カルネラ港奪還作戦 その二十五
「おっと!覗くくらい許せって……!」
そっと入り口から中を覗こうとしたマルケルスの鼻先を、無人攻撃機から放たれた大型の銃弾が掠めて行く。彼は慌てて頭を引っ込めるしかなかった。
彼らが攻めあぐねている間にも、友軍の被害は拡大していることだろう。一刻も早く、そしてなるべく味方を死なせないようにここを攻略する方法は何かないのか。マルケルスは思い付いた戦術を頭の中でシミュレートしてみては失敗するのを繰り返していた……そんな都合の良いものはないと薄々わかっていながら。
「……指揮官殿」
「何だ?」
答えのない難問に意識を割かれていたからか、地元出身者の兵士に声を掛けられたマルケルスの返事はぞんざいなものだった。しかし、そのことに気を悪くするでもなく、その兵士は徐に口を開いた。
「このままここで立ち往生していても埒が明きません。その間にも友軍には損害が出ていることでしょう」
「そんなことはわかっている。何か妙案があるのか?」
マルケルスの声は先ほどよりも一段低いものとなっている。今まさに頭を悩ませていることを指摘されたことで苛立っているのだ。怒鳴り散らさないだけ自制が利いている方だろうが、苛立っていることは誰の耳にも明らかだった。
ただ、それでもその兵士は気分を害した様子はない。それどころかマルケルスの質問にハッキリと答えた。作戦ならある、と。
「本当か?なら言ってみてくれ」
「決死隊を組織し、一気に突入してあの円盤を破壊しましょう。これが、入り口を突破するのに最も犠牲の少ない方法だと思われます」
その作戦は、作戦とも呼べないものだった。死ぬことを前提とした部隊を組織して突入させ、彼らに命を賭して無人攻撃機を破壊させる。何のことはない、単なる力押しだった。
少しだけ期待していた分、マルケルスの落胆は大きかった。彼は最初から力押しでは無理だと思っていたし、ほぼ間違いなく死ぬ決死隊に名乗りを上げる者はいないだろう。彼は呆れながら却下だと言い放とうとしたのだが、その前に兵士が口を開く方が速かった。
「決死隊は我々にお任せ下さい。必ずやり遂げてみせましょう」
「何を……!?」
それまで入り口を覗き込もうとしながら会話をしていたマルケルスは、ここに来てようやく兵士の方を振り返る。するとそこにいたのは地元出身者の兵士の生き残りの約半数であった。そう、彼らは決死隊として突入することを決意していたのである。
絶句するマルケルスに向かって、その兵士は落ち着いた調子で語り始めた。決死隊となる覚悟を持つ者達は全員に共通する想い……死に場所を求めていたという想いを。
「ここにいるのは帝国の兵士となっていたにもかかわらず、離れた任地にいたせいで故郷も家族も守れなかった者達。侵略者への憎悪と同じくらいに、己の無力と不甲斐なさを呪っている……生きる死人です」
「死人に恐怖はありません。ですが、我々は死に方を選びたかった。一人でも多くの侵略者を殺して故郷を解放するために死にたいのです」
「指揮官殿、どうか我々の望みを叶えては下さいませんか?」
「……」
マルケルスは盾で上からの射撃を防ぎながらも、彼らの本音を黙って聞くことしか出来なかった。指揮官としての彼は、武功を挙げて出世することよりも味方になるべく損害が出ないようにすることを心掛けて来た。そんな彼にとって、決死隊に突撃させる作戦は認められるものではない。
しかしながら、彼らの覚悟を見せられたマルケルスはそれを即座に否定出来なかった。それは許さないと言うことはついぞ出来なかった。軽々しく拒否するには彼らの言葉は重すぎ、自分の言葉に翻意させる力を持たせるには彼らとの付き合いが短すぎたのだ。
