アーディウス要塞攻略戦 帰る場所
「……以上が師匠到着されるまでの流れになります」
私は正直に、何があったのかを事細かに語った。語り終えた時、天幕にいる将の半数は難しい顔で眉間に皺を寄せ、残りの半分は猜疑心に満ちた目を私に向けていた。
前者が何を考えているのかわからないが、後者が私の話を信じていないのは明らかだ。自分で言っていても信じてもらえないような話であるし、信じられないのも仕方ないことだとは思う。ちなみに相手が神の末裔だと言う話はしていない。根拠はアスミの情報だけであるし、何より口に出せばもっと信じてもらえなくなると思ったからだ。
だが、疑っている者の中に上官の男がいるのはおかしいだろう。ここにいる将の中では私の仕様を一番よく知っているはずだ。現在は隷属の霊術によって、あの男の指示に従うように命じられている。その霊術に縛られて、あの男の前で嘘を吐くことは出来ないのだ。そんな基本的なことも忘れているのだろうか?
「疑っている者がいるようだな。君、彼に嘘を吐いているのか聞いてみなさい」
「は、はっ!どうなんだ!?嘘は許さんぞ!」
「嘘は吐いておりません」
私には疚しいところなど一つもないので、躊躇せずに即答した。当然、嘘を吐いていないので身体のどこかが痛くなるようなことはない。それでようやく信じるようになった……かと思いきや、疑っていた者達の一部はまだ疑っているようだった。
まあ、隷属の霊術も完璧ではない。目の届かないところなら禁じられていないことを自由に行うことが可能だし、嘘は言えないが頭を使って話す内容を偏らせることもまた可能だ。今の私が情報をわざと制限したのもその一例だろう。きっと疑っている将達はそれを知っているのだ。
「どうやら真実のようだな。よろしい。それではレンクヴィスト君とアルティシア君。そこからの流れを教えてくれ」
「では、私から説明させていただきますわ」
しかし、老将は信じてくれるようだ。その後、師匠達が来てからのことはアルティシア様が語った。師匠は腕を組んだまま、目を瞑っている。敵の姿を思い出しているようだ。その口角が少しだけ上に上がっているのを私は見逃さない。勝てそうにない相手と戦いたいと思う感情は私には理解不能である。
私のことは疑っても、アルティシア様の話なら別らしい。ほぼ全員が黄金の機鎧兵に強い脅威を感じ始めている。特に師匠の投擲した斧槍が弾かれたと聞いた時にはコゴ族の将だけでなく、冷静な老将すら目を大きく見開いて驚愕を露にした。
師匠は砦の門を一撃で粉砕するほどの攻撃力の持ち主である。直接振り下ろした訳ではないのだが、攻撃が通用しなかったというた事実はそれだけで衝撃的だったのだろう。天幕の中は重苦しい雰囲気に包まれてしまった。
「ふむ……中央戦線でも最強と名高い二人に、率直に聞こう。勝てるか?」
「戦えと仰るなら、命尽き果てるまで戦いましょう!戦場で散るのも華と言うものですぞ!」
「可能、と言いたいところですがほぼ無理でしょう。少なくとも私達二人では難しいと思われます」
二人の言い方は大きく異なるが、内容は同じである。二人だけでは命を懸けたとしても敗北は必至と言うことだ。それは私も同意見である。
直情的なので出来ないことは出来ないと言いそうな師匠はともかく、プライドが高そうなアルティシア様までハッキリと勝てないと言うとは誰も思っていなかったらしい。諸将は皆驚いており、中でもエル族の将は溢れ落ちんばかりに目を見開いていた。
ただ、落ち込んでいられたのは短い時間だけである。彼らは将としてこれからのことを考えなければならない。二人が時間稼ぎをしている間に一気に要塞を落とせと主張する者、腰を据えてじっくりと攻略するべきと言う者、中には一度撤退した方が良いと弱腰になる者までいた。
議論は白熱し、激しい言い争いになりつつある。そんな中でも老将は冷静さを保っていた。目を閉じた状態でしばらく何かを考えた後、彼はゆっくりと目を開けてから二人に一つの質問を投げ掛けた。
「君達でも無理か……なら、そこの魔人君が加わればどうだ?」
「「「なっ!?」」」
それまで騒いでいた諸将は一斉に老将の方を向く。それもそのはず、私と師匠達とでは身分にも地位にも大きな違いがあるからだ。魔人である私と中央戦線の切り札が同じ立ち位置でいられるはずがないだろう?
