カルネラ港奪還作戦 その十七
地下道が完成し、遂に本格的な攻勢が始まる。マルケルスからその話を聞いた我々の動きは早かった。持ってきた荷車をこれまでやり取りしていた補給部隊に預けると、そのまま来た道を引き返して仲間達と合流した。
網のからまった部分を解いたり穴が開いた部分を繕ったりしている仲間達に事情を説明すると、彼らは急いで網を畳み始める。網の扱いは十日も経てば慣れたものだ。網はあっという間に小さく畳まれてしまった。
ただし、これで出発という訳にもいかない。海上を偵察している仲間の帰還を待たなければならないのだ。今はファルの班が行っているはず。彼女達の帰還を待っておこう。
しばらく待っていると、水平線の向こう側から空を高速で飛ぶファル達が見えてきた。彼女達は出せる最大の速度で飛んでいる。遠目に見ても全員の顔には焦りが浮かんでおり、夫であるゴーラは何か怪我でもしたのかとハラハラしていた。
そんな我々の心配を知ってか知らずか、地面に転がるようにしてファルは帰還する。そして網を畳んでいることに疑問を抱く素振りすら見せず、焦燥感も露に言った。戦艦が来ている、と。
「数は前よりも多い二十隻!しかも前の時に一隻だけいた大きい奴が三隻も混ざってた!」
「こんな時に……!ですが、良く報告してくれました。スープを飲んで休んで下さい。余り長くは時間がとれませんが」
デキウスは険しい表情で海の方を睨んでから、ファル達を労いつつ出発を少し遅らせる決断をした。これはデキウスがお人好しだから……ではなく、私達の心証を鑑みてのことだろう。デキウスは悪い奴ではないが、マルケルスと違って計算ずくで動く男。そのくらいはこれまでの付き合いで理解している。
そして理解しているのは私やミカだけではない。このような重要な話は全体で共有しているからだ。それ故にファル達もスープを飲んで冷えた身体を暖めているものの、味わうのではなく急いで掻き込んでいた。
彼女らの器が空になったところで、同じく空になった鍋と役目を終えた竈を破壊する。残しておいたら後で難癖を付けられる可能性があるからだ。ただでさえ我々はカレルヴォに目の敵にされている。攻撃の材料になりそうなことは徹底的に排除しておくのだ。
これは私達だけでなくデキウスの考えでもある。彼はカレルヴォのことを嫌っており、少しでも関わる機会を減らすためならばどんなことでも行う。下手をすると捕虜のアスミよりも嫌っているかもしれない。まあ、皇帝の威光を利用する態度が気に食わないのだろう。
閑話休題。ファル達が空腹を満たしたところで、我々はすぐに本陣を目指して出発した。荷車のような余計な荷物がない上にデキウスは馬に騎乗しているので、全員で走ることが可能だ。出発したのは真昼だったのだが、日が落ちる前に我々は本陣にまで帰還した。
「戻ったか!」
「はい。それよりもご報告すべきことがあります」
「報告……?まさか!」
「そのまさかです。奥へ行きましょう」
「ああ、わかった。皆は前に使っていた場所で野営の準備をしてくれ」
デキウスの言う報告すべきこと、とは戦艦が近付いているという話である。そのことにマルケルスは既に気付いているらしい。真剣な表情でデキウスと共に本陣の奥へと向かっていく。
その際、我々への指示が雑になったのはご愛敬と言うものだろう。我々は気にすることなく指示された場所に向かった。
「ブモォォ~!」
「ヒヒィ~ン!」
我々の姿を発見したからか、それまで大人しく横たわっていたシユウとアパオがこちらに向かって鳴いている。嬉しそうなミカが近付くと、周囲にいる他の馬を刺激しないように宥めた。
それから前に割り振られていた場所に再び天幕を張ってからその中で我々がくつろいでいると、本部からマルケルスが戻ってきた。彼の顔は真剣そのものだが、悲壮さや深刻さは感じられない。どうやら全滅を覚悟しなければならない任務ではないようだ。
「皆、聞いてくれ。作戦の内容が決まった。予定通り、我々は皆が掘った地下道を通ってカルネラ港に乗り込む。内側から引っ掻き回すんだ」
「戦艦が接近していることは報告しましたが、そちらは霊術士部隊が対応するそうです。飛行の霊術が使える者達が、設置式の銃の射程外から大量の爆弾を投下するんだとか。この戦法が効果的だと、皆さんが身体を張って証明して下さいましたから」
気分の良い話ではないでしょうが、とデキウスは締め括った。確かに気分が良い話ではない。私達が命を懸けて行った戦艦の撃破。あの時は少ししか支給されていなかった爆弾を大量に用意して、一方的に破壊すると言っているのだ。あの時は量産の方法が確立していなかったのだろうが、用意しておけよと言いたくなるだろう?
