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WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第一章 闘獣編
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予選第三試合~第八試合

 合成獣の咆哮が拡散させたせいで焔毒蛙の粘液は闘技場に広く飛び散った。そのせいで清掃にはかなりの時間を要したものの、だからと言ってこの一大イベントが中止になる筈もない。本戦は粛々と進められていった。


 第三試合で戦ったのは岩竜よりも大きい戦士蟹と、前足が湾曲した刃物状になっている鎌鼬の戦いだった。戦士蟹とは個体によって鋏の形状が異なる大型の蟹で、第三試合に現れたのは特に珍しい左右で鋏の形状が異なる変異種だ。左の鋏は身体の半分以上を守れるほど大きくて分厚く、右の鋏は逆に細長く尖っている。まるで盾と槍のようだった。


 鎌鼬は霊術を使いながら機敏に動き回って攻め立てたが、左の鋏が誇る鉄壁の防御を貫くには至らない。一瞬の隙を突かれた鎌鼬は右の鋏によって喉を突き刺されて敗れた。堅実な戦いぶりは私からすると参考になるほどだったが、カタバミには地味だと不評であった。


 第四試合は霊術で造られた人造精霊である影狼と、雪山に棲んでいた野生の氷牙狼の戦いだった。前者は特殊な触媒を用いて霊力に意思を持たせた従順な漆黒の狼であり、後者は極寒の雪山にて群れを作らずに暮らす孤高な純白の狼だ。形状は同じでもその生い立ちも性格も色も正反対と言っても良い対戦に観客は大いに盛り上がった。


 戦いの勝者は氷牙狼で、決め手は名前の由来にもなった氷の牙である。氷牙狼は己の牙に霊術によって冷気を纏わせることが出来る。人造精霊の影狼は物理的に傷付けることは出来ないが、霊術による冷気であれば傷を負わせることも可能だ。


 しかも氷牙狼は野生であったが故に戦闘経験も十分にある。精霊の強みを活かせず、しかも戦いの経験値も違うとなれば影狼が勝てる道理はなかった。カタバミは綺麗な方が勝ったと喜んでいた。


 第五試合は金属よりも固くて太い棘が全身から生えている槍衾鼠と、巨大な嘴を持つ陸王鳥という大きくて獰猛な飛べない鳥だった。槍衾鼠の名前通り、槍衾めいた棘は押し付けるだけで傷を負わせられる凶器である。それに攻撃を防ぐ鎧としても使えるので、攻防一体を体現した生物だった。


 だが、相性が悪すぎたらしい。陸王鳥は多少傷付くことなどお構い無しに逞しい両足で槍衾鼠を押さえ付けると、巨大な嘴で棘を何本も引き抜いて肌を露出させるとそのまま肉を啄んで食べてしまった。これも弱肉強食である。


 第六試合は輝獅子という光輝く鬣が眩しい猛獣と、ピンク色でテラテラと艶のある二枚の翼膜を持つ飛ぶ眼球こと呪飛眼だった。この戦いも相性が如実に出たらしい。本来ならば特殊な霊術によって敵を苦しめるという呪飛眼だったが、その大きな眼球で輝獅子が闘気を高めると輝きを増す鬣を直視してしまったのだ。


 ポトッと落ちて苦しむ呪飛眼を輝獅子が踏み潰して戦いは終わった。緊張感も何もない戦いに闘技場はブーイングの嵐に包まれた。収集するのに支配人が苦労しており、それを見てカタバミはご満悦であった。正直、それについては私も同意である。


 第六試合がつまらない結果であったが、第七試合は非常に白熱した戦になった。一方は稀少な金属を惜し気もなく使って造られた兵器である大型の戦人形で、対するは戦人形に負けない大きさを誇る一角熊という額から立派な角が生えた熊だった。


 重量級の戦いは豪快の一言に尽きる。熊の振り下ろしを戦人形が腕で防ぎ、反撃の打撃は押さえ込まれ、角と装甲が激突して火花を散らす。最終的にはお互いに防御をかなぐり捨てた殴り合いになって、最後に立っていたのは戦人形の方だった。


 勝者である戦人形だったが、全身の装甲は傷だらけで凹んでいる場所も多々あった。まさしく満身創痍であり、試合終了後は作成者らしき者達が集まって何かをやっていた。きっと修理の算段でもしているのだろう。


 私が生き残れば次に戦うことになるのだから、修理なんてしなくて良いのに。戦いぶりを見たのでどう戦うかの戦略はもう立てているものの、勝つには面倒な相手であることは確実である。致命的な損傷があることを切に願う。


