カルネラ港奪還作戦 その十一
残った二隻だが、ファル達が包囲しながら弓矢や霊術で攻撃している。だが戦艦を直接破壊するほどの威力を有する攻撃手段を持っていない彼女達は、甲板に出てきた機鎧兵を仕留めることしか出来ていなかった。
ただし、これは彼女達が火力不足という訳ではない。私だって霊術に集中しなければならないのだ。海に浮かぶ要塞とも言うべき戦艦を、空を飛びながら沈められる者などいるわけが……あ、そうだ。個人の力では無理でも、沈める方法ならあるじゃないか。私の手の中に。
「があ」
「……下へ行けと?かしこまりました」
私はグイグイとミカと繋がる命綱を引っ張る。すると私の考えを汲み取ったようで、海面スレスレにまで高度を落としてくれた。その状態でファル達が周囲を飛び回っている戦艦に近付いた。
その戦艦は大砲が全て壊れ、甲板にも大きな穴が空いている。だからこそ上空ばかり警戒しているようで、低い位置から近付く我々には気が付いていなかった。
「ぎぎ、ぐがぎげごげ」
「耳をですか?承知しました」
舷側に近付いた時、私はミカに警告をした。不思議な顔をしながらも、ミカは素直に従って両手で耳を塞ぐ。それを確認した後、私は持ち帰っていた銃を舷側の下側に向けてぶっ放した。
凄まじい音と共に衝撃波が発生し、同時に強化された弾丸が銃口から放たれた。舷側には大きな穴が空き、そこから勢い良く浸水していく。また穴の周囲から大きく亀裂が走っており、何か衝撃を加えてしまえばそこから穴は拡がることだろう。
「みっ、耳が……!塞いでいなかったら気絶していたかもしれません」
ミカは耳を押さえながら呻いている。やはり耳を塞ぐように言っておいて正解だ。私は砂で大きな斧を作り出すと、穴の周囲に走る亀裂目掛けて振り下ろす。思っていた通りに穴は大きく拡がり、戦艦はゆっくりと、だが確実に沈んでいった。
残る戦艦はあと一隻。沈んでいない戦艦の中では最もボロボロになっており、大砲も設置式の銃も全て壊れている。全員で乗り込んでから制圧すれば終わりだろう。しかし、窮鼠猫を噛むという言葉もある。油断はせず、確実に沈めるとしよう。
「ごが?」
「今の音は……地上から聞こえましたね」
どうやら地上も激しい戦いが繰り広げられているようだ。マルケルスやティガル達の無事を願いつつ、私たちは最後の戦艦を目指して飛翔した。
◆◇◆◇◆◇
十万を超える帝国軍の主力は、足並みを乱すことなくカルネラ港へと進軍する。彼らがある程度近付いた時、海の上に浮かんでいた艦隊が爆炎に飲み込まれた。空中からの爆撃に成功したのだ、と帝国軍の者達は確信した。
「盾を構えよ!」
「障壁展開!」
その直後、港を守る四重の外壁の上に設置された大砲が一斉に火を吹いた。共和国軍の大砲の音は、両軍に開戦を告げる鏑矢の音に等しい。帝国軍の最前線にいた重装歩兵は大きな盾を上に構え、その後方にいる霊術士部隊は砲撃を防ぐ障壁を空中に展開する。
霊術士部隊の障壁は広さを重視しているので、強度はさほど高くはない。だが、砲撃の威力を確実に殺いでおり、重装歩兵達の中で倒れる者はほとんどいなかった。
「前進せよ!攻城の準備を整えろ!重装歩兵の意地を見せるんだ!」
「強力な霊力を感知!迎撃しろ!」
重装歩兵部隊が盾を構えながら前進していると、外壁の上で急激に霊力が高まった。強力な霊術の兆候を捉えた霊術士部隊は、それを相殺するべく霊術士の中でも特に優れた者達が彼らの使える中で最も高威力の術を放った。
外壁の上から放たれた閃光と霊術士部隊の放つ色とりどりの霊術は空中で激突し、小さな太陽となって炸裂する。衝撃波と熱が重装歩兵部隊を襲い、彼らは歯を食い縛って耐えた。
だが、爆風の直下にいた者達の多くは耐えられずに物言わぬ骸となってしまう。生き残ってもその場から動けなくなる者も続出した。
それでも帝国軍の進軍は止まらない。これは戦争であり、被害を全く出さずに勝利することなど出来ないからだ。特に銃という強力な武器を用いる共和国軍との戦いでは、帝国軍の精鋭だけが集められている。多少の損害が出たところで、士気が下がるようなことはなかった。
「ぐあああっ!?」
「地面だ!地面に何かが埋まっているぞ!」
犠牲を払いながら進軍する帝国軍を阻むべく、共和国軍は攻撃を繰り返す。帝国軍の最前列が外壁までの道のりの半ばまで到達した時、戦況に変化が訪れた。盾を上に構えながら進む彼らの足元が急に爆発したのである。
共和国軍は帝国の奪還作戦に備え、外壁の周囲を地雷原としていたのだ。これには屈強な重装歩兵部隊の歩みも鈍ってしまう。罠があるとわかっている場所に自分から足を踏み入れることほど恐ろしいことはなかったからだ。
