カルネラ港奪還作戦 その九
冥王蠍の魔人が突入する少し前、リナルドとトゥルは二人で戦艦の内部に突入していた。冥王蠍の魔人のように大規模な霊術を使って戦艦を沈めるような力業は不可能なので、内部から舷側か船底に穴を空けて浸水させる作戦だった。
「ごおぉ!」
「シィッ!」
既に魔人形態となっている二人は、見敵必殺の勢いで現れる敵を全て倒しながら進んでいた。雪熊の魔人であるトゥルは全身を覆い隠すような盾を前に構えて銃弾を全て弾き返す。焔蜥蜴の魔人であるリナルドは変幻自在の槍術によって機鎧兵を討ち取っていく。
船内という狭い環境も二人に味方をしていた。同時に撃てる銃の数が限られている上に、全ての敵を倒しているので銃弾が飛んでくる方向がわかっている。盾を前に向けているだけで全て防げるのだ。盾の扱いが魔人部隊の誰よりも上手なトゥルにとっては、ただ一つの場合を除いて容易いことだった。
「ごるる……片付いたねぇ」
「シャァァ……ああ、油断せずに下に進むぞ」
二人は喉を鳴らしながら機鎧兵の屍を踏み越え、穴を空けるべき下を目指す。二人は魔人となって強化された五感を研ぎ澄ませつつ、通路を進んで下に繋がる階段を探していた。
どうやってか共和国軍は二人のいる位置を把握しているらしく、バタバタと走る音を響かせながら近付いてくる。その音を聞いて、二人は思わず顔を顰めた。足音は二人の前後から聞こえたからだ。
狭い環境は二人に有利であるが、挟み撃ちにされた時だけは不利に働く。盾を持っているのがトゥルだけなので、背後からの射撃を防げないからだ。
「こう言うときは……」
「前にダッシュだねぇ」
挟み撃ちにされないようにするためには、挟まれる前に片方を倒してしまえば良い。二人は迷わずに前方に駆け出し、前方から接近してくる部隊に接触した。
機鎧兵は彼らの言語で何かを叫びながら銃口を二人に向ける。トゥルは動じることなく盾を構え、銃弾を受け止めながら前進し続けた。魔人形態になって膂力が上昇していることもあり、浴びせられる銃弾は彼女の駆ける速度をほんの少しすら下げることは出来なかった。
「ごるろぉ!」
「■■■!?」
「シャアアッ!」
「■■……!」
トゥルは気合いの咆哮と共に盾で機鎧兵の一人を殴り飛ばした。その後ろから飛び出したリナルドは流星の如き槍の刺突で機鎧兵を仕留めていく。挟撃さえされなければ、二人は敵の小隊をまるで処理するように倒せるのだ。
二人は引き返し、背後から迫る機鎧兵の部隊も同じようにして撃破する。それから再び下を目指して進み、遂に船底にまでたどり着いた。
「鉄の扉?鍵が掛かってやがる!」
「どいて!」
船底は戦艦で用いる物資を保管している船倉になっていて、そこには勝手に出入り出来ないように厳重な鍵が掛けられていた。リナルドは押したり引いたりして開けようとするものの、彼の力では開く気配すらなかった。
そんな彼にトゥルが後ろから真剣な声を出す。ゾクッとしたリナルドが振り返ると、そこには頭に氷の棘を纏わせた愛用の鉄槌を振り上げるトゥルがいた。リナルドが震えたのは怯えではなく、物理的に気温が下がったからだったのだ。
「ごるるるるっ!」
魔人になるまで霊術はほぼ使えなかったトゥルだが、雪熊と合成されたことで本能的に氷を操ることが出来るようになっている。この合成された生物が用いていた霊術を本能的につかえるようになったのは、トゥルだけでなく他の魔人にも言えることだった。
霊術で作り出された氷は、普通の氷よりも重くて硬い。白い靄を垂れ流しながら、トゥルは鉄槌を扉に叩き付けた。けたたましい音を立てながら鉄槌が扉に激突する。一撃で扉が壊れることはなかったものの、扉は大きく歪み、氷の棘は扉に突き刺さって穴を空けていた。
