カルネラ港奪還作戦 その六
結局、食糧保管施設は本当にもぬけの殻だったらしい。ただし、中にあった食糧は全て運び出されていた上に、アスミの言っていた火薬式の罠が幾つも張られていたようだ。
敵の血を求めて乗り込んだカレルヴォの魔人部隊だったが、罠という罠を踏み抜いたようだ。その結果、突入した魔人の三割が死亡したのだとか。カレルヴォはまた無駄死にさせたらしい。思うように成果が上がらず、無為に被害だけが拡大していく……きっとヒステリックに喚き散らしていることだろう。
それから行軍する度に似たような施設が見つかるのだが、その全てに誰一人として共和国軍の兵士はいなかった。代わりにどの施設にも霊術を一切使わないブービートラップが無数に仕掛けられており、確認するべく突入した兵士達は解除に苦労したようだ。
時々解除に失敗したのか爆発が起きることもあり、無傷で手に入れられた施設は一つか二つしかなかった。そのせいで屋根のある建物の下で休息することが出来ず、帝国兵は疲労が溜まっているらしい。
どちらにせよ屋根の下に入ることが出来ない我々には関係のない話だ。そもそも魔人の頑健な肉体ならば天幕がなかったとしても問題はない。最初はティガル達も慣れていなかったようだが、真冬の人工林で過ごす経験を積んだことでどんな状態でも平気になっていた。
「あの施設にいた共和国軍の兵士は全員カルネラ港に撤退したのでしょう。兵力を分散させるのではなく、集中させるために呼び戻した訳ですね。共和国軍も本気で迎え撃つ腹積もりかと愚考致します」
進軍しつつ、ミカは私に今の状況について説明してくれる。確かにせっかく作った施設が木っ端微塵になるだけの火薬を詰め込んで、大掛かりな罠にするくらいだ。中にいた人員は全てカルネラ港に集められていることだろう。
そしてその徹底ぶりから、共和国軍がカルネラ港の防衛に全力を尽くすだろうことは明白だ。帝国領だった占領地の中で、南端にある港町……私でもその重要性はわかるというものだ。
理屈の上ではわかりきっていたことを再確認した帝国軍は、進軍によって緩んでいた緊張感を取り戻していく。決戦の時が徐々に近付いてくることを、誰もが肌で感じていた。
そうして帝国軍は私達が潜入任務の時に通ったカルネラ港が見下ろせる場所にまでたどり着いた。その時、我々は驚かされることになる。それは潜入任務でもたらされた情報を知っている者であればあるほど、大きな衝撃を受けることになった。
「おいおい、壁は三重だって話だったろ?」
「どう見ても四つあるのだが……?」
「……ええ。私達が潜入した時は確かに三重でした。どうやらこの短い期間に城壁を増やしたようですね」
困惑するティガルとザルドに対し、ミカは普段通りの口調で返答した。普段通りに聞こえるその声は、動揺からかほんの少しだけ震えていた。そのことに気付けるくらいには私もミカを理解し始めているのだ。
かく言う私も驚いている。新しく出来た第四の壁は、以前は最も外側にあったはずの第三の壁よりも一段低くなっていて、後方の壁からの攻撃を邪魔しないようになっているようだ。
また壁の上にズラリと並ぶ防衛兵器からは近付く敵を殲滅するという意思が感じられる。複雑な壁の形状は計算された設計のようで、どこから登ろうとしても防衛兵器のどれかに狙われる仕組みになっているようだ。
ただでさえ鉄壁だった港の防衛力に磨きがかかっているのが、遠目から見ただけでもわかってしまう。きっと複眼に見えない場所にも色々な仕掛けがあるにちがいない。
しかも海からは戦艦による……ええと、支援砲撃だったか?それが来るのだ。少しでも攻略の成功率を上げるためにも、我々による戦艦の破壊は必須と言って良いだろう。作戦の成否は正直言ってどうでも良いが、ティガル達の生存率に直結する。確実に成功させなければなるまいよ。
「みんな、聞いてくれ。ここに本陣を敷くことになった。設営するから手伝って欲しい」
上官の指示を仰ぐべく離れていたマルケルスは帰ってくるや否やそう命じた。我々はマルケルスの指揮の下で割り当てられた場所に天幕を張っていく。それが終わると指示があるまで待機するようにと言って、マルケルスは忙しそうに去っていった。
