カルネラ港奪還作戦 その三十
腹部に大きな瓦礫が直撃したせいでもう軌道が修正不可能になった私は、砂のクッションのことはスッパリと諦めた。しかし、それは生存を諦めたと言うことではない。私には産まれた時から果たさねばならない使命があるからだ。
(背中の外骨格を強化!砂の殻を展開!後は……あれ?)
私はあらゆる手段で防御を固め、来るべき落下の衝撃に備えようとしていた。しかし、身体がバラバラになりそうな衝撃はやって来ない。それどころか、自らを守るために構築した砂の殻がポフッと間の抜けた音と共に柔らかい何かに受け止められたのである。
何があったのかはわからないが、どうやら助かったらしい。私は不思議に思いながら砂の殻を解除すると、上から掌サイズの何かが頭に落ちてきた。私は反射的にそれを鷲掴みにしていた。
「……!」
「■■!■■■■!」
私の頭に落ちてきたのは、小さなヒト種であるポピ族の男性だった。小さい子供のようなポピ族は、私に見付かったのは想定外だったのか手の中で何かを叫びながら暴れている。共和国の言葉を話すポピ族……まさか、私が助けたポピ族か?
もしかして私を助けてくれたのは彼なのかもしれない。いや、状況から考えて間違いないだろう。ならば彼は恩人ではないか!恩を仇で返す訳にはいかない。私はそっとポピ族を地面に降ろしてあげた。
「がぐげげぐげげ、がぎがごう」
「■■……?■■■!」
地面に降ろしたポピ族に私は頭を下げて礼を言う。言葉が通じていないからかポピ族は戸惑っているものの、私が害意を抱いているどころか謝意を向けていることは理解してくれたらしい。最初にオドオドしていたのが嘘のように、今では私の前で得意気に胸を張っていた。
私がほっこりしていると、私の二本の剣に何かが触れている。その原因は後頭部の複眼で見えていた。触れていたのは他のポピ族だったのだ。
どうして剣に触っているのだろうか?その疑問の答えはすぐに得られた。彼らは少しだけ剣を鞘から抜いてから刀身にそっと触れる。すると、刀身がほんんのりと輝いたのだ。きっとポピ族の特技とも言える物質の変形を行ったらしい。一体、何のために?
ポピ族が離れた後、私は二本の剣を抜いてみる。そうして私の目に飛び込んで来たのは、新品同様の状態になった剣であった。まさか、私の剣の手入れをしてくれたのか?ミカがやってくれていると思い込んでいたが、もしかしてこれまでもずっと……?
「ゴホッ、ゴホッ!生存者はいるか!?誰でもいい!生きていたら返事をしろ!」
「痛ぇ……痛ぇよぉ……」
私が驚愕していると、壁が崩壊して巻き上がった砂埃の奥から帝国兵の声が聞こえてきた。すると、ポピ族達は私の複眼を以てしても見切れない速度で消えるように去っていく。
やはりこの大陸のポピ族と同じく、基本的に他のヒト種を避けているのだろう。特にこのポピ族はカン族によって強制労働を強いられていた節がある。姿を見せたくないと思うのは当然だろう。
だが、私はちゃんとした礼をしたかった。しかし、渡せるものは何も……いや、一つだけあるではないか。私にしか渡せないものが。
「……」
私は尻尾の先端にある毒針を根本から引っこ抜く。無理矢理に引っこ抜いたので根本の部分に血が付着しているが、それを手で拭ってからポピ族がいた辺りに投げておく。攻撃と見なされないように、下投げで優しく放り投げると……地面に落ちる前にパッと消えてしまった。
針がどこに行ったのか、その答えはわかりきっている。満足した私は既に新しい毒針が生えた尻尾を一度大きく振ってから立ち上がった。艦隊からの砲撃は既に止んでいるらしく、爆発の音も何かが崩れる音も聞こえない。生き残った帝国兵の悲鳴とそれを気遣う声だけが、瓦礫の山と化したカルネラ港に響き渡っているのだった。