しかし、不満を口にしたところで意味がないことは重々承知している。特に死にかけたリナルドは最も険しい顔になったものの、やはり何も言うことはなかった。
「本当は作戦の決行は四日後だったのだが……戦艦が来たことを鑑みて、明日決行することになった。急な話だが、しっかり休んで明日に備えてくれ」
明日か!本当に急だな……それだけ戦艦の登場は首脳部にとって頭の痛い話なのだろう。何にせよ、明日は久々に戦場へ飛び込むことになるらしい。マルケルスの言う通り、ゆっくり休むことにしよう。
マルケルスが去った後、やることもないので我々はさっさと寝ることにした。その前にミカは全員に何かを配って回っている。いつものように闘気と霊力の制御鍛練を行っていると、ミカが私の背後へと戻ってきた。
「どうぞ」
「!!!」
ミカが渡しに差し出したのは、微かに甘い香りを放つドライフルーツだった。驚きながらミカを凝視すると、彼は苦笑しながら何故持っているのかを説明してくれた。
「実は一つだけ食べずに置いておいたのです。甘味がお好きな様子でしたので。明日は激しい戦いになるでしょうし、お召し上がり下さい」
私は遠慮などせずにドライフルーツをパクリと食べる。おお……美味い……!生の魚介類も甘みを感じたが、果物の甘さには遠く及ばない。私は味わうようにしてゆっくりと噛み締めた。
幸福感に包まれながらいつもの鍛練を行っている間に空が暗くなり、夜になってそのまま何事もなく朝が来た。夜明けと共に周囲で寝ていたティガル達も起き始める。彼らは大きく伸びをしたり武具の調子を確かめたりしていた。
我々の天幕だけでなく、他の帝国軍の天幕も慌ただしくなっている。今日はこれから大きな作戦が動くのだ。それを知っていれば、浮き足立ってしまうのも仕方がないだろう。
「おはよう、皆。朝食を食べたら出発する。潜るのは皆が掘った穴だ。我々はそこで先陣を切って突入することになったから、そのつもりでいてくれ」
先陣か。最も危険な役回りだが、それを任されることくらいは想像していたから驚きはしない。そして先陣を切るのはどうせ私だ。そう易々と殺されはしない。必ず生き延びてやる。
そんな覚悟を決めつつ支給されたパンをゴリゴリと咀嚼して一気に飲み込む。そして我々が使っている荷馬車から私の剣を取り出して装備する。まだ時間があるので二本とも抜いてその状態を確かめてみた。うん、刃こぼれも目立った傷も汚れもないな。
「……?」
納得してから二本とも鞘に納めようとした時、私はふと疑問に思った。どうして私の剣はこんなにも美しい状態を保っているのだろうか、と。
自分で言うのもアレだが、私は武器の扱いが雑な気がする。いや、なるべく丁寧に使っているつもりなのだが、ハタケヤマに一度怒られたこともあるように手入れの方法を知らない。それなのにとても綺麗な状態なのが不思議だったのだ。
「……」
しかし、私はその疑問の答えにすぐ至った。ミカである。あの何でも出来る上に気が利く男がきっと手入れをしてくれているのだ。答えが見付かったところで、私はパチンと鞘に剣を納めるのだった。
その後、我々はカルネラ港から見て本陣の裏側に掘った穴を降りていく。縄梯子が掛けられてはいるが、一々降りるのは面倒だ。私は上からピョンと飛び降りて、少しの間浮遊感を味わってから足音を立てずに着地した。
私の真似をするようにティガル達も飛び降りて来る。落ちる感覚が面白いのか、ティガルやリナルドは楽しそうに叫んでいた。
「バカなことをするな……心臓が止まるかと思ったぞ」
「他の兵士がドン引きしてたわよ?子供じゃないんだから……いえ、子供でもやらないわよ?」
ただ、縄梯子を伝って降りてきたザルドとシャルに叱られてしまった。私を含めた飛び降りた者達は項垂れながら謝るしかなかった。
その後、降りてきたマルケルスを先頭にして我々は地下道を歩き始める。地下道を歩いているのは魔人である我々だけでなく、帝国軍の軽装歩兵もついてきていた。我々が先陣を切った後から突撃し、外壁や港の機能を奪うのだ。
それは人数の少ない私達では不可能な任務である。適材適所と言うことだろう。戦闘力だけでは不可能なことは幾らでもあるのだと私は学んでいる。
「ここが最奥か。時間は……あと少しだな」
ランタンを片手に先頭を歩いていたマルケルスは、地下道の最奥にたどり着いた。そこで懐から取り出した時計を見ながらブツブツと時間がどうのこうのと呟いている。
時計はとても希少な道具だが、この作戦ではお互いに連絡を取り合うことが出来ない地下道から同時に地上に出て奇襲することが肝要である。それを可能にするべく、時計は必需品なのだ。
時計を睨み付けていたマルケルスだったが、その時が来たのか私の方を真っ直ぐに見ながら言った。地上に出るぞ、と。私は深く頷くと地下道の天井に手を当てる。するとその部分が溶けるように砂に変わっていき……カルネラ港の地下に張り巡らされている、潜入任務にも使った排水路に繋がるのだった。




