10年後、某日
「七海、今朝もここにいたのか……」
背後から父の声がした。
私は閉じていた瞼を起こし、ゆっくりと立ち上がる。
「うん、お兄ちゃんたちにおはようの挨拶をしようと思って」
私の目の前には、二つの墓石があった。
――――笹瀬彰と紅芽衣。
二つの墓石にはそう刻み込まれている。
ただ、そのうちの一つには遺骨が入っていない。芽衣さんの遺骨は紅家が引き取っているからだ。
でも私は芽衣さんのお墓も作ることにした。遺骨の代わりに、芽衣さんの遺品を収めた。
たぶん、二人は一緒の場所にいるのを望んでいるから。
「そうか……、なら、私も二人に挨拶しようか……」
「お父さん、昨日の夜もお参りに来ていたでしょ」
「あはは……、知っていたのか。ああ、二人に七海の成長を報告していたんだ」
そう言って父は優しく兄の墓石を撫でる。
私は知っている。父が毎晩のように二人のお墓に来ていることを。
それが父なりの兄に対する償いなのだろう。父は、あの日、兄の死を目にしてすごく悲しんで、そして後悔していたから。
「それじゃあ、私はそろそろ学校に行くね」
通学鞄を肩にかける。
「なあ、七海……」
お墓を後にしようとしていた私を父が呼び止めた。
「まだあいつのことを追っているのか?」
私は父の方へ振り向く。
その顔に静かな怒りと確固たる決意をにじませて。
「うん、私は二人の仇――――かぐらをこの手で必ず殺す」
「そうか……、なら、もう何も言わない。ただ、……自分の命だけは粗末にするなよ」
父の顔は悲しそうだった。
分かっている。兄も芽衣さんも私が自分の身を危険に晒してまで仇打ちをすることなんて望んでいないことなど。
でも、私は自分をそうやって納得させることなんて出来なかった。
あの日、兄が死んでから私は、ひたすら魔導の修練に励んで、ひたすら怪異の討伐に明け暮れた。
いつかこの手であの吸血鬼を殺すために。
「うん、わかった。ありがとう……」
そう言って私は今度こそ二人のお墓を後にする。
あのときとは違って、八月末のむわっと熱い風が頬を撫でた。
――――完
『天才魔導師の助手 ~大切なきみとの37日~』が完結しました。
ここまで多くの方にご愛読いただき、感謝でいっぱいです。本当にありがとうございました。
さて、この物語の続編にあたる話を鋭意執筆中です。どうにか今年の2月中には完成させる予定ですので、投稿を始めたら、続編にも訪れていただけると嬉しいです。




