帰還命令
「ただいま。出ている間に何かあったか?」
「あにき、アイツから命令だよ。帰ってこいだって」
「ええ。隊長、伝言球に帰還するようにとの命令が届きました。時間の指定はありません。声はあの男のものだったので、文句を言われることもないでしょう」
「そうか。どうせ嫌味交じりだったのだろう?あの男は性格が悪いからな」
私の問いに対して疲れたような笑みで応えたのは、ティガルの妻であるシャルだった。伝言球とは四年前の潜入任務で使った映写球のようなもので、離れた場所へと音声を届ける道具である。
近くで強力な霊術が発動していると上手く送受信出来ないこともあるが、離れた場所に時間差なく命令を届けられるのは革命的な技術だった。これも共和国軍から鹵獲した兵器を分析して生まれた代物で、共和国軍は遠くにいる総大将が直接命令していたそうだ。
共和国軍の味方を躊躇なく見捨てるのは、この総大将の方針であるようだ。末端の兵士どころか白機兵すら迷わず切り捨て、カルネラ港のように奪い返されるのなら港一つを味方を巻き込んで更地にした。冷徹という言葉でも生温い性格である。
帝国軍だけでなく中央戦線の連合軍も活用している。今の我々に現場で指揮を執る帝国兵が同行していないのもこの伝言球のお陰であった。
現在、我々に直接命令して指揮を執っているのはマルケルスではない。彼はカルネラ港での活躍と魔人を運用する手腕を評価されて出世している。今のマルケルスは魔人連隊の連隊指揮官であり、今は東方戦線で暴れん坊のカレルヴォの魔人達を相手に苦労しているはずだ。
そして中央戦線に派遣されている特戦隊を指揮する帝国兵だが……控えめに言って最悪の男である。我々を自分の武器か何かだと断じていて、最初に我々に掛けた言葉は『俺の出世のために死ね』というもの。その時に名前すら名乗らなかったので我々は今でも名前すら知らなかった。だから我々は嫌悪を込めて『アイツ』や『あの男』と呼ぶのだ。
どうやらカレルヴォに取り入って特戦隊の指揮官という肩書きを得たらしく、ことあるごとに我々を罵倒する上に危険な任務ばかり押し付けて来る。きっとカレルヴォの望み通りに私達を利用するだけ利用してから謀殺しようとしているのだろう。
マルケルスのような上官なら助けてやりたいと思うが、あの男の場合はこちらから殺してやりたいくらいだ。危険な場所には出てこない男だが、万が一にも危機に陥ったなら我々は嬉々として見て見ぬふりをするだろう。信頼関係を築くどころか、今ではカレルヴォと同等に憎悪の対象となっていた。
「だが、命令ならば仕方がない。すぐに帰還するぞ。シャル、体調はどうだ?」
「今は大丈夫です。安定している内に移動しましょう」
私がシャルを殊更に気遣うのには理由がある。それは彼女が妊娠しているからだ。お腹の子供は当然ティガルの子にしてレオの弟か妹である。その腹部は大きくなっていて、他の女性の仲間曰くいつ産まれてもおかしくないのだと言う。産気付く前にここから逃げ出さねばならないだろう。
そんなシャルは胸に一人の赤ん坊を抱いていた。ただし、今もスヤスヤと眠っているこの赤ん坊は彼女の子ではない。その両親はすぐに地上から穴へと降りてきた。
「ただいまぁ。シャルさん、うちのロー君は迷惑をかけませんでしたかぁ?」
「いいえ、とっても良い子にして寝ていたわよ」
シャルから赤ん坊を受け取ったのは母親であるトゥルだった。父親はリナルドであり、二人は今回の襲撃でも活躍している。戦場では戦鎚を軽々と振り回して機鎧兵を叩き潰すトゥルだが、我が子を受け取ると柔らかな母親らしい笑顔を浮かべた。リナルドも隠しようもなく顔が緩んでいる。自分の子は可愛いと言うことなのだろう。
ロクムと名付けられたトゥルとリナルドの子は我々が魔人となってから初めて産まれた子供である。髪の色はトゥルに似た白色の男の子だ。そして産まれながらの魔人である。そう、この子は魔人なのだ。
そのことに我々が気付いたのは産まれた直後のこと。産声を上げながらトゥルの姉であるファルに取り上げられた時、ロクムの両腕は白い鱗に包まれていた上に腰からは蜥蜴を思わせる尻尾が生えていたのだ。尻尾は短くて白い産毛に覆われていて、とても美しいと私は思った。
ロクムはオルヴォの魔人同士から産まれたからか、我々のように魔人形態からヒト種形態になることが出来る。まだ意識的に切り替えることは出来ないようだが、産まれた時の姿から察するに両親の形質を受け継いでいるようだった。
この出産は特戦隊の全員に祝福されたが、それと同時に魔人を所有している国々は驚愕することになる。魔人は合成によって生産するだけでなく、交配させることも可能なのだとわかったからだ。
魔人は簡単に戦力を増強する手段として重宝されているが、その製法は帝国によって秘匿されている。わざわざ帝国に依頼せねばならず、どの国も本音を言えば自国で魔人を生産したいと思っていた。その手段として魔人に子供を産ませようと考えた国も多かったようだ。
ただし、帝国の手を借りずに魔人を増やす手段として注目されたものの、今ではその実験を行おうとしている国はないらしい。と言うのも魔人の成長速度はヒト種と変わらないらしく、戦えるようになるまで十年前後の時間がかかるからだ。
