カルネラ港奪還作戦 その十五
地下道を掘り終えた我々は、一度外に出ることを許された。我々の他にも地下道を掘っている者達がおり、全面的な攻勢に出るのは彼らの仕事が終わってからになるからだそうだ。
「うおぉ……お天道様の光って、こんなに暖かいもんだったっけ……?」
「あれ?涙が出ちゃう……?」
地上に出たティガル達の多くは、太陽の光を浴びる感動に打ち震えていた。暗闇が平気な魔人とは言え、ずっと光がない場所に居続けることには多大なストレスを感じていたのだろう。そこから解放された喜びは計り知れないらしい。
一方で私のように感動とは無縁の者もいる。その代表はソフィーで、彼女は外に出た喜びよりも自分の長い髪に付着した泥や埃を鬱陶しそうに払っていた。
これはきっと、魔人となった時に合成された生物由来の感覚だろう。砂の中にずっと埋もれていても平気だった私や洞窟に生息していた宝晶蛇と合成されたソフィーにとって、暗くて狭い場所にいることは苦にならないのだ。
魔人の個人差についての考察はともかく、久しぶりに外に出たからと言って自由時間が与えられるとは思っていない。どうせ地上で戦いに加われとか命令されるのだろう。諦念と共にそう思い込んでいた我々だったが、地上で待っていたマルケルスの口から飛び出したのは意外な一言だった。
「地下道の作業、ご苦労だった。早速で悪いが、次の任務が与えられている。我々の次の任務は……海上の警戒と食糧の確保だ」
マルケルスの話によると、帝国軍は戦艦の増援が来ることを警戒しているらしい。しかし帝国の海軍は共和国軍との最初の戦いで壊滅的打撃を受けていて、現在は急ピッチで再建中だそうだ。そこで海上の警戒任務が飛行可能な者がいる我々にお鉢が回ってきたという訳である。
飛べる魔人が海上を監視している間、我々は遊ばせてもらえる訳ではない。その間、海岸で漁師の真似事をして帝国軍の兵糧の足しにするのだ。後方から送られてくる食糧は十分な量であるが、十万の胃袋を支えるのはかなりの負担である。現地で集められるのならそれに越したことはないのだろう。
釣竿などで一匹ずつ釣るのではなく、漁師が使う網を使って大量に魚を捕れとの命令だ。少し聞いただけならそんなに難しい任務じゃなさそうだが、これを朝から晩まで繰り返すとなれば話は別だ。地下道掘りに匹敵するくらいの重労働になるだろう。
任務の説明を聞いたところで即出発だ。我々は本陣から東進し、海岸線にまで出る。そこには既に後方から補給部隊が用意した網が置かれていた。さて、これをどうやって使うんだ?さっぱりわからん。
マルケルスは網を管理していた補給部隊に近付いて受け渡しの確認などのやり取りを行う。それが終わると補給部隊はさっさと南に戻っていった。残されたのは網が入った大きな箱と、捕った魚を運ぶためであろう十台の荷車だけだった。
荷車には空の木箱が積み重なっており、そこに魚を詰めて運べと言うことだろう。ただし、荷車には馬などは繋がれていない。人力で運ばなければならないようだ。
「やり方は聞いているから大丈夫だ。まずは……」
それから我々はマルケルスの指示にしたがって漁を始めた。巨大な網から伸びる縄の片方を持ったまま、ミカ達がもう片方を持って網を海の中に広げる。そして戻ってきた彼らが持つ縄を受け取ると、両方を抱えてから一気に後ろに引っ張るのだ。
地引き網と言うらしいこの漁でどのくらい獲物が取れるのか最初は疑問だったが、いざ網を引き揚げてみると網はこれでもかと言わんばかりに魚介類がパンパンに詰まっていた。
占領されてからこの辺りの海域では一度も漁が行われていない分、魚介類の数が増えているのだろう……と言うのがミカの考察だ。ただし、これだけで十万の兵士の腹を満たすことは出来ない。もっと漁を行わなければならないだろう。
「後は内臓を取ってから霊術で凍らせて、箱に詰めたら本陣にまで運ぶんだ。皆には悪いが、他の地下道が完成するまでの間は漁を続けてもらうことになる。デキウス、後は任せた」
「はい、副隊長」
マルケルスは漁の指揮をデキウスに任せて、自分は本陣に戻っていった。どうやら今回は我々に付き合ってはくれないらしい。それについてはデキウスが事情を話してくれた。
「大隊副隊長としての任務は以外と多いんですよ。特にウチの大隊長殿は、あまり……職務に誠実とは言えない方ですから」
大隊長と言うと、初日に偉そうなことを言うだけ言って戻っていったひょろ長い男か。デキウスの口振りからすると、そいつの仕事もマルケルスがやらなければならないのだろう。本当に大変だな。
「さて、雑談はここまでにして作業を開始しましょうか。食べられないものは海に捨てましょう」
デキウスの指示にしたがって、我々は箱詰めを開始した。荷車から木箱を降ろし、そこにまだ生きている魚を処理してから詰めてから蓋をする。蓋をした箱は霊術に精通するシャルや凍らせるのが得意なトゥルが凍らせて、それから荷車に再び積み上げていった。
一回の漁だけで十台の荷車に積まれていた木箱は全てが一杯になっている。ただ、まだ網の中には多くの魚介類が残っていることが気になった。これらは食べないのだろうか?