「お待たせ致しましたっ!これより本戦の第八試合を行いたいと思いますっ!」


 支配人が宣言すると私の向かい側にある出入口から現れたのは一匹の蛇だった。かなり大きい。体長は私の三倍以上はあるだろうか。胴回りも全体的に太いのだが、頭部の付け根の部分だけ特に幅が広くて眼を思わせる模様がある。全身を包む鱗は全体的に黒いが、真っ赤な瞳の目尻から尻尾の先端まで黄色い線が入っていた。


 凶悪な外見の蛇は無音で闘技場に現れると、蜷局を巻いた状態で鎌首をもたげて舌をチロチロと出し入れしている。その出で立ちは堂々としているが、眉間の部分に突き刺さった黒い杭が痛々しかった。


 あの杭は『隷属の杭』と言って、『隷属の首輪』とほぼ同じ効力を持つ道具である。首輪よりも強力な強制力があるものの、刺した個体の思考能力を下げてしまうとゲオルグが若様に語っていたから知っていた。


「出ましたぁっ!覇竜蛇ですっ!直系の竜種をも締め殺すと伝わる、竜の傍系たる砂漠の絶対王者っ!見てください、この堂々たる出で立ちっ!流石は予選では無傷の勝利を飾ってみせた、岩竜に次ぐ優勝候補だあぁぁっ!」


 覇竜蛇と言うらしい蛇は途轍もなく強いらしい。確かに、溢れ出る霊力と闘気は並々ならぬ力強さだ。しかし、それを感じているのにもかかわらず、私は目の前の蛇に恐怖を感じない。自分でもわからないが、そこまで苦戦せずに勝てるような気がするのだ。


 そんな私の頭をカタバミが尻尾でベシッと叩いた。私が何事かと思っていると、彼女は念話を送ってくる。その思念はこれまでになく真剣な雰囲気を漂わせていた。


『気をしっかり持ちなさい!アンタ、あの蛇の霊術にやられかけてるわよ!急いで霊力か闘気を高めるの!早く!』


 言われるがままに霊力と闘気の両方を高めると、靄が晴れたように頭が冴え渡るのを感じると同時に戦慄した。私は自分の思考能力が鈍くなっていることにすら気付いていなかったのだから。


 正気を取り戻して初めて、私は蛇の強さに危機感を覚えた。裏を返せば全力で戦っても勝てるかどうか分からない相手を前にして、どうして私はあんなに余裕ぶっていられたのだろう?


『あの蛇の眼っぽい模様を見ちゃダメ。影響を受けてるって分かり難いくらいに弱い精神干渉を霊術を受けるわ。操るんじゃなくて、油断するように誘導されるの。その分気付かれ難いんだけど……そんなみみっちい霊術、アタシには通用しないけどね!』


 カタバミは得意げに解説を締め括った。実際、彼女の助言がなければ私は何の根拠もない自信に後押しされて突撃していただろう。その先に待つのは無様な死のみ。本当に危ないところだった。


 改めて気を引き締めた私だったが、私の意思に反して身体が勝手に動き出す。どうやらゲオルグに闘技場へ出るように命令されたらしい。


 予選の時のようにここには来ないのだろうか?その方がカタバミのことがバレずに済むだろうから都合は良いし、そもそも来て欲しくない。私はゆっくりと節足を動かし、カタバミの声援を背に闘技場へと進んだ。


「対するは砂漠の暗殺者、冥王蠍っ!予選では必殺の毒針を用いて強力なライバルを打ち破りましたっ!奇しくも砂漠の住民同士の戦いとなった本戦第八試合!如何なる結果になるのでしょうかっ!?それでは…試合開始いぃぃぃっ!」


 支配人の宣言と同時にゲオルグの戦えと言う命令が届く。その命令が届く前に、覇竜蛇はその見た目からは想像もつかない俊敏さで私に噛み付こうと身体を伸ばした。


 もしも霊術の影響を受けたままなら、反応することも出来ずにここで食べられていたことだろう。しかし、カタバミの忠告により正気に戻っている私は前に走って回避しつつ喉元に向かって毒針を突き刺そうとした。


 だが、奴の鱗は想像以上に固かったらしい。表面を砕いたものの、毒針の尖端は肉にまで届かなかった。毒針で一撃、という訳にはいかないようだ。流石は本戦に勝ち残った相手とでも言うべきだろうか。


 覇竜蛇は懐に入られるのを嫌がったようで、首を急いで元の位置に戻す。姿勢を戻しつつ牙から毒を噴射し、更に後ろへ下がりながら尻尾を鞭のように使って私を打ち据えようとした。


 毒への耐性も高められている私に毒液など無意味だが、固い鱗に包まれた尻尾は鉄鞭よりも凶悪と言って良い。無防備に受けてしまえば私の身体は潰れてしまいそうだ。


「キシィィッ!」


 私は無理に回避しようとせず、毒液と尻尾の両方を闘気によって硬化した鋏で正面から受け止めた。思った通りに毒液は私に何の影響もなかったが、闘気を纏った尻尾による打撃はかなり重たい。衝撃が伝わって私の全身がギシギシと軋んだ。


