カルネラ港奪還作戦 その七
支給された愛想のない食糧を腹に収めた後、我々は夜の見張りに立つことになった。こちらがここにいることは向こうも知っているだろうから、先制攻撃として夜襲を仕掛けてくると警戒していた。
しかし、大きな戦いを控えたその夜は何もなく、静かに過ぎて行き……そのまま朝が来た。血を流すことなく朝日が拝めるとは思わなかったが、万全の状態で戦えることの方が重要だ。
夜明けと共に帝国軍は動き出す。武具を装備し、防衛兵器の射程外に布陣する。十万を超える軍団が布陣する偉容は中々に壮観だ。む?似たような感想を以前も抱いたような……まあ、どうでも良いか。
ドン!ドン!ドドン!
春の荒野に進軍を告げる陣太鼓の音が鳴り響く。それと同時に帝国軍は一糸乱れぬ動きで進軍し始めた。その様子を、私を含めた戦艦破壊組は本陣にほど近い丘の上から見ていた。
一緒にいるのはマルケルスの部下の一人であり、彼の指示に従って飛び立つことになっている。その瞬間は意外でもなんでもなく、すぐに訪れた。カルネラ港の海側から、十五隻の戦艦が出港したのである。おいおい、多くないか!?
しかも海に浮かぶ十五隻の内、一隻は他の戦艦の倍以上の大きさがある。当然、搭載されている大砲の数も多く、装甲も特に分厚そうだ。艦隊のリーダー的な戦艦なのかもしれない。
「……せっ、戦艦の移動を確認!出撃せよ!」
数の多さに驚いていたようだが、マルケルスの部下は慌てて出撃を命じる。彼が言うが早いか、我々は行動を開始した。全員が一瞬で魔人形態になり、私とリナルドとトゥルはミカ達が身体に結びつけている綱を握り、彼らと共に空へと飛び立つ。地面や海面がグングンと離れていき、一瞬で帝国軍の陣容が小さな点の集まりにしか見えなくなった。
こうして高度を上げた我々だったが、飛ぶことそのものが目的ではない。むしろ肝心なのはここからだ。海岸から近い洋上をゆっくりと進む艦隊に、上空から気付かれないように接近した。
闘気も霊術も使わずに戦艦の真上にまでたどり着いた時、支援砲撃を始めるべく艦隊は洋上で停止する。長大な大砲を回転させて狙いを定めているこの最も無防備な瞬間を私は見逃さなかった。
「……」
事前に決めていたハンドサインによって爆弾を持つ魔人達は投下を開始する。艦隊の上を旋回しながらばら蒔かれた爆弾は、物理法則に従って落下していき……戦艦や海面に激突した瞬間に大爆発を起こした。
強い衝撃を受けたら激しく爆発するという触れ込み通りの、いや、それ以上の威力であった。全ての戦艦は金属製のはずなのだが、直撃した場所には大きな穴が空いてしまった。
特に最も深刻なダメージを受けた戦艦は穴が開くどころか真っ二つに折れて沈んでいく。ただ上空から爆弾を落としただけであるのに……恐ろしい兵器だ。空から一方的に爆弾を投下する戦法にピッタリである。
ただし、帝国軍が用意した爆弾は使いきっているのに半数はまだ沈んでいない。戦艦がすぐ近くで沈んだせいで発生した渦によって身動きがとれていないし、まだ浮いているだけで横っ腹に穴が空いて浸水している戦艦もある。それでも作戦が続行可能な戦艦が五隻ほど残っていた。
残った五隻はどれも無傷ではないし、大砲の幾つかは破損していて満足な支援砲撃は不可能だろう。本来の三分の一以下の砲撃しか出来ないのだが……艦隊を全て沈めることが我々の任務だ。それに最も巨大な戦艦は未だに健在である。ここで引き返す訳にはいかないし、そのために私達がいるのだ。
私はグイグイとミカと繋がる縄を引っ張る。それはここからは船に乗り込んでの白兵戦を行うという合図であった。
「この高さから降下されるのですか?耐えられる自信が……お有りなのですね」
「……」
「かしこまりました。リナルドとトゥルは予定通り、二人一組で別の戦艦に降ろします。その辺りの差配はお任せを。それでは、存分に力をお示しください」
爆弾を投下した高さから降りていないのでミカは心配してくれたようだが、私にとってこのくらいの高さは問題ない。高い場所から落ちた経験はないが、私の本能が大丈夫だと自信をもって告げていた。
ミカは大丈夫だと理解したのか、それとも言っても無駄だと諦めたのか。それはわからないが、私が降りることを止めなかった。後のことをミカに任せつつ、私は掴まっている縄から手を放して落下していった。
加速しながら落ちていく私の真下にあるのは最も巨大な戦艦だ。動ける戦艦の中では比較的少ない方であるが、それでも分厚い装甲は歪み、大砲は幾つか折れて炎上している部分もある。万全の状態とはかけ離れている。
それでもリーダーが健在だと士気が折れない可能性は高い。逆に言えばこの戦艦を沈めてしまえば、生き残っている戦艦の士気が折れるかもしれない。手っ取り早く、かつ楽に勝ちたいのならあれを沈めれば良いのだ。
(おや?甲板に誰か出て来た……白機兵か!)
