アーディウス要塞攻略戦 遭遇
武器を用いた鍛錬の日々は、出陣の日の前日まで続いた。付け焼き刃かもしれないが、三人ともそれなりに戦えるようにはなったと思う。少なくとも何も出来ずに死ぬような無様を曝すことはないだろう。
そして中央戦線の連合軍はシラ要塞から出陣した。魔人と各国の精鋭を揃えた十万を超える兵が北上する様は巨大な一匹の蛇のようである。ただし、その蛇には幾つかの隙間があった。その一つが本隊よりもそれなりに先行した位置を進む先遣隊である。
我々は先遣隊に組み込まれており、現在は中央戦線の所有する魔人と数百人の連合軍の兵士と共に先行して進軍している。武器はまだ手に持っておらず、天幕や食糧と共にシユウとアパオが牽引する荷馬車に積み込まれていた。
「暴走抑止っつっても進軍中に手枷で繋げるってのは危ねぇよな」
「しかも暴走したことがねぇ俺達がその分をカバーせにゃならんってのもまたダルいぜ」
仲間達が後ろで愚痴を溢しているように、カレルヴォの魔人は暴走し易いので進軍中は手枷と鎖で拘束されている。奇襲などを受けた際には即座に外すことになっているが、外すまでの時間は我々がカバーしなければならないのだ。
同じ魔人を無為に死なせたくない気持ちはあるものの、あくまでも私にとって最優先なのは特戦隊の仲間達の命である。仲間が命を張らなければ味方を救えない状況であれば、命令によって縛られている場合を除いて私は躊躇なく見捨てるだろう。全てを救えると思うほど戦場は甘い場所ではないし、そこまで私は自惚れていないからだ。
「おっと!何度聞いても慣れねぇな、この音は」
「魔人になってから耳が良くなったからなぁ。デカい音に敏感になっちまったぜ」
そんなことを考えている間に、地平線の向こうから轟音と共にモクモクと煙が立ち上った。彼処には共和国軍が偵察に使う基地があったのだろう。偵察部隊が進路から近い拠点を片っ端から破壊しているのだ。
あくまでも偵察用の拠点なので、敷地は狭いし人員はとっくに逃げている。ただし、中には罠が設置されていたり迎撃するように命令された機械が残されていたりするので、高威力の霊術で吹き飛ばすのだ。これは共和国軍の占領地に攻め込む時には必ず行うことだった。
「それにしても今回も派手に吹っ飛ばしたもんだ……グエェ!?」
「臭ぇっ!?ってか、痛ぇ!?やりやがったな、あのクソ共ぉ!」
ただし、どの戦線でも処理することがわかっているせいでそれを逆手にとった罠が仕掛けられていることがあった。その罠の一つとして強烈な刺激臭を放つ毒ガスが仕込まれていることがあり、今回はそれを引いてしまったようだ。
遠く離れた場所から届いた毒ガスはかなり薄まっているので、通常の兵士も魔人もそれだけで死ぬ者はいないだろう。しかし鋭くなった嗅覚が毒ガスの臭いによって刺激され、多くの魔人達が悶絶していた。
共和国軍も毒ガスによってこちらを仕留められるとは思っていないだろう。これは殺すためと言うよりも進軍の妨害、それも魔人に特化した嫌がらせだった。魔人の優れた嗅覚が仇となったのである。
この罠が仕掛けられるようになったのはカルネラ港での戦いの後なので、魔人対策だと考えて良いだろう。今も特戦隊を含めた魔人達は進軍どころではなくなっており、敵の狙い通りの効果が出ている。ちなみに、私は嗅覚を一時的に切っているから平気だ。痛覚同様、感覚を自在に操れるとこう言うときに便利である。
臭いによってほぼ全ての魔人達が苦しみ、中には歩くどころか立つことすらままならない者までいる。休もうが休むまいが進軍のペースは確実に落ちるので、先遣隊は進軍を一時中断せざるを得なかった。
「ひぃ……ひぃ……あ゛~、酷ぇ目に会ったぜ。まだ鼻の奥がピリピリする」
「新入りは……ありゃ、泡吹いてやがる。鼻が利きすぎるってのも考えもんだな」
これまでガチガチに緊張した状態で進軍していたユリウス達三人の内、アリエルを除いた二人は白目を剥いたまま泡を吹いて倒れている。ユリウスもボルツも嗅覚が相当に鋭いらしく、臭いの影響をモロに受けていた。
唯一無事なアリエルは臭いのせいか苦しそうにしつつも、倒れたユリウスの世話を甲斐甲斐しく焼いている。何とも献身的でいじらしいではないか。一方、同じように倒れたボルツはレオとケルフによって地面に横たえられていた。
「むぅ……臭いの嫌い」
「こればっかりは敵のせいだから私にはどうしようもない。だから八つ当たりは止めなさい」
毒ガスの臭いのせいで不機嫌になったラピは、地面に座って休憩している私の背中をペシペシと叩いて抗議する。しかし、私に解決出来ることではない。連合軍の霊術士が風の霊術でガスを臭いが気にならなくなるまで拡散させるのを待つしかないのだ。
仕方がないので尻尾をユラユラとラピの前で揺らしてやる。その先端をタッチしようとラピが手を伸ばすのをスルリと引いて回避する。この遊びが最近のラピのお気に入りだ。その遊びに付き合うことで、ラピの気を紛らわせようという作戦であった。
そしてその作戦は功を奏した。私の尻尾で遊ぶことに集中している間に、臭いは完全に拡散して進軍を再開する時間になる。気絶していた二人も既に復活しており、顔色を悪くしながらも列に並んで歩き始めた。
「大丈夫か?これからも似たようなことは何度かあるから覚悟を決めとけよ」
「マジかよ……」
顔色の悪いユリウスにレオは無慈悲にも思える事実を語る。嘘を言っても気休めにしかならないのだから、これはレオの優しさであった。それを知ってか知らずか、ユリウスは反発するでもなく項垂れている。出陣するって言われた時よりも落ち込んでないか?