トゥルは力任せに鉄槌を引き抜くと、再び鉄槌を振り下ろす。二度目で扉は更に歪み、三度目で穴が更に増え、四度目でボロ雑巾のようになり……五度目でバラバラに砕け散った。
「えぇい!これで行けるねぇ」
「あ、ああ。そうだな」
ニコニコと普段の調子で話すトゥルを見て、リナルドは冷や汗を流さずにはいられなかった。リナルドは戦いの前に結婚を申し込むほどトゥルに惚れているのだが、もし彼女を怒らせればあの力で殴られるかもしれない。その時、自分は生きていられるだろうか?彼は決して怒られるようなことをしないでおこうと心に誓った。
閑話休題。二人が侵入した船倉は金属のコンテナが所狭しと並べられている。その中には扉が開いているものが幾つかあったものの、二人には中身が何なのかわからないモノばかりだった。
「おっと、コイツは調度いいぜ」
そんな中で二人にも何かわかるモノがある。それは機鎧兵が使っている武器だった。銃と言うらしい兵器は使い方がわからないが、その横に並んでいる近接武器なら扱い方を知っている。リナルドはその中から一本の槍を手に取った。
穂先から柄まで全てが金属製の槍は、見た目よりも随分と軽い。リナルドはそれを持ち上げてからギュッと力を入れて握り締める。すると握った場所から徐々に槍が赤熱していった。
彼もまたトゥルと同じく魔人となったことで本能的に霊術が使えるようになった。彼が使えるようになったのは炎や熱を操る力であり、その力によって槍を熱しているのだ。
「いいな、これ。結構本気で熱しても溶けねぇ。一本は持って帰るか」
敵の武器を勝手に持って帰ろうとするリナルドのことをトゥルは窘めることはなかった。それどころか、自分に調度良い武器はないかと物色し始めた。
贖罪兵であった時から、最低限の食糧は与えられても武器の支給はない。しかし、支給はなくとも武器は消耗品であが故に壊れてしまう。そこで彼らは戦場で拾った武器を持ち帰り、自分達の武器として使っているのだ。
「持って帰るのはこれにして、と。そんじゃ一丁、このデカブツに風穴空けてやろうかね!」
リナルドは槍の一本を背中に背負うと、船倉にあった槍を持ち上げる。そして再び力を込め、赤熱させていく。だが、今度は赤熱させるだけでなく槍の表面から激しく炎が吹き上がったのである。
リナルドはその槍を構えると、戦艦の壁にゆっくりと押し当てる。すると戦艦の壁もまた赤熱し始め、槍がゆっくりと突き刺さっていった。しかし、槍の穂先がめり込んだ辺りでリナルドの持つ槍そのものが変形し、ドロリと溶けてしまう。
リナルドは知らないが、ここにあるのは一般の機鎧兵が使うための槍であり、共和国軍にとっては量産品だ。彼の本気の熱に耐えられなかったのだ。
「あらら、流石に全力は耐えられねぇか。まあ、傷が付いただけで十分だがな」
そうやって出来た傷に、リナルドは自分の尻尾の先端にある鉤爪を差し込む。彼の肉体の一部である鉤爪は、当然ながら彼の本気にも耐えられる。ズブズブと壁を溶かしながら深く刺さって行き、遂に尻尾の先端が舷側を貫通して海水に触れた。
リナルドは尻尾を引き抜くと、抜いた穴から勢い良く水が流入してくる。同じことを十回ほど繰り返した後、ミシミシと音を立てて舷側に亀裂が入った。限界が来たのだ、とリナルドは確信した。
「そろそろ壊れる!逃げるぞ、トゥル!」
「あっ、うん」
二人が外に続く階段に避難した直後、舷側には大きな穴が空いて勢い良く海水が流れ込んでくる。これを止めることは不可能に違いない。戦艦を沈めるという任務を果たした二人は、即座に船倉から外を目指して進んだ。
「げっ!?待ち伏せだ!」