 転ばされないように節足でふんばって耐えきると、反撃とばかりに鋏で尻尾を捕まえる。そして力を入れて尻尾を思い切り挟んでやった。


 蛇の鱗は相変わらず固く、しかも皮もしなやかでありながら頑丈で、その下にある肉は鋼の束かと思うほどの筋密度だった。しかし、闘気によって筋力を増強した私の膂力をもってすれば切断出来ない強度ではない。バツンと生々しい音を立てて蛇の尻尾は千切れてしまった。


「シュシャァァァァァッ!?」


 蛇は痛みに慣れていなかったからか悲鳴を上げていた。うるさいなぁ……このくらいで喚くんじゃない。尻尾の先が少し切れたくらい何だと言うんだ?砂漠の絶対王者という大層な二つ名が泣いているぞ!


 ゲオルグは脱皮で治るから問題ない、とか言って脱皮前には特に厳しい訓練を課していた。だから私は訓練だと言われて尻節どころか、死なない程度に全身をバラバラにされたことだってある。


 多少身体が千切れたところで、のたうち回っていても誰も助けてくれなかった。その時に思い知ったよ。生き残るためには、助けてもらえない前提で動くべきなのだと。野生で暮らしていたはずなのに、そんなことも知らなかったのだろうか?


 私はビチビチと跳ねる尻尾の先端を無視しつつ、再び覇竜蛇に向かって駆け出した。節足は力強く石床を踏みしめ、しかし音を立てずに動いて凄まじい速度を生み出す。覇竜蛇は自分の命に届き得る私の鋏を恐れたのか、急いで逃げようとしている。


 しかし、その動きはぎこちない。尻尾の先を切断されて身体のバランスが悪くなっているからだろう。この程度で動きを乱すとは……いや、それも仕方がないのか。野生であれば身体を欠損させる強敵と遭遇した時点で生存は絶望的。私のように欠損を抱えていても戦える訓練を積むのは不可能だ。特殊な状況にも対応可能という点は調教された闘獣の利点かもしれない。


 しかも覇竜蛇は砂漠の絶対王者と呼ばれる、砂漠の生態系の頂点に君臨する生物だ。傷を負うことすらほとんどなかったのだろう。そのせいで痛みに対する耐性が低いのだ。


 ただし、痛みを怒りに代えて戦うのではなく即座に逃げたのは、きっとこの個体の性格だと思う。強そうな見た目に反して実は臆病なのかもしれない。何にせよ、ここで容赦なく殺すが。


 私は一瞬で追い付くと覇竜蛇の背中に乗って駆け上がり、首の付け根を鋏で挟むとそのまま切断しようとする。覇竜蛇は半狂乱になってのたうち回り、私を落とそうとした。節足で固定しているから落ちることはないが、一息に太い首を切断することは出来ず、鋏が鱗を割って肉にめり込んだだけだった。


 このまま鋏が断ち切っても良いのだが……鱗が割れた時点で私の勝ちである。私は鋏によって付けられた傷口に針を突き刺し、猛毒を流し込んだ。


「シュッ……」


 毒を持っている覇竜蛇にも私と同じように毒への耐性があったのだろう。しかし、ゲオルグによって凶悪なものに強化された私の毒の前には無力だった。覇竜蛇は緋眼犬のようにビクンと痙攣してから力尽きる。私は念には念を入れて覇竜蛇の首を今度こそ切断した。


「けっ……決着うぅぅぅっ!勝者は冥王蠍っ!砂漠の絶対王者を下しっ!見事に下克上を成し遂げましたあぁぁぁぁぁっ!」


 支配人の言葉が呼び水になったのか、闘技場は盛大な歓声に包まれた。称えられているのだろうけど、殺し合いをさせられている私は全く嬉しいとは思わない。ただ黙って転がっている覇竜蛇の頭を鋏で挟んでから、空腹を満たそうと口に運ぼうとした。腹が減って仕方がないのである。


 しかし、急に鋏が動かなくなった。ゲオルグが止めろと命令したのだろう。空腹の方が死力を尽くして戦えるようになる、とか言う意味不明な持論を持つクソジジイは意地でもその状態を維持させたいのだろう。クソッタレめ。


『お疲れ!アンタ、やるじゃない!カッコ良かったわよ!』


 勝って生き残ったと言うのに嬉しいどころか苛立ちが募っていた私だったが、檻に戻った直後に頭にカタバミの念話が響いた。彼女の純粋な称賛は、何故かささくれ立った私の心を癒してくれた。


 私が求めていたのは万の称賛ではなく、たった一人の労いだったらしい。私は会釈するように尻尾を揺らし、彼女に感謝しつつ檻に収まるのだった。

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