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WELCOME TO HELL!  作者: 毛熊
第二章 戦奴編
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カルネラ港奪還作戦 その二十六

 総督府を奪還したマルケルス達だったが、まだ倉庫街を制圧した訳ではない。彼らは奪還した総督府の中で部隊の再編をしつつ、負傷者の応急処置を行っていた。


「副隊長、部隊の再編は終了しました。いつでも出撃出来ます」

「ああ、わかった」

「それと、やはりもう片方の部隊は被害が甚大です。この建物と正面から戦うことになりましたから」


 デキウスから現状についての説明を受けたマルケルスは、これ以上ないというほどの渋面を作った。自分たちと共に総督府を襲撃したもう一つの侵入部隊は、この戦いでかなりの被害を受けていた。彼らはマルケルス達が不意を突いて塀を越えて中に入ったことを知って、自らに注意が向くように派手に戦ったのである。


 マルケルス達が総督府を奪還するまで戦い続けなければならなかったことから、無為に兵力を失わないように指揮していた。そのお陰か死者は少ないものの、その代わりに負傷者はかなり多かったのだ。


 実際に突入したマルケルス達は負傷者も多いが、最も危険な役割を決死隊が引き受けてくれた。戦えないほどの重傷者は意外と少ない。疲労は溜まっているものの、ここにいるのは優秀な兵士達だ。闘気を高めることで疲労を回復させられない者はいなかった。


「なら話し合った通りに重傷者は彼に任せて、我々は倉庫街の制圧に向かうぞ」

「了解」


 そこでマルケルスはもう片方の部隊の指揮官と話し合って、彼は外に出て制圧を続け、もう片方の指揮官は重傷者を収容した総督府の守りにつくことにしたのだ。戦闘の続行が不可能な者を見捨てる訳にはいかないし、総督府を空にして再び占領されるのも馬鹿馬鹿しい。


 そこで総督府を臨時の拠点として用いることにしたのだ。負傷者がより多いもう片方の部隊が防衛に回りつつ、マルケルスの部隊にいた負傷者も預かることになっている。まるで野戦病院のような扱いだが、防衛に十分な戦力も残していた。仮に総督府に詰めていた共和国軍と同等の戦力が攻めてきたとしても、しばらくは耐えられるだろう。


 こうしてマルケルス達は後顧の憂いなく倉庫街の制圧へと向かう。総督府に合流する前に戦いが始まってしまったせいで倉庫街に取り残されてしまった者達がそれなりにいて、マルケルスが想像していたよりも多く戦闘が発生していた。


「戦闘も多いが、それよりも明らかに降伏勧告に従う者が増えたな。総督府を陥落させたのが効いたんだろう」

「そうでしょうね。この付近で最も強固な守りが敷かれた場所が陥落したのに、自分達が抵抗しても……と考えてしまうのが人情と言うものです。こいつらに人の心があるとは思っていませんでしたが」


 カン族のことを嫌悪しているデキウスの余計な一言を聞いてマルケルスはげんなりとしていた。ただ、最後の感情的な一言以外は事実である。外壁ほどではないにしろ、総督府は堅牢な砦と言っても差し支えない場所だった。


 それを陥落させた者達が自分達の前に、しかも自分達よりも多い人数でやって来るのだ。死にたくないから抵抗する意思はあったのだが、命は見逃してもらえるとなれば話は別である。心が折れかけていた彼らはあっさりと降伏した。


 この降伏に応じた者達が多すぎたせいで、マルケルス達は余計に時間がかかってしまった。そうして彼らが最後にやって来たのは、潜入任務の時に彼らが中を覗いたヒト種の標本だらけの倉庫だった。


 意図的にマルケルスがなるべく避けようとしていた場所であり、出来ることなら彼は二度とここに来たくなかった。しかし、責任感の強い彼は感情を押し殺して狂気の産物に満たされている倉庫へと足を踏み入れた。


「うっ!?」

「何ですか、この臭いは……!?」


 倉庫の扉を開けた瞬間、そこから鼻が曲がる臭気が広がった。薬品の持つ独特な臭いに強い腐臭と新鮮な血の臭いが混ざっていて、この香りを無理矢理嗅がせるだけでも心の弱い者は正気を失ってしまうかもしれない。


 だが、ここにいるのは全員が帝国の屈強な兵士である。臭いに吐き気は覚えても、だからと言って入ることを臆する者はいない。顔色を悪くしながらも、彼らは警戒を怠らずに倉庫の中へと入っていった。


「げっ、何か踏んだぞ……」

「臭いの元はこれかよ……」


 倉庫の入り口から入ってすぐの所にあった棚は全て倒されており、そこに整然と並んでいたガラス瓶は全て割られている。その中身を踏んだ兵士は嫌そうに足をブンブンと振って靴底こびりついた肉片を剥がそうとしていた。


 薬品と腐った標本とガラス瓶の残骸を踏み越えて、二階にある事務所の扉を開けて突入する。二階には品物を管理するのに使う事務所があるのは、全ての倉庫共通した構造だ。


 そして誰かが隠れているのは大抵が品物の死角か事務所の中である。そこを真っ先に抑えに行くあたり、制圧するのも手慣れたものだ。すると倉庫の事務所には思いもよらない光景が広がっていた。


「……どうなっているんだ?」

「同士討ち、でしょうか?」


 事務所に突入したマルケルス達が見たのは、血の海に沈む十数人の機鎧兵と部屋の隅で固まって震えている数人の男女、そして機鎧兵の死体の中央で凶器らしき銃を片手に佇む返り血で真っ黒になった一人のカン族の男だった。