マルケルスが去った後、皆は思い思いに過ごしていた。戦いに備えて武器の手入れをする者もいれば、地面に指で文字を書く練習をする者もいる。女衆で集まって何やら盛り上がっている場所もあれば、相変わらず食事を賭けて博打を打っている男衆の集まりもあった。
普段は私の側に控えているミカだったが、自由時間ということでシユウとアパオの世話をするべく荷車の方に行っている。特にやりたいこともやるべきこともなかった私は、何となく視覚と聴覚を研ぎ澄ませて周囲で何が行われているのかを調べてみた。
(ふむ、マルケルスが向かった場所では霊術が使われているな。地形を変え、岩石を作り出して積み上げている……急拵えの砦と言ったところか)
本陣の中央部では霊術によって砦と呼ぶのもおこがましいほど小さな、しかし可能な限り強化された建物が築かれている。砲撃を数発なら耐えられそうなほど頑丈なそこには、装飾の多い鎧を着た兵士が集まっていた。
きっとあそこが首脳部が使うことになるのだろう。安全そうで羨ましいものだ。私達も似たような建物を作ってはならないのだろうか?許可されていないし、勝手にやるのは止めておこう。
(後方でも何かやっているようだ。木材や金属で出来たパーツを組み立てている。ひょっとして攻城戦のための兵器か?なるほど、完成品を運ぶよりもパーツを運んで現地で組み立てた方が効率が良いのか。賢いものだ)
本陣の最も南側では兵士が大型の兵器を組み立てている。かなり大型だが、車輪が着いているので移動させるのだろう。動かすのは大変そうだ。
その兵器は木製の台座の上に、私の身体がスッポリと入ってしまいそうなほど太い筒が幾つも乗っているというもの。マルケルスの言っていた自走砲の技術を流用した兵器だと思われる。共和国軍の技術を帝国がどのように用いたのか。戦端が開かれれば自ずとわかるだろうから、楽しみにしておこう。
ドォン!ドォン!
後方を観察していたところ、カルネラ港の方から砲撃の音が聞こえてきた。どうやら偵察に向かった兵士が見付かって攻撃されているらしい。私は兵士の様子を窺うが、心配は無用なようだ。かなりの手練れであるらしく、霊術で砲撃を反らしながら撤退していた。
結局、偵察に出た兵士は無事に戻ってきた。彼らが優秀だったことに加え、共和国軍も絶対に生かして帰さないという鬼気迫るものがなかったことが負傷者すら出なかった理由だろう。近付かれたくらいでは何もわからないだろうし、向こうとしては鬱陶しい羽虫を追い払っただけだったのだ。
それに、どちらかと言えば帝国軍の方が得たものは多い。反撃してきた砲撃の威力とその射程距離が大まかに掴めたからだ。無論もっと威力を上げられる可能性もあるし、射程距離ももっと長い可能性はある。しかし、どちらも誤差の範囲だろう。
物音を聞き付けたのか、仲間達が様子を窺うべく天幕から出てきた。そして不安そうに私を見るが、私は問題ないとばかりに首を振った。これは気休めでもなんでもなく本当に何でもないと察したのか、皆は安心して戻っていった。
「今、戻りました。二頭とも新鮮な草が食べられずに落ち込んでいましたよ」
音もなく戻ってきたミカがシユウとアパオの状態について上機嫌に教えてくれた。ミカは最も落ち込んでいた時にあの能天気な二頭に精神面で救われた経緯からか、二頭のことを特に可愛がっている。自ら名前を付けたことからもそれは明白と言えよう。
それにしても、あの二頭は食べる草にこだわりがあるのか。干し草を旨そうに食っているイメージしかなかったのだが……実は新鮮な草の方が好みなのかもしれない。まあ、この周囲には刈り終えた麦の茎と根っこしかない。我慢してくれ。
そうして腕を組んで仁王立ちしつつ周囲の状況を探ことを再開する。するとマルケルスとデキウスがこちらに近付いてくることに気が付いた。少ししたら他の魔人達も気付いたようで、天幕の外に出て整列しようとした。
「ああ、楽にしてくれて良いぞ。そのまま聞いてくれ。カルネラ港へ攻撃を仕掛けるのは明日の昼からだ。それまで鋭気を養ってくれ。ただ、夜の見張りはあるからそのつもりで。質問は……なさそうだな」
いよいよカルネラ港の奪還作戦が始まろうとしている。私は使命を果たすため、必ずや生き残らねばならない。私は覚悟を決めつつ、拳を握り締めるのだった。




