カルネラ港奪還作戦 その五
全ての力を使い果たされた大地はカサカサしていて、私が良く使う砂と似たようなものになっている。あの帝国兵は酷いと言ったが、起伏も雑草もないので野営をするのにはちょうど良いらしい。夜になって進軍を一旦止めてから、帝国兵達が天幕を張るのに掛かった時間はかなり短かった。
我々も手早く天幕を張り、支給された硬いパンで腹を満たす。それから三つに分け、それをさらに複数の部隊に分けて周囲の警戒にあたることになった。
「やっぱりまだ夜はヒンヤリするなぁ……俺にはちょうどいいけどよ」
「そうねぇ。涼しいねぇ」
私と共に警戒にあたっているのは、リナルドとトゥルの二人だった。この二人が選ばれたのには理由がある。それはこの二人が私と飛行可能な魔人と共に戦艦を潰すために向かう者達だからだ。
これまでの鍛練などで二人とは何度も会話しているし、決して仲も悪くない。だが、お互いに命を預けねばならない任務の前と言うことで、一度簡単な任務を共にすることにしたのである。
今は夜だが、夜目が利く我々には関係がない。遮蔽物が全くないので見張らしが良く、敵の姿は見えないし気配も感じない。夜襲を受ける可能性は低いと考えて良さそうだ。
「な、なぁ。トゥルは今度の任務、緊張しないのか?」
「う~ん、緊張はぁしてないかなぁ」
リナルドの唐突な質問に、トゥルは普段のほんわかした調子で首を横に振る。危険な任務であるが、気負う様子が一切見られない。見た目とは裏腹に肝が座っているようだ。
「リナルドはどうなのぉ?」
「俺も緊張してねぇ……って言えたら良かったんだけどな。見ろよ」
そう言ってリナルドはトゥルに自分の両手を見せる。彼の手は少しだけ震えていた。それが寒さのせいでないことは明らかである。魔人にこの程度の寒さは通用しないのだから。
「命懸けで戦うことは怖くねぇ。むしろ楽しいくらいだ。特にギリギリの戦いを切り抜けた時の快感は最高だからな。それに戦って死ぬことも怖くねぇ。そんなことでビビる時期はとっくに過ぎてる。けど……」
リナルドは両手をギュッと握って拳を作る。その拳もまた小刻みに震えていた。
「俺達がしくじったら仲間達が死ぬかもしれねぇ。自分の肩に自分以外の命が……仲間の命が掛かってる立場なんて初めてでよ。柄にもなく緊張してんのさ。情けねぇよな」
リナルドはそう言ってから力なく笑った。リナルドは優れた戦士であるが、その力は敵を倒すことに特化していると言える。敵陣に突っ込んでその槍で討ち取っていく。それが彼のスタイルだった。
常に最も危険な最前線で戦う彼は、最も命の危険に晒されていると言っても良い。しかし、同時に指揮官として全員の命の責任を預かったり、重戦士のように味方を守る盾になったりしたことはなかった。戦艦の破壊任務は、彼にとって初めてとなる仲間の命運を握る戦いになるのだ。
そんなリナルドの拳を、トゥルは両手で優しく包み込みながら微笑みを浮かべる。そして首を横に振りながら、情けなくなんかないと言った。
「リナルドは、責任感が強いんだけだよぉ。私も盾を使ってみんなを守る時、いつも緊張してるんだぁ。失敗したら、後ろのみんなが怪我をしちゃうからねぇ」
「それをどうやって乗り越えたんだ?」
「乗り越えてなんかないよぉ。いつも必死なだけ。必死になって、考えるよりも先に動いちゃうんだぁ」
私はあんまり頭が良くないから、とニコニコと普段通りの笑みを浮かべながら締め括った。そんな彼女の顔をしばらく正面から見つめてから、リナルドは気付く。自分の震えが止まっていることに。
自分が震えていることを揶揄するどころか、それを責任感が強いからだと認めてくれた。そして彼女なりの解決法……と言って良いのかはわからないがそれを教えてくれた。そしてリナルドは小さく呟いた。敵わねぇな、と。
「お前は本当に……いや、これは惚れた弱味か。なあ、トゥル」
「なぁに?」
「この任務が終わったら、俺の妻になってくれねぇか?」
「……ふえぇ!?」
リナルドの突然の告白に、トゥルは一瞬何を言われたのか理解が追い付いていなかった。しかし、すぐにそれがどんな意味であるかがわかったらしく、顔を真っ赤に染めてしまった。
さて、それで私はどのタイミングで顔を出せば良いのだろうか?実は私は少し遠くを偵察してくるとジェスチャーで示して一度離れ、戻ってきた時にあんな話をしていたのだ。
ヒト種の感情の機微に疎い私であるが、さすがにこの雰囲気を壊すことは出来ない。じっと息を潜めて、好機を窺うのだった。
◆◇◆◇◆◇
夜が明けてからも帝国軍の進軍は続き、しばらくするとミカとリンネが忍び込んだ食糧保管施設が見えてきた。そこには防衛兵器はなく、それどころか生物の気配すら感じられない。もぬけの殻であった。
物音一つしないものの、中に何かが隠れ潜んでいる可能性もある。帝国軍は一応、制圧するために部隊を送り込むことにしたらしい。そこで手を挙げたのがカレルヴォだった。
奴は自分の魔人部隊ならば、優れた五感によってどこに隠れていても見つけてみせると豪語したらしい。皇帝の客員霊術士であるカレルヴォが強く言った上に相当な自信が窺えたので、奴等に任せたようだ。
「本来なら将軍閣下は罠の存在を警戒しておられたようで、偵察や罠の解除を専門にしている部隊を送り込むつもりだったみたいだけどな」
「皇帝陛下の威光を借りるあの霊術士には気を使う必要がある、ということでしょう」
後方にいる我々にマルケルスとデキウスが事情を教えてくれた。自分の魔人の有用さをアピールするためにこの軍団のトップに意見することが許される……帝国における皇帝という存在の権威は凄まじいものだな。
私はミカにあの施設に何かいるかと心の中で聞いてみる。すると、ミカは少しだけ目を見開いてから小さく首を振った。どうやらミカも何もいないと判断したらしい。渡河の護衛では不要な犠牲を出し、拠点の制圧では勇み足……何だか空回りしているような気がするな。
ドオォォォォォン!
