アーディウス要塞攻略戦 救援
どこからともなく飛来して地面に突き刺さった斧槍は、黄金の機鎧兵をよろめかせる威力を有していた。そんな威力の攻撃が可能な斧槍使いなど、中央戦線には一人しかいない。我が師にして『竜血騎士団』の団長にしてコゴ族最強の戦士として名高いアレクサンドル・レンクヴィンストその人である。
きっとあの斧槍は師匠が投擲したのだろう。そう推測した私は斧槍が現れた辺りに意識を向けた。私の視界は複眼が一つ潰れていても全方位をカバーしているのだが、斧槍が現れた時も今も背後には何もいないように見える。そこにあるのは横たわる骸と、戦闘によってグチャグチャになった地面が広がっているだけだった。
しかしながら、黄金の機鎧兵にだけ集中していたさっきまでとは異なり、今は若干の余裕がある。だからこそ私は気付くことが出来たのだ。地面から伝わってくる振動に。
(音は聞こえないし、空気の流れもない。それでも確実にあの辺りに何かが走っている。この規則的な振動は馬か。数は二頭……師匠以外にも誰か来ているらしい。その人が霊術で姿を隠しているのだろうか?)
私は伝わってくる振動にもっと集中する。接近しているのは二騎であり、片方の足取りは非常に重く、もう片方は逆にかなり軽い。
ほぼ間違いなく、重い方は師匠だろう。『竜血騎士団』は重装備の戦士達の集まりであり、重装騎兵として戦場を駆ける姿を見たのは一度や二度ではなかった。
ならば軽い方は誰なのか。その答えを私が導き出す前に状況は動く。黄金の機鎧兵が頭を振りながら起き上がり、それと同時に地面に突き刺さっていた斧槍が独りでに浮かび上がってどこかへ飛んでいったのだ。
それを見て私は思わず首を捻った。何故なら、斧槍が飛んでいったのは私が振動を感じているのとは全く異なる場所であったからだ。誰もいない場所に飛んで行ったとしても意味がないだろうに……何が目的なんだ?
『グルアアアア……アァ?』
黄金の機鎧兵は斧槍の行き先へと視線を送っていたものの、斧槍は何の前触れもなく見えなくなってしまう。しかし、武器が消えた辺りに自分を攻撃した敵がいると推測したようで私にしたように全力で突撃して行った。
だが、私の感覚通りそこには何もいないようで奴の腕は空振ってしまう。前と同じく空振ると共に転んだ奴は忙しなく周囲を見回していていた。絶対にここにいると思った敵がいないのだから、何が何やらわからずに混乱していることだろう。なるほど、これが誰もいない方向に斧槍を飛ばした狙いだったのか。
その間、奴は完全に私の存在を忘れているようだった。死にかけている私よりも、面妖な霊術で翻弄して来る見えない襲撃者に備えるべきだと判断したらしい。より脅威となり得る敵がどちらなのか、獣の本能で察しているようだ。
何にせよ、これで私は治癒に専念出来る。もちろん治癒している間も、私は奴から視線を外すような不用意な真似はしなかったが……警戒する必要はすぐになくなった。
『グオオオオオオオッ!?』
振動が伝わっている方向とはまた別の方角から唐突に強い風が発生し、黄金の機鎧兵を天高く吹き飛ばしてしまったからだ。奴は飛べるはずなのだが……暴走して知能が下がっているからだろうか、空中で姿勢を直したり浮遊したりすることなく遠くへと飛ばされてしまった。
あれだけ離れたのならば確実に逃げられる。私はその場で地面を砂に変え、地中に潜って撤退を開始した。本来ならば適当なところで砂嵐を発生させ、視界を遮ったところでこうして逃げるつもりだったのだが……中々思い通りにことを運ぶのは難しいものだ。
私が地中に潜ったことで撤退し始めたことを察してくれたのか、二つの馬蹄の振動も南側へと向かっている。師匠達もこのまま離脱するのだろう。私は上から伝わってくる振動を頼りに地中を追走した。
(……止まった?なら、合流しておくか)
しばらく移動したところで師匠達の動きが止まった。彼らと合流するべく、私は地中を泳ぐようにして師匠達に接近する。そしてその足元からゆっくりと地上へと身体を出した。
私が姿を曝すと何もない虚空が揺らぎ、私を救ってくれた二騎がその姿を表す。片方は思った通り師匠であり、もう片方は見覚えのある女性であった。
「おお!無事であったか、我が弟子よ!」
師匠は馬から降りると、地面から胸の辺りまで身体を出していた私の腕をその大きな手で掴んで一気に引きずり出す。勢い良く引っ張られたことで、私の身体に付着していたまだ砂に変えていない湿った土と砂が周囲に飛び散った。
顔面に土と砂が飛び散っても師匠は眉一つ動かさなかったが、もう一人の女性は違う。砂が目と口に入ったようで、砂を吐き出しながら涙目で師匠を睨んでいた。
「コホッ、コホッ……もう少し落ち着いた振る舞いが出来ないのかしら?これだからガサツなコゴ族は……」
「む?返り血と砂塵に塗れるのは戦場の誉れであろうが!エル族は繊細に過ぎるぞ!ガハハハハ!」