「……わかった。ただし、条件がある」
「何でしょうか?」
「死にたいのなら、望み通り死に場所をくれてやる。だがな、それ以前に我々は帝国の兵士だ。兵士なら作戦を成功させるつもりで行動しなければならん。わかるな?」
「はい」
「なら少しでも成功する確率を上げるために行動しろ。死んだ兵士の鎧を剥いで着ろ。落ちている盾を使って防御を厚くしろ。その後ろから我々も続く……それで良いな?わかったら早く行動に移れ!」
「「「了解しました」」」
それがマルケルスの下した決断だった。彼らを翻意させることが出来ない以上、それを最大限に利用してやることが指揮官としてやれる唯一のことだろう。そのための具体的な策を彼らに授けたのである。
それからの決死隊の行動は速かった。物言わぬ味方の骸から鎧を外して何重にも鎧を着込み、両手に盾を持って準備を整える。上から眺めている機鎧兵は仲間の鎧を剥ぎ取る意味がわからずに困惑しながら銃弾を撃っていたのだが、彼らは気にすることなく盾で防ぎながら作業を止めなかった。
「指揮官殿、準備は完了しました」
「わかった。なら……逝って来い!」
「了解!突撃します!」
「「「うおおおおおおおっ!!!」」」
突撃の準備を終えた決死隊は、迷うことなく入り口から総督府へと突入を開始した。彼らが姿を表した瞬間に、無人攻撃機は無慈悲なる射撃を再開する。軽装歩兵を一撃で貫く弾丸が雨霰と降り注ぎ……盾と数枚の鎧を穿った所で止まった。
しかし、弾丸が当たった場所の近くに当たってしまえば着込んだ鎧も意味がない。入った瞬間に死ぬことこそなくなったが、決死隊は一人、また一人と討ち取られていった。
「彼らの犠牲を無駄にするな!総督府を一気に制圧する!続けぇっ!」
「「「うおおおおおおおおお!!!」」」
決死隊が突入した直後にマルケルス達も総督府内に飛び込んだ。これまでは強力な銃弾の威力に怖じ気づきつつあった帝国兵だったが、突入した決死隊の覚悟を見せられて奮い立ったのである。
同じ兵士として、彼らが命を賭して作り出した好機を決して逃してはならない。同じ兵士として、勇猛さで彼らに遅れを取る訳にはいかない。決死隊に感化されたように、兵士達も死に物狂いで突入したのだ。
「ぬああああっ!」
決死隊のすぐ後に突入したマルケルスは、決死隊の最後の一人が倒れると同時に大きく跳躍する。そして無人攻撃機の真上にまで到達すると、右手に持った剣をがむしゃらに振り下ろした。
彼の剣は無人攻撃機の半ばほどにまでめり込み、その傷口からは火花と共に霊力が漏れ出していく。これを動かしていた霊術回路に致命的なダメージを与えることに成功したようだ。ただし、彼はそれだけでは安心せずに、壊れた無人攻撃機から剣を抜いてから蹴り飛ばした。
無人攻撃機が壁に激突した直後、それは耳をつんざくような音と共に爆発してしまう。やっぱり仕込んであったか、とマルケルスは敵の狡猾さに舌打ちしていた。
同じように残りの無人攻撃機も兵士達の手によって破壊されている。爆発に巻き込まれて数人が死んでしまったが、ようやく総督府の内側に入ることに成功した。その立役者となった決死隊にマルケルスは無言で敬礼してから、建物の制圧に取り掛かった。
「■■■!?■■■■■■!?」
「■■■■■■!■■■■!」
総督府にはいくつも部屋があるのだが、機鎧兵はその窓から下に向かって銃撃を行っている。味方のためにもマルケルス達は部屋を一つ一つ、丁寧に制圧して行く。今回は投降を呼び掛けるような悠長なことはしていない。一刻も早く制圧せねばならないと誰もが理解していたからだ。
