進軍中の一幕
仲間達の元へと帰還した私は、ミカが用意していたスープを飲みながら黄金の機鎧兵について私が見たことを全て語った。仲間達は実物を見ているし、実際に奴が先遣隊を一撃で壊滅させたことを知っている。私の言葉を当然のように信じてくれた。
「ってことはボスはあれとまた戦うことになるんだな?」
「その間、指揮は我々に任せてくれ」
「無難に戦っておくさ」
そして師匠と共にあれと戦うことになると告げたところ、ティガル達は自分達の心配はするなと笑って応えた。彼らの指揮能力は優れているし、何の心配もいらないだろう。
特に無難にと謙遜しているアスミだが、実際のところ指揮に関しては彼女が私を含めた四人の中で最も総合的に優れている。彼女の卒がない指揮があるからこそ、彼女の同胞の特戦隊の仲間達が未だに全滅していないのだ。
ちなみにティガルは攻勢の、ザルドは防衛の、そして私は奇襲の指揮が得意である。それぞれの性格が如実に表れていると思う。
「それよりもさ、アニキ。あんな化物に勝てるのかよ?」
「ズズ……それは無理だろうな。急所に剣を深く突き刺そうと、私が本気で作った毒を流し込もうと、死ぬどころか怒り狂って大暴れしていたんだ。師匠達と共闘しても殺すには至らんよ……全く、とんだ化物が出てきたものだ」
「……神の末裔に血を流させた隊長も十分に化物だと思うがな」
スープを啜りながらレオの問いに答えたところ、アスミは顔を引き攣らせながらそんなことを言った。確かに私は師匠には及ばずともそれなりの強さにあると自負している。だが、化物と言えるほどではないはずだ。
しかしながら、私の思いとは裏腹に仲間達はうんうんと頷いている。どうやらアスミだけの意見ではないらしい。隣に座っているラピを見ると眠たそうに頭を前後に動かしていた。
こう言うときに私を庇ってくれるのはラピだけなのだが……眠いのを無理に起こすつもりはない。私は椀に残っていたスープを少ない具ごと一気に飲み干すと、椀をミカに渡してからラピを背負って彼女達が使っている天幕へと連れていくのだった。
◆◇◆◇◆◇
翌朝、連合軍は予定通り進軍を開始した。先遣隊が壊滅したと言う情報は隠すことは出来ず、全体としての士気は少し落ちているように感じる。全面的な戦いが始まる前からこうでは先が思いやられるぞ。
先遣隊にいた時よりも進軍の速度はかなり遅い。それは士気云々の問題ではなく、単に様々な荷物などがあるからだ。
その中には要塞の頑丈な外壁を破壊するための兵器のパーツも存在している。この重量のせいで荷車の歩みが遅くなっているのだ。要塞を射程距離に捉えるまで接近するのは数日かかるだろう。
先遣隊の者達はその距離を一気に走って逃げ切ったことになるが、それは彼らが敗北したとて精鋭と言える戦士であるからだ。闘気あるいは霊術によって、身体能力を底上げしつつ疲労を軽減して駆け抜けたのである。
師匠達の場合はより高度なことを行っている。アルティシア様が使っていたのは隠蔽の霊術だけではない。師匠と自分の騎乗している馬に速度を上げつつ疲労を軽減する霊術もかけていたのだ。
私も地中を泳ぐ速度には自信があったのだが、二人が停止するまで追い掛けることは出来ても追い付くことは終ぞなかった。馬に乗ったアルティシア様が本気で逃げたなら、私では追い付く方法はないだろう。
「……前が止まったか。小休止だ」
「「「うーい」」」
前方歩みが止まったところで、私は特戦隊に休憩するように指示する。仲間達は慣れたもので、その場で地面に座り込んだ。
精鋭ばかりの軍団であっても休憩は必要である。常に闘気で強化していては疲れてしまうし、何よりも荷車を牽引する馬には休息が不可欠なのだ。
シユウとアパオのような魔人となった獣ならば更なる長時間の移動にも耐えられるのだが……獣の魂をベースにした魔人の作製はほぼ失敗すると聞く。幸いにも量産されることはないだろう。