◇◆◇◆◇◆
アルテラ歴八百二十六年の春、帝国軍はカルネラ港の奪還に成功した。最初こそ大軍を動員した力押しで攻略しようとしたものの、共和国軍の守りは固く、容易く奪還することは出来なかった。
そこで帝国軍は地下道を掘り進め、そこから兵士を送り込む作戦を実行した。作戦としては単純であるが、この作業を迅速に進めることで共和国軍に気取られる前に奇襲を成功させる。
帝国軍による正面から大規模な攻勢の影で侵入したこの部隊には、土地勘のある兵士を採用していた。そのこともあって陽動の部隊が共和国軍を引き付けている間に制圧を終えている。
カルネラ港を守るはずだった外壁に閉じ込められてしまった共和国軍は、徹底抗戦ではなく逃走を図った。門を開け放つと、装甲の厚い自走砲を盾にしつつ反撃もそこそこに一目散に北を目指して逃げていったのである。
当然、帝国軍は逃げる背中に攻撃を加えたし、足の速い騎兵に追撃させている。だが、それを全て討ち取ることは出来なかった。何故なら、勝ったはずの帝国軍には追撃に全力を傾ける余裕はなかったからである。
帝国軍から余力を奪った原因は、海上に浮かぶ艦隊からの砲撃であった。もちろん、帝国軍は共和国艦隊を放置している訳ではなかった。飛行の霊術を使える霊術士で部隊を編成し、共和国の戦艦を破壊した実績のある強力な爆弾を大量に持たせて出撃させていたのだ。
にもかかららず、艦隊を無力化することは出来なかった。それは空中で思いもよらぬ妨害があったからである。
共和国軍の技術を分析して作られた爆弾は、最初に作られた時とは違って今では量産が可能となっている。十分な量を確保し、砲撃が届かない高度から爆弾を投下するだけで艦隊は海の藻屑と消えるだろう。爆撃を命じられた霊術士達は楽に戦功を挙げられると喜ぶほどであった。
しかしながら、共和国軍は万全の対策を練っていた。共和国軍艦隊の上空にたどり着いた霊術士部隊を十人もの白機兵が待ち受けていたのである。機鎧の背部から炎を噴射させながら迎撃する彼らとの戦いを強いられた。
強敵と戦う羽目になった霊術士部隊の面々だったが、驚きこそしたものの逃げ腰になるほどヤワではなかった。彼らは難しいとされる飛行の霊術を使いこなす帝国軍の精鋭だ。彼らの方が数は多い上に空中での戦いは慣れている。白機兵がどれほど強かろうと、爆弾を投下してから撤退するくらいなら可能だと判断したのである。
霊術士達の判断は正しく、しかし同時に間違ってもいた。迎撃に来た白機兵の攻撃を三次元的な動きで回避しつつ爆弾を投下する。白機兵も空中戦に長けている者を選抜したようだが、彼らは霊術回路が刻まれているとは言え鈍重な鎧を装着している。小回りや機敏さで霊術士についていくことが出来なかった。
そうして爆弾を半分ほど投下した時、最も大きな戦艦から空中へと何かが飛び立った。砲弾よりも速く上昇し、空戦へと乱入する。その姿を見た霊術士達は驚いた。何故ならその機鎧兵は二回りほど大きい上に、黄金に輝いていたからだ。
霊術士達は最初こそ驚いたものの、すぐに彼らは白機兵以上にこの黄金の機鎧兵に警戒心を抱いた。何故なら、武装と言えるものを何一つ持っていなかったからだ。
機鎧は変形して武器になるので丸腰ではないのだが、これまで見た機鎧兵は必ず機鎧とは別に武器を持っていた。にもかかわらず、武器を一切持っていないのは如何なる理由からか。それは武器など必要としないから。霊術士達は何故かわからないが、全員が同じ結論へ瞬時に達していたのである。