涙目になっているその女性の名はカリァ・ユク・アルティシア。ミュルリ共和国の精鋭部隊である『烈風隊』の隊長にして、エル族最高の霊術士だ。まだオルヴォが生きていた時、私に向かって高圧的に礼を言いに来たのは鮮明に覚えている。
中央戦線で戦う時には彼女の強力な霊術を幾度も目にしていたが、まさか私を救いに来るとは思っていなかった。中央戦線にいる中で最強の霊術士である彼女がどうしてここに……?いや、雰囲気からして師匠が無理矢理連れてきたに違いない。師匠は押しが強すぎるからな。
「それにしても、こっぴどくやられたのぅ。闘気も弱々しくなっておるし、霊力が底を尽きかけておるではないか」
「無様をさらして申し訳ありません」
「それだけの強敵だったのであろう?儂が本気で投擲した斧槍が貫通せなんだ相手は久々よ。むしろ血が滾って来たわ!ガッハッハッハッハ!」
師匠は片手に握った斧槍を掲げて昂りを表した。強敵と戦って勝利することこそ戦士の本懐であると言って憚らない師匠らしい反応だ。自分と仲間が生き延びることを最優先する私からすれば二度と戦いたくない相手なのだが……価値観の相違である。
師匠は興奮が収まらないのか、私の背中をバシバシと叩く。まだ完全には塞がっていない傷口に響くからやめて欲しいのだが、どうせ指摘しても細かいことを気にするなと言われるだけに決まっている。私は黙って叩かれながら闘気を高めて身体を治し続けていた。
「それで何故お二人が救援に来て下さったのですか?」
「先遣隊が這々の体で戻ってきたかと思えばお主が見当たらなかったのでな!お主の仲間から聞き出してからアルティシア殿を連れて救援に来たのだ!感謝するが良いぞ!」
「私は無理矢理に連れて来られたのです。こっちの大男よりも余計に感謝してもらいたいものね」
「はい。お二人のお陰で救われました。ありがとうございます」
やはりアルティシア様は無理矢理連れてきたようだ。そして相変わらず高圧的だが、助けられたことへの恩義は感じている。私は心から二人に感謝した。
師匠は満足げに頷くだけだったが、アルティシア様は違う。その宝石のような緑色の瞳を細めながら私を見つめている。私を差すかのような強い敵意にも似た視線を向けられる理由がわからず、私は戸惑うことしか出来なかった。
「感謝しているのならば正直に言ってもらいますわよ。貴方、どうやって私達の位置を把握したのかしら?隠蔽の霊術は完璧だったはずですわ」
戸惑う私に向かってアルティシア様は詰問する。確かに彼女の霊術は素晴らしかった。自分と師匠、それに二人が乗っている二頭の馬の姿と音を完全に消しつつも、霊術を使っていることを感じさせることすらなかったのだから。
地面から伝わる振動がなければ、私も居場所を掴むことは出来なかっただろう。助けられた恩義もあるし、何よりも誤魔化すことを許してくれそうにない真剣さだ。恨まれたり目の敵にされたりするのも嫌だったので、私は正直に話すことにした。
「お二人の姿は全く見えておりませんでした。ですが、地面を伝って馬が駆ける振動を感じ取ることは出来ます」
「地面の振動……?確かに音を消すようにしていましたけれど、地面の振動は盲点でしたわ。無理矢理連れて来られましたけれど、存外に良い話が聞けましたわね……これは術式の改良をしなければなりませんわ」
「ほう?エル族秘伝の霊術を破っておったとは!勘でここに出た訳ではなかったようだのぅ!ガッハッハッハッハ!」
私が正直に話したとわかってくれたようで、それ以上追及されることはなかった。その代わりアルティシア様は顎に手を当てて小声で何かを呟きながら自分の世界に没頭し始めた。
本人も言っていたように、霊術を改良しようとしているに違いない。とりあえず本隊に合流してから考えれば良いと思うのだが……私の声は届かないような気がする。それほどに集中しているのだ。
それと師匠、私には貴方のような直感力はありません。中央戦線で最も優れた霊術士が操る隠蔽の霊術を勘で破れる訳がないでしょう。そんな出鱈目なことが出来るとすれば貴方ぐらいのものですよ。
「ここでずっと立ち話に興じるのも良いが、本隊に戻るとするかのぅ。あの化物について報告もせねばならぬ」
「かしこまりました」
「ほれ、戻るぞ……いかんな。霊術の改良に集中して声が届いておらん」
師匠がそろそろ戻るぞと言ったものの、カリァは霊術のことで頭が一杯なのか師匠の声に対して全く反応を返さなかった。師匠の大声が聞こえなくなるとは、凄まじい集中力である。
しかし、彼女は馬に乗っているのだ。このままでは動くこともままならない。師匠は少し悩んだ後、私に彼女の馬の手綱を持って曳くように命じた。こうして私は死地を脱し、徒歩でテクテクと本隊の元へ帰還するのだった。
次回は12月2日に投稿予定です。