「ミカ、配給された食糧はどれだけ残っている?」
「はい。あと十日分はあります」
「そうか。ならまだ交渉に行く必要はないか」
小休止のついでに私は食糧の残りについてミカに尋ねた。食糧は無限ではなく、食べれば必ず減ってしまう。完全に尽きる前に補給を要請しなければならないのだ。
その際、あの男とその部下の帝国兵は全く手を貸してくれない。交渉から何から何まで我々で行わなければならないのだ。我々を自分達の武器だと思っているのなら、消耗品とは言えその手入れは十全に行うべきであろうに。
その交渉も難航することが多々あった。連合軍の間でも魔人を蔑む者達はとても多いからだ。必要な量の食糧よりも減らされることなど当然であり、酷い時には難癖を付けて補給を拒否されることまである。このやり取りは非常に面倒だが、避けては通れない時間であった。
「数日後が憂鬱だな……ああ、そうだ」
帝国軍にとっての武器と頭の中で考えた時、私はふと思い出すことがあった。そこでシユウとアパオが牽引する荷車乗り込むと、私の双剣を手に取って鞘から両方をゆっくり抜いた。
黄金の機鎧兵と戦ったにもかかわらず、白と黒の双剣には刃毀れ一つない。さらに丁寧に磨き上げられていて、鏡のように私の顔を写していた。
「何時も不思議なのだけど、どうしてボスの剣は綺麗なのかしら?手入れをしているところを見たことがないのだけれど……」
不思議そうな顔で私の剣を見ているのは妊娠しているシャルだった。彼女の腹部はかなり大きくなっていて、場合によってはこの戦争中に子供が産まれてしまうかもしれない。いや、攻略が長引けば確実に戦場で産気付くだろう。
可哀想だが、我々は戦うことを義務付けられている魔人だ。産まれる場所を選ぶ権利すらない。産まれてきた子供を私たち全員で可愛がってあげることが、我々に出来る唯一のことであった。
「私に恩義を感じている者達がいるんだ。私の方が世話になりっぱなしなのだがな」
私の双剣は定期的にメンテナンスされている。それを行っているのはかつて私が救出したポピ族だ。あれから姿を見せてくれることはないものの、どうやら常に我々の近くにいて私が戦場から帰ってくる度に剣のメンテナンスを行ってくれているのだ。
近くにいるのなら直接礼を言いたいのだが、ただでさえ姿を見せたがらない民族である上に彼らはカン族によって監禁されていた。まだ自分達以外を警戒しているらしく、私にすら姿を見せることはない。そのせいで面と向かって礼を言うことが出来ないでいた。
「ああ、前に言ってたポピ族ね。でも、本当にいるの?私はここ最近ずっと荷台にいたのだけど、誰かいることに気付かなかったわ」
「優れた隠形術の使い手ばかりだ。魔人の感覚すら欺くのだろう」
「ふぅん……」
シャルはポピ族の存在を疑っているらしい。自分がずっといたにもかかわらず、全く気付くことが出来なかったことに納得が行かないようだ。
荷台に乗っていたシャルに気付かれることなく、私の双剣を完璧な状態に戻すポピ族の隠形術は天下一と言っても良いだろう。少なくとも、私に振動を感知されてしまったアルティシア様の霊術よりも優れていると思う。本人に聞かれたら怒られるかもしれないが、それは紛れもない事実であった。
私は双剣を鞘に納めると保管している樽の中へ丁寧に入れる。とりあえず、今日の食べ物の一部をお供えするとしよう。そうしておくと次の日には消えているのだ。
これが今の私に出来る精一杯のお礼である。彼らの好意に甘えっぱなしと言うのは私の主義に反するのだ。
私はシャルに身体に気を付けるように言ってから荷台から降りると、他の仲間達が何をしているのか見て回ることにした。ほぼ全員が地面に座って雑談でもしながら休憩している。他の先遣隊の生き残りのようにトラウマを抱えている様子はなかった。