人手が減ると同時に弾幕も薄くなるので、共和国軍は屋上に待機させていた部隊を建物の内部に投入した。数十人の機鎧兵がゾロゾロと降りてきて、一斉に銃弾を発射する。
「今更ビビるかよ!」
「突っ込め!」
だが、敵の増援が来たところで帝国兵の士気が崩れることはなかった。無人攻撃機の盾となって一人残らず散っていった決死隊の覚悟を見た帝国兵は、彼らのためにも絶対に負けられない。決死隊の散り様はそんな想いを抱かせるほど凄絶なものだったのだ。
盾を構えながら前進し続け、隙間から抜けた弾丸で仲間が倒れたとしても怯むことなく距離を縮めて白兵戦に持ち込む。機鎧兵も総督府を奪われれば倉庫街での戦いの趨勢は決するとわかっているので、抵抗はかなり激しかった。
「ぐああっ!?」
「■■■■!」
「おおおっ!」
「■■■■!?」
総督府の廊下は帝国兵と機鎧兵の怒号と悲鳴が響き渡り、双方の血で床や壁が染められていく。壮絶な戦いの末、勝利したのは帝国軍であった。
「屋上だ!屋上を制圧すれば、総督府は我々のものだぞ!」
「「「おう!」」」
汗と返り血でグチャグチャになったマルケルスは、叫び過ぎて痛む喉から声を絞り出すようにして味方を鼓舞する。彼らも限界は近いものの、力を振り絞って応えていた。向かってくる機鎧兵を撃滅しながら屋上へ続く階段を上り、ついに彼らは屋上へとたどり着いた。
屋上には設置式の大型銃や大砲などの防衛兵器が所狭しと並んでいる。しかし、その全てが外側を向いていた。それはつまり、マルケルス達の方に向いている銃口や砲口は一つとしてないということだった。
「ただ、楽勝とは行かんらしいな」
屋上にいたのは銃撃や砲撃を行う機鎧兵と機鎧を装備していない兵士だけではなかった。野戦の時に最前線で戦っていた重装の機鎧兵が五十人ほどいたのである。
重装の機鎧兵は、帝国の重装兵と同等以上の防御力と攻撃力を誇る。万が一にも屋上に侵入された時の最後の砦なのだろう。周囲の大砲などを壊さないように強力な火砲は積んでいないものの、身の丈ほどもある巨大な盾と同じくらいに巨大な剣や斧を担いでいる。正面から戦えば、間違いなく叩き潰されるに違いなかった。
「正面から戦えば、の話だがな。帝国軍の軽装歩兵を舐めるなよ?重装歩兵の仕留め方を熟知しているんだからな……全員、アレを投げろ!」
「「「はっ!」」」
マルケルスが命令すると同時に彼らは腰の後ろに下げていたポーチから小さな陶器の瓶を取り出す。陶器は安物の量産品でしかなく、これと言った特徴もない。しかしマルケルス達は自信に満ちた表情のまま、それらを重装の機鎧兵に向かって投げ付けた。
飛んでいった陶器の瓶は当然のように盾で防がれる。陶器の瓶はその用途の通りに盾にぶつかると同時に割れ……中に入っていたドロリとした液体が飛び散った。それを視たマルケルス達はニヤリと笑う。それと同時に重装の機鎧兵から悲鳴が上がった。
「対重装歩兵用の粘着液が入った陶器の瓶だ。空気と触れることで一瞬で固まる。鎧の隙間にでも入れば、しばらく身動きが取れなくなるぞ。希少な薬品だから一人に一つしか支給されないが……使うのを我慢しておいて正解だったか。総員、今のうちに重装兵を仕留めろ!」
「「「おおおおおっ!」」」
マルケルス達は身動きが取れなくなった重装の機鎧兵の背後に回り込むと、速やかに鎧の隙間から剣を突き刺して始末していく。鎧を展開して戦おうとする者もいたものの、最初に数を減らされたのが痛手であった。
重装の機鎧兵は抵抗虚しく討ち取られ、残された兵士達も同じ運命を辿ることになる。こうして総督府は帝国軍によって奪還されたのだった。