そして彼らの出した結論は正しかった。黄金の機鎧兵を見た白機兵達は動きをピタリと止めたからである。いや、厳密に言えば動いていない訳ではない。彼らはガタガタと震えていたのだ。
「■■■■■?」
黄金の機鎧兵が小さな、しかし空で戦っていた者達全員の耳に届く声で呟いた。それを聞いた機鎧兵は震えるばかりで身動き一つとることが出来なくなっている。霊術士部隊は誰かが何かを指示するでもなく、黄金の機鎧兵に向かって霊術を放った。
霊術は全て黄金の機鎧兵に直撃する。しかし、その輝く装甲を貫くどころか傷一つ付けることは出来なかった。小揺るぎもしなかった黄金の機鎧兵は面倒臭そうに片手を振るう。何かが光ったかと思えば……霊術士部隊はそのほぼ全員が死んでしまった。
数人は生き残っていたものの、死んだ霊術士の持っていた爆弾が空中で炸裂したせいで一人を除いて全滅してしまう。このような経緯で艦隊の殲滅に失敗したことを、唯一帰還した霊術士は報告した後に力尽きた。
黄金の機鎧兵という白機兵をも超える敵の存在が明らかになった訳だが、帝国軍にとっての朗報もある。新たな戦力として本格的に投入した魔人が非常に活躍したことだった。
魔人はヒト種をベースにした合成獣であり、普通のヒト種に比べて遥かに優れた身体能力と治癒力を持つ一種の超人だ。素材となった生物の強弱によって性能に優劣はつくものの、少なくとも普通のヒト種だった頃よりも弱体化した例は一切なかった。
家畜や簡単に捕まえられる野生の小型から中型の生物と合成するだけでも元々のヒト種よりもかなり強化される。訓練を受けたこともない貧弱な小男が、帝国の平均的な兵士に匹敵するほど強くなるのだ。流石に一人で機鎧兵を倒せる者となれば素材を厳選せねばならないが、それも物量の差で押し潰せば良い。これほど容易く兵力を確保する方法はないだろう。
カレルヴォが作った魔人は血に餓えて暴走しやすいというデメリットはあるものの、それもこの戦場では有利に働いた。何せ臆病風に吹かれることなく、ただ愚直に突撃することが可能なのだ。隷属の霊術をしっかりと掛けておけば、いくらでも補充が利く強靭な兵士として運用出来るのである。そのことを高く評価した帝国軍は魔人の量産を決定し、魔人による遊撃部隊を組織することとした。
この活躍を聞いた中央戦線を支える連合軍は、魔人の素材を提供する代わりに生産するように帝国へ協力要請した。最初に魔人が戦場に投入されたのは中央戦線であり、その強さに最初に注目していたのも彼らだ。量産体制が整ったのなら、素材は渡すから作ってくれと依頼するのは当然の流れと言える。
東方戦線を一国で支える帝国だが、共和国の侵攻に対抗する連合軍の一員だ。それ故に正式な依頼を断らず、むしろ魔人に関するデータを収集することが出来ると喜んでいた。
魔人という新たな力を手に入れた連合軍だったが、共和国も一方的にやられてばかりではない。戦場に投入される白機兵の割合は明らかに増加し、元から脅威であった機鎧や銃がより優れたモノへと換装されて行ったのだ。
戦争は激化して一進一退の攻防が続き、お互いの領域の境界で何度も何度もぶつかり合う。勝ったり負けたりを繰り返した後、少しずつではあるが連合軍側が戦線を北へと押し戻していた。
そしてカルネラ港を奪還した四年後のアルテラ歴八百三十年の冬。連合軍はついに共和国軍の重要拠点の目前まで領土を取り戻すことに成功する。それは同時に、その拠点で激しい攻防戦を行わねばならないことを意味していた。
これで第二章は終わりになります。お疲れ様でした。
次回は9月21日に投稿予定です。