諸将から向けられる様々な感情の籠められた視線を完全に無視しつつ、老将は師匠とアルティシア様を真っ直ぐに見つめている。二人は少しだけ顔を見合わせた後、それぞれの意見を口にした。
「確かに、我が弟子は重傷を負いながらもあれを相手に単独で足止めしておりました!しかし我が弟子を戦力に数えたとしても、あれを倒すにはまだ足りぬかと具申致しますぞ!」
「単独で戦って生き残った戦闘能力の高さを考慮すれば、拮抗状態にまでは持っていけるかと思われます。ですが、討伐するまでには至らないかと」
二人は私が加われば互角に戦えても倒せはしないと言った。それに関しては私も同じ意見である。私が陽動に徹すれば、師匠の重たい一撃やアルティシア様の強力な霊術を当てることは容易になるかもしれない。一人でなければそのくらい上手く立ち回る自信はあった。
だが、それでもあれを倒すことは難しいのではないかと思う。師匠とアルティシア様の渾身の一撃ならば鎧の上から身体を貫けそうだが、内側の肉体の治癒力を忘れてはならない。鎧の隙間から致命傷を受け、劇毒をこれでもかと流したのにピンピンしていたのだから。
三人なら傷だらけには出来ても、仕留めきるには及ばない。実際に戦った私の感覚がそれを確信させていた。ほとんど戦っていないのに同じ結論にたどり着く辺り、流石は中央戦線の切り札と呼ばれる二人だと思う。
「ふむ……ならば、四人目がいれば勝てるか?」
「四人目ですか?それなら可能でしょうが……」
老将の問いに対して、アルティシア様は困惑しながら言葉を濁した。彼女の言いたいこともわかる。中途半端な武力しか持っていない者がいても、あれとの戦いでは足手まといにしかならない。しかし、それを明言しなかったのは、正直に言ってしまうと他の者達を侮辱することになるからだ。
中央戦線に限らず、銃と言う恐ろしい武器を持つ機鎧兵と戦えるのは各国の精鋭と呼べる者達だけである。最低でも闘気や霊術で銃弾から身を守れない者では、一方的に殺戮されるだけなのだから。
それ故に彼らには精鋭であると言う自負と矜持がある。しかし、黄金の機鎧兵との戦いについていけるのは師匠やアルティシア様のような人々の間で英雄と呼ばれる者達だけ。少なくともそれに匹敵する強さでなければ戦力として数えられることもないだろう。
ただ、アルティシア様は顰蹙を買うとわかっていてもハッキリと言うべきだった。今の中央戦線に、黄金の機鎧兵との戦いへと同行可能な者はいないと。師匠が慌てて何かを言おうとしたが、それはもう手遅れであった。
「ならばその大役、我が騎士団の精鋭にお任せあれ!必ずやその強敵を撃ち破ってみせましょうぞ!」
「いや、我らにこそ相応しい。閣下、我らにこそ命じて下さいませ!」
その結果、戦功を求める者達による席の奪い合いが始まった。諸将は自分の指揮する騎士団や戦士団に所属する者達を次々と推薦していく。中央戦線では有名な騎士や戦士なのかもしれないが、私は関わったことがないので誰が誰やらわからない。諸将が推薦するのだから、きっと強さに自信があるのだろうとは思う。
ただ、アルティシア様の苦虫を噛み潰したような顔付きからして挑むには実力不足なのだ。同じく師匠も難しい表情で腕を組んでいる。そんな二人の顔をちらりと見た老将は、静粛にと言って再び諸将を黙らせた。
「目的を見謝ってはならない。我々の目的はあくまでもアーディウス要塞の破壊、もしくは奪取だ。攻城戦の間、強敵を釘付けに出来るのならそれで構わない」
「……つまり、四人目は必要ないとおっしゃるのですか?」
「絶対に倒さねば要塞が陥とせない訳ではあるまい。それに必ず出てくるとも限らん。武功を競うのも結構だが、その気概は攻城戦に向けよ」
老将の発言は正しい。諸将もそれはわかっているのか、それ以上騒ぎ立てるようなことはなかった。それは彼らの将としての理性であろう。
しかし、その顔には不満がありありと浮かんでいる。不満くらいなら良いのだが、数人は明らかに何かを企んでいるようだ。もしも好機があれば、他を出し抜いて自分達の手で討ち取ろうとでも画策しているのだろう。
ほぼ間違いなく返り討ちに合うだろうが、私には関係のないことだ。それに特戦隊に巻き込まれるなら話は別だが、何かを企んでいる者にあの男は含まれていない。私の武功は奴の武功なので、焦る必要がないからだ。私にとっては幸いである。
「それではこれより新たな情報を踏まえて攻城戦の軍議を行う。魔人君、君は退出したまえ」
「はっ。失礼します」
「それと、よく情報を持ち帰ってくれた。ゆっくりと休むと良い」
「……ありがとうございます」
出ていけと言われたのでさっさと出ていこうとしたのだが、老将から思いがけず労いの言葉を賜ってしまった。私は老将の名前すら知らないのだが、本来は私のような立場の魔人では声すらかけてもらえない相手なのはわかる。私は困惑しつつも、感謝の言葉を残して天幕から退出した。
それにしても知らない者、それも私とは地位が異なる者ばかりに囲まれるのは肩が凝る。命の危険はあるものの、戦っている時の方が精神的には楽かも……いや、黄金の機鎧兵のような一人では決して勝てない化物が現れることもあるからそうとも言えないか。
天幕から出る直前、師匠は私の背中を軽く叩いた。彼なりの労いなのだろう。一見すると雑な労い方だが、老将の言葉よりもこちらの方が心が温まるような気がする。きっと立場よりも互いの心の距離の方が大事なのだ。
「あっ!あにき!おかえり!」
「ああ、ただいま」
そんなことを考えながら私は特戦隊の仲間達がいる天幕へと戻ってきた。私の帰還にいち早く気が付いたラピが私に飛び付いて来る。一瞬で私の身体をよじ登って肩車の姿勢となった。
ラピに続いて仲間達も私の帰還を喜んでくれた。師匠の労いよりも、仲間達が出迎えてくれたことはより私の心を温めてくれる。そんな場所があることが、私にはとても素晴らしいことのように思えるのだった。
次回は12月10日に投稿予定です。