「うおぉっ!?何の音だ!?」
「あの施設から聞こえましたが……煙が上がっていますね」
そんなことを考えていると、あの施設から激しい爆発音が聞こえてきた。デキウスの言う通り、複眼を凝らさずともあの施設から天へと上っていく真っ黒な煙がよく見える。
どうやら、施設には本当に罠が仕掛けられていたらしいな。私の耳にも魔人の悲鳴と怒号が聞こえてくる。帝国軍の中にも動揺が広がっているらしい。だが、迅速に対応するべく動いている者達もいるようだ。
爆発音が断続的に続いている施設へと百人ほどの団体が施設に向かっていく。救出部隊だろうか?カレルヴォの尻拭いをさせられて大変だなぁ。
「何度も爆発が起きていますが、霊術士でも隠れ潜んでいたのでしょうか?霊力を一切感じませんが……距離がありすぎるからでしょうか?」
「いや、違うな。お前もアスミの話を聞いていただろう?共和国には霊術を使わずに爆発を起こす物質を所有しているらしい。確か火薬とか言っていたはずだ。昔は銃にも使われていたらしい……って、何だ?その顔は」
ああ、そう言えばあの捕虜……アスミがそんなことを話していた気がする。二重に声が聞こえるから、聞いていて辛いんだよな。それにミカが一言一句覚えてくれているので、私が頑張って覚える必要がなかったのもうろ覚えの原因だった。
アスミの言葉を引用したマルケルスだったが、そんな彼に向かってデキウスは目を細めつつ何かを訝しむような視線を送る。マルケルスは何か後ろめたいことがあるかのようにたじろいだ。
「アスミ、ですか。ずっと思っていましたが、随分と親しげですね、副隊長?」
「話を聞かせてもらうなら喧嘩腰だったり事務的だったりするよりも、親しげに接した方がいいだろう?それにあいつはそんなに悪い奴じゃないし……」
「悪い奴じゃなくても敵なんですよ、あの女は。そして有益な情報を提供出来なくなった時点で用済みになる。そのことをわかっていますよね?」
「……っ!」
マルケルスは冷たく言い放ったデキウスの胸倉を掴んで引き寄せた。私達が見たことがないほどマルケルスは激昂している。私達は驚きながらその様子を見ていた。
しかし、デキウスは全く動じることはない。むしろその視線をより冷たいものにしてマルケルスを睨み付けている。他の帝国兵はおろおろとしていて、二人の対立を止める役には立っていなかった。
「……悪い。お前の言い分が正しいよ」
「いえ、言葉が過ぎました」
殴り合いになるかとも思われた二人の諍いだったが、マルケルスが冷静になって手を放したことで一応の解決を見た。マルケルスもデキウスも、お互いに自分の非を認めて謝っている。険悪な雰囲気ではなくなったので、私達は内心で胸を撫で下ろした。
ただし、デキウスの言葉はマルケルスの心に影を落としているようだ。顔付きは険しく、何かを悩んでいる様子である。マルケルスは我々のような魔人にも偏見を抱かず、それどころか待遇を改善させるべく上官に掛け合うほどのお人好しだ。きっとどうすればアスミを救うことが出来るのかを考えているのだろう。
協力出来ることならば協力してやりたい。だが、今は目の前に迫りつつある戦いに集中して欲しい。集中力を欠いた結果、仲間達を死なせるようなことにならないければ良いが。私はそんなことを考えながら、前方で立ち上る煙を漠然と眺めるのだった。