しかし、船倉から続く階段の上にいたのは三十人以上はいるであろう機鎧兵だった。彼らは少人数で討ち取るのは不可能だと判断し、二人が侵入した船倉に続く通路で待ち構えていたのである。
船倉から甲板に続く通路には既に設置式の大型銃や接近を防ぐバリケードで固められている。更には携行式の大砲を持つ者までおり、容易には突破出来ないだろう。
「任せて!」
「トゥル!?」
しかし、トゥルは怯まなかった。彼女は盾の表面に氷をまとわせて強化すると、これまでと同じように前進し始める。通路に蓋をするかのような氷の壁となった盾で全てを押し潰そうと考えたのだ。
だが、彼女の突撃に合わせて敵は一斉射撃を開始した。通常の銃と設置式の銃から銃弾が怒濤のごとく押し寄せ、携行式の大砲から放たれた炎弾が盾に着弾して激しく爆ぜた。
これまでとは比較にならない攻撃の密度によって、トゥルの突撃する速度は落ちていく。ダッシュから駆け足に、駆け足から歩行に、歩行から停止するに至った挙げ句、最後には力負けするようにズリズリと後ろに押し戻された。
「うきゅぅぅぅ……あっ!?」
「トゥル!」
圧倒的な物量に負けじと耐えていたトゥルだったが、彼女の盾に纏わせていた氷が敵の猛攻によって砕け散ってしまった。このままではトゥルが危ない。そう思った瞬間に、リナルドは彼女に飛び付いて身体を張って守った。
彼の鱗はそれなりに頑丈であるが、冥王蠍の魔人のように出鱈目な鍛え方をされた生物のそれではない。幾つもの銃弾が彼の身体を貫き、鮮血が通路とトゥルの顔を赤く染め上げた。
「リナルドっ!?このぉ!」
トゥルは盾を構えつつ、急いで敵と自分達の間に分厚い氷の壁を築く。まだ霊術の扱いに慣れていない彼女だが、今はとにかく霊力を込めて壁を作るだけで良かった。
ありったけの力を込めて築かれた氷の壁は、敵の火力をもってしても直ぐに砕けることはない。その間に彼女は慌ててリナルドの容態を確認した。
リナルドはまだ生きている。しかし、かなり危険な状態だった。背中に刻まれた幾つもの銃創は、魔人の治癒力で塞がりつつある。だが、その数が多すぎて治癒が間に合っていない。トゥルは応急措置としてリナルドの傷口を必死に押さえた。
「ガフッ……!怪我は、ねぇか?」
「リナルド!リナルド、死なないでっ!」
「へっ、死ぬ訳ねぇ……だろ」
不敵に微笑むリナルドだったが、無理をしているのは明白だった。今すぐに治療しなければリナルドの命は危うい。それはわかっていてもここを突破する方法すらわからない彼女はどうして良いかわからなかった。
その間も敵による攻撃は続いていて、彼女が築いた氷の壁には無数の亀裂が入っている。砕けてしまうのも時間の問題だろう
だが、重傷を負ったリナルドは槍を杖代わりにして立ち上がると、不安げなトゥルの頭を撫でてやった。そして言った。俺が時間を稼ぐ、と。
「この壁が割れたら、俺が突っ込んで引っ掻き回す。その間にお前は先に行け」
「ダメだよ!そんなことしたらリナルドが……」
「死なねぇよ。こんなとこで死んでたまるか。まだ、返事を聞いてねぇんだからな」
リナルドは力が入らない身体に鞭打って叱咤し、愛用の槍を構える。彼の顔に死を覚悟した悲壮さはなく、あるのはただ敵陣を食い破る戦意のみ。彼は冗談ではなく、本気で生還するつもりだったのだ。
涙目になっていたトゥルだが、そんなリナルドに勇気付けられたのかグッと涙を拭ってから立ち上がる。そして彼の隣に並んだ。
「……何だよ?」
「一人じゃ無理だよぉ。私も頑張る!一緒に帰ろ?」
「おっ、おうよ!」
一緒に生き残るために攻勢に出る。二人がその覚悟を決めた直後に氷の壁は砕け散った。それと同時に活路を開くべく駆け出した二人が見たのは……敵の背後から迫る大量の砂であった。