私が落下していると、巨大な戦艦の甲板に二人の白機兵が現れた。一瞬だけ私を迎撃するべく現れたのかと思ったが、そうではなくて炎上する甲板の消火をするべく出てきたようだ。
二人とも水の霊術が得意らしく、炎上する箇所へと必死に水を掛けている。巨大な戦艦の甲板で燃え上がる炎は、真っ白な蒸気を上げつつかき消えた。
爆弾による炎を消された訳だが、連中が消火に集中してくれたのはありがたかった。なぜなら……下ばかり見て上を全く警戒していなかったからである。ギリギリまで気配を断っていた私は、全身の外骨格を硬化しつつ両腕を交差させる。そして闘気を爆発的に増幅させて前腕を可能な限り強化した。
「■■■■■!?」
「■■!■■■■……!」
解放された闘気を感じ取った白機兵は慌てて私の方を向く。そしてそれぞれの武器を抜いて迎撃しようとしたらしい。だが、もう遅い。奴等が上を向いた時、既に私は高速で戦艦に体当たりしていたのだから。
一瞬だけ激突による衝撃が両腕に伝わった後、私の身体は甲板を貫いて戦艦に穴を空けてその半ばほどで止まった。私は間髪入れずに霊力を高め、自分を中心として大量の砂を一気に作り出した。
ギギギギギ……メギィッ!
空けられた穴を拡げんとする砂の圧力によって、戦艦の船体から致命的な音が鳴る。それと同時に私が突っ込んだ穴を起点に巨大な戦艦は真っ二つに割れてしまった。
戦艦の割れ目からは海水が勢い良く流れ込み、割れ目を下に沈んでいく。海水に濡れる前に沈み行く戦艦の甲板に着地した私に向かって凄まじい殺気を放ちつつ突撃してきたのは、この戦艦の守護を任されていたのだろう白機兵だった。
「■■!■■■■■!」
アスミの尋問に立ち会っていた私であるが、二重に聞こえる声から翻訳出来るようになってなどいない。私はそんなに頭が良くないからな。ただ、言葉がわからずともそこに込められた感情ならばわかる。目の前にいる白機兵が抱いているのは激怒と憎悪であった。
自分の任務を果たすために戦うどころか、その過程をすっ飛ばして戦艦を沈められたのだ。乗っていた二人の面子は丸つぶれだろう。だが、そんなことは知ったことではない。敵の事情や感情を気にする余裕などないのだから。
前方にいる白機兵は、腰から抜いた二本の直剣を構えるとこちらに直進してきた。鎧の背部がカパッと開き、そこから炎を噴きながらこちらに突撃する。この急加速を見れば初見の者は大体斬られてしまうのだろう。
だが、私は白機兵と幾度も刃を交えている。今さらどんなことをされても動揺することなどありえない。私は二本の剣を闘気で強化した両手で挟んで固定した。するとこの白機兵は剣を引こうとせず、前蹴りを私の腹に叩き込む。そして足の裏に仕込んでいた何かが炸裂した。
「……」
「■■!?」
だが、この程度の爆発では私の外骨格を砕くには至らない。この程度の衝撃では、外骨格に守られた肉を傷付けることは不可能だ。剣を掴まれても動じなかった白機兵の声に初めて驚きとほんの少しの恐怖が乗っていた。
その時、私の背後の水中から勢い良く飛び出す者がいた。それはこの戦艦にいた白機兵の片割れだ。奴は海中に潜み、私に奇襲を仕掛ける好機を狙っていたらしい。今私と戦っている方が倒せればそれで御の字だが、それが敵わなかった時のために隠れていたのだろう。
確かに音も立てていなかったし、気配も隠そうとしていた。しかし、私の視界は背後をもカバーしている。つまり……水中にいる真っ白な鎧が丸見えだったのだ。彼、または彼女の奇襲は最初から失敗していたのである。
後ろから来る方は水中から弾丸のような速度で飛び出しつつ、身の丈ほどもある鉄槌を振り上げていた。鉄槌の打撃を加える部分には幾つもの突起があり、逆側からは炎を噴射して加速させる。あの形状と速度が合わされば、少し危ないかもしれない。気付いていないフリはもう終わりだ。
「■■!?」
「■■■■!」
私は後ろを振り返らず、尻尾だけを動かして後方にいる白機兵の鎧の隙間に毒針を突き刺す。もちろん、針から分泌しているのは極限まで毒性を高めた即効性の猛毒だ。白機兵はビクンと痙攣してから前のめりに倒れ……沈みつつある船の傾斜で転がって海へと沈んでいった。
私はゆらりと尻尾をわざとらしくくねらせる。すると目の前にいる白機兵は意を決したように剣の柄を捻る。すると私が掴んでいる剣の中から、スルリと細い刃が現れたではないか。
どうやら私が掴んでいたのは刃でありながら鞘でもあったらしい。白機兵は柄と一体化した細い剣で私の外骨格を斬り裂いた。
「■■……■■■……■……!」
私は細い剣が現れ、それを防げないと察した時点で斬られることを覚悟を決めた。剣は霊力の輝きを放っており、白機兵の力なら斬られると知っていたからだ。
知識があったからこそ、私の判断は早かった。痛覚を遮断しながら一歩踏み込み、両手に持っていた刀身を首と脇の下に刺したのである。踏み込んだことで斬られたものの、刃は外骨格と肩の肉にめり込んで止まった。
そして鎧で防げない場所に致命傷を受けた白機兵は、うわごとを述べながら崩れ落ちる。そしてこちらも傾いた甲板を転がって海へ落ちていくのだった。