「食べられますよ。特に貝類はどれも立派ですね。帝国には食べる文化がないのかも知れませんが……デキウス様、よろしいでしょうか?」
「どうしました?」
「網にはまだ貝類などが残っています。一応食べられるはずですが、これも捨ててしまうのですか?」
「食べられる……?これが?」
ミカの質問に対して、デキウスは露骨に眉を顰めた。どうやら本気で食べ物だと認識していないらしい。彼が単に知らないのか、あるいは本当に帝国では食べられていないのかはわからない。だが、少なくとも彼が木箱に入れるように指示しないことだけは確かだった。
私は網の中でビチビチと動く生物を指でつまみ上げてみる。私の中の知識がこれは海老という生物だと教えてくれた。食べられるかどうかわからないが、蠍の時から私は大量の毒物を食べている。毒が入っていたら大抵は味でわかるし、そもそも効かない。私は躊躇せずに口に放り込んだ。
口に入れた瞬間、口に広がるのは海水の塩気だった。それを無視しつつバキバキと殻ごと噛み砕くと、ドライフルーツとは異なるものの、甘い味がしてくる。毒は含まれていない。それどころか、これは悪くないじゃないか。私は二匹目を摘まむとそれも食らって見せた。
「これって美味いのか?」
「……」
ティガルの問いに私が首肯すると、彼は面白そうに海老を持ち上げると私のように口に入れる。私と同じくゴリゴリと殻を噛み砕きながら咀嚼して、ゴクリと飲み込んだ。
「おっ?結構イケるぞ、これ!お前らも食べてみろよ!」
「そう?じゃあ、いただこうかしら」
ティガルが食べられると言うが早いか、興味深げに私を見ていた他の魔人達も海老を食べ始める。すると気に入ったのか、次々と口に入れる者は多かった。
ただ、殻を気にせずに食べるのは私とティガルなどの少数派で、他は殻を剥いてから食べている。どうやら固くて喉に引っ掛かるのを嫌がったらしい。その方が美味いと思うのならそれで良いんじゃないか?
次に私は海老に混ざって網にいた蟹を持ち上げる。潜入任務の際、砂浜に潜って隠れていた私の前を通り過ぎようとした小さな蟹を食べたことがある。あれも悪くなかったし、食べられるだろう。
私の頭ほどの大きさがある蟹は、持ち上げられるのを嫌がるように鋏を振り回している。鬱陶しいので根本のところから引きちぎり、それを口に放り込んだ。
こっちの殻は海老とは比べ物にならないほど固い。しかし、私の顎の前には無力である。殻ごと噛み砕くと、こちらからも風味のことなる甘さが広がった。気を良くした私はそのまま蟹を食らい尽くす。ただ、胴体の中にあったネットリとした何かは正直言って苦手だった。
しかし、それが気に入った者もいる。ティガルやゴーラ、あとはトゥルなんかも好んでいるようだ。私のように殻ごと食べるのではなく、解体して中身を食べていたが。
「……」
「おいおい、それも試すのか!?勇気あるな!」
貝類は食べられるとミカが言っていたから省くとして……最後に試さねばならないのは何本も脚が生えた、ヌルヌルとした生物だった。私の知識によれば、これは蛸と言うらしい。不気味な見た目であるが、食べられるのだろうか?私は少し躊躇してから、蛸の頭にかぶり付いた。
ううむ、何だか良くわからない味だ。もう一口食べようと思った時、私の顔に二本の脚が張り付いた。鬱陶しいの頬の鋏で切断してから、その脚を食べてみた。
おや?頭よりも脚の方が甘い気がする。味を確かめているとウネウネと動く脚が私の顔に張り付いて来る。それを頬の鋏で切断したのだが、切られてなお顔に張り付いている。頬の鋏を使って再び脚を切って、それを口に含んだ。
うむ、やはり頭よりも脚の方が甘い。気を良くした私は蛸の脚を鋏で切断しては口に入れて咀嚼するのを繰り返した。
「おおっ!これも美味ぇ!」
「こっちもイケるぜ!」
私が蛸を味わっている間、ティガル達は貝類を食べていた。彼らは魔人の握力で殻を握り砕き、その中にある身を食べている。やっぱり貝類は食べられるようだ。なら私が確かめる必要はないようだ。
さて、では私はまだ誰も食べていないものを食べてみるとするか。そんなことを考えながら私は弾力のある表皮を持つ星形の生物、ひとで海星を手に取るのだった。