カルネラ港を奪還するには、重装歩兵部隊を必ず外壁にまで届けなければならない。それを阻むために罠が設置されていることは想定内のことであり、それに対処する策は用意されていた。
「贖罪兵を出せ!散開させて突撃させろ!」
重装歩兵部隊の後方から前線に駆り出されたのは、昔のティガル達と同じ贖罪兵だった。ただし、彼らはティガル達のルガル隊やザルド達のカダハ隊のような代々贖罪兵だった歴史ある者達ではない。ここ数年の間に贖罪兵とされた実戦経験の少ない者達であった。
贖罪兵は使い潰せる兵力である。しかし贖罪兵となってから長い時間が経過した部隊と、なったばかりの部隊とでは戦力に大きな差があった。そして今必要なのは戦力ではなく、罠を解除する役割だけ。それ故に戦力にならない者達を消費するのだ。
無理やり前線へ連れてこられた贖罪兵は、誰も彼も汚れた服に痩せ細った肉体の明らかに戦えない者達だった。それもそのはずで、彼らは元々とある地方にいた農民だったからだ。
その地方は数年前に飢饉に見舞われたのだが、その地方を治めていた領主は例年と同じ税を取り立てた。それでは生きていけないと反発し、大規模な農民反乱となったのである。反乱は鎮圧され、生き残った大勢の農民は全て贖罪兵にされてしまったのだ。
「行け、クズ共!帝国の勝利のために死んでこい!」
「嫌あぁ!助けてえぇぇ!」
「死にたくねぇ!死にたくねぇよぉ!」
隷属させられている贖罪兵達は、命令には逆らえない。彼らは泣き叫びながら地雷原を走らされた。ある者は地雷を踏んでバラバラに吹き飛び、またある者は外壁の銃に撃たれて絶命した。
千人ほどいたはずの贖罪兵だったが、運良く地雷原を駆け抜けて外壁にまでたどり着いた者は片手で数えられるほど少ない。その者達も外壁にまでたどり着いてすぐに銃で撃たれて死んでしまう。贖罪兵はその命によって地雷原をほぼ無効化し、帝国に対する贖罪を終えて全滅した。
力業によって地雷原を攻略した帝国軍は、再び進軍を開始する。贖罪兵が処理に失敗して残っていた地雷が爆発するものの、それ以外は特に問題もなく帝国軍の重装歩兵部隊は外壁にまで到着した。
「上からの攻撃に注意しつつ、梯子を掛けろ!」
「今だ!走れ!全力で走るんだ!」
外壁にたどり着いた重装歩兵部隊は、大きな盾の裏に保持していた梯子を取り出した。上下に接続するための突起があるこの梯子を組み合わせることで、一本の長い梯子とすることが出来るのだ。
訓練通り素早く組み立てられた梯子が、外壁に次々と架けられていく。共和国軍は上から銃で撃ち下ろしたり、梯子を外したりして妨害するが物量の差によって梯子はいくつも架けられた。
そこに向かって帝国軍の軽装歩兵部隊が突入する。彼らは地面を走るのと変わらない速度で外壁の上を目指して梯子を駆け上がった。
「ぐはっ!?」
「うわあああぁぁぁ……!」
梯子を上っている最中は最も無防備な時と言っても良く、銃の格好の的となってしまう。勇気ある者達から上ろうとするが、次々と撃ち落とされてしまった。
だが、彼らもまた帝国軍の精鋭だ。急所を撃たれて即死していない限りは落ちても受け身を取って戦線に復帰する。骨折などの重傷者も重装歩兵が構える盾の下に潜り込んで回復する。闘気を使える兵士とは、殺すか心を折るまで何度でも起き上がる粘り強さが持ち味なのだ。
「行くぞ、テメェら!俺に続けぇ!」
「要領はわかっているな?一気に駆け上がるぞ!」
そんな中で魔人部隊も軽装歩兵部隊と共に外壁たどり着いていた。彼らの内、鋭い爪を持つ者達は自分の得物を片手に持ったまま外壁を強引によじ登ったのである。
梯子以外の場所から敵が来ると思っていなかった共和国軍は、ティガル達への対処が遅れてしまう。その結果、大した妨害を受けることなく彼らは外壁の上にたどり着いた。
「ゴルルルルル!」
「ウオォォォン!」
外壁の上に着くや否や、ティガル達が雄々しく咆哮しながら暴れ始めた。そうやって梯子を上る仲間を狙う機鎧兵を迅速に討ち取ったのである。その結果、鋭い爪を持たない仲間達とマルケルス達は安全に上ることが出来た。
「味方を援護するぞ!」
「「「ウオオオオオッ!!!」」」
次に彼らがやるべきことは、味方が梯子を上る援護である。味方を撃っている機鎧兵を優先的に討ち取って行く。妨害が減ったことで、帝国兵は次々と外壁を上り切った。
こうなれば後は加速度的に外壁を上りきる帝国兵が増えていく。帝国軍の方が兵力に勝ることもあって、最も外側の外壁は帝国軍の手に落ちつつある。外壁には白機兵もいるものの、帝国軍の数を前にして劣勢を覆すことは出来なかった。
「■■!■■■!」
指揮をしていた白機兵が何かを叫びながら大きく手を振る。すると機鎧兵達は一目散に外壁を降りていく。どうやら撤退の合図であったらしい。こうして開戦から僅かな時間で帝国軍は外壁の一つを制圧したのだった。