即戦力を用意出来ると言うのが魔人の利点であるのに、十年待たなければならないのでは本末転倒であろう。ただ、魔人の材料として帝国に送られるヒト種における女性の割合は間違いなく高くなっているのは間違いないとマルケルスがこっそりと教えてくれた。
この戦争が長引くことを考慮しているのか、それとも戦争の後のことを考えているのか。それは私にはわからない。私にわかるのはこれからも新たな魔人はどんどん増えていくことだけである。
ちなみに魔人生産の本場である帝国では、魔人の交配についてカレルヴォが実験することも禁じているらしい。表向きの理由は合成獣同士を交配した場合、何が起こるかわからないからだと言う。そもそも魔人を合成する技術はオルヴォが作り出したものであり、交配したらどうなるのかわからないと言うのも事実なのだろう。
しかし、本音の所では自分の手を離れた所で魔人が増えることで自分の価値が下がることを恐れているからだと長年仕えていたミカが断言していた。本当に小者臭い男だよ、あいつは。
何にせよ、我々にとっては魔人を増やすためだけに女性の仲間達が無理やり犯されるような事態にならなかったのは幸運と言える。もしそんなことを言い出す者がいたなら、私達は命令に逆らってでも暴れていたに違いない。少なくともティガル達はそうしていただろう。
「母ちゃん、ただいま!俺、大活躍だったんだぜ!」
「あら、頑張ったのね。偉いわ」
トゥルにロクムを渡したシャルにレオは自分の活躍について自慢している。誇張を抜きにしてレオは今回の襲撃でも活躍していた。そのことを母親に自慢するのも何時もの流れであった。
シャルは嬉しそうな、しかしどこか辛そうな表情でレオの話を聞いていた。親として本当は戦場に出て欲しくないのだ。仲間達が命懸けで戦っているのに、戦う力を持つ自分の息子を安全な場所に置くことは出来ない。それ故に本心を抑えて戦場に出すようにしているのだった。
これまでは霊術士として二人を援護していたのだが、身重になってからは夫と息子が無事に帰ってくることしか出来ない。きっと内心では不安なのだろう。しかし彼女は気丈にもその思いを表に出さず、それどころか待機している者達をまとめている。私などよりも余程強い心を持っている女性だと思う。
「積もる話は後にして、さっさとずらかろうぜ。敵地から帰ってこいって言われたんだ、ありがたく従おうじゃねぇか」
「その通りだ」
「「「へい、族長」」」
無事を確かめ合っている帰って来た襲撃組と待機組に、ティガルとザルドはパンパンと手を叩きながら撤退の準備を始めさせる。二人に指示されたことで仲間達はそそくさと少ない荷物をまとめ始めた。
私がこの部隊のリーダーであることは仲間達全員が認めている。しかし贖罪兵のルガル隊とカダハ隊だった名残から部隊をまとめていた二人の発言力は強く、二人の指揮する能力も高い。部隊を二つ以上に分けて行動するときは、私がいない方を任せるのも二人のどちらかである。それだけ二人の存在は大きいのだ。
本来ならば二人の部隊を設けておいた方が良いのかもしれない。しかしながら、特戦隊の指揮官はあの男だ。許可もなく部隊を分けるようなことをすれば理不尽に怒るだろうし、かと言って許可を出すとも思えない。
そこで我々だけの時に使う呼称を用意することにしたのだ。どうせあの男は戦場に来ることはない。目の届かない所では好きにさせてもらっても罰は当たらないだろう。
そのために考え出された呼称が『族長』だった。そもそも贖罪兵は帝国に敗北した国の生き残りを苦しめながら少しずつ滅ぼすために作られた部隊だ。当時のことを知る者など誰一人としていないものの、そのリーダーが『族長』を名乗ることでかつて滅びた国が復興したように振る舞う。目の届かない所だからこそ出来ることだった。
「準備は出来たか?なら南下するぞ」
確認した後、私は隠れ家にしている穴蔵の南側の壁に手を触れる。そしてその部分を砂に変えてから北側に向かって移動させ、地上に続く穴を埋めつつ連合軍側へ続く地下道を掘り進んでいった。
カルネラ港の奪還戦で私は地下道を作るノウハウを得て、それからと言うものこうして地中を集団で移動して共和国の占領地に侵入するようにしている。もう四年も同じことを繰り返しているので、一連の霊術を効率良く使えるようになっていた。
南側を掘っては北側を埋めることを繰り返すことで、擬似的に我々のいる穴蔵が地中を移動することになる。徒歩で歩く程度の速度で南下を続け、このペースで進めば一ヶ月弱ほどで帰還出来るだろう。
「捕まえたっ!」
「今日の晩飯だ!」
穴を掘り進めていると、土竜や虫など土の中に住んでいた生物が露出することになる。それを捕まえるのは子供達の仕事だ。食料を確保すると同時に素早く動く訓練にもなっていた。
まだ戦場に出ていない子供達だが、この四年で確実に成長している。レオ達とは違って訓練を始めたのは遅かったものの、魔人であるが故に身体能力は非常に高くて覚えるのも早い。直に戦場で肩を並べることになるだろう。
そうして我々は占領地の奥深くから安全に南下し、連合軍側の前線に帰還する。到着したのは予定通り、一ヶ月ほど経った晩夏のことだった。
次回は9月29日に投稿予定です。