特戦隊は戦場に慣れきった者達であり、前の戦いのことを引き摺り続けていては次の戦場で生き残れないことを知っている。既に彼らは次の戦場に備え、頭を切り替えているのだ。
だが、先遣隊の他の者達も精鋭揃いなのだからそれは知っているはず。黄金の機鎧兵は、そんな彼らの心をへし折るほど理不尽な強さを見せ付けたと言えた。そんな相手と戦えと命じられているのだから、一周回って笑えてくる。
「ふっ!せいっ!」
「ぐっ……このっ!」
そんなことを考えていると、休憩中とは思えない気合いの入った呼吸が聞こえてきた。何だろうと思って声の元を辿ってみると、そこではレオとユリウスがラピを相手に格闘術の訓練を行っているではないか。
二人は同年代の子供達に比べて格闘術の実力はかなりのものだ。しかし、天才としか言い様のないラピには遠く及ばない。ラピは二人の猛攻を汗一つ流さずに軽く全てを凌いでいた。
「えい」
「ぐべっ!?」
「ユリウ……くっ!」
一向に崩すことが出来ない焦りからか、ユリウスは不用意に踏み込んでラピに殴りかかった。しかし、そんな甘い攻撃がラピに通用するはずもない。完全に見切られて回避され、反撃の蹴りが顔面に突き刺さる。ユリウスは悶絶しながら倒れてしまった。
ユリウスに気を取られかけたレオだったが、目の前にいるのはラピである。他人に気を配りながら片手間に殴り合える相手ではない。ユリウスが戦線離脱したことで攻守が逆転し、今度はラピの猛攻を必死にレオが耐える羽目になっていた。
「ん?あ、あにきだ」
レオを一方的に攻めていたラピだったが、私の姿が見えたからか攻撃を止めてこちらに飛び付いて来る。相変わらず矢のような速さでの飛び付きだが、私は冷静に受け止めると彼女の定位置である肩に乗せてやった。
ムフーと機嫌良くなっているラピの頭を一度撫でてから、私は肩で息をしながら片膝を着いているレオの腕を取って立ち上がらせてやる。すると、レオは困ったように笑っていた。
「カッコ悪いところ見られちゃったな、アニキ」
「格好悪いとは思わんが、どうして鍛練しているんだ?小休止なのだから、しっかりと休憩しておけ」
「そうなんだけど……」
「あにき。レオとユリウスはね、あにきが戦った金色に勝てるくらい強くなりたいんだって」
「ほう、そうなのか」
ラピに目的を言われて恥ずかしかったのか、レオはばつが悪そうな顔で頭を掻いた。神の末裔に勝つ。圧倒的な力を見せつけられ、多くの屈強な精鋭が心を折られた。しかしながら、少なくとも二人は勝つために時間を惜しんで鍛練を積む道を選んだ。驚くべき心の強さである。
ラピは付き合わされるのが面倒だと思っているのか、私の肩から降りようとしない。これ以上付き合うのは嫌なのだろう。ラピは強いが、二人ほど強さに貪欲ではないようだ。
「レオ、今は行軍中だ。体力はなるべく温存しておいた方が良い。目を付けられたら面倒だし、鍛練の疲れのせいで死んだら元も子もないだろう?」
「……うん、アニキ言う通りだ」
「だが、お前達の気持ちもわかる。時間的な余裕が出来た時、私が相手をしてやる。それでは不満か?」
「全然!その時は頼むぜ、アニキ!」
「ああ。目を覚ましたらユリウスにも伝えておけよ」
強くなろうと足掻く二人の気持ちは私も良くわかる。使命を果たすため、生き残るためには力が必要になるからだ。むしろその気持ちは二人に決して負けていないと自負している。だからこそ、二人の思い叶えてやりたいと思ってしまったのだ。
しかし、二人を黄金の機鎧兵よりも強くするためには、私は更に強くならねばならない。安請け合いしてしまっただろうか、と若干不安になりながら私は子供達と共に休憩するのだった。
次回は12月14日に投稿予定です。