ユリウスがショックを受けようが受けまいが進軍は続く。それから数回の妨害を経て、我々特戦隊を含む先遣隊は遂にアーディウス要塞が目視出来る場所にまでたどり着いた。
「なぁ、ボス。これから俺達はあれを攻め落とすんだよな?」
「ああ、そうなるな」
「……無理じゃね?」
「……ああ、私もそう思っていた所だ」
こっそりと話し掛けて来たティガルと私はアーディウス要塞の偉容を眺めながら思わず弱音を吐いてしまった。と言うのも、アーディウス要塞は明らかにカルネラ港を遥かに越える堅牢さを誇る難攻不落の大要塞だったからである。
元々はこの地域を統治していた国の都市だったアーディウス要塞だが、それが真実だとは信じられないほどに魔改造されていた。三重の外壁に囲まれているのはカルネラ港と同じだが、その壁が明らかにあれよりも分厚い。その分、外壁の上に設置されている防衛兵器も大型のものが増えていて、強引に突撃すればあっという間にグチャグチャにされてしまうだろう。
見慣れた金属製の外壁は正六角形になっていて、各頂点から少し離れた場所には二重の外壁に守られた小さな砦まである。この砦自体は目を見張るほど堅牢ではないようだが、一瞬で叩き潰せるほど生易しいものではない。
攻めている最中に要塞から攻撃されるのは明白であり、かと言って無視すれば背後から撃たれてしまう。連合軍の上層部がどのような決断を下すにしても、確実に出血を強いられることだろう。
そして最大の問題は、私の感覚に訴えかけてくる強大な敵の存在である。二日前辺りから肌が粟立つような寒気を感じていたのだが、この感覚は要塞に近付くつれて徐々に大きくなっていた。そして今では私の生存本能がこれでもかと警鐘を鳴らしている。ここにいては危険だ、早急に立ち去れと語りかけてくるのだ。
外骨格に守られた手が小刻みに震えていることから、私は無意識に恐怖してしまうほどの敵がいるのだと思う。敵の精鋭である白機兵を前にしても、私がこれほどに恐れを抱いたことはない。一体、彼処には何がいると言うのだろうか?
「後退だ!本隊が布陣する野営地を確保する!」
私が強敵の存在に戦々恐々としていると、先遣隊を率いる中央戦線の指揮官が後退を命じた。出陣する前は可能なら一度攻撃して敵の反応を見ると豪語していた指揮官だが、そんなことをしても何も出来ずに叩き潰されるだけだと判断したらしい。
賢明な判断だと私も思う。たったこれだけの戦力では反応を見る前に砲弾の集中砲火を浴びて全滅するのがオチだったからだ。その判断は正しいし、後退の命令を下すまでも早かったのだが……それでも判断を下すには遅すぎた。
「っ!?」
「ん?どうした、ボス?」
要塞の中から漂っていた並々ならぬ強者の気配が急速にこちらへ近付いて来るではないか。そのことに気付いているのは私だけであるらしい。私は命令違反だとわかっていながらも、急いで荷馬車へ駆け寄ると扉を開いて私の双剣を鞘から抜き放った。
余裕のない私の様子を見た仲間達だったが、新入りの三人以外はすぐに行動を開始した。私と同じように荷馬車へと乗り込んで自分の武器を取り出し、まだ戦えない者達を荷台へと乗せる。牽引していたシユウとアパオも魔人形態になると、荷台の屋根に乗せていたそれぞれの武器を手に取った。
「貴様等、何をやっている!勝手に武器を持ち出……」
「なっ、何だあれは!?」
我々の監視役の帝国兵は私達を叱責して罰を与えようとしたのだが、それを実行する前に誰かが大きな声で叫びながら空を指差した。そこには私が先ほどから感じ、接近していた恐怖の根源が浮かんでいる。それは黄金に輝く通常よりも二回りほど大きな機鎧兵であった。
黄金の機鎧兵は背中から炎を噴射するでもなく、何か武器を構えるでもなく丸腰のまま空中からこちらを睥睨している。まるで安全な場所から観察しているだけにも思えるが、私の本能はその考えを全力で否定していた。即座に攻撃しないのは単なる気紛れに過ぎず、一度攻撃に移れば瞬く間に全滅する。そんな最悪の考えしか浮かんでこなかった。
そこまで警戒しているのは私だけかもしれないが、先遣隊の誰もが黄金の機鎧兵から目を離せないでいた。ある者は困惑しながら、またある者は呆然と上を見上げている。指揮官も唐突なことにどんな指示を下せば良いのかわからないようだった。
「あれは……まさか……実在したのか?」
「何か知っているのか、アスミ」
そんな時、元白機兵であるアスミが掠れた声を震わせながら小さく呟く。危機感から五感が極限まで鋭くなっていた私はそれを聞き逃さず、黄金の機鎧兵から目を離さずに有無を言わせぬ強い口調で尋ねた。
すると、彼女はやはり震える声であれの正体について語り始める。それは聞こえていた者達を絶望させる内容であった。
「我らカン族の文化において、黄金を纏う権利を持つのはかつて我らを率いて大陸を支配した神々のみ。つまり、あれの中身は……神々の末裔だ」
次回は11月16日に投稿予定です。