 最初、マルケルスはそのカン族は兵士なのかと思った。しかし、それにしては身体があまりにも細く、戦闘訓練を受けたことがないのは明白である。そんな素人だからこそ何を仕出かすかわからない。彼は刺激しないように慎重に口を開いた。


■■■■■(落ち着いて)■■■■■(聞いてくれ)■■■(我々は)……」

「ああ、大丈夫ですヨ。ワタシ、ディト語話せマス。難しい言葉はまだ無理ですケド……あっ、ワタシの名前はラルマーン・ハディンと言いまス。よろしくおねがいしマス」


 アスミから聞いたフレーズで武器を置くように説得しようとした時、部屋の中央で佇んでいたラルマーンと言うらしい男がエンゾ大陸の公用語であるディト語で返事をする。その声は血塗れで立っている者が発しているとは思えない、穏やかな口調と声だった。


 まさか自分達の言葉が返ってくるとは思わずに呆然としたマルケルスは、きっと降伏勧告を受けた者達も同じ気持ちだったのだろうと益体もないことを考えていた。


 イントネーションに奇妙なところがあるので、難しい言葉は無理だと言うのは本当のことだとマルケルスは判断した。彼はコホンと咳払いをしてから、なるべく簡単な言葉を選んで彼らに降伏勧告を行うことにした。


「ならディト語で話させてもらうぞ、ハディン殿。我々は帝国の兵士だ。おとなしく降伏して欲しい。わかるか?」

「ええ、わかりますヨ。降伏しまショウ。ただ、一つだけお願いを聞いてもらえマスか?」

「お願いだと?」


 マルケルスは思わず眉をひそめてラルマーンをじっと見つめる。彼は元々血の海の上に立ちながら取り乱した様子も見せないラルマーンに警戒心を抱いていたが、意外なほど素直で物腰の柔らかな雰囲気のせいでついつい警戒を解きつつあった。


 しかし、そうやって油断させておいて降伏に条件をつけようとする作戦だったのかもしれない。もしそうだとするのなら、侮れない強かさである。マルケルスは何を言い出すのか気になったので、取りあえず聞いてみることにした。


「叶えられるかどうかはわからないが、聞かせてもらえるか?」

「ワタシ、科学者です。研究が大好きなので、研究する環境が欲しいのですヨ。もちろん、お役に立つ研究をすると約束します」


 彼の出した条件とは、研究者としての待遇で迎え入れて欲しいというものだった。それが叶うのなら研究成果を帝国に提供するつもりらしい。思っていたよりもまともな条件だったことにマルケルスは少しだけ安心していた。


 未知の技術を持っている共和国の科学者が、帝国のために働くようになる。これは間違いなく国益に繋がるだろう。共和国軍との戦いを有利に進めていくことも可能になるかもしれない。判断を下す立場にはないものの、そのくらいのことはマルケルスでもわかっていた。


 それ故に彼の要求を上官に伝えることはやぶさかではない。ただし、一つだけ確かめておきたいことがあった。それは……


「お願いを伝えるのは問題ない。だが、その前に聞いておきたい。どうしてここにいる機鎧兵……同胞である共和国兵を殺したんだ?」


 マルケルスの質問は単純明快で、この状況について説明を求めるというものだった。帝国兵と共和国兵が殺し合うのは当然だが、共和国兵を科学者が、それも共和国の科学者が殺すのは普通だとは思えない。彼が聞いておかねばならないと判断するのも当然だろう。


 ラルマーンは目をパチパチと瞬かせる。まるでどうしてそんな()()()()のことを聞くのだろうか、と疑問に思っているようだ。しかし、聞かれたからには答えなければならない。そんな調子で彼は口を開いた。


「彼らはワタシが苦労して集めた標本と研究資料を勝手に破棄したんですヨ?帝国に渡さないためとか言ってましたが……許せることじゃありまセン。死んで当然でショウ」

「それは……残念だったな」


 マルケルスはその一言だけで、目の前の男が他者の命よりも研究を優先する研究者であること、そしてその中でも危険なタイプだと嫌でも理解させられた。


 予算を費やして得られた研究成果を敵に渡さないために破棄した機鎧兵の行動は、敵ながら的確な行動だと評価出来る。もしもマルケルスが彼らの立場だったとしたら、きっと同じことをするだろう。


 だが、この男はそれを良しとしなかった。それどころか同胞であるはずの彼らを殺しても構わないと思っているらしい。全ての価値の頂点に自らの研究を置いているのだ。


 この手の人物は極めて優秀だが、何が原因でトラブルを起こすのかわからない。諸刃の剣と言える存在なのである。


 マルケルスはチラリとデキウスの様子を窺う。彼は目で『不本意ですが、上官に報告せざるを得ないでしょう』と語っていた。彼は心の中でため息を吐きながら、ラルマーンにわかったと言うしかないのだった。

 ついに書き溜めが尽きてしまいました……これまでほぼ毎日投稿してきましたが、これからは四日おきに投稿していこうと思います。

 ご理解のほど、よろしくお願いいたします。


 次回は9月5日に投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
状況証拠的に腑分けた人体ののホルマリン漬けを生み出した研究者でしょコイツが。 良いの?
[一言]  この科学者、カレルヴォと同じ人種な気がして不気味。同調するか敵対するか 二人の関係が帝国軍や魔人に与える影響はいかなるものか、気になります。    毎日お疲れ様でした。次回の投稿を楽しみに…
[一言] ストックはいつか切れるものだからしゃあない、むしろ毎日楽しませてくれてありがとう。今後は骸骨のほうとは投稿タイミングをずらして週2回楽しませてくれるとありがたいw
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