと、早速ドライフルーツを口に放り込んだ。
「…………!」
ドライフルーツが入ってきた瞬間、私は完全に言葉を失ってしまった。何故なら、私の口の中は未知にして最高の甘味で満たされていたからだ。
食感は乾燥しているドライフルーツとは思えないほどしっとりとしていて、一噛み毎に唾液と混ざってネットリと口に広がっていく。甘さは濃厚なはずなのに、香りがとても爽やかなので幾らでも食べられそうだ。
夢中になって噛んだせいで、一粒目は一瞬で口の中に消えてなくなってしまう。中には種があり、その表面から味がなくなるまで私はそれをしゃぶり続けた。
一粒目をあっという間に完食したところで、即座に二粒目を食べ始めた私は思った。これほど美味しいと一晩で全て食べ尽くしてしまいそうだと。そして、五粒だけで我慢するのは辛いだろうと。
「これは、欲望との戦いになりそうだ」
一粒目の感動の余韻に浸りつつ、私は複眼と全身の感覚を研ぎ澄ませて見張りの役割もキッチリと果たす。とにかく、このドライフルーツは可能な限りゆっくりと食べよう。そう決意しながら私はモゴモゴと口を動かすのだった。
次回は12月26日に投稿予定です。




